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第2話

Author: 小福うさぎ
翌朝、目を覚ますと、直哉がキッチンで忙しくしているのが目に入る。

「千紗、昨日いろいろ調べたんだ。つわりのときは梅干し粥がいいって。もうすぐできるよ」

エプロン姿の彼に、朝の光が窓から差し込む。絵に描いたように温かい光景だ。

食卓につくと、私は直哉の親指に絆創膏が巻かれているのを見た。絆創膏の隙間から、うっすらと血がにじんでいる。

「手、どうしたの?」

「大丈夫。梅干しを刻むときにちょっと切っちゃって。ほら、味見してみて。おいしくできたかな」

彼は相変わらず優しく笑う。端正な顔立ちに、私は一瞬だけ心が揺れた。

結婚したばかりの頃、彼は忙しい合間を縫って、私の好きな料理をよく作ってくれた。

けれど仕事が波に乗るにつれ、いつしかそんなことしてくれなくなった。

「もうしなくていいよ。お手伝いさんに頼めばいいだけだし」

私は淡々と言う。前みたいに、彼のことをいちいち心配したりはしない。

「君にひとりで我慢させたくないんだ。何か少しでも、楽にしてあげられたらと思って」

彼はやさしく応じた。私の素っ気なさに傷ついた様子はまったくない。

以前の私なら、きっと胸が熱くなっていた。きっと、これは私が何度も体外受精を繰り返してきたことへの思いやりだと信じただろう。

今になってようやくわかった。彼の優しさは、私への負い目から生まれたものだ。

私の顔色を見て、直哉が探るように口を開く。

「千紗、どうした?」

「なんでもないよ。妊娠のホルモンのせいかも。最近、気分が落ち着かなくて」

私はそう言って、ごまかした。

直哉はそっと私の手を取り、その目に優しさと痛ましさが滲んでいる。

「じゃあ、月末の出張から戻ったら、気晴らしにどこか行こう。君、ずっとバリ島に行きたいって言ってたよな?」

私は小さくうなずき、視線を落として感情を隠す。

もう一緒には行かない。あと十日間で、私は彼のもとを完全に離れる。

スマホの通知音が鳴り、直哉が手を伸ばして画面をのぞき込む。その頬に、さらに笑みが深まる。

「千紗、奈央が週末うちに顔を出したいって。彼女は君が妊娠したことを知って、とても喜んでたよ」

奈央――直哉が四年前に支援していた女子大生。昨夜、あの写真に映っていた女。

両親を亡くし、無垢な顔立ちのあの子は、恩返しだと言ってうちの会社に入り、直哉のアシスタントになった。

私はずっと、彼女のことを妹のように思っていた。まさか、直哉と関係を持つなんて。

スプーンを握りしめ、私は込み上げる憎しみをどうにか押し殺す。

「やめて。今は気分がすぐれないから、誰にも会いたくないの」

直哉は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにうなずいた。

「わかった。じゃあ断っておく。君の気分が戻ってからにしよう」

彼は私の目の前で、平然と彼女へ返信する。

破綻のないその横顔を見つめながら、私はふいに可笑しくなった。

――どういう神経なら、ここまで平然でいられるのだろう。

直哉が出勤すると、私はつい我慢できなくなった。立ち上がり、彼が作ったものをすべてゴミ箱にひっくり返す。

ふと目に入ったリビングのウェディングフォトが、やけに眩しく、そして嘲笑うように見える。

私は額縁を外し、彼からもらった贈り物も一緒に、すべてをゴミ箱に放り込む。

宝物だったはずのものが、一つ残らず廃棄物に変わっていく。もう、見たくない。

夕方、直哉が帰ってきたとき、私はちょうど箱を抱えて玄関に出るところだった。

「千紗、それ……どうした?」

「今日、いらないものを片づけてた。捨ててくる」

私は淡々と答えた。

「俺が行くよ。妊娠中なんだから気をつけないと」

彼は箱を受け取り、階段を降りていった。

実のところ、中身をひと目でも見れば、私が何を捨てようとしているのか、すぐにわかったはずだ。中には、ウェディングフォトと、彼が私に贈ったものが詰まっている。

もし彼がそれを見ていたなら、私が何を知ったのか、すぐに気付くだろう。

もし彼が気付いたなら、きっと必死に謝って、許しを乞うはずだ。

けれど、彼は最後まで気づかなかった。

家を出る一週間前、私は会社に戻った。
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