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雪の降る時、止まらぬ想いを抱えて

雪の降る時、止まらぬ想いを抱えて

By:  サマーハートCompleted
Language: Japanese
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「牧野さん、あなたの余命は、おそらく三十日もないでしょう……申し訳ありませんが、我々は最善を尽くしました」 牧野咲月は氷の穴に突き落とされたかのようで、検査結果を握りしめる手から血の気が引いている。 先月、父が病で亡くなり、母はショックで寝込んでしまった。一族の重荷が、彼女一人の肩にのしかかっている。 諦めずに頑張り続ければ、いつかきっと苦労が報われる日が来ると信じていた。 しかし、運命は最後まで彼女を見放そうとはしない。 咲月は震える手でスマートフォンを取り出した。 今、牧野辰樹の声が聞きたくてたまらない。 たとえ、いつもの口喧嘩でもいいから。 だが、見慣れた番号を目にすると、辰樹の嫌悪に満ちた顔が脳裏に浮んでいる。 自分のことをあれほど嫌っている。こんな落ちぶれた姿を知ったら、きっと何日も夜通し花火を鳴らして祝うに違いない。

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Chapter 1

第1話

「牧野さん、あなたの余命は、おそらく三十日もないでしょう……申し訳ありませんが、我々は最善を尽くしました」

牧野咲月(まきの さつき)は氷の穴に突き落とされたかのようで、検査結果を握りしめる手から血の気が引いている。

先月、父が病で亡くなり、母はショックで寝込んでしまった。一族の重荷が、彼女一人の肩にのしかかっている。

諦めずに頑張り続ければ、いつかきっと苦労が報われる日が来ると信じていた。

しかし、運命は最後まで彼女を見放そうとはしない。

咲月は震える手でスマートフォンを取り出した。

今、牧野辰樹(まきの たつき)の声が聞きたくてたまらない。

たとえ、いつもの口喧嘩でもいいから。

だが、見慣れた番号を目にすると、辰樹の嫌悪に満ちた顔が脳裏に浮んでいる。

自分のことをあれほど嫌っている。こんな落ちぶれた姿を知ったら、きっと何日も夜通し花火を鳴らして祝うに違いない。

躊躇していると、スマートフォンの画面にニュース速報が飛び込んでくる。

咲月は、何かに引き寄せられるようにそれをタップしてみる。

目に飛び込んできたのは、血が沸き立つような一枚の写真。

薄暗い個室の中、露出の多い服を着た女たちが、着崩れた格好の男を取り囲んでいる。

その傍らには、目を刺すように派手な見出しが躍っている。

#若妻そっちのけ!牧野辰樹、美女と朝まで「乱痴気騒ぎ」!

咲月の胃が痙攣し、うわっと嘔吐した。

三年間、こんな光景は数え切れないほど繰り返されてきたが、それでも慣れることはできない。

三年の結婚生活で、辰樹は離婚を認めさせるため、あらゆる手を尽くした。

咲月がベッドで高熱にうなされている時、彼は他の女を連れて街を闊歩している。

咲月が実家の会社のために頭を抱えている時、彼は高井の会社を徹底的に叩きのめす。

数少ない二人の夜でさえ、酔って彼女を前川日奈子(まえかわ ひなこ)と間違えた時だけ。

ぐしゃぐしゃに握りしめた検査結果に目を落とし、咲月は深い疲労を感じている。

もう、手放すべき時なのかもしれない。

咲月は再び電話をかける。

二度かけたが、二度とも切られた。

三度目も切られるだろうと思ったその時、怒りと苛立ちを含んだ声が聞こえてくる。

「また何を狂った真似をしてるんだ?離婚に応じないなら、煩わせるな。暇じゃないんだ」

「辰樹……離婚しましょ。私、同意するわ」

電話の向こうが一瞬、静まり返った。

次の瞬間、辰樹の嘲るような声が再び響く。

「咲月、その手は一度で十分だ。何度もやられると面白くもなんともない。お前の遊びに付き合ってる暇はないんだよ!」

咲月は、これまで何度も喧嘩のたびに、かっとなって離婚を切り出したことを思い出すした。

だが、役所の入口に差し掛かる頃には、いつも決まって後悔していた。

だから辰樹は、今回も彼女がからかっているだけだと思っている。

でも、今回は本当に、残り少ない自分の人生にけりをつけたいだけ。

「今回は本気よ。前川さんがもうすぐ帰国するでしょう?まさか既婚者のまま彼女に会うつもり?」

電話の向こうから荒い息遣いが聞こえてくる。辰樹は相当頭にきているようだ。

「一体どんな手を使う気だ!」

咲月はぐっと歯を食いしばり、胸に刺さる痛みを飲み込む。だが、口から出た声は皮肉に満ちている。

「そんなに臆病だったなんてね。何度か脅かされたくらいで来られないなんて、前川さんへの想いもその程度なのね。最後のチャンスをあげるわ。明日の午前、役所で。時間を過ぎたら待たないからね」

電話を切った瞬間、向こう側でテーブルか椅子がぶつかる音が聞こえた。

胸の痛みを抑え、咲月は役所へと急いだ。

辰樹は彼女の姿を見て、少し意外に思う。

あれほど何度も離婚騒ぎを起こしたが、役所まで来たのは初めて。

「本当に来やがったのか。また俺をからかってるんじゃないだろうな」

咲月は口の端を歪める。

「ええ、一つだけ条件があるの」

辰樹はすぐに嘲りの声を上げる。

「やっぱり性根は腐ったままか。信じた俺が馬鹿だった。一体何がしたいんだ!」

咲月は胃の刺すような痛みに耐えながら、離婚届を彼に差し出す。

「安心して。この要求を飲んでくれさえすれば、必ず離婚するから」

辰樹は離婚届を受け取る手をこわばらせる。

「何が欲しい?株か、不動産か。離婚してくれるなら、何でもくれてやる」

鋭い言葉が咲月の心を打ち、激しい痛みが走っている。

辰樹がどれほどの苦労を重ねて今の地位を築いたか、誰よりも知っている。

日奈子との未来のために、それをすべて手放すというのか。

牙を剥くのは自分に対してだけ、真心はすべて日奈子に捧げられている。

咲月は、自分がまるで道化のように思える。

喉の奥からこみ上げる血の味をぐっとこらえ、顔を上げる時、その表情はいつもの気高さに満ちている。

「十本の動画を撮ってほしいの」

これを撮り終えたら、完全にあなたのもとを去り、あなたの世界から消える。

その時、この世界にもう咲月という人間は存在しなくなる。
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第1話
「牧野さん、あなたの余命は、おそらく三十日もないでしょう……申し訳ありませんが、我々は最善を尽くしました」牧野咲月(まきの さつき)は氷の穴に突き落とされたかのようで、検査結果を握りしめる手から血の気が引いている。先月、父が病で亡くなり、母はショックで寝込んでしまった。一族の重荷が、彼女一人の肩にのしかかっている。諦めずに頑張り続ければ、いつかきっと苦労が報われる日が来ると信じていた。しかし、運命は最後まで彼女を見放そうとはしない。咲月は震える手でスマートフォンを取り出した。今、牧野辰樹(まきの たつき)の声が聞きたくてたまらない。たとえ、いつもの口喧嘩でもいいから。だが、見慣れた番号を目にすると、辰樹の嫌悪に満ちた顔が脳裏に浮んでいる。自分のことをあれほど嫌っている。こんな落ちぶれた姿を知ったら、きっと何日も夜通し花火を鳴らして祝うに違いない。躊躇していると、スマートフォンの画面にニュース速報が飛び込んでくる。咲月は、何かに引き寄せられるようにそれをタップしてみる。目に飛び込んできたのは、血が沸き立つような一枚の写真。薄暗い個室の中、露出の多い服を着た女たちが、着崩れた格好の男を取り囲んでいる。その傍らには、目を刺すように派手な見出しが躍っている。#若妻そっちのけ!牧野辰樹、美女と朝まで「乱痴気騒ぎ」!咲月の胃が痙攣し、うわっと嘔吐した。三年間、こんな光景は数え切れないほど繰り返されてきたが、それでも慣れることはできない。三年の結婚生活で、辰樹は離婚を認めさせるため、あらゆる手を尽くした。咲月がベッドで高熱にうなされている時、彼は他の女を連れて街を闊歩している。咲月が実家の会社のために頭を抱えている時、彼は高井の会社を徹底的に叩きのめす。数少ない二人の夜でさえ、酔って彼女を前川日奈子(まえかわ ひなこ)と間違えた時だけ。ぐしゃぐしゃに握りしめた検査結果に目を落とし、咲月は深い疲労を感じている。もう、手放すべき時なのかもしれない。咲月は再び電話をかける。二度かけたが、二度とも切られた。三度目も切られるだろうと思ったその時、怒りと苛立ちを含んだ声が聞こえてくる。「また何を狂った真似をしてるんだ?離婚に応じないなら、煩わせるな。暇じゃないんだ」「辰樹……離婚し
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第2話
「断ってもいいわ。でも、この離婚届は見えるわよね?私の分はサインも判も、もう済ませてある。今、あなたにチャンスをあげるわ。今日から三十日間、私の条件を飲んでくれるなら、この紙はあなたのものよ」辰樹の目に浮かんでいた葛藤と躊躇が、次第に期待の色へと変わっていった。「咲月、もしもう一度俺を騙したら、ただじゃおかないからな!」咲月は唇を歪め、心の中で苦笑している。その頃には、きっと私を探したくても見つけられないわ。辰樹がようやく頷いたのを見て、咲月は彼を母校の大学の前に連れてくる。ちょうど下校時間で、幼い顔つきの学生たちが次々と校門から出てくるところ。北野沢(きたのさわ)町の冬の風は骨身に染みるほど冷たく、咲月はぶるぶると震えている。「そんなに着ぶくれしてるくせに、幽霊みたいに凍えてやがって。咲月、相変わらず役立たずだな」嫌味な言葉とは裏腹に、一着のコートが咲月の腕の中に投げ込まれる。コートに残る温もりが、咲月の心まで温めた。「ありが……」「礼なんて言うな。お前が病気で寝込んで、三十日後の離婚届の提出が遅れるのが嫌なだけだ」咲月がコートを羽織る手が止まり、胸が締め付けられる。自分が死ねば、辰樹は完全に自由になる。離婚届なんて、もうどうでもよくなるはずなのに。深呼吸をして胸中の複雑な感情を抑え、スマートフォンのカメラを起動した。「辰樹、一本目の動画を撮りましょう」せめて、死ぬ前に何か記念を残しておきたい。しかし、向かいの男は聞こえていないかのように、自分の写真や動画を撮るのに夢中で、笑みを浮かべながらスマートフォンの向こうの誰かに送っている。誰と青春を懐かしんでいるのか、推測するまでもない。咲月の心は、きゅっと締め付けられるように痛んでいる。どれくらいの時間が経っただろうか、辰樹がようやく気づいた。「女って、本当に面倒だな」ぶつぶつ言いながらも体を傾け、スマートフォンの画面に顔を近づける。同じフレームに映る二人を見て、咲月はどこか夢見心地だ。こんなふうに穏やかに過ごすのは、もうずいぶん久しぶり。過ぎ去った時間の中で、二人はいつもいがみ合ってばかり。「この動画が編集される頃には、お前から解放されてるといいな」辰樹はカメラに向かって眉をひそめ、自分の願いを記録する。
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第3話
「お前は本当に思いつきで行動するな」「まだ九本の動画が残ってることを忘れないで。離婚届を出したくないなら、来なくてもいいわ」辰樹は腹を立て、ガチャリと電話を切る。地下駐車場までわずか十分ほどの距離なのに、咲月はテントを引きずりながら、まる一時間もかけてようやく辰樹の前にたどり着く。「テント一つ運ぶのにぐずぐずしやがって。お前みたいな人間は、生きてるだけで命の無駄遣いだ」辰樹は嘲りながらも、自然な手つきでテントを受け取り、トランクに放り込む。だが、背後の咲月の顔が真っ白なことには気づかなかった。そうね、もうすぐ地球の資源を節約できるわ。道中、車内は異常なほど静かな空気。辰樹は少し落ち着かなくなる。いつもなら咲月はぺちゃくちゃと口答えしてくるのに、今はただ目を閉じて黙っている。その時、辰樹は咲月がずいぶん痩せたことに気づいた。元々ぴったりだった服が、今ではだぶだぶになっている。彼の心に、なぜかふと切なさがよぎる。二人が山頂に着いてテントを張り終えた頃には、すでに夜の帳が下りている。夜風が寒気を運び、骨まで染み渡る。ただでさえ衰弱しきっている咲月は、ぶるぶると震えながら隅でうずくまるしかない。「真冬にこんな所まで苦労しに来るなんて、お前、病気じゃないのか?」「ええ、そうよ、病気よ。それが何か?」咲月の声は刺々しかったが、辰樹には彼女の目が潤んでいるのが見えた気がする。何かを問い詰めようとしたその時、夜空に一筋の光が走った。「流星群だ」辰樹の驚きの声に、咲月は平然としている。そして、スマートフォンを取り出し、歩み寄る。「さあ、二本目の動画を撮りましょう」辰樹は珍しく素直に体を動かし、さらに咲月の肩に手を置いている。画面の中で寄り添う二人、その背後を流れる流星群。ロマンチックで美しい雰囲気に、咲月は少し我を忘れてしまう。少し気持ちを落ち着かせ、探るように言う。「辰樹、流れ星に願い事をすると、すごく叶うって聞くわ。試してみない?」辰樹が以前、そういった伝説を最も嫌っていたのを覚えていた。「信じる奴は馬鹿だ」とまで言っていた。しかし今回、辰樹の声は彼女の耳元で響く。「そんなの聞くまでもないだろ。もちろん、お前と早く離婚届を出すことだ。早ければ早いほどいい。それと、日
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第4話
画面には数十件の不在着信が表示されており、すべて彼女が昏睡している間に辰樹からかかってきたもの。咲月は力を振り絞ってスマートフォンを掲げる。「心配しないで、私は大丈夫……」「今どこだ!あと八本の動画、まさかまた約束を破るつもりじゃないだろうな?俺を馬鹿にして面白いか?」辰樹の苛立った声は、まるで爆弾のように咲月の心身をずたずたにする。この人が電話してきたのは、ただノルマをこなすためであって、彼女を心配してのことではない。咲月は苦笑いを浮かべる。化学療法でごっそりと抜け落ちた髪の束を手に取り、かすれた声で言う。「午後三時、家で映画を一緒に見てほしいの」「わかった。今から新居へ向かう。くだらない真似はするなよ」痛みが咲月の四肢に広がる。辰樹はそんなにも早く、自分から解放されたいのだろうか?自分の青白い顔色を隠すため、咲月はわざわざ悠乃に化粧をしてもらった。ゆっくりとリビングに入ると、辰樹がいるせいか、氷のように冷たかった新居が少しだけ暖かく感じられる。なにしろ、この三年間、辰樹が帰ってきた回数は片手で数えるほどだったのだから。寝室のドアを開ければ、辰樹の冷たい嘲笑が待っているだろうと、彼女は思っている。しかし、目に飛び込んできたのは、予想もしない光景。テーブルにはアロマキャンドルが灯され、カーペットにはバラの花びらが敷き詰められ、プロジェクターのスクリーンには彼女が一番好きな「タイタニック」が映し出されている。咲月はドアノブを握る手を、緩めてはまた強く握りしめる。「何突っ立ってるんだ?映画が見たいって言ったのはお前だろう?入れよ」咲月は頬を火照らせる。「別に、私のためにこんなに豪華に……」「誰がお前のために用意したなんて言った?」咲月はその場で凍りつく。「ごめんなさい、遅れちゃった。咲月さん、気にしないわよね?」日奈子は微笑んでいるが、咲月に向ける視線は挑発に満ちている。部屋には椅子があるのに、日奈子はそれに見向きもせず、新婚用のベッドに腰掛ける。「どうしてこの人をここに?」咲月の声は震え、喉の奥から血の気がこみ上げてくる。「どうせ動画を撮るだけだろ。何人いようが関係ない。日奈子はこの数日、疲れすぎてるんだ。映画でも見てリラックスするべきだ」辰樹は彼女
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第5話
辰樹の足が止まった。彼は咲月が持つカメラに駆け寄り、冷たい声で言う。「咲月、俺が気づいてないとでも思ったか?キャンプにしろ、今回の映画にしろ、全部俺を好きだからだろう?だが、俺はお前が好きじゃない。俺が好きなのは日奈子だ。もし彼女が、俺が死にかけた時に骨髄を提供してくれなかったら、とっくに死んでいた。お前みたいに、利益のために自分の結婚を売り渡し、陰湿な手で彼女をいじめる女とは違う。だから、俺がお前を愛することは永遠にない。満足か?」咲月は散らかった床に座り込み、こみ上げる痛みで、ついに一口の血を吐き出す。涙が頬を伝い、カメラに向かって悲痛な笑みを浮かべる。「辰樹、本当に骨髄を提供したのが誰なのか、永遠に知ることのないように願うわ。それと、結婚三周年、おめでとう」咲月が再び目を覚ました時、無意識にスマートフォンを手に取った。中には様々な広告以外、何の電話もなく、誰一人として自分を気遣う者はいない。しばらく黙った後、辰樹に位置情報を送る。「三本目の動画は、結婚式場で撮るわ」悠乃は止められないと知り、ただ痛ましげに、無理をしないように、少しでも体調が悪くなったらすぐに病院に戻るようにと念を押す。咲月が友人の結婚式場に着いた時、辰樹は日奈子を連れてあちこちで談笑している。その姿はまるで夫婦そのもの。咲月の胸に鋭い痛みが走っている。彼女の姿を一目見た瞬間、辰樹は日奈子の手を放し、こちらへ歩いてくる。彼は今日、仕立ての良い黒いスーツを着ており、まるで咲月と結婚した日のようだった。しかし、彼女に向ける視線は苛立ちに満ちている。「この前のことは水に流してやる。三本目の動画をさっさと撮って終わらせるぞ」胸の痛みをこらえ、咲月は後ろで行われているブーケトスの場所を指す。「私のためにブーケを取ってくれたら、動画を撮るわ」「咲月、本当に恥知らないんだな」「嫌ならいいわ。今すぐ帰ってもいいのよ。でも、今までの努力が無駄になるだけだけど」辰樹は奥歯を噛みしめ、振り返ってブーケ争奪戦に加わった。咲月はスマートフォンのカメラを起動し、そのすべてを記録する。どよめきと共に、長身の辰樹がブーケを掴み取った。仕立ての良いスーツを着て、ブーケを手に自分に向かって歩いてくる彼を見て、彼女は二人が結婚
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第6話
咲月はしばらくして、ようやく少し体力が回復した。地下駐車場に着くと、日奈子が待ち構えている。「咲月、忠告しておくけど、これ以上辰樹に付きまとうなら、惨めな死に方をするわよ」咲月は冷たく鼻で笑う。「へえ?どんなふうに惨めなのかしら?」今の自分より惨めなことなんて、あり得ない。日奈子の顔が青ざめたり赤くなったりするのを、咲月は気にも留めず、まっすぐ車に乗り込み、アクセルを踏む。車が動き出したその瞬間、人影が飛び出してくる。幸い、咲月が急ブレーキを踏んだため、日奈子にぶつかることはなかった。車を降りて問い詰めようとした時、日奈子は悲鳴を上げて地面に倒れ込む。そして、見慣れた人影が駆け寄ってくる。「日奈子、どうしたんだ!」辰樹は日奈子を抱き上げ、その顔には、咲月が見たこともないほどの心配の色が浮かんでいる。「辰樹、私、咲月さんに挨拶しただけなのに、どうして車で轢こうとするの?そんなに私が憎いの?」咲月は疲れ果てていた。「そんなこと……」しかし、辰樹の真っ赤な両目には、殺意が満ちている。反応する間もなく、一台の車が矢のように、彼女に向かって猛スピードで突っ込んでくる。痛みが四肢に広がり、空中に投げ出された咲月は、運転席の辰樹を見て、一筋の涙を流した。こうして死ぬのも、一つの解放なのかもしれない。咲月が病院で目を覚ました時、悠乃が電話に向かって罵声を浴びせている。「この人でなし!咲月さんは元々病気で先が長くないっていうのに、あんたが車で轢くなんて!咲月さんを殺さないと気が済まないのか!」電話の向こうは一瞬戸惑い、そして軽蔑するような笑い声が聞こえる。「そう言えと教えられたのか?『先が長くない』なんて嘘までつけるんだから、あいつにできないことは何もないだろうな。あいつに伝えろ。たとえ本当に死んだとしても、俺は涙一滴流さないと」電話はガチャリと切られ、悠乃は潤んだ目で再びかけ直したが、もう繋がることはない。咲月は力なく、真っ白な顔で微笑む。「もういいの。意味がないわ」悠乃は泣き崩れる。「どうしてですか!神様は、どうしてこんな仕打ちを……」咲月は目尻の涙を拭う。「もう、どうでもいいの」一週間後、辰樹から一通のメッセージが届いた。【この前の日奈子の怪我がた
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第7話
カメラの中で、夕子は辰樹の手を握りながら言い聞かせる。「辰樹、うちの娘は少しわがままなところがあるけれど、あなたのことを心から愛しているのよ。どうか、大切にしてあげてね」辰樹は咲月の腰を引き寄せ、誠実な口調で言う。「お母さん、ご心配なく。必ず咲月を大切にします」咲月の体が震えた。辰樹が芝居に付き合っているだけだと分かっていても、感情がこみ上げてくるのを抑えられない。動画を撮り終えると、辰樹は母娘二人の時間を作るために席を外す。母娘がゆっくり話す間もなく、病室に招かれざる客がやってくる。日奈子は、毒々しい目つきで言う。「あら、もう泣いてるの?数日後、あなたの娘が死んだら、あなたは泣き死にするんじゃないかしら?」「黙りなさい!」咲月は鋭く制した。「おばさん、まだご存知ないでしょう?あなたの娘さん、癌なのよ。もう長くないわ。もうすぐ、ご自分でお子さんのお墓を建てることになるんですねぇ」「何を言っているの……」夕子は信じられないという顔で、咲月の手を強く握りしめ、震える声で尋ねる。「咲月、この人が言っていることは、本当なの?」「お母さん、冗談よ、信じないで。私は元気よ」咲月は振り返り、日奈子を追い出そうとする。しかし、相手の方が一枚上手で、素早く彼女のかつらをひったくった。「おばさん、これで信じたでしょう?この髪は、化学療法で全部抜け落ちたのよ」咲月は悲鳴を上げ、慌ててかつらを奪い返して被り直す。「お母さん、信じないで。これは自分で剃ったの。かつらの方が髪型を変えやすくて便利だから……」しかし、母親の呼吸は荒くなり、顔は青紫色に変わってしまう。ベッドサイドの生命維持装置も、甲高い警告音を鳴らし始める。大勢の医療スタッフが慌ただしく駆けつけ、救急処置を始める。咲月は車椅子に座り込み、心臓がえぐられるように痛む。そして、日奈子に向けるその目は、殺意に満ちている。日奈子は心の中で慌て、逃げ出そうとする。咲月は足の怪我も構わず、車椅子から立ち上がり、日奈子を掴んで、その首を強く絞める。「日奈子、殺してやる!」日奈子は白目をむき、顔は紫色になり、もがく動きも次第に小さくなっている。「咲月、何をしているんだ!」辰樹が咲月を突き飛ばし、日奈子をしっかりと背後にかばう。
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第8話
それからの数日間、辰樹はショックを受けた日奈子に付き添っている。夕子の埋葬の知らせを聞き、墓地へ駆けつけた時には、すでに式は終わっていた。彼の心に、少し寂しさがこみ上げる。約束の日が翌日で終わることを日奈子に指摘され、辰樹はようやくためらいがちに咲月にメッセージを送った。【咲月、お母さんのことは残念だったな。だが、言っておかなければならない。明日が俺たちの離婚届を出す日だ。残りの動画を撮る時間は、今日一日しか残されていない】一方、病床の咲月は、やつれ果て、憔悴しきっている。ゆっくりとキーボードで一行の文字を打ち込む。心には何の波も立っていない。【残りの動画はもう撮らなくていいわ。明日、約束通り役所に行くから】咲月の心はすでに死んでおり、ただ目の前のすべてを終わらせ、死ぬ前に自由で清らかな人生を取り戻したい。彼女は顔を上げ、悠乃に微笑みかける。「悠乃、よかった。もうすぐ解放されるわ」しかし、悠乃は涙を流した。三十日間は、彼らの離婚へのカウントダウンであると同時に、咲月の死へのカウントダウンでもある。ただ、咲月に駆け寄り、強く抱きしめることしかできない。「あの女が、また俺をからかってるんじゃないのか、誰がわかるものか……」辰樹は口の端を歪める。しかしその夜、なかなか寝付けない。翌日、辰樹は遠くから、役所のロビーで待っている咲月の姿を見つける。咲月が彼より先に来ているのは、これが初めて。辰樹の心に、複雑な感情が湧き上がる。離婚届をその手に取るまで、辰樹は咲月が今回本当に嘘をついていないことに気づいていた。「辰樹、これで、あなたも私も自由よ」もう何の未練もなく、この世界から清らかに消えていく。辰樹は、透き通るほど青白い咲月を見て、なぜか心に不安がよぎる。何かを言おうとしたが、咲月は彼に手を振る。「さようなら、辰樹」辰樹の心は震え、思わず後を追いかけそうになる。その次の瞬間、スマートフォンが鳴った。「辰樹さん、離婚成立おめでとう!これでやっと自由の身だね!日奈子さんもずっと待ってるよ。いつプロポーズするつもり?」辰樹はしばらく考え込む。「一週間後、天陽ホテルでプロポーズする」一方、街角の向こう側で、咲月の疲れ果てた体は、枯葉のように舞い落ちる。七日後
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第9話
咲月の声はまだ続いている。しかし、辰樹の頭は轟音に包まれ、一言も聞き取れない。「私はもう死んでいるわ」という言葉が呪文のように、彼の耳元で響き、意識を打ちのめす。辰樹の眉はきつく寄せられ、両手は固く拳を握りしめている。死んだ?彼女が死んだとは、どういうことだ?「辰樹、咲月さんはもうあなたと離婚したのに、どうしてまだ亡霊のように付きまとうのかしら?プロポーズの儀式で、わざわざこんな悪戯をするなんて」日奈子が辰樹の腕に強くしがみつき、彼を混乱した思考から引き戻す。辰樹の目に、一筋の光が戻った。そうだ、咲月はまたからかっているに違いない。こんなことをするのは、初めてじゃない。彼女はただ、自分が幸せになるのが気に入らないだけ。咲月の罠にはまったら、彼女は飛び出してきて大笑いするだろう。その頃、ホテルの責任者がこの「ちょっとしたトラブル」を解決し、電子スクリーンには再び辰樹と日奈子の様々なツーショット写真が映し出されている。ゲストたちも事情を察し、再び酒を酌み交わし始める。すべては元通りになる。日奈子は辰樹の手を取り、情熱的な眼差しを向ける。「辰樹、こんなことで邪魔されないで、式を続けましょう?」しかし、今の辰樹は心が乱れている。彼の心は、まるで穴が空いたように焼かれ、落ち着かない。ネクタイを緩めながら言う。「日奈子、咲月のせいで、こんな大恥をかかされるなんて。今日こそはあいつをしっかり教育して、お前の悔しさを晴らしてやる」辰樹が背を向けて去ろうとするのを見て、日奈子の心は沈んでいる。彼の袖を強く掴み、哀願するように言う。「辰樹、私を一人残して、みんなの笑い者にするつもりなの?」以前なら、日奈子が少し眉をひそめるだけで、辰樹は心を痛めたものだった。しかし今、彼女の潤んだ目を見ても、なぜか苛立ちを感じている。「日奈子、また今度だ。今度は、もっと盛大なプロポーズを約束する」辰樹の去っていく背中を見て、日奈子は怒りで狂いそうになる。しかし、目下の最重要課題は、この場にいるゲストたちにどう一人で向き合うか、ということだ。辰樹は道中、ずっと咲月に電話をかけ、メッセージを送っている。しかし、誰も応答しない。ハンドルを強く叩きつけ、心に言いようのない苛立ちを感じている。
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第10話
その後、辰樹は咲月がよく行くいくつかの場所へ直行する。まず彼が向かったのは、咲月がかつて投資して建てた中央公園だ。辰樹と喧嘩するたびに、ここで気晴らしをしている。しかし今、公園は相変わらず花が咲き乱れ、緑の草が生い茂っているが、あの見慣れた姿はどこにも見当たらない。辰樹の心に寂しさを感じている。その時、ある噴水の名前が目を引いた。【タツキ噴水】噴水の名前が、なんと彼の名前で名付けられていた!辰樹ははっとして周りを見渡す。目に飛び込んできたのは、【タツキ花壇】、【タツキ東屋】、【タツキ石橋】……公園の名前さえも、「辰園」だ。咲月は、彼の名前をテーマにした公園を建てていた!辰樹はその場で凍りつき、心臓が抑えきれないほど震え出す。「ママ?タツキって誰?どうしてこの公園は、どこもかしこもその人の名前なの?」通りかかった子供が、あどけない声で尋ねる。「たぶん、この公園を計画した人が、とってもとっても愛している人なのね」まるで雷に打たれたかのように、辰樹は咲月のあの深く、そして悲しげな瞳を思い出す。彼は突然、咲月の彼への愛が、想像をはるかに超えていることに気づいた。辰樹はほとんど逃げるようにその場を去る。我に返った時、咲月がよく訪れていた孤児院の前にいる。この孤児院は、彼女が時間と労力をかけて建てたもので、高井家が倒産しても、子供たちへの支援を決して止めない。辰樹は一通り探しても咲月の姿を見つけられず、帰ろうとしたが、目の鋭い子供たちに見つかってしまう。「辰樹お兄ちゃん、来てくれたんだ!」次の瞬間、すべての子供たちが駆け寄り、彼を囲んでいる。「辰樹お兄ちゃん」「辰樹お兄ちゃん」……子供たちの親しげな呼びかけに、辰樹は驚きを隠せない。「どうして俺の名前を知ってるんだ?」なにしろ、ここを訪れるのは今日が初めてだったのだから。「もちろん知ってるよ!咲月お姉ちゃんが最初に教えてくれた言葉が、お兄ちゃんの名前だったんだ」「お姉ちゃんは、お兄ちゃんの写真も見せてくれたよ。お兄ちゃんは、お姉ちゃんの心の中で一番かっこいい男の人なんだって」「それに、この孤児院に投資してくれたのもお兄ちゃんだって言ってた。だから、今度会ったら、必ずお礼を言うようにって」辰樹の心に、
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