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第22話

Author: ミントソーダ
夏の雨は、突然やってくる。

辰彦と悠希はドアの外に立ち、土砂降りの雨に全身ずぶ濡れになる。

「パパ」

悠希の声には、果てしない恐怖が混じっている。

「ママは、本当に僕たちのこと、もういらないのかな?」

辰彦は目を閉じる。心臓はとっくに血で溢れている。

彼は分かっている。もう息子を騙すことはできないし、自分自身を騙すこともできない。

美緒は……本当に彼たちをいらないんだ。

……

翌朝早く、美緒は正紀の家の前にやってくる。

ドアを開けると、晴美は小鳥のように彼女の胸に飛び込み、固く抱きしめて離れようとしない。

「ママ、やっと来てくれた」

正紀は密かに安堵のため息をつき、ドアの枠に寄りかかって彼らを見つめている。

「あの子、朝の五時に起きて、ずっとドアの前で待ってたんだ」

美緒は彼女の頬にキスをし、少し申し訳なさそうに言う。

「ごめんね、晴美。昨夜はあなたのお誕生日パーティーを台無しにしちゃって。

でも安心して。今日はママが遊園地に連れて行って、思いっきり遊ばせてあげるから!」

正紀は何も聞かず、ただ黙って彼女の手からバッグを受け取る。

夏休み真っただ中の遊園地は、子供連れの家族でいっぱいだ。

晴美は遊園地に入るなり、興奮して飛び跳ね、何を見ても試してみたい。

美緒と正紀も彼女の機嫌を損ねることなく、遊びたいものは何でも付き合う。

一日中、三人は汗だくになるまで遊んだが、その顔には抑えきれない笑顔が浮かんでいる。

帰り道、晴美は真ん中を歩き、美緒と正紀が左右から彼女の手を引いている。

ついに、子供は好奇心を抑えきれなくなる。

「ママ、昨夜のあのお兄ちゃんは、本当にママの子供なの?」

正紀の体は、かすかにこわばる。

美緒は少し考え、優しい声で答える。

「昔はそうだったけど、今はもう違うわ」

晴美の小さな頭では、その意味が理解できない。

「どうして昔はそうで、今は違うの?」

正紀は彼女の頭を撫でる。

「晴美、誰にでも秘密はあるんだよ。しつこく聞いちゃいけないんだ」

美緒は特に気にしていない様子で、晴美を抱き上げ、彼女の頬にキスをする。

「だって、ママには晴美がいるから。新しい生活が始まったのよ」

「あのお兄ちゃんとおじさんは、もう過去の人なの」

晴美は彼女の首に抱きつき、自分の所有権を主張するように言う。

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