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第24話

Author: 流川翼
それから数日、時乃は二度と隼人の姿を見ることはなかった。

彼が海栖市に戻ったのか、それとも別の場所で機会を窺っているのか。

だが、もはやそれも時乃にとってどうでもよかった。

その代わりと言うように、叙一との関係は、日に日に深まっていった。

彼の穏やかな気遣いや優しさは、かつて隼人といた日々の中では決して得られなかったものだった。

外出すれば車で送り迎えがしてくれ、空腹を感じる暇もないほどに気がを配ってくれ、贈り物が絶えず届く。

花束も、毎日違う種類のものが当たり前のように届けられた。

「え、時乃、もしかしてもう付き合ってるの?」

そばにいた同僚が目を丸くして聞いた。

叙一は花束を抱きしめながら、時乃を見つめた。

その瞳には、ほんの少しの期待が宿っていた。

「まだ、そこまでは」

時乃が答えると、叙一の瞳がほんのり曇った。

だが、次の言葉でまた、灯がともった。

「でも、いい関係よ。とにかく、展演会が終わってから......ね」

この数ヶ月、彼女は展示会に全身全霊を注いできた。

基地でも最大級のイベントとして、皆の期待を一身に背負っていた。

そして展演会当日。

準備もすべて整い、彼女は舞台に立とうとしていた――その瞬間。

「っ......!」

何か硬いもので頭を殴られ、視界が真っ暗になった。

次に目を覚ましたとき、時乃は廃れた工事現場にいた。

薄暗い空間の中、向かい合っていたのは、車椅子に乗った仮面の女。

「久しぶりね、時乃」

女が口を開き、ようやく彼女が誰なのか気づいた。

紗良だった。

「何がしたいの?」

時乃は冷静を装いながらも、目の端で周囲を見渡した。

人気はなく、照明もない。

二人きりの空間だ。

「何がしたいって?時乃、なんで私だけがこんな目に遭って、お前はのうのうと幸せになってるのよ!」

紗良の声は、怒りと狂気に満ちていた。

あの日の出来事――鴉ノ苑での地獄のような一夜は、彼女を完全に壊してしまったのだ。

時乃がスクリーンの中で光り輝く姿を見たとき、彼女の中の憎悪と嫉妬は極限にまで膨れ上がったのだ。

──どうしてよ!?

自分は顔を焼かれ、二度と歩けない身体になったというのに。

どうしてあの女だけ、あんなに幸せそうに生きてるの!?

「......幸せよ。少なくとも、隼人から離れてから、私はす
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