Se connecter瑛斗side
三村ジョニーへの疑惑が深まる中、一条グループの内部では別の場所で新たな火種が音を立てて燃え上がっていた。
この日、俺は朝から溜まっていたメールと書類のチェックをこなし、午前十時の取引先へのアポイントに向けて支度を整えていた。秘書が淹れたコーヒーに口をつけようとした、その時だった。
ドンドンッ――。
少し乱暴な音で社長室の扉がノックされ、返事をする間もなく勢いよく開かれた。そこには空が、血相を変えてタブレットを握りしめ息を切らして立っていた。
「空? そんなに慌ててどうした」
「瑛斗、大変だ! 今朝からコールセンターに、顧客から『身に覚えのない葉書が届いた』という問い合わせが殺到しているんだ。葉書に書かれた連絡先に電話をした客は、一条グループからの正式な情報提供だと案内されたと言っている。だが、社内のどの部門に確認しても、そんなダイレクトメールの送付依頼など出していないんだ」
空の言葉に、手にしていたカップが微かに震えた。
「……何者かが、個人情報データベースを抜き取ったということか?」
「その可能性が高い。もし一条全体の顧客データにアクセスされていたとしたら、被害件数は優に百万件を超えるぞ」
瑛斗side成田が重い足取りで部屋を去った後、俺と空は来客用のソファに深く腰を沈めた。日付が変わり俺たちの顔には隠しきれない疲労が滲み出ていたが、個人情報流出という最悪の事件から、玲や長谷部への手がかりを掴むチャンスへと転じた興奮で、目は冴え渡っていた。「よし、これで長谷部との接点ができたな。成田を使って奴らをおびき出す。空、成田の動向には引き続き細心の注意を払ってくれ。くれぐれも向こうに勘づかれないようにフォローを頼む」「ああ、もちろんだよ。成田君をみすみす手放すわけにはいかないからね。彼は今、玲さんたちと僕たちを繋ぐ重要なキーパーソンだ」空は手元の端末を操作しながら、思考を整理するように続けた。「問題は、三村ジョニーだ。成田君の話を総合すると、長谷部は裏で三村ジョニーと密接に繋がっている可能性が極めて高い。長谷部が成田を誘い込んだ投資コミュニティ。その主催者こそが、三村本人ではないだろうか?」「俺も同感だ。損失を抱えさせたのも偶然じゃない、最初から仕組まれた罠だと思う。奴らは今までの大手企業の株価が暴落するタイミングを言い当てて、事業買収を繰り返している。三村たちは、自分が買った後に信者たちに特定の銘柄を買い込ませて価格を吊り上げ、自分たちだけが頂点で売り抜けてきたのではないだろうか?そして、利用できると思った人間は、長谷部のように恩を売り、反抗できない駒を量産してきたんだろう」
瑛斗side「長谷部の指示ということは、この一連の出来事を企てたのは長谷部なのか?」俺が問い詰めると、成田は力なく首を振った。「それは……多分、違うと思います。彼女も誰かの指示を受けて動いているようでした。長谷部さんは、僕たちに対してはいつも傲慢な命令口調でしたが、時折かかってきた電話に驚くほど丁寧にに言葉を選んで話をしていたんです。相手の声までは聞こえませんでしたが、あの長谷部さんが遜るなんて、きっと彼女の立場以上の人間がいるはずです」「そうか……成田、よく話してくれた。だが、そもそもなぜ君ほどの人間が長谷部の言いなりになっているんだ?」俺が尋ねると、成田は耐えがたい恥辱に耐えるように、深く、深く俯いた。「……実は、前職をしていた時に、投資家の集いで長谷部さんと知り合いました。そこから親しくなった時に持ちかけられた投資の話に乗ってしまったんです。それが悪夢の始まりでした」「投資家の集い……」「はい、招待制の投資クラブ、いわゆる非公開コミュニティでした。主催者は海外の証券会社をいくつも渡り歩いた経歴を持つ敏腕トレーダーとのことで、その人物が推奨する銘柄を信用取引や先物で動かすんです……」
瑛斗side「成田……お前は誰に言われてこんなことをしているんだ?」夜のオフィスに俺の声が重く響き渡る。成田の肩がびくりと大きく跳ね、その瞳には逃げ場をなくした獣のような絶望が宿っていた。「……それは、言えません。言ってしまえば、家族に僕の嘘をすべてバラされてしまう。そんなことになったら、僕はもうおしまいです……」成田が崩れるようにして吐き出したその言葉に俺と空は顔を見合わせた。何らかの弱みを握られ、逃げられないように檻に閉じ込められている。「成田、俺たちに協力をすると約束するならできる限りのことはしよう。嘘をつかずに正直に答えてくれ。そうすれば、お前の処分についても検討する」「成田君。どちらにしても、君の処分は決まっている。あとは重さだけだ。このまま君を脅している人物に忠誠を誓い続けるのか、それとも、ここでこちらに協力して被害を最小限に食い止めるのか。選ぶのは君自身だ」空の言葉に成田は苦渋の表情を浮かべ、しばらく拳を握りしめて黙り込んでいた。時計の針が時を刻む音だけが不気味に響く。やがて成田は心に決めたように顔を引き締め、ゆっくりと首を縦に振った。「……分かりました。元々、脅されるだけ脅されていい思いなんて一度もしたことがなかった。それに、奴らは何
瑛斗side八階のオフィスには営業管理部門のほかに、もう一つ部門が所在している。それが、空が管轄している経営管理部門だった。「なんで君が……。成田、なんでこんなことをしているんだ」暗いフロアの片隅、青白いモニターの光に照らされていたのは、以前、玲が率いていた事業部で経理を担当していた成田だった。成田は明るく社交的な性格で、部内のムードメーカーだと空も評価していた男だ。玲が失踪した後、その経理能力を買われて空の部門へと異動したのだった。「それは、その……」成田の指が、キーボードの上で泳ぐように震えている。「顧客データを抜き取ったのは成田君、君だよね。そして今、君が必死にアクセスしているのは過去の事業部の顧客名簿だ。違うかな?」空が静かに問い詰めると、成田は証拠を消すための必死な抵抗かPCの電源ボタンを長押しして、強制終了させ画面が真っ暗になった。「残念だけれど、電源を落としても無駄だよ。この端末から特定のサーバーにアクセスしたIPアドレスの記録は、リアルタイムで僕のPCに転送されている。ハードディスクを壊さない限り、君が今ここで何をしていたかという履歴は消せないんだ」
瑛斗sideその日の午後、空は取引先訪問のため直帰という予定をスケジュールに登録しオフィスを出ていった。これは、周囲の目を欺くためのダミーの予定で、実際には会社が契約しているサテライトオフィスにて仕事をしている。「僕がいない今日の夕方以降、フロアの人が少なくなってから動き出すと思うんだ。今回は絶対に逃がさないよ」商談時に利用される防音完備の個人ブースから空が電話を掛けてきた。犯人を追い詰める瞬間のために空の声からは並々ならぬ気合が感じられる。「ああ、そうだな。しかし、空。犯人の目星がついているなら、もう少しヒントをくれないか。俺はただお前について行くだけで、標的が誰なのかも分からずじまいじゃないか」「瑛斗には、犯人と対面してからやってもらうことが山ほどあるからね。それまでは、楽しみにしていてよ。……それより、他にもやることがあるでしょ?」「そうだな。このところ次から次へと問題ばかりが噴出しているからな。そう言えば、今日の昼に三村ジョニーに会った際に専属秘書の件を正式に伝えておいた。例の三日前の予定を聞き出すと、証券会社時代に世話になった人物と東京銀行の本社部門と会っていたから、話が食い違っただけだと平然と弁明していたよ。俺が路地裏で見かけたのが本人なら、それも真っ赤な嘘だがな」「即座にありそうな言い訳を用意しているあたり、彼の言葉はあまり信用できないね。秘書の件は、こちらの準備はいつでも大丈夫だよ。彼女も、今の彼女の上司も快
瑛斗side三日後、空が「怪しい動きを見せている人物を絞り込んだ」と社長室を訪ねて来た。「連絡をもらった件だが、犯人の目星がついたのか? 一体誰なんだ」「まあ、落ち着いて。早ければ今週中、おそらく今日か明日にはその人物が決定的な動きを見せるはずなんだ。だから、その現場を直接押さえようと思う。瑛斗も一緒に来てくれるかな? そうすれば新たな情報が聞き出せるかもしれない」空は、ニヤリと笑って見せた。その微笑みは獲物を追い詰めた時の狩人のようで、確信に近い響きがあった。「ああ、もちろんだ。俺としても一刻も早く真実を突き止めたい。……だが、どうやって特定したんだ?」「情報流出が発覚した直後は混乱していたけれど、精査していくうちに不自然な点がいくつも見つかったんだ。まず、ウイルス感染や外部からの不正アクセスの形跡は一台もなかった。つまり、サイバー攻撃を装った『内部犯』による物理的な持ち出しだよ」空はタブレットを操作し、相関図を表示させた。「被害の範囲は当初『東京都の顧客』としていたけれど、さらに詳しく調べると、『ある条件』が浮かび上がった。その条件を満たしている顧客データだけが抽出されていたことが分かったんだ。その抽出条件を知っていて、かつその権限を正当に持っている人間は、本社のなかでもごく一部に限られるんだ







