華side
子どもたちが慌てて両手を背中に回して何かを隠しているのを見て、私は「何かあるな」と察し、そっと手から取り上げた。さっきまで探していたスマホが慶の背中の後ろで少しばかり明るく光っている。
画面に表示されていた着信履歴を見て、私の心臓は一瞬、止まりそうになった。
着信履歴:瑛斗
私から掛けた電話に、瑛斗が折り返して通話した形跡まで残っている。
「ねえ、ママのスマホで誰かとお話しした?」
私の問いかけに子どもたちは顔を見合わせた後、気まずそうな顔をして私を見上げた。小さな声で「ごめんなさい」と呟く。
「間違えてかかっちゃったの。わざとじゃないの」
「でもすぐに切ったんだよ」
子どもたちの必死な様子に、私はそれ以上は言及するのをやめた。怒る気持ちよりも、胸に込み上げてくる複雑な感情の方が大きかった。
(瑛斗の番号、そのままだったな―――)
子どもたちが産まれたばかりの頃、父親を知るためにDNA鑑定を行った。これで真実が明らかになれば、瑛斗が誤りを認め元の生活に戻れると信じて
華side「いずれは華と結婚したいと思っていることさ。それくらい真剣に付き合っているし、大切に思っているってことをお父さんに伝えたいんだ。正直、付き合っていることを僕から言い出しにくかったから、華が言ってくれて助かったよ。付き合いを認めてくれるなら、結婚後は僕が神宮寺家に婿に入ってもいいしね」私は、プロポーズされたとき、受けたら「三上 華」として、これからは生きていくのだと思っていた。だからこそ、子どもたちの苗字が『神宮寺』から『三上』姓に変わることに躊躇をしていた。護さんが、神宮寺家の婿養子になることも考えていたなんて思いもしなかった。「あ、よくよく考えると、僕が婿に入った方がいいんじゃないかな。そうすれば、慶くんと碧ちゃんの苗字も変わらなくて済む。それに、家もこの別荘のままでいいんじゃないかな」名案を思いついたとでも言うように、護さんは嬉しそうに私に話しかけてくる。「……護さん?私は、父の配慮でこの別荘に住ませてもらっているけれど、本来、神宮寺家とはもう縁が切れた人間よ。護さんが婿になるのは難しいと思う」私の言葉に、護さんは微笑んだまま首を横に振った。「そうだとしても、決めるのは華のお父さん次第じゃないかな。華のお父さんが、僕の婿養子を許可してくれればいい話だろう?」「え……父に認められるのは絶対だけ
華side「華のお父さんが来るなんて初めてじゃないか?どんな用事だったんだ?」護さんがベッドに腰掛けた私の隣に座りながら尋ねてきた。「ええ、妊娠して実家を出て以来だったから、七年ぶりに会ったわ。子どもたちの入学祝いを渡しに来てくれたの。あと、三上先生にもよろしく伝えてくれって伝言を預かったわ」「え?もしかして、僕のことを話したのかい?」護さんの声が、一瞬だけ上ずった。「ええ。護さんには妊娠中から今も変わらず支えてもらっていると伝えたら、父が勘づいたみたいなの。お付き合いしているのかと聞かれたから、正直に付き合っていることを伝えたわ」私の言葉に、護さんの顔がぱっと明るくなった。これまでに見たことのないような、心からの喜びが彼の表情に表れていた。「華、ありがとう。僕のことをちゃんと伝えてくれたなんて嬉しいよ」護さんは顔をほころばせて喜び、私の背中に手を回してギュッと抱きしめてきた。先ほど、切羽詰まった感じで抱きしめられた時とは違う、温かくて喜びがこちらにも伝わってくるようなものだった。「護さん……」
華side「違う!私は取っていない。あのDNAの関係結果が出た日から、私は一度も連絡していないわ!!!」私が顔を歪めて泣きながら訴える姿を見て、護さんは、我に返ったようにハッとした表情になった。彼の顔から先ほどの冷たい光が消え、いつもの優しい顔に戻っていく。「ごめん、疑っているわけでも非難しているわけでもないんだ。ただ、辛いことがあった相手とは、もう二度と関わらない方がいいと思って」護さんは、私を引き寄せて強く抱きしめた。「私の方こそ、ごめんなさい」「なんだろう。君がいなくなってしまうかもしれないと思うと、どうしようもなく不安になるんだ。怖がらせたいわけではないのに……」髪を撫でる力は優しく、後悔したような震える声も、切なく愛おしそうに見つめる瞳も、いつもの護さんだった。その震えは、幼い頃に事故で父親を亡くしてしまった時の不安を物語っているようで、私は心を揺さぶられた。「護さんが瑛斗のことを憎んでいるから、話を出さない方がいいと思って黙っていたの。隠そうとしたわけじゃないけれど、嫌な思いをさせてしまってごめんなさい……」強く抱きしめていたが、護さんは身体を離すと私の両肩に手を置いて私の瞳を直視した。そして、低く声
華side「護さん、あの……」「瑛斗がここに来たんだって?何しに来たんだ」部屋に入ってすぐ、私が話をしようとする前に、護さんが口早に問いかけてきた。その声は、これまで聞いたことのないほど冷たく乾いている。そして、瞳には凍りつくような光が宿っていた。「違うわ、瑛斗はここに来ていない。来たのは、お父様よ」護さんの態度に戸惑いながらも事実を話したが、護さんは私の言葉を信じようとしない。「じゃあ、なんで子どもたちは瑛斗の名前を出すんだ?おかしいだろ!!」今まで聞いたことのない取り乱しているような護さんの口調に、私は驚きを隠せずにいた。「華ちゃん……、何か隠していることがあるみたいだね?なんで子どもたちが『瑛斗』って名前を出すのか、彼の名前を知っているのか、と僕は聞いているんだよ?」「それは……」「それは、なんだい?僕は君を信じている。だから本当のことを話してごらん」護さんが私を見る瞳も、投げかける言葉も、いつ
華side「ねえ、ママ?今日誰か来たの?」お迎えに行って私の元へ駆け寄ってくるなり、慶がそう尋ねてきた。「え、どうしてそう思ったの?」「今、帰ってくるときね、反対側から黒い車とすれ違ったの。僕たちの家より奥におうちはほとんどないし、車も通ることがないから、誰か来たのかなって」大人顔負けの子どもたちの洞察力と推理力に、私は内心で感心していた。「そうね、ママの大切な人が来たの。だけど、用事があるから、あなたたちが来る前に帰らなくちゃいけなくて、帰って行ったわ」「そうなんだ?大切な人って、えいと?」「え?」まさか子どもたちの口から瑛斗の名前が出てくるとは思わず、私は動揺してしまった。「違うわよ。それに、年上の方には呼び捨てではなくて『さん』をつけるのよ」動揺を勘づかれないよう、私は平常心を装いながら子どもたちに注意をした。しかし、この家に仕えてくれている者以外は、護さんと瑛斗しか知らない子どもたちは、『大切な人の訪問』に興味津々だった。
華sideしばらくの間、静寂の時間が流れていたが、視線を外し時計を見た父が、口を開いた。「もうそろそろ子どもたちが帰ってくる時間だな。……それじゃ、これで私は帰るよ」父の言葉に、私は驚きと戸惑いを隠せない。「え、帰られるのですか」「子どもたちに会って、誰かと尋ねられたり、なんで今まで来なかったとか聞かれたら、華も大変だろう。帰宅する前に帰るよ」父の言葉は、私への配慮なのかもしれない。しかし、自分のことを子どもたちに知られたくないのか、私や子どもたちをもう神宮寺家の家の者ではないと言われているようで、私はどうしようもない孤独感に襲われた。(私は、もう神宮寺家からは見放された人間なんだ……)駐車場まで父を見送ると、運転手の花村が既に待機をしていた。花村は、私の姿を見ると、以前のような温かい眼差しと優しい笑顔で微笑んでくれている。「華お嬢さま!お元気そうでなによりです」「花村!会えて嬉しいわ。花村も元気そうね」「はい、おかげさまで。お