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第3話

Author: サクランボ
弥言は帰ってきた。

散らかった荷物と開いたままのスーツケースを見て、彼はため息をついた。

「同じことで8年も揉めて、疲れないのか?」

彼が言っているのは、私が愛華に嫉妬しているということだろう。

でも私が知りたいのは、愛華がどうして彼を帰したのか。

その答えはすぐにわかった。

「愛華が、お前はまた怒ってるに決まってるって。俺に帰ってお前を宥めろってさ。

凛、いつになったらわかるんだ?愛華は妹みたいな存在だって」

彼はしゃがみ込むようにして、私を抱きしめた。

「魚が食べたいなら、明日魚料理の店に連れていく。

百合が嫌いなら、もう買うなって愛華に言うさ。

もう怒るな、な?」

その誠実そうな目を見て、私はふっと笑った。

弥言、忘れたの?

私たちが出会ってから愛華が出国するまでのわずか2年、私は彼女のせいで、3度もアレルギーを起こした。

初対面の時、彼女は百合をプレゼントとしてくれた。

私は困って断ろうとした。

だが弥言が先に受け取り、私の腕に押し込んできた。

「愛華の気持ちなんだ。とりあえず受け取ってから置けばいい」

その一瞬で、私は全身に蕁麻疹が出て病院に運ばれた。

それでも私は誰も責めなかった。

それを知ると、愛華は可哀想に涙をこぼした。

弥言は彼女を慰めるために花火大会へ連れ出したが、私は病室に一人残された。

後になって弥言の友人から聞いた。

愛華は、私の好きな花をちゃんと聞いていた。

弥言の友人は、百合以外なら何でもいいと答えたという。

それを知った弥言は言った。

愛華はおおざっぱだから、百合だけがいいと聞き間違えたはずだ。

その後の二度も、彼女は別の言い訳をし、弥言は全部信じた。

これは四度目だ。

そして、もう二度とこんなことは起きない。

沈黙して向き合っていると、弥言が急に私の服に気づき、目を輝かせた。

「その服、久しぶりだな」

私が俯くと、これが私の婚約式の服だと気づいた。

私の母が手縫いしてくれたものだ。

荷造りの時、結婚後に弥言が買ってくれた服ばかりが目に入り、どれも持ち出したくなかった。

結婚前の服はこれだけであることを、すっかり忘れていた。

婚約の夜に、弥言はこのドレスを脱ぎ、そのまま私を彼にすべて預けるように優しく宥めた。

弥言の瞳に欲望の色がにじみ、呼吸が荒くなった。

「最近忙しくて、お前をちゃんと抱いてやれてないな」

彼がゆっくりと身を寄せ、熱い息が私の耳の後ろにかかった。

身体が勝手に強張り、私は氷のような声で言った。

「やめて。愛華、帰国したばかりで体調悪いんでしょ。あなたが一緒にいてあげなきゃ」

弥言は眉をひそめ、何か言おうとしたその時、電話が鳴った。

彼は複雑な顔で出ると、慌ただしく立ち去る前に、愛華のために弁解した。

「そんなに狭量になるなよ。

家で大人しく待ってろ。すぐ戻る」

ドアが閉まった瞬間、私は力なくその場に崩れ落ちた。そして、彼に触れられた場所を、手の甲で必死に擦った。

だが、どんなに擦っても、汚れが落ちない気がした。

私は、平静に離れられると思っていたが、結局自分の耐えられる強さを過信していた。

手を動かす速度はどんどん速くなり、たった1時間で荷物はすべて整った。

私が見渡せば、部屋はほとんど何も変わらない。

ひとりの痕跡なんて、こんなにも簡単に消えるのか。

離婚協議書を置いて、私は完全にこの家を出た。

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