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第2話

Author: サクランボ
陸川家で愛華を見ても、私はまったく驚かなかった。

両家は長年の隣人で、いつも関係が良かった。

弥言の母も、私の前で愛華を好いていることを隠したことはなく、ずっと「親戚になれたら」と残念がっていた。

愛華一家が海外へ移民した日、両家は抱き合って長いこと泣いていた。

そして今、愛華が帰国し、みんな再び集まって楽しそうに話している。

私が玄関を入り、食卓のそばに立っても、誰一人気づかなかった。

椅子を引く音が少し大きかったのか、談笑がぴたりと止まった。特に弥言の母は、邪魔されたような不快さを目に浮かべた。

弥言は気まずそうに目を伏せ、立ち上がって私を座らせながら説明した。

「愛華が家のご飯を久しぶりに食べたいって言うから……」

言い終える前に、愛華が急に立ち上がり、緊張した声で言った。

「ごめんなさい、凛(りん)さん。私がわがままで、陸川家のご飯を食べたいなんて言っちゃって……怒るなら私を怒ってください。弥言とおばさんは悪くないの」

私が返事をする前に、弥言の母が軽く言った。

「何を言ってるの。ここはあなたの家よ。誰もあなたを責めないわ」

私の手の甲に置かれた弥言の手が、わずかに力を込めた。

私は内心おかしくなり、淡々と言った。

「お義母さんの言うとおり。ただの食事よ」

そうだ。ただの食事だ。

こんなことは、初めてではない。

愛華が出国する前日のパーティーの日、私は高熱で意識が朦朧としており、「病院に連れて行って」と弥言に頼んだ。すると電話に出た弥言は酔った声で、「ただの風邪だろ?何本も電話してくるなんて大げさだな」と、うんざりした口調で言った。

結婚5周年の日、彼は帰国便をずっと教えてくれず、料理は冷め、店は閉まりかけていた。

ようやく繋がったビデオ通話で、彼は言った。

「愛華が足をくじいてさ。今こっちで看病する。食事くらいまた今度でいいだろ」

その二度とも私は大騒ぎしたが、最後は彼に宥められて終わった。

本当は、あの時にもう私が離れるべきだったのかもしれない。

私が怒らなかったので、弥言は笑顔になった。

「ほら、うちの凛は優しくて心が広いから、こんなことで怒らない。愛華、もう気にするなよ」

愛華の目に驚きがよぎったが、唇を強く噛んで言った。

「凛さんが許してくれたのは凛さんの度量よ。でも私は確かに悪かったの。お詫びとして、酒を全部飲むわ」

グラスを持ち上げて飲み干そうとした彼女は、弥言に止められた。

「お前、酒アレルギーだろ。そんなに飲んではいけない。大したことじゃないし。たとえ、わざと凛を待たなかったとしても、どうってことはない」

さすがに言い過ぎだと思ったのか、弥言は私の方を見て小声で慰めた。

「凛、愛華は酒アレルギーだから言っただけだ。気にするなよ」

「もちろん」

もうすぐ離婚する相手に、気を使う理由なんてない。

私の様子に満足したのか、弥言はさらに私を気遣った。

「お前、魚が好きだろ?使用人に今日作るよう頼んである」

そう言った直後、使用人が魚料理を運んできた。

そのとたん、愛華の場違いなえずき声が響いた。

「持って行って、弥言。最近胃が悪くて、生臭いのが無理で……」

愛華は口を押さえながら、眉をひそめて、不快そうな表情をしていた。

弥言は心配そうに目を細め、魚料理を使用人に渡した。

「捨てろ」

気づけば、私の箸は空中で止まっていた。

弥言は口を開きかけたが、私は彼の視線の中で箸をそっと置いた。

「急に思い出したの。用事があるから、先に帰るわ」

弥言は眉根を寄せ、私の手首を掴んだ。

「凛、何のつもりだ」

私はその手を振り払って、彼の耳に近づいた。

「リビングに百合が飾ってあったでしょう。私、少しアレルギーがあるの。もういられないわ」

弥言は綺麗に包装された百合を見つめ、複雑な表情になった。結局、引き止める言葉は出てこなかった。

あの花は愛華が弥言の母に贈ったものだ。弥言の母は、屋烏の愛のように、あの花束にも自然と大満足だった。

家族全員が嬉しいものを、私のために台無しにする必要なんて、彼にはない。

私は全部、分かっている。

家に戻った私は荷物をまとめ始めた。

愛華がいる限り、弥言は帰ってこない。

考えてみれば、愛華のおかげだ。

彼女がいる間は、私はゆっくり荷造りができる。

なにせ、この家を満たすのに、私は丸8年を費やしたのだから。

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