LOGINその言葉を聞き、真奈と黒澤は思わず顔を見合わせた。真奈は一瞬動きを止め、「何があったの?」と聞いた。伊藤は険しい表情のまま言った。「銃撃だ。どうも……かなり深刻らしい。病院に運ばれた」病院という言葉が出た瞬間、真奈の胸に不吉な予感が広がった。彼女は黒澤を見たが、黒澤も眉を深く寄せていた。「行こう!様子を見に!」真奈と黒澤は急いで階下へ向かった。伊藤も慌てて後を追い、「待ってくれ!俺も行く!」と声を上げた。ちょうど寝室から出てきた福本英明は、その光景を見てぽかんと立ち尽くした。立花?あの横暴な立花が?彼が事件に巻き込まれるなんて?「まさか……これが冬城の言っていた血の匂いってことか?」福本英明はぞっとするものを感じた。立花ですら撃たれたのなら、自分たちなんて、この場ではただの使い捨てに過ぎないのではないか――そんな思いが胸をかすめた。病院の中では、二つの手術室がどちらも緊急手術に入っていた。真奈と黒澤が病院に着くと、まず目に飛び込んできたのは手術中の赤いランプだった。「ただいま手術中です。こちらでお待ちください」真奈は「重いんですか?」と尋ねた。「かなり深刻です」看護師の言葉を聞き、真奈の表情は暗くなった。「瀬川さん、黒澤様!本当に何がどうなったのか分からないんです!俺たちは下の階で警戒していたんですが、いきなり銃声がして、急いで駆け上がった時には馬場さんが倒れていて……それからすぐに、ボスも倒れたんです!犯人は窓の外でワイヤーにぶら下がって、ガラス越しにボスを撃ったんです!」「ガラス越しに?」「そうです!ガラス越しに!みんな見ました!ボスが倒れたあと、すぐに病院に運んだんですが……もし遅かったらと思うと……」「ここで縁起でもないことを言うな。犯人は捕まったのか?」「……いえ」立花の部下はうつむいた。真奈は驚いた。立花の側にいる者たちは、馬場を除けば、皆こんなにも頼りないとは思わなかった。真奈は言った。「今日は立花が冬城グループの社長に就任する日よ。相手があえて今日を選んだのは、どう見ても意図的だわ」「冬城家ではこれまで三度、就任式が行われた」黒澤は淡々と言った。「一度目は美桜で、その時は何の問題もなかった。二度目は……」「二度目は私よ。あの時も、相手は同じよう
冬城はそこまで言うと、少し言葉を区切ってから続けた。「俺が真奈のそばにいない間、唐橋龍太郎のことはしっかり見ておいてくれ」「わかった!問題ない!」「真奈は頭はいいが、身近な人を信じすぎるし、踏み切りが甘い。いずれそのせいで痛い目を見る」「は?踏み切りが甘い?どこからそんなふうに思ったんだ?」福本英明は真奈のそばで過ごした時間も長く、世間では黒澤が冷酷だと言われていても、自分の目には黒澤なんてその妻の半分も、容赦がないとは思えなかった。もちろん、黒澤は他人には容赦がない。真奈は自分に容赦がない。だが、自分にすら厳しい女が、さらに冷たくなったら、どれほどのものになるのかと思うと、背筋が寒くなる話だった。冬城は少し黙り、言った。「黒澤がそばにいるなら心配はいらない。海城はこれから荒れる。お父様がお前を海外から戻らせなかったのは正しい判断だ。帰るつもりなら、妹を連れて早めに離れろ」「あの……ひとつ聞くけど、その荒れるって……どのくらいなんだ?」「血の匂いが漂うほどだ」翌日、ロイヤルホテルにて。立花はスーツを整えた。「どうだ?きちんとしてるか?」立花は後ろを振り返って馬場を見た。馬場はうなずいて「問題ありません」と答えた。「それならいい」「あとで人を多めに連れてこい」立花は淡々と言った。「今日は俺の継任式だ。静まり返っているのは好きじゃない」「承知しました、ボス」馬場の言葉が途切れたとき、外で物音がした。「ボス!危険です!」「なに……!」立花が状況を飲み込む間もなく、ホテルのドアが勢いよく蹴り開けられ、続いて銃声が響き渡った。馬場は即座に立花の前に身を投げ出した。次の瞬間、馬場の体から血が飛び散った。痛みをこらえながらも懐から拳銃を抜き、ドアの外に向かって二発撃ち込んだが、相手はすべてかわした。銃声はすぐに階下の者たちの耳に届き、立花の手勢が駆け上がってきたものの、襲撃者は素早く走り去り、瞬く間にホテルの中から姿を消した。「忠司!」立花は馬場の腹の傷を押さえた。腹部の銃創は、どう見ても命を奪うつもりで撃たれたものだった。馬場が飛び出していなければ、今ごろ確実に自分が倒れていたはずだ。「ボス……追って……ください……」馬場は歯を食いしばり、腹部の痛みに必死で耐えていた。
幸江は福本英明を見るほどに怪しく感じ、「さっきは冬城を疑ってるって言ってたのに、今は冬城の肩を持つのね。結局、疑ってるのか、疑ってないのか」と言った。「俺は……」福本英明は言葉に詰まった。目の前の幸江と伊藤を前に、福本英明は歯を食いしばり、最後には覚悟を決めて言った。「もちろん疑ってるさ。さっき言ったのは、ただ一緒に過ごした時の印象でしかない。それが何の証明になる?敵が強すぎるってだけだ。冬城は自分を隠すのがうますぎる。あいつは絶対に大物だ」「そこまで見抜くなんて……」幸江は福本英明の肩を軽く叩き、「思っていたより頭が回るじゃない。さすが福本社長」と言った。「いやいや……」福本英明は笑う余裕などなかった。幸江と伊藤にようやく放してもらうと、福本英明は何でもないふりをして階段を上がった。福本陽子はどうしても気になり、確かめようと近づいたが、福本英明は遮るように言った。「もう勘弁してくれよ。ついてくるな!俺は寝るから」「でも!」まだ聞きたいことがあるのに、と言いかけた時には、福本英明はもう自分の部屋に戻っていた。部屋には戻ったものの、福本英明の鼓動は収まらず、携帯を取り出して冬城に電話をかけた。電話がつながるなり、福本英明は慌てた声で言った。「冬城!お前、頭良すぎだろ!どうやったんだよ」「真奈が怪我したなんて一大事なら、電話に出た瞬間に取り乱すはずなのに、さっきは妙に黙ってただろ。あれで、そっちに誰かいるってわかったんだ」「神だな!ほんと神がかってる!」「いいから、真奈の怪我は何があった?」「ああ、大したことじゃないよ。後ろから棒で殴られたみたいで、少し血が滲んでたけど、まあ軽いもんだ。当時お前のそばで負った傷に比べたら、全然だよ」「……」電話の向こうで冬城が切ろうとする気配があり、福本英明は慌てて言った。「待て待て、冗談だって!ええとさ、俺、さっき親父のところから逃げ帰ってきたんだけど、瀬川はどうも誰かに目をつけられてるみたいなんだ」「高島か?」「高島?美桜のそばにいる、あの子犬みたいなやつのこと?違う違う!」福本英明は言った。「あの家の料理人……いや、家政婦だ……でもない!警備のやつ!ええと、とにかく使用人で……思い出した!唐橋龍太郎だよ!前にも話したろ!」それを聞いて、冬城は眉
冬城のその一言を聞いた瞬間、福本英明は全身の力が抜けるような安堵の息を吐いた。助かった……!よかった……冬城がまさかの本題に触れなくて、ほんっとうによかった!!「ああ、話はもう大方まとまっている。冬城社長さえご準備でき次第、いつでも弊社との協力をスタートできるぞ」福本英明は落ち着いた声で、冬城の話に合わせて返す。すると、電話越しに冬城の低く静かな声が続いた。「最近、うちの経済状況が少々苦しくてね。だからこそ、この協力は両社にとって良い話になると思う。福本社長も……異論はないよな?」「もちろん!かつて冬城グループを率いた冬城社長とご一緒できるなんて……福本家にとってはこの上ない光栄だ」そう口にしたところで、福本英明は一瞬、言ってしまった言葉の重みに気づいた。しまった、少し言いすぎたか?たとえ冬城が今も冬城グループの社長だとしても、協力できることを光栄に思うのは──むしろ向こうの方じゃないのか……!?しかし、幸江と伊藤は特に疑う様子もなかった。電話の向こうで冬城が穏やかに声を発した。「福本社長、もったいないお言葉だ。光栄なのは俺の方だ。では、契約の件はまた改めてお話ししよう。こちらも少し立て込んでいて、今日はこれで失礼する」そう言って、冬城は通話を切った。だがその瞬間が来ても、福本英明の心臓はまだドクドクと高鳴っていた。電話が切れたのを確認してから、伊藤が言った。「……冬城が本当にお前と協力してるとはね。しかもお前が俺たちのために、自ら連絡を取ってたなんて……福本社長、完全に見くびってたよ!」幸江も傍らで言った。「あなたのことを疑った自分が……今は恥ずかしいわ」「皆さん、本当にお気遣いなく。友達同士なんだから。細かいことは気にしないよ」福本英明は内心でひそかに冷や汗を拭った。ちょうどその時、目の前にいた福本陽子が首を傾げながら問いかけた。「ねえ、兄さん。冬城とうちが提携してるなんて初耳なんだけど。どんな事業で協力してるの?」その言葉を聞いた瞬間、福本英明は心の中で叫んだ。今なら本気で、この妹を絞めてやりたい。本当に身内が掘った落とし穴に、今まさに突き落とされた気分だ。兄さんがもう作り話ができないのがわからないのか?福本英明は心の中で毒づきながらも、顔には営業用の完璧な笑みを浮かべた。「これはね、
「言いなさい!冬城があなたを真奈の監視につけたのは、いったいどんな魂胆があるのよ!」幸江は福本英明をリビングのソファにぐいっと押し込むように座らせた。三人からの詰問に、福本英明の額にはじわりと汗がにじみ始めていた。神様!殺してくれた方がましだ!福本英明はしどろもどろになりながら言った。「ちょ、ちょっと待って、お二人とも!何かの聞き間違いだよ。冬城?俺、そんな人と面識ないから!」伊藤が言った。「俺たちはそこまで耳が遠くないよ?福本社長、そんな筋の通らないことしていいと思ってんのか?さっきはっきり聞こえたよ?もう逃げられないからな」「俺は!」福本英明は目の前の幸江と伊藤を見ながら、歯を食いしばって観念したように口を開いた。「……わかった!もうバレてるなら、隠しても仕方ない!実はな……本当のことを言うと、俺はずっと冬城が瀬川に何か下心を持ってるんじゃないかって疑ってたんだ!お前たちの友達として、何か役に立ちたいと思ってさ。だから、牽制するためにわざとあいつに近づいて、冬城の腹の中を探ってやろうって決意したんだよ!」それを聞いた幸江は、まだ半信半疑の表情で言った。「……ほんとに?」「もちろん本当だ!俺を誰だと思ってるんだ!福本グループの社長様だぞ!冬城と連絡取るなんてな、やろうと思えば朝飯前よ!」今度は伊藤がじろりと睨みながら尋ねた。「ってことは……お前、冬城の手下じゃないってことか?」「おいおい、何言ってんだよ!俺は福本グループのトップだぞ?あの冬城はもう会社の実権を失ってるただの一般人じゃねぇか。俺がなんでそんなやつに指図されなきゃならないんだ?お前、自分で言ったそのセリフ、ちゃんと論理的に通ってるか?」伊藤は、福本英明の話にすっかり煙に巻かれていたが──聞けば聞くほど、なんだか理屈は通っているようにも思えてきた。「……言われてみれば、確かにそれっぽく聞こえるな」幸江と伊藤は顔を見合わせ、小さく頷き合った。しかし、そのまま引き下がる幸江ではなかった。すぐさま表情を引き締め、ぐっと一歩前に出る。「じゃあ──さっき冬城と何を話してたの?携帯、出して。中、見せてくれない?」「ゴホン――!」唐突な要求に、福本英明は盛大にむせ込んだ。額には汗が噴き出し、背中にまで冷や汗がつたう。携帯を……見せるって?冬城との
「お前ほど、好奇心は強くない」「でも普通の旦那だったらさ、奥さんが何か隠してたら怒るもんじゃない?どうしてまったく動じてないんだ?」黒澤は先ほどと同じように、あくまで平然とした態度で言った。「真奈が話さないなら──俺は聞かないさ」「……」伊藤はあきれ顔で言った。「聞くだけ無駄だな!ほんとに終わってるよ!」「さ、上に行こう。薬、替えてあげる」黒澤はすでに真奈のそばに来ており、声をかけた。真奈は軽く頷いた。先ほどの騒動のせいで、少しだけ頭がぼんやりしていた。黒澤が真奈を連れて階段を上がろうとしたその時──二階の廊下から、福本英明と福本陽子がひょこっと顔を覗かせた。二人の姿を見た真奈はぎょっとした。福本英明と福本陽子はいつ来たの?「争いはもう終わった?こんなに早く?」どうやら福本英明は、さっきからずっと部屋の中で壁に耳を当てて様子を窺っていたらしい。階下ではかなりの騒ぎがあったが、それが自分たちの命に関わるかどうかわからず、ひたすら身動きせずに静観していた。外がようやく静かになったタイミングで、福本陽子を連れて部屋を出る気になったのだ。「とっくに終わってたよ!だから言ったじゃない!」福本陽子はまったく気にする様子もなく、真奈のもとへ歩み寄った。だが真奈の額に巻かれた包帯を見ると、ようやく顔に違和感を浮かべた。「え?ちょっと待って……いつそんなふうに頭ぶつけたの?」福本陽子が手を伸ばして真奈の額に触れようとしたその時──黒澤がすっと身を寄せ、彼女の手を遮った。「真奈は今、休まなきゃいけないんだ」そう言うと、黒澤は真奈を支えて階上へ向かった。真奈は黒澤の手をぽんと叩いた。「何もしてないじゃない。そんな態度は失礼よ!」その言葉に、黒澤は一瞬だけ黙ったあと、態度を改めて福本陽子の方を向いた。「……道を空けてください。妻は今、休息が必要なんです」「……」福本陽子は思わず体を引いて道を譲った。真奈が黒澤に付き添われて階段を上っていく姿を見送ると、不満げに口を尖らせた。「妻、妻って……誰もあなたの奥さんを奪おうなんて思ってないし!」そのままブツブツと文句をこぼしながら、だんだん腹が立ってきた。「ねぇ、そうでしょ?兄さん?……兄さん?」振り返った福本陽子の視線の先に──福本英明の姿は、もうなかった