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第3話

Author: さかなちゃん
家に戻ると、奈月はすぐに荷造りを始めた。

棚いっぱいに詰め込まれていたアクセサリーやブランドバッグは、まとめてリユースショップへ送りつける。

それらはすべて元治が贈ったもの。前世では宝物のように大切にしていたが、今ではただの皮肉にしか見えない。

結婚前の財産はすでに公証済み。持参金と名義の不動産を信託会社に委ねれば、もう何も未練はない。

クローゼットを開けると、整然と並んだ男物と子供服が目に入り、奈月はしばし呆然とした。

ここにある一枚一枚は、彼女が父子それぞれの好みに合わせ、寸法も素材も間違えずに選んできたものばかり。

そして自分の服は、奥の隅に押しやられたほんの数着だけ。まるで自分という存在が、あってもなくてもいいもののように。

奈月は扉を閉め、娘の部屋へ向かった。

朔乃はピアノの前に座り、背筋をぴんと伸ばして練習している。響く旋律には、年齢に似つかわしくない陰りが滲んでいた。

元治が「娘を連れて出かけるのは不便だ」と口癖のように言いながら、毎週欠かさず三人の息子を乗馬に連れて行くのを思い出すと、奈月の胸は痛んだ。

「朔乃、もうやめて。ママと一緒に新しいドレスを買いに行こう」

彼女は娘の冷たい小さな手を握り、海市一番のショッピングモールへ直行した。

パーマ、メイク、衣装替え、スタイリング……

ひと通り終えると、鏡の中の奈月はまるで別人だった。

華やかな化粧が精緻な顔立ちを際立たせ、身体にぴったり合ったワンピースがしなやかなラインを美しく描き出している。

隣でふわふわのドレスを着た朔乃がくるりと回り、頬を赤らめて言った。「ママ、お姫様みたい」

「うちの朔乃こそお姫様よ」奈月はその頬をつまむ。「さ、屋上の回転レストランで美味しいものを食べよう」

二人が店に入ると、見慣れた姿が目に飛び込んできた。

窓際の席に、元治が都子と三人の息子を連れて座っている。

奈月の装いはあまりにも人目を引き、瞬く間に場の視線をさらった。

元治の手が不意に止まり、視線がぶつかると喉仏がごくりと動く。

「ママ?」

息子たちが先に声を上げ、目を丸くした。

元治は無言のまま、彼女から目を離せないように、視線を鎖骨から腰のラインへとすべらせ、慌てて逸らす。

都子は指先を手のひらに食い込ませながら、顔には作り笑いを浮かべた。「奈月さん、どうしてここに?まさか尾行してきたんじゃないね」

「そうだよ」朔真がすぐさま同調し、幼い顔に敵意を浮かべる。

元治は我に返ると、冷たい表情を作りながらも声はどこか乱れていた。「俺たちはもう離婚するんだ。まだ何をしたいんだ」

言ってから強すぎたと気づき、咳払いして付け加える。「まさか……そんな格好をすれば、俺が気持ちを変えるとでも思ったのか?」

奈月は怯える朔乃を抱きしめ、背を撫でて落ち着かせながら顔を上げた。瞳の奥には冷たい光が宿っている。

「尾行って?娘と食事に来ただけ。偶然よ」

そう言って空いている席へ歩こうとし、もう彼らに目を向けることもなかった。

だが元治の視線は彼女に引っかかり、都子に話しかけられても上の空だった。

その様子を見た都子はワイングラスを手に立ち上がり、奈月の席に近づいた。

「奈月さん、先日はうっかり転んで、あなたまで怪我をさせてしまって、本当に申し訳なかったわ。この一杯でお詫びを」

言い終える前に手首をひねり、真紅のワインを奈月のドレスに派手に浴びせかけた。

「ママ」

朔乃が叫んで飛びつく。

「ごめんなさいわざとじゃないの」

慌てて紙ナプキンを掴み、顔を寄せた都子は、二人にしか聞こえない声で低く囁いた。

「今日気づいたけど、娘さんって本当にかわいいわね。元治はもう承諾したのよ。少し大きくなったら、私の実家に連れていって甥の嫁にしてあげるって」

奈月の瞳孔が縮み、全身を冷気が駆け上がる。

考えるより早く、彼女は都子を突き飛ばしていた。

彼女はそれを待っていたかのように、横のワゴンへ倒れ込み、熱々のスープが腕にかかった。

「きゃあっ……痛い!」

都子は悲鳴とともに涙が溢れ出す。

「都子」

元治は駆け寄り、赤く腫れ上がった腕を見るなり彼女を抱き上げた。「すぐ病院に連れて行く!」

「甥の嫁」という言葉に奈月はいまだ打ちのめされたまま、彼が立ち去ろうとするのを見て咄嗟に腕をつかんだ。

「佐々木の言ったことは本当なの?朔乃を佐々木家の嫁に差し出すつもりなの?」

彼は苛立たしげに振り払い、冷たく言い放つ。「朔乃は体が弱い。佐々木家がもらってくれるなら幸運だ」

元治は周囲の視線が集まるのを感じ、眉間の皺を深める。

「こんな人前で騒ぎ立てて、母親の自覚はないのか?少しは分別を持て!」

奈月は唇を噛みしめ、血の味を覚えてようやく力を緩めると、絞り出すように言った。

「私は朔乃の実の母親よ。こんな大事なこと、どうして私に相談しないの」

彼を見上げる瞳から光がひとつひとつ消えていく。「元治、私は絶対に許さない」

その沈んだ暗闇を見て、彼は理由もなく苛立ちを覚えた。

思わず眉を寄せ、声がわずかに和らぐ。「どういう意味だ?」

「離婚したら一人子供を連れて行っていいって、あなたが約束した」奈月は噛みしめるように言い放つ。「だから私は必ず朔乃を連れて行く」

「ママ……じゃあ、僕たちのことはもういらないの?」

三人の息子がそろって声を上げ、今にも泣き出しそうな顔で彼女を見つめる。
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