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子なし夫は二児の父でした

子なし夫は二児の父でした

Oleh:  小米しょうがTamat
Bahasa: Japanese
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海外で事業を広げるため、一年の大半をY国で過ごしている夫・間宮颯太(まみや そうた)に会いたくて、私はY国のプロジェクトに何度も手を挙げてきた。 けれど断られ続け、もう諦めかけていた頃、上司が突然考えを変え、私にチャンスをくれた。 上司は、三人の手が重なった親子写真を私に差し出した。 「こちらが間宮社長と奥様、それから今年六歳になるご長男です。一昨年にはお嬢様もお生まれになっていますから、贈り物はお二人のお子様がいらっしゃることを意識して選んでください」 聞き慣れた「間宮社長」という呼び方と、写真に写った見覚えのある腕時計に、私は一瞬言葉を失った。 けれど颯太は、子供はいらないと言って、母に三日三晩許しを求め続けた人だ。 きっと、私の考えすぎに違いない。 ホテルに着いたあと、私は同僚を散歩に誘った。 すると通りの向こうに、穏やかに笑っている颯太がいた。 颯太は二、三歳ほどの女の子を肩車し、右手で小さな男の子の手を握り、左手は別の女と指を絡めていた。 男の子が振り向き、私に気づいた。 その顔が颯太にあまりにもよく似ていて、私は思わず足を止めた。 颯太は、愛は純粋なものだから、子供に邪魔されたくないと言っていた。 私と子供を持たないことが愛だというなら、ほかの女と子供を持つことは、いったい何なのだろう。 同僚は目を輝かせ、私を前へ押し出した。 「間宮社長ご一家にお会いできるなんて、すごい偶然ですね。ご挨拶しましょう」

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Bab 1

第1話

海外で事業を広げるため、一年の大半をY国で過ごしている夫・間宮颯太(まみや そうた)に会いたくて、私はY国のプロジェクトに何度も手を挙げてきた。

けれど断られ続け、もう諦めかけていた頃、上司が突然考えを変え、私にチャンスをくれた。

上司は、三人の手が重なった親子写真を私に差し出した。

「こちらが間宮社長と奥様、それから今年六歳になるご長男です。一昨年にはお嬢様もお生まれになっていますから、贈り物はお二人のお子様がいらっしゃることを意識して選んでください」

聞き慣れた「間宮社長」という呼び方と、写真に写った見覚えのある腕時計に、私は一瞬言葉を失った。

けれど颯太は、子供はいらないと言って、母に三日三晩許しを求め続けた人だ。

きっと、私の考えすぎに違いない。

ホテルに着いたあと、私は同僚を散歩に誘った。

すると通りの向こうに、穏やかに笑っている颯太がいた。

颯太は二、三歳ほどの女の子を肩車し、右手で小さな男の子の手を握り、左手は別の女と指を絡めていた。

男の子が振り向き、私に気づいた。

その顔が颯太にあまりにもよく似ていて、私は思わず足を止めた。

颯太は、愛は純粋なものだから、子供に邪魔されたくないと言っていた。

私と子供を持たないことが愛だというなら、ほかの女と子供を持つことは、いったい何なのだろう。

同僚は目を輝かせ、私を前へ押し出した。

「間宮社長ご一家にお会いできるなんて、すごい偶然ですね。ご挨拶しましょう」

私を見た瞬間、女は颯太の手を離し、同僚と並ぶ私のほうへ歩いてきた。

「プロジェクトの件でいらした高坂結月(こうさか ゆづき)さんですね。まさか予定より先にお会いできるなんて。私は颯太の妻、間宮琴葉(まみや ことは)です」

彼女は私のことを知っていた。しかも、目の前で堂々と颯太の妻だと名乗った。

不倫相手のくせに、どうしてあんなに平然としていられるのだろう。

急に私をこのプロジェクトに参加させると言い出した上司のことが頭をよぎる。まさか彼女が、わざと私に気づかせるよう仕組んだのだろうか。

私を見た途端、颯太の笑みがこわばった。抱いていた小さな女の子を下ろし、その手を握ったまま、少しためらってから私に手を差し出す。

「初めまして。お会いできて光栄です」

完全に、私のことなど知らないという態度だった。

私は歯が痛むほど強く食いしばり、他人を見るような冷たい颯太の顔を見つめた。

大学受験が終わった日、颯太は全校生徒と教師たちが見守る中、私に告白した。

それから私たちは同じ大学へ進み、卒業してすぐに結婚した。

十年も一緒にいれば、あの頃の熱が少しずつ落ち着いていくのも当然だと思っていた。

恋が、家族としての愛情に変わっただけなのだと。

けれど本当は、彼には外にもう一つの家庭があった。妻も、子供もいた。

そのうえ男の子はもう六歳で、私たちが結婚した年に生まれていた。

だとしたら、彼が苦労して二つの国を行き来していたのは、私のそばにいるためだったのか。それとも、Y国にあるこの円満で幸せな家庭のためだったのか。

私が手を取らずにいると、颯太の表情が少し冷えた。

「……仕事の場で、その態度はどうなんですか」

それを見た琴葉は、笑みを浮かべたまま颯太の手を握った。

「いいじゃない。高坂さんは、あなたが既婚者だから遠慮しているだけでしょう?私は好きよ、そういうきちんとした子」

一見、私をかばっているように聞こえる。

けれどその言葉の一つひとつが、彼女こそ颯太の妻なのだと私に突きつけていた。

私は口の内側を噛んだまま、笑うことができなかった。

颯太は私を初対面の相手のように扱い、琴葉はその隣で、これ見よがしに妻の顔をしている。

それなら、私はいったい何なのだろう。

同僚は顔色を変え、慌てて私の腰を押すようにして、一緒に頭を下げた。

「間宮社長、奥様、申し訳ございません。高坂は飛行機を降りたばかりで、まだ少し調子が戻っておらず……大変失礼いたしました。

ただ、高坂が恐縮してしまうのも無理はございません。社長ご夫妻が業界でも評判のおしどり夫婦でいらっしゃることは、私どももよく存じておりますので」

颯太を問い詰めたかった。

けれど同僚に促されて頭を下げた瞬間、胸の中で燃えていた怒りが、すっと冷めていった。

そうだ。今の颯太は、私がここで責め立てていい夫ではない。

彼は会社にとっては決して機嫌を損ねてはいけない取引相手で、一方で私は海外プロジェクトに加わるだけでも上司に頼み込まなければならない、ただの平社員にすぎない。

「申し訳ございません。本日は御社とのお話で伺っただけで、決して失礼をするつもりはございませんでした。ご不快にさせてしまい、大変失礼いたしました」

私はそう言って、もう一度頭を下げた。

颯太と琴葉が指を絡め合っている手を見ていると、目の奥がつんと熱くなった。

琴葉は親しげに颯太の腕に手を絡めた。

「いいのよ。あなたは仕事ができるって聞いていたから、今回の担当にしたの。でも、私と主人はこれから家に帰るところなの。プロジェクトの話は、また日を改めてもいいかしら?」

会ったこともないはずなのに、彼女は私のことをずいぶん知っているようだった。

やはり、私がY国へ来ることになったのは彼女が関わっているのだ。

この数週間、部署のみんなは目の下に隈を作りながら残業を続けていた。

このプロジェクトの成功に昇進がかかっている親友の顔も浮かぶ。

ここで私が感情に任せて騒げば、その全部を台無しにしてしまう。

私はそれ以上何も言えず、無理に表情を整えてうなずいた。

「それでは、今夜はどうぞごゆっくりお過ごしください」

颯太が何か言おうとした。

けれどその前に、子供と琴葉がそれぞれ彼の手を取った。

颯太はすぐに表情を戻し、子供を抱き上げると、琴葉のあとについて行った。

ホテルに戻った私は、何の通知もないスマホを見つめたまま、呆然としていた。

どうして颯太は、説明の一つもくれないのだろう。

私は何度も電話をかけた。けれど何度か切られたあと、しつこいと思われたのか、ついには着信拒否されてしまった。

スマホの画面を見つめたまま、私は明け方までただ座り続けた。

そしてようやく、颯太からメッセージが届いた。

【結月。俺がお前をどれだけ愛してるか、お前なら分かってるだろ。子供も琴葉も、最初からこうするつもりじゃなかった。だから頼む、このプロジェクトからは外れてくれ。帰国したら全部話す。

今は何もせず、黙って待っていてくれ】
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第1話
海外で事業を広げるため、一年の大半をY国で過ごしている夫・間宮颯太(まみや そうた)に会いたくて、私はY国のプロジェクトに何度も手を挙げてきた。けれど断られ続け、もう諦めかけていた頃、上司が突然考えを変え、私にチャンスをくれた。上司は、三人の手が重なった親子写真を私に差し出した。「こちらが間宮社長と奥様、それから今年六歳になるご長男です。一昨年にはお嬢様もお生まれになっていますから、贈り物はお二人のお子様がいらっしゃることを意識して選んでください」聞き慣れた「間宮社長」という呼び方と、写真に写った見覚えのある腕時計に、私は一瞬言葉を失った。けれど颯太は、子供はいらないと言って、母に三日三晩許しを求め続けた人だ。きっと、私の考えすぎに違いない。ホテルに着いたあと、私は同僚を散歩に誘った。すると通りの向こうに、穏やかに笑っている颯太がいた。颯太は二、三歳ほどの女の子を肩車し、右手で小さな男の子の手を握り、左手は別の女と指を絡めていた。男の子が振り向き、私に気づいた。その顔が颯太にあまりにもよく似ていて、私は思わず足を止めた。颯太は、愛は純粋なものだから、子供に邪魔されたくないと言っていた。私と子供を持たないことが愛だというなら、ほかの女と子供を持つことは、いったい何なのだろう。同僚は目を輝かせ、私を前へ押し出した。「間宮社長ご一家にお会いできるなんて、すごい偶然ですね。ご挨拶しましょう」私を見た瞬間、女は颯太の手を離し、同僚と並ぶ私のほうへ歩いてきた。「プロジェクトの件でいらした高坂結月(こうさか ゆづき)さんですね。まさか予定より先にお会いできるなんて。私は颯太の妻、間宮琴葉(まみや ことは)です」彼女は私のことを知っていた。しかも、目の前で堂々と颯太の妻だと名乗った。不倫相手のくせに、どうしてあんなに平然としていられるのだろう。急に私をこのプロジェクトに参加させると言い出した上司のことが頭をよぎる。まさか彼女が、わざと私に気づかせるよう仕組んだのだろうか。私を見た途端、颯太の笑みがこわばった。抱いていた小さな女の子を下ろし、その手を握ったまま、少しためらってから私に手を差し出す。「初めまして。お会いできて光栄です」完全に、私のことなど知らないという態度だった。私は歯が痛む
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第2話
説明を求めることさえ、許されないのだろうか。私は目元の涙を拭い、感覚のない指で何度も電話をかけ直した。けれど、呼び出し音は鳴らなかった。返ってくるのは、拒否されたと分かる短い通知音だけだった。颯太のために、もともと子供が好きだった私は、子供を持たない人生を受け入れた。それなのに彼は、ほかの女との間に子供を作り、その理由さえ私に話そうとしない。一人目が予想外だったとして、二人目は?それも偶然だったとでも言うのだろうか。十年も一緒にいたのに、彼は「黙って待っていろ」の一言で私を済ませるつもりなのだろうか。それなら私は、彼にとっていったい何だったのだろう。少しだけ冷静になってからも、私はまだ、彼に期待する気持ちを捨てきれなかった。だから自分からメッセージを送った。まだどこかで、全部嘘だと言ってくれることを期待していた。【あなたと彼女は、いつからそういう関係だったの】【もう今さらどうにもならない。今回のことは俺が悪かった。埋め合わせはする。この前、お前が気に入っていたあの島なら、もう買ってある。でも、琴葉の前で騒ぐような真似はするな。あいつは何も知らないんだ】その返事を読んだ瞬間、さっきまで胸の中で燃えていた怒りが、すっと冷めていった。戸惑いも、怒りも、悔しさも、まるで遠いところへ行ってしまったみたいだった。不思議なほど、何も感じなかった。そうだ。私は本当は、ずっと前から気づいていたのだと思う。日々の小さな違和感の中で、私たちはもう、片時も離れたくないと夢中になっていた頃の二人ではなくなっていた。最初は一か月おきに、一か月ほど海外へ行くだけだった。それがいつの間にか、一年の大半を向こうで過ごすようになり、私のところへ戻ってくるのは、お盆や年末年始くらいになっていた。その時点で、気づくべきだったのだ。私はただ、彼が仕事に打ち込んでいるだけだと思っていた。だから一度も責めず、むしろ思う存分仕事をすればいいと応援してきた。一緒にいられないことなら、我慢できる。けれど、裏切りだけは許せない。彼からそれ以上の返事は来なかった。私ももう、問い詰める気にはなれなかった。翌朝早く、颯太の母から電話がかかってきた。「結月さん、琴葉さんのところで騒いだんですって?少しは落
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第3話
夜が明けてすぐ、上司から連絡があった。プロジェクトは白紙になった。帰国してくれ、と。颯太がそこまでやるとは思っていなかった。けれど、もうどうでもよかった。私はもう、彼らと一切関わりたくなかった。スマホを取り出して弁護士に連絡し、離婚協議書の作成を頼んだ。あとは颯太が署名すれば、それですべて終わる。けれど、スーツケースを引いてホテルを出ようとしたところで、琴葉に行く手を遮られた。「少し話しましょう、高坂さん」無視してそのまま外へ向かうと、琴葉は手にした封筒を見せた。「あなたには、これが必要だと思うの」私は一度目を閉じ、息をついてから、琴葉について近くのカフェに入った。琴葉は私の前にコーヒーを置くと、自分の指輪に触れた。「高坂さん。せっかくここまで来たのに、顔を合わせた途端に追い返されるなんて、散々だったわね。けれど、もともと自分のものじゃないものにしがみついても、何にもならないのよ。分かるでしょう?」私は思わず笑ってしまった。「人の夫に手を出したあなたが、どの立場でそんなことを言っているの?」琴葉は指輪を外し、私の前に差し出した。「よく見て」颯太がいつも身につけている指輪と、対になっているものだった。彼はあの指輪を、一度も外したことがない。爪が掌に食い込むほど、私は強く手を握りしめた。それでも表情だけは崩さなかった。「だから何?颯太と正式に結婚しているのは私よ。夫婦なのは、私たちなの」琴葉は首を横に振り、鼻で笑った。「分かっていないのね。戸籍上の夫婦なんて、離婚すればそれまでよ。でも子供がいれば、そう簡単には切れないの。颯太はあなたの前では『子供は持たない』と言っていたくせに、私には産ませたのよ。その意味、分かるでしょう?あなたを本当の妻として見ていなかったのよ。あの人が愛していたのは、最初から私だったんだから」ああ、だから颯太は、あれほど温かい家庭で育ったのに、子供を嫌がっていたのか。昔の私は、それを心の傷だと思っていた。家族の愛情で癒やしてあげたいと、ずっと努力してきた。けれど、結局うまくいかなかった。本当は最初から、彼が嫌っていたのは子供ではなく、卑しく惨めな私自身だったのだ。鼻の奥がつんと痛み、目元が熱くなる。それでも私は、言い返さずには
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第4話
颯太はかつて、私を一生離さないと言った。今回、不倫が私にばれても、彼の口から離婚という言葉は出なかった。琴葉がどうやって颯太をだまし、離婚協議書に署名させたのかは分からない。けれど今の私には、確かにそれが必要だった。ただ、財産分与を一切認めないという条項を見た瞬間、怒りで全身が震えた。不倫相手にすぎない琴葉に、どうしてそこまで決められなければならないのか。帰国の飛行機を降りる頃には、頭も少し冷えていた。弁護士に連絡して離婚協議書を作り直してもらい、写真に撮って颯太へ送った。【会って署名する?それともファックスで送ればいい?】ようやく、颯太から電話がかかってきた。「離婚なんて、勢いで言うものじゃない。今は少し忙しい。あとで話す」子供たちと笑い合っていた颯太の姿を思い出し、私は思わず皮肉を返した。「そう。今度は息子を作るので忙しいの?それとも娘?」彼のなだめるような声色が、一瞬で消えた。「お前の親は、そんな口の利き方を教えたのか。今すぐ家に戻れ。うちの母に、嫁としてどうあるべきか教えてもらえ。それができないなら、今すぐ離婚だ」そう言って、彼は電話を切った。家に戻ると、琴葉と二人の子供が颯太の両親のそばで、楽しそうに笑っていた。琴葉は親しげに颯太の母の腕に手を絡め、私を見る目には隠しきれない悪意があった。「高坂さん、仕事の話をしに来たはずの方が、人の家にまで上がり込むなんて初めて見ました」琴葉の息子も、不満そうに私を見上げた。「おばさん、どうして勝手に入ってきたの?ノックしなきゃだめなんだよ」颯太の母は、冷めた目で私を見た。その表情だけで、私を歓迎していないことは分かった。「離婚するんでしょう?だったら、今さら何をしに来たの。私たちの邪魔をしないでちょうだい」私に向けられたその顔は、これまで見たことがないほどよそよそしかった。胸の奥が、きゅっと痛んだ。私はスーツケースをリビングの真ん中に置き、一人で二階へ向かった。「すみません。荷物をまとめたらすぐに出ていきます。皆さんの邪魔をするつもりはありません」颯太の父が杖で床を軽く叩き、低い声で言った。「颯太はもう帰りの飛行機に乗っている。意地を張るな。この六年、あいつがお前をどれだけ大事にしてきたか、分かってい
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第5話
颯太は離婚協議書に目を落とし、表情を険しくした。「こんな時にまで揉めるつもりか。間宮家にいれば、お前の面倒くらい見てやれると言っているだろう」私は何も言わず、協議書をめくり、必要な箇所を彼の前に出した。「結婚後の財産は全部いらない。でも、付き合っていた頃にあなたがくれた宝石も、車も、家も、私のものとして持っていく。署名して。そうすれば、あなたもあの子たちの認知だの戸籍だの、余計なことで揉めずに済むでしょう」言っていて、自分でもおかしくなった。私は小さく笑った。「あなたならどうにでもできるんでしょうけど、愛人との子供を残したなんて話、わざわざ外に広めたくはないでしょう?」颯太は、私が思ったより冷静なのを見て、探るような目を向けてきた。「本気で間宮の妻の座を捨てるつもりなのか?本気なんだな?」涙目の子供たちと、期待を隠せない琴葉を見て、颯太はためらいなく協議書に署名し、私へ差し出した。「夫婦ではなくなっても、俺たちには長い付き合いがある。困ったことがあれば、これからも俺を頼っていい」颯太の母は笑みを浮かべ、琴葉の手を握った。「ね、言ったでしょう。颯太が選ぶのはあなたよ。私たちが本当の家族なの」颯太の父は首を横に振り、真剣な顔で私を見た。「結月さん、すまなかった。もう行きなさい。困ったことがあれば力にはなる。ただ、琴葉さんと子供たちのこともある。これ以上、颯太に関わるのは控えてやってほしい」誰もが、私が一時の意地で離れるふりをしているだけだと思っているようだった。そのうちまた颯太にすがると、本気で思っているのだろう。けれど私は何も言わず、そのまま間宮家を出た。役所の窓口で、あとは必要な手続きを進めれば離婚できると告げられた瞬間、胸につかえていたものが少しだけ軽くなった気がした。ところが、家族にどう伝えるか決めかねていたところへ、弟の高坂達也(こうさか たつや)から、学校に来てほしいと連絡が入った。担任教師は怒りを隠そうともせず、私をにらみつけた。「高坂さん、達也くんは勉強に身を入れないばかりか、校内でほかの生徒に手を上げました。ご家庭では、どういう教育をされているんですか?」私は達也の隣にいる、頬に浅い擦り傷があるだけの男の子を見た。それから、痛々しく青あざが残る達也の口元に視
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第6話
男の子は鼻を鳴らし、達也を見上げた。「言っただろ。お前の姉ちゃんは、もう旦那に捨てられたんだよ。捨てられた女なんだよ!」達也の顔が怒りで強張った。私は慌てて達也を押さえた。「琴葉さん、私は今もまだ颯太の妻です」琴葉は鼻で笑った。「あなたがそう言えば済む話なの?この子は私の弟よ。颯太の義弟に手を上げて、ただで済むと思っているの?」担任教師はすぐに琴葉へお茶を出した。さっきまで私を頭ごなしに責めていた態度は、見る影もない。「奥様、わざわざお越しいただき申し訳ございません。こちらでも確認しております。先に手を出したのは、間違いなく高坂達也くんです。学校としても厳しく指導し、弟さんにもきちんと納得していただけるよう対応いたします。ご安心ください」琴葉は勝ち誇ったように、手首の時計に触れた。担任教師はすぐに椅子を引き、琴葉に座るよう勧めた。その時計は数千万円はするものだった。私は知っている。昔、颯太が私に告白したとき、同じ時計を贈ってくれたからだ。彼は、時間を見るたびに俺のことを思い出してほしい、と言った。いつでも、俺の気持ちをそばに置いていると思ってほしい、と。けれどまさか、あのとき琴葉にも同じものを贈っていたなんて思わなかった。席に着いた琴葉は、達也を見下すように一瞥した。その顔を見た瞬間、胸の奥で怒りが込み上げた。もう、引き下がる気にはなれなかった。「まだ正式には離婚していません。颯太の妻は私です。弟さんには、達也にひどいことを言ったことを謝っていただきます」琴葉は鼻で笑った。その表情は、颯太が苛立ったときの顔にそっくりだった。「往生際が悪いわね。そんなに間宮の妻でいたいの?そこまで言うなら、証明してみなさいよ。あなたがまだ颯太の妻だって」期待するように私を見る達也の顔が目に入り、私はスマホを取り出して颯太に電話をかけた。けれど電話はつながらなかった。そういえば、私はまだ彼に拒否されたままだった。琴葉が声を上げて笑う。「そうよね、つながるわけないわ。間宮グループの社長が、迷惑電話まで相手にするはずないもの。ごめんなさいね、恥をかかせて」仕方なくメッセージを送ろうとした。せめて今だけでも、私がまだ颯太の妻であることを証明してほしかった。離婚の手続
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第7話
「決まってるだろ、琴葉だ。そんなことで外で張り合うな。相手にするだけ無駄だ」達也は信じられないという顔で私を見た。「姉ちゃん、本当に義兄さんと離婚したの?」私は何も答えられず、唇を噛んだ。そのとき、スマホに新しいメッセージが届いていることに気づいた。【俺と離婚したいと言っていたくせに、外ではまだ俺の妻だと名乗るのか。少しは反省したか?琴葉は跡取りを産んでくれた母親で、俺とも長い付き合いだ。外であいつに恥をかかせるわけにはいかない。これからはそういうことを言うな。金が必要なら出す】金なら出すと言いながら、彼はあっさり私との離婚を選び、私たちの関係を認めようとはしない。私たちの十年は、本当に何だったのだろう。一瞬そう思った。けれど幸いなことに、もうどうでもよかった。私はバッグから戸籍謄本のコピーを取り出し、琴葉の前に置いた。「謝ってください。そうでなければ、あなたのお子さん二人のことを外で話すことになります。どうして何年も海外にいたのか、忘れてはいませんよね?」そうだ。琴葉が何年も子供を連れて帰国できなかったのは、颯太が私に知られることを恐れ、世間の噂を恐れていたからだ。その話が広まれば、琴葉と子供たちだけでは済まない。間宮グループの評判にも、株価にも響く。案の定、琴葉は唇を噛み、それ以上言い返せなかった。今の琴葉は、まだ颯太の正式な妻ではない。ここで言い争えば言い争うほど、自分がどういう立場だったのかを周囲に知られるだけだ。「それから、担任の先生と弟さんにも、達也へ謝っていただきます。先生は事情を確かめもせず達也を悪者にし、弟さんは達也を侮辱したうえ、先に手を出しました」琴葉の顔から、さっと血の気が引いた。私がここまで強く出るとは思っていなかったのだろう。しかも、さっき男の子は自分で認めていた。先にひどいことを言い、先に手を出したのは自分だと。琴葉に腕を強くつねられ、男の子は小さな声で言った。「……ごめんなさい」そばにいた担任教師は、怒ったまま出ていく琴葉の背中を見て、すっかり困り果てていた。私は達也をかばうように一歩前へ出た。「先生、説明してください。学校には防犯カメラがありますよね」担任教師は悔しそうに唇を噛みながらも、達也に頭を下げた。それでも達也は、
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第8話
「今日中には出ていくと言っただろう。これ以上、追い詰めるような真似はやめてくれ!」父の怒鳴り声が響いた。すると廊下の向こうから琴葉が歩いてきて、こらえきれないように笑った。「そんなに怒らないでください、おじさま。私は自分のものを取り戻しに来ただけです。ついでに、いつこの家を明け渡してくださるのか見届けようと思いまして」学校をあんなに早く出ていったのは、私の両親に仕返しをするためだったのか。私は目を赤くして琴葉をにらんだ。「誰があなたの家だと言ったんですか。ここは私が買った家です。登記名義人も私一人です」琴葉は少しも悪びれずに言った。「でも、結婚してから買った家でしょう?協議書では、あなたが放棄することになっていたはずよ。結婚してからずっと間宮家のお金で暮らしてきたんだから、違うとは言わせないわ」近所の人たちが、両親を見ながらひそひそと囁いた。「え、ここって本当は娘さんの家じゃなかったの?」「娘さんが買ってくれた家だって言っていたのに、結局、嫁ぎ先のお金だったってこと?」「だから揉めているのね。相手の家の人まで乗り込んできているんだから、よほどのことなんでしょう」琴葉の後ろにいたボディガードたちは、私たちを乱暴に玄関の外へ押し出した。母の手当てしたばかりの傷口から、また血がにじんだ。父は壁に押さえつけられ、何度も殴られた。私と達也も突き飛ばされ、口の中に血の味が広がる。腰に走る痛みに、思わず咳き込んだ。琴葉は壁にもたれ、服についた埃を払った。「近づかないでくださる?この服、数百万円するの。汚されたら、あなたたちには弁償できないでしょうから」そこへようやく、管理会社の担当者が駆けつけた。目の前の状況に言葉を失う担当者へ、琴葉はすぐに言い放った。「ちょうどよかったわ。この人たちを外へ出してください。勝手に人の家に入り込んでいるんです」担当者は戸惑いながらも、私たちの前に立った。「お待ちください。こちらは高坂様のお宅として登録されています。勝手に追い出すことはできません」「この家は私の夫のお金で買ったものなの。なら、私の家も同然でしょう?対応してくださらないなら、こちらで警察を呼びます。不法侵入だと通報しますから」「どうぞ。警察なら、もう呼んであります」外からパトカーのサ
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第9話
翌日、颯太が警察署に現れると、そのまま取調室へ通された。「高坂結月さんのお宅で起きた件についてお伺いします。琴葉さんたちが部屋に入った経緯と、暴行について、あなたはどこまで把握していましたか」間宮家は長年この土地に根を張り、役所にも警察にも顔が利く。だから颯太は、今回も少し顔を出せば済むと思っていたのだろう。まさか警察官に、真正面から事情を聞かれるとは思ってもいなかったらしい。人の上に立つことに慣れきった颯太が、その口調に耐えられるはずもなかった。「署長を呼べ。どういうつもりで俺を呼びつけた」ほどなくして署長が顔を出し、颯太に頭を下げた。「申し訳ございません、間宮社長。現場の者が先走りまして。こちらで確認いたします」颯太は不機嫌そうに眉をひそめた。「俺の妻は?」署長はすぐに答えた。「琴葉さんでしたら、まもなく出られるよう手配します。今回の件は、高坂さんとの間の行き違いでしょう。こちらでうまく収めますので」「違う。俺が言っているのは――」そのとき、私はロビーに立ったまま、録画中のスマホを手に静かに笑った。「そうですか。でも、県警本部にもすでに連絡してあります。監察にも話が上がっていますから、もう署長の判断だけでは済みませんよ」小さな所轄署だけでは、颯太を止められないことは分かっていた。だから私はすでに、琴葉による会社資金の私的流用と、間宮家が公務員に金を渡していた証拠を、地検にも提出していた。この土地でどれほど力を持っていようと、間宮グループが法の上に立てるはずがない。署長は顔色を変え、私のスマホを奪い取ると、床に叩きつけた。颯太は不機嫌そうに私を見た。「琴葉がやりすぎたなら、謝らせれば済む話だろう。どうしてここまで大ごとにする。今回は大目に見てやる。お前とやり直してもいい。その代わり、まず琴葉に謝れ」スマホは壊された。けれど、その直前までの映像はすでに配信されていた。颯太と署長の横柄な態度は、瞬く間に大きな騒ぎとなって広がっていった。その後、事件は刑事と民事の両方で動き出した。民事の場で、颯太は琴葉との関係を否定した。だが、こちらの弁護士が取り出したのは、颯太と子供たちの親子関係を示す鑑定書だった。「これでもまだ、関係はないとおっしゃいますか」颯太
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第10話
琴葉は泣きながら颯太の手を取ろうとした。けれど颯太はその手を振り払い、彼女を地面に蹴り倒した。琴葉は怒りに震えた目で、颯太を見上げた。「どうして私にこんなことができるの?私たちは夫婦でしょう!」「誰がお前と夫婦だ。俺の妻は結月だけだ。俺たちは何年も前から夫婦だった。お前が入り込んでこなければ、俺たちはずっと幸せだったんだ」二人は裁判所の外で取っ組み合いになり、周囲の人たちに止められるまで、互いに罵り合っていた。ようやく琴葉を振りほどいた颯太は、私のあとを追ってきた。「結月、ごめん。あいつがあそこまで悪い女だとは思わなかった。裏であんなことまでしていたなんて。俺が悪かった。琴葉とはもう切る。お前が子供を望むなら、これから何人でも作ればいい」私はまぶしい陽射しに目を細めた。「今さら反省したふりをしたところで、私がまたあなたの言葉を信じるとでも思っているの?私には子供を産む資格がないと笑ったことも、琴葉に呼ばれたあなたの部下たちが私を傷つけたことも、本当に何も知らなかったと言い切れるの?」颯太は言葉に詰まった。「俺は本当に、お前と離婚するつもりなんてなかった。そうじゃなきゃ、何年も夫婦でいられるはずがないだろう」「離婚協議書に署名したのは誰?琴葉のベッドに入ったのは誰?子供を作ったのは誰?」私は颯太を見た。「それに、警察署で琴葉をかばい、私を黙らせて、事件をもみ消そうとしたのは誰?あなたが知らないふりをしたいなら、勝手にすればいい。私はもう付き合わない」引き止める声には振り返らず、私は迎えの車に乗った。家に戻ると、家族と一緒に温かい昼食を囲んだ。颯太の言葉にも、嘘ばかりではなかったのかもしれない。琴葉を心から愛していたわけではなく、私への情も残っていた。だからこそ、二つの場所を行き来してまで、私をだまし続けたのだろう。けれど、それは私を大事にしていたということではない。颯太がいちばん大事だったのは、いつだって自分自身だった。そこまで愛していない相手でも、自分のものを手放すのは惜しい。私も琴葉も、彼の都合のためなら傷つけてもいい相手でしかなかったのだ。幸い、私はもう颯太と離婚している。子供を理由に、この先も彼と関わり続ける必要はない。家族とグラスを合わせ、今日の勝
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