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第3話

Auteur: サマーハート
「お前は本当に思いつきで行動するな」

「まだ九本の動画が残ってることを忘れないで。離婚届を出したくないなら、来なくてもいいわ」

辰樹は腹を立て、ガチャリと電話を切る。

地下駐車場までわずか十分ほどの距離なのに、咲月はテントを引きずりながら、まる一時間もかけてようやく辰樹の前にたどり着く。

「テント一つ運ぶのにぐずぐずしやがって。お前みたいな人間は、生きてるだけで命の無駄遣いだ」

辰樹は嘲りながらも、自然な手つきでテントを受け取り、トランクに放り込む。

だが、背後の咲月の顔が真っ白なことには気づかなかった。

そうね、もうすぐ地球の資源を節約できるわ。

道中、車内は異常なほど静かな空気。辰樹は少し落ち着かなくなる。

いつもなら咲月はぺちゃくちゃと口答えしてくるのに、今はただ目を閉じて黙っている。

その時、辰樹は咲月がずいぶん痩せたことに気づいた。元々ぴったりだった服が、今ではだぶだぶになっている。

彼の心に、なぜかふと切なさがよぎる。

二人が山頂に着いてテントを張り終えた頃には、すでに夜の帳が下りている。

夜風が寒気を運び、骨まで染み渡る。ただでさえ衰弱しきっている咲月は、ぶるぶると震えながら隅でうずくまるしかない。

「真冬にこんな所まで苦労しに来るなんて、お前、病気じゃないのか?」

「ええ、そうよ、病気よ。それが何か?」

咲月の声は刺々しかったが、辰樹には彼女の目が潤んでいるのが見えた気がする。

何かを問い詰めようとしたその時、夜空に一筋の光が走った。

「流星群だ」

辰樹の驚きの声に、咲月は平然としている。

そして、スマートフォンを取り出し、歩み寄る。

「さあ、二本目の動画を撮りましょう」

辰樹は珍しく素直に体を動かし、さらに咲月の肩に手を置いている。

画面の中で寄り添う二人、その背後を流れる流星群。ロマンチックで美しい雰囲気に、咲月は少し我を忘れてしまう。

少し気持ちを落ち着かせ、探るように言う。

「辰樹、流れ星に願い事をすると、すごく叶うって聞くわ。試してみない?」

辰樹が以前、そういった伝説を最も嫌っていたのを覚えていた。「信じる奴は馬鹿だ」とまで言っていた。

しかし今回、辰樹の声は彼女の耳元で響く。

「そんなの聞くまでもないだろ。もちろん、お前と早く離婚届を出すことだ。早ければ早いほどいい。

それと、日奈子が平穏で、健やかで、憂いなく過ごせるように」

咲月の心は、鷲掴みにされて、そのまま握り潰されるような激痛に襲われている。

彼女から一刻も早く解放されるため、そして日奈子の未来のためなら、辰樹は自分の信念さえも捨て去ることができる。

なんという皮肉な対比だろう。

再び体に激痛が走り、咲月は立っているのもやっとだった。

辰樹が彼女を支えようとした時、スマートフォンの着信音が鳴り響く。

日奈子の甘えた声が聞こえてくる。

「辰樹、怖い夢を見たの。すごく怖いわ。そばに来てくれない?」

「日奈子、心配するな。すぐにそっちへ行く」

辰樹は振り向くと、今度は挨拶もなしに歩き去る。

車を発進させ、曲がりくねった山道に入っていくのを見て、咲月の涙がこらえきれずにこぼれ落ちる。

この山道は険しく、夜間の運転は極めて危険だ。

しかし辰樹は、日奈子の一言で、命さえも顧みない。

愛する人のためには、どんな困難も乗り越えられる。だが、愛していない人のそばにいるのは、一秒でも苦痛なのだ。

動画の画面に、涙に濡れた咲月の顔が映し出されている。

「辰樹、また前川さんのために私を置き去りにしたわね。でも、もうすぐ死ぬ私が、何を気にすることがあるかしら。

ハネムーンで北エストリアにオーロラを見に行こうって約束したこと、覚えてる?残念ながら、三年間、私たちはお互いを傷つけ合うことばかりに時間を使ってしまった。今回計画した流星群で、その心残りを埋められると思ったのに、結局は私の甘い考えだったのね」

涙が再び溢れ出し、体が引き裂かれるような痛みに襲われ、咲月はついに耐えきれずに倒れ込んだ。

病院で目を覚ましたのは、一週間後のことだった。

「咲月さん、やっと目が覚めたんですね!すごく心配したんですよ!」

三上悠乃(みかみ はるの)が駆け寄り、彼女を強く抱きしめる。

高井家が衰退し、牧野家から度重なる打撃を受けて以来、社交界の人々は咲月を敬遠している。息も絶え絶えの高井家と、飛ぶ鳥を落とす勢いの牧野家、どちらに取り入るべきかは明らかだったから。

しかし、かつて咲月に支援してもらったこの大学生だけは、彼女の窮状を知り、世話をしたいと強く申し出てくれる。

咲月は彼女の背中を優しく叩きながら慰める。

「大丈夫よ。まだしばらくは死なないから」

悠乃は、その言葉にたちまち目を赤くする。

ベッドサイドのスマートフォンが光り、辰樹から電話がかかってくる。
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