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第253話

Auteur: いくの夏花
郁美は胸の内でほくそ笑んだ。遥香を完全に追い出すことはできなかったが、罰を受けさせられただけでも十分だと思った。

直輝はさらに言葉を発しようとしたが、嘉成の一瞥で口をつぐんだ。

「監督役、彼女を連れて行け」嘉成は有無を言わせぬ口調で命じた。

遥香は唇を噛み、それ以上は何も言わなかった。今は何を言っても無駄だと悟っていたのだ。

嘉成には明らかに独自の思惑があった。遥香は静かに監督役に従い、コレクション館を後にした。

その姿を見送りながら、嘉成の目には一瞬、鋭い光が走った。

彼は振り返り、傍らに控える年老いた執事に低い声でいくつか指示を与えた。執事はうなずき、静かにその場を退いた。

遥香が連れて行かれたのは、阿久津家本宅の西側にある「思斎」と呼ばれるひっそりとした小さな庭だった。広さはなく、母屋が一棟と脇部屋が二つあるだけだが、掃き清められ、こざっぱりとしていた。

「川崎さん、しばらくはこちらでお過ごしください。食事は一日三度届けられます。旦那様の許しがあるまでは、この庭を出ないように」監督役はそう言い残し、部下を連れて立ち去ると、外から静かに門を閉じた。

遥香が母屋に入ると、中は驚くほど質素で、置かれているのはベッド一つ、机一つ、椅子が二脚だけだった。窓辺に歩み寄り、外の閉ざされた門を見つめながら、胸の内は重く沈んだ。

フラグマン・デュ・ドラゴンの手がかりはまだつかめていないのに、自分が閉じ込められることになろうとは。あの老獪な嘉成、一体何を狙っているのか。

思考に沈んでいたその時、隣の脇部屋の戸がきしむ音を立てて内側から開いた。

人影がのんびりと戸口に寄りかかり、意味ありげな笑みを浮かべながら彼女を見ていた。

修矢だった。

彼はすでにここで待ち構えていたのだ。

遥香の瞳がぎゅっと縮んだ。

遥香が静心庵の母屋の戸を押し開けると、目に入ったのはきわめて簡素な調度で、長らく人の気配のない冷ややかな空気が漂っていた。

窓辺に歩み寄り、外に固く閉ざされた門を見つめながら、遥香はそっと眉をひそめた。あの老獪な男、嘉成。自分をここに閉じ込めて一体どんな腹を探っているのか。

思案に沈んでいたその時、隣の脇部屋の戸がきしむ音を立てて開いた。

遥香ははっと顔を向けた。そこには修矢がドア枠に身を預け、余裕たっぷりの様子で彼女を見ていた。口元には意味深
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