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第4話

Author: 流川翼
次に目を覚ましたとき、時乃は、自分の寝室にいた。

頭が割れるように痛く、全身の骨がバラバラになったかのような感覚に襲われていた。

薬を持って入ってきた家政婦が、彼女が目を覚ましたのを見て駆け寄ってきた。「時乃さん、ご気分はいかがですか?」

時乃はかすかに首を横に振った。喉がひりつき、かすれた声で問う。「......私、どうやって戻ってきたの?」

確か、自分はバルコニーから飛び降りたはずだ。

意識を失う直前、隼人の姿を見た気がする。

まさか、彼が連れ戻してくれたのだろうか?

「運転手さんが、道路脇で倒れているのを見つけて、急いでお連れしたんです」

家政婦は答えた。

一瞬、脳内が真っ白になった。隼人じゃなかったの?

では、あのとき見たのは幻だったのだろうか。

やっぱり、彼は今ごろ紗良のそばにいるのだろう。

そんなことをぼんやりと考えていると、不意にスマホが震えだした。

画面を見ると、友人からのメッセージが届いていた。

【時乃、ちょっとは落ち着いた?早く見て!昨日の件、あたしがスカッとさせてあげたから!】

時乃は言われるまま、友人のSNSを開いた。

そこには、昨日の出来事について書かれた長文の投稿があった。

ざっくり言えば、紗良のやったことを問いただすような内容で、隼人との関係にも触れていた。

彼女の友人は海栖市でも名の知れた情報通で、地元の御曹司やお嬢様たちとのつながりも多い。

その投稿は瞬く間に拡散され、人々がコメントを残し始めていた。

【紗良って正気?時乃って、一応おばさんにあたる人でしょ??隼人は何してんの?】

【そりゃあ、隼人が甘やかしたからでしょ。あの距離感、マジでヤバいって】

【さすが隼人様、やることが違うわ~】

......

次々と更新されるコメントに、まだ目を通しきらないうちに――

バンッ!部屋のドアが激しく蹴り開けられた。

怒っている隼人が、何も言わずに部屋へ入ってきた。そして無言のまま、彼のスマホを力任せに彼女の顔へと放り投げた。

角張ったケースが目元すれすれに当たりそうになり、思わず顔を背けた。

「なぜ、こんなことをした?」

それは問いかけではなかった。責めるように吐き出されたその声には、一片の迷いもなかった。

最初の一言も、彼女の体調を気遣う言葉ではなかった。

それどころか、紗良に何かが起きたとたん、こうして駆けつけてくるのだ。

時乃はかすかに笑った。この数年間、どれほど彼のために尽くしてきただろう。それでも、今の自分に返ってくるのは、こんな仕打ちだけ。

「私じゃないわ」

その言葉を、静かに、しかしはっきりと返した。

だが隼人の目はまったく信じていなかった。冷ややかな笑みが口元に浮かんでいた。

「お前じゃなければ誰がやった?時乃、お前の手口なんて俺が一番よく知ってる。何かあるなら、俺に直接言え。なんで紗良を巻き込む?」

手口?

その言葉に、時乃は眉をひそめた。

手口とは何のことだろう。

それは彼を愛し、支え、病院送りになるほど酒を飲まされ、海栖市中の笑い者にされたその覚悟も手口と呼ぶの?

それとも――昨夜、使い捨ての道具のように扱われ、男たちに襲われかけたことを、手口と呼ぶの?

あの恐ろしい体験は、今でも胸に焼きついている。思い出すと全身が震え、恐怖がよみがえる。

時乃は拳を強く握り、低く呟いた。「どうしたの?あの投稿、図星だったの?だからそんなに怒ってるの?」

パァン!

彼女の言葉が言い終わらぬうちに、隼人の平手打ちが頬に飛んできた。

男の手が、容赦なく彼女の頬を打ちつけたのだ。紅く腫れた指の跡が、彼女の透き通るような頬にくっきりと浮かんだ。

その場にいた家政婦が、思わず声を上げた。「隼人様、時乃さんはようやく目を覚ましたばかりです!本当に彼女は何も知りません!」

だが隼人は冷ややかに彼女を睨みつけ、吐き捨てるように言った。「お前を信じられると思うか?連れ出せ」

「やめて!」

時乃が叫んだ。この家政婦は、母の元から付いてきた、十年以上も自分を支えてくれた存在。海栖市で数少ない身内のような存在だった。

彼女まで、追い出されるなんて――

時乃は唇をきつく噛み、赤く潤んだ瞳でまっすぐに男を見つめた。「紗良が私に何をしたか知ってる?あなたはそれを見て見ぬふり。そしてこの投稿が出ただけで私を責める。あなたの中で、私は本当に、何の価値もないの?」

彼女の震える声に、かすかに胸を刺されるような痛みを覚えた――だが、その感情はすぐに打ち消された。

「またお前の被害妄想か。いいか、あの投稿を今すぐ消せ。そうすれば、今回は見逃してやる」

見逃す?

なんて傲慢な物言いだろう。

時乃は笑った。自分の手にはまだ包帯が巻かれている。

昨夜、あのままバルコニーから飛び降りていなければ、今頃自分はどうなっていたか。

あの恐怖、あの痛み。彼には、ほんのひとかけらも届いていない。

「もし、私が消さなかったら?」

その瞬間、男の目が氷のように冷たくなった。「だったら、遠慮はしない」
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