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離脱ヒロインと、狂ったアイツ
離脱ヒロインと、狂ったアイツ
Penulis: 大儲け堂

第1話

Penulis: 大儲け堂
「宿主様、全てのポイントを消費して、この世界から離脱しますか?

ここに指印を押してください。確認後、半月以内に強制送還が実行されます」

白石初芽(しらいし はつめ)はためらうことなく、指印を押した。

テレビでは、橘玲司(たちばな れいじ)がマイクを握り、カメラに向かって彼女に愛を告げていた。

「初芽、愛してる。ずっと一緒にいよう」

画面の中の彼は、心から愛しているような真剣な眼差しをしていた。

あまりに美しい場面に、記者たちはシャッターを切りながら口々に羨ましがった。

「なんて素敵なんだ。こんな大勢の前で公開プロポーズするなんて」

「分かってないな。あれは彼女を安心させたいからだよ。俺たちは見守ってりゃいい」

「聞いた話だとさ、橘さんがまだ路上で寝てた駆け出しの頃に手を差し伸べたのが初芽さんだったんだって。それからずっと支えてきて、橘さんが成功したあと、毎年欠かさず特別な贈り物をしてきたらしい。十八歳には一点物のプラチナリング、十九歳には世界でひとつだけのトルマリンのネックレス、二十歳には最高級エメラルドのブレスレット!しかも、以前初芽さんが窃盗の濡れ衣を着せられたときも、橘さんは業界追放を覚悟で彼女の潔白を証明したんだ」

――これが真実の愛でなくて、何だというのだ。

初芽はもう見たくなかった。テレビを消し、心に残ったのは冷ややかな笑いだけ。

否定はしない。玲司は確かに彼女を愛していた。命を懸けるほどに。それでも、彼は別の女を愛していた。三年も別の女を囲っていた事実は消えない。

彼女が約束を破られ、窮地にひとりで立たされたとき、玲司は別の女を連れて酒の席に通い、仕事を取っていた。

――男というものは皆そうなのだろうか。口では「愛してる」と言いながら、心も体も別の女に向かう。

彼女がシステムと繋がり、案内されるままに路地裏で玲司を見つけ出した、あの日。

最初は苦戦を覚悟していた。けれど、玲司の彼女への好感は思いのほか一気に高まった。

冬の暖かいミルクティー、体調に合わせた気遣い、酔った夜には胃に優しいスープ。食事もすべて彼女の好みに合わせた。

初芽は思った。これが「家」というものなのだと。

攻略が成功した後、システムは何度も離脱を促したが、初芽は首を振った。

「玲司は私にプロポーズしようとしている。ここで逃げるなんて、私にはできない」

彼女の意思が揺るがないと知ったシステムは、それ以上止めることができなかった。

プロポーズの日。玲司は大勢の前で片膝をつき、宝物のように彼女の手を握り、誓った。

「橘玲司は、この先も初芽だけを愛する。

お前がいなくなったら、俺は狂ってしまう。

初芽、俺と結婚してくれるか?」

初芽は頷いた。もし裏切られた時は、この世界を去ればいい。二度と彼に見つけられないように。

――その時、ドアを叩く音。玲司が帰ってきた。

扉を開けると、酒の匂いが押し寄せた。「どうしてこんなに飲んだの?」

玲司は肩に倒れかかり、しばらくして花束を差し出した。「初芽、ずっと愛してるよ。お前だけを」

真っ赤なバラ。花は受け取らず、彼を支えて寝室へ連れていった。

彼は忘れている。赤いバラが好きなのは紗耶香(さやか)で、自分はジャスミンが好きだということを。

初芽は玲司に酔い覚ましのスープを持っていったあと、お風呂に入った。全身にまとわりつく酒の匂いで、頭がぼんやりしていた。

出てくると、玲司はバラを花瓶に活けていた。初芽に気づくとすぐに駆け寄り、顔いっぱいに心配を浮かべて言った。

「また裸足で歩いてる。風邪ひいたらどうするんだ?

お手伝いさんがここ数日いないんだから、もっと気をつけろよ。万が一ガラスか何かで足を切ったら、大変だぞ」

初芽は答えもせず、抵抗もしなかった。

玲司の心にはいったい誰がいるのか、彼女には分からなくなることが多かった。こんな彼を見ていると、とても浮気なんてするようには思えない。けれど、携帯に残された写真や挑発的な言葉は、紛れもなく現実だった。

玲司は何も気づかず、初芽の手を取って花瓶の前に立たせた。

「見てくれ、俺の活け花、上達しただろ?」

……そういえば、紗耶香はバラの活け花で番組に出て話題になっていた。

「綺麗ね。でも、どうしてジャスミンはないの?」

せめて「売り切れてた」とでも言ってくれるかと思ったが、彼の答えは冷たかった。「ジャスミンなんて地味だろ?花は小さいし、年寄りくさい。バラの方がいい。太陽みたいに華やかで情熱的だ」

その瞬間、初芽の胸はきゅっと締めつけられた。ぼんやりと、過去の面影がよみがえる。

男がジャスミンを手に、満面の笑みで彼女を見つめていた。「この花はお前みたいだ。清らかで上品だ」

――だが今や、清らかさよりも情熱のバラの方が上なのだ。

ぼんやりしていると、玲司がスマホを差し出してきた。「ほら、みんな俺たちの結婚式の話をしてる。

全員を招いて、盛大な結婚式にしたい。街中の大物を集めるんだ。どうだ?」

結婚式?

画面にはコメントが溢れていた。

【まだ結婚式してないの?絶対、盛大なのを準備してるんでしょうね】

【橘さんの愛だもん、どれだけ豪華になるか楽しみすぎる】

【末長くお幸せに!】

どうして人は、愛し合っていれば永遠に続くと思えるのだろう。

玲司は期待に満ちた瞳で問う。「どうだ?世間が注目する結婚式だ」

初芽は小さく頷いた。もう何も期待していない。ただ彼に最後の夢を見せるだけだ。

翌朝、玲司は張り切って彼女を連れ、ジュエリーショップへ向かった。

指はすでに指輪でいっぱいなのに。

「私たちには、もう指輪があるけど」

玲司は自分の指輪を選びつつ、何気なく言った。「新婚だし、新しい指輪を用意するもんだ。どれがいい?」

初芽はふと気づいた。玲司が見ているのは18号ばかり。けれど、自分の指は16号。明らかに合っていなかった。

店員が声をかける。「奥様は16号ですよ。これでは大きすぎます」

玲司は笑って流した。「大丈夫、デザインを見てるだけだから」

店員はそれ以上何も言えなかった。

だが初芽には分かっていた。これは紗耶香に贈る指輪だと。

以前、紗耶香がバラエティ番組に出たとき、指輪のサイズを聞かれて「18号」と答えていた。

その瞬間、玲司がスマホを抱えて甘く笑っていた姿を、初芽は思い出す。あんな笑顔を見たのは、付き合い始めの頃以来だった。きっとあの時から、彼は別の女に指輪を贈ることを考えていたのだ。

なら、なぜ別れてくれなかったのだろう。すでに他の女がいるのに、どうして自分を繋ぎ止めたのか。まさか二人の女に同時に指輪を渡すつもりなのか。

そのとき、玲司のスマホが鳴った。彼は画面を見てから指輪を置き、申し訳なさそうに初芽の頭を撫でた。「悪い。今日は会社の用事が多すぎて、指輪選びはここまでだ」

そう言うと、玲司は店員の方へ視線を移した。「さっき彼女が見ていた指輪を、全部まとめて家に送ってくれ」

今度は甘い視線を初芽に向け、優しく言った。「ごめんな、初芽。次は必ず邪魔させない。今日は我慢してくれ。カードを渡すから、欲しい物は好きに買っていいから。買い物が終わったら、運転手に迎えに来させて」

そう言い残すと、彼は急ぎ足で立ち去った。

店員はおそるおそる初芽の顔色をうかがいながら声をかけた。「お客様、指輪はどうなさいますか?」

初芽は淡々と答えた。「全部、捨てて」

花嫁は自分じゃない。本当の花嫁が来たときに、選べばいい。
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