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第317話

Author: ちょうもも
琴乃には分かっていた。

史弥が悠良を全く想っていないわけではない。

ただ、いくつかのことを彼自身が見えていないだけなのだ。

少しでも史弥の心が軽くなるよう、琴乃はわざと悠良の悪口を口にした。

「もういいじゃない、史弥。

今さら彼女が離婚したいかどうかなんてどうでもいいのよ。

彼女がもういないんだから、行方不明で、生きてるか死んでるかも分からない。

いないものだと思いなさい。

幸い、少しは良心があるみたいね。

身一つで出ていくなんて、自分があんたに釣り合わないって分かってたのよ。

外の女みたいに財産を奪おうともしないで――」

「母さん!」

史弥が突然、声を荒げた。

「そんなことを言うな!」

琴乃は不満そうに唇を尖らせた。

「わかったわよ......

でもあなたもどうかしてるわね。

玉巳と一緒になるって決めたんでしょ?

悠良がいなくなった途端、また彼女のことを良く思うなんて......

本当に、何考えてるのか分からないわ」

史弥は離婚協議書を琴乃に差し出した。

「母さん、これを公表してくれ。

そうすれば今の窮地を打開できるかもしれない」

琴乃は怪訝そうに彼を見た。

「どういう意味?

これを出したら、悠良が前から離婚したがってたって証拠になるだけじゃない?

そうしたら、もっとネットで叩かれるわよ?」

「今だって十分叩かれてるさ。

でも、これを出せば、俺から離婚を望んだんじゃないって証明できる。

悠良が最初から計画してたんだってな。

たとえ見つからなくても、彼女が自分の意志で出ていったって言える。

誘拐じゃない、って警察にも説明できる。

そうしないと、見つかるまでずっと疑われ続ける。

その間にも、会社の問題が山積みなんだ」

失うものはあるが、少なくとも一つは守れる。

琴乃はまだ迷っていた。

この離婚協議書を公表すれば、別の火種になるかもしれないからだ。

「本当に出していいのね?」

「ああ」

「......わかったわ」

琴乃は素直に史弥の意向に従うことにした。

二人が離婚できるなら、それでいい。

「それと、離婚協議書だけじゃ足りない。

以前の悠良と寒河江、それに西垣の関係を匂わせる写真も探し出して流せ。

ゴシップをよく扱う人間にやらせろ。そうすれば、わざとらしく見えない」

琴乃はその言葉
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