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第653話

Author: ちょうもも
悠良の胸に、嫌な予感が一気に押し寄せてきた。

直感が告げている――

さっき解決したはずの雪江の件は、広斗によって台無しにされる。

ほどなくして、外からスーツ姿の男が入ってきた。

ひと目で弁護士だと分かる。

職業によって纏う雰囲気はまるで違う。

どうやら広斗は最初から準備していたようだ。

男は前に出て自己紹介した。

「初めまして、片岡智博(かたおか ちひろ)です」

その名を聞いた瞬間、悠良の眉がひそみ、冷ややかな瞳が細められる。

片岡智博。

この名を知らぬ者はいない。

国内で半分の勢力を誇るとも言われる男。

彼が就任して以来、手掛けた裁判は一度も敗けたことがない。

黒を白に変える、とまで噂される伝説の弁護士。

悠良の心は、たちまち不安で揺らぎ始めた。

「片岡さんの力が強いことはよく分かっています。本当に悪に加担するつもりですか?

私の継母は父が病に倒れているのをいいことに、財産を奪おうとして、さらには父を手にかけようとまでした。

そんな人を、あなたは本気で助けようと?」

わずかな望みを託して、彼女は職業倫理に訴えかけた。

だが、金の力を甘く見ていた。

智博は紳士然とした態度を崩さず、淡々と答える。

「私はただの弁護士です。依頼を受ければ、依頼人のために動く。それが仕事です。

小林さんの言う『悪に加担』など、私には関係ありません。それはあなた方の事情でしょう。私が知っているのは、案件が私の手に渡れば、勝つために尽力する。ただそれだけです」

交渉の余地はない。

悠良は悟った。

「それなら、法廷で会いましょう」

その言葉に、広斗は堪えきれず笑い声を漏らす。

「悠良ちゃん、まだ夢を見てるのか?自分に勝ち目があるなんて。

本当のことを教えてやるよ。お前が勝つ確率はゼロだ。さっさと諦めろ。

今ここで俺に頭を下げて跪くなら、考えてやってもいいぞ?」

悠良の目が、軽蔑の色を帯びて彼を射抜いた。

「それが狙いだったんでしょ。私が跪いて命乞いする姿を見たいっていう。

でも残念ね。この、背後から刃を突き立てることしかできないネズミが。

まさか残りの人生を全部、無駄な復讐に費やすつもり?」

その言葉に、広斗の顔はみるみる歪み、恐ろしいほどの形相になった。

「何を偉そうに......自分の立場が分かってるのか?」

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