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第21話

Auteur: 龍虹幽夜
別荘の中。

帰宅したばかりの風真の父は、怒りに震えながら風真の母の鼻先を指して怒鳴りつけた。

「美雲、お前に家を任せた結果がこれか?会社はぐちゃぐちゃ、嫁は追い出し、挙句うちの息子に柳生家の若様まで怒らせたってのか?

柳生家がどんな家族か分かってるのか?雲江市で最上位の存在だぞ。正気の沙汰じゃない!

お前みたいな馬鹿を、俺はなんで嫁にしたんだ!」

風真の父は、風真の母・西園寺美雲(さいえんじ みくも)とは若い頃からの付き合いで深く信頼し、家庭のことを一任して自分は外で事業を拡大していた。

だが今回久しぶりに帰ってきて耳にした話に、気を失いそうになるほどだった。

風真はすぐに駆け寄ってきた。

「父さん、いつ帰ってきたの?これは母さんのせいじゃない、俺が……」

「お前がなんだ?跡継ぎとして育ててきたのに、見てみろ、お前がやったことを!」

父は一切の遠慮なく怒鳴りつけた。

「女に振り回されて自傷して?俺がどれだけ情けない思いをしてるか分かってんのか?それにな!」

彼は母に向き直ると、さらに語気を強めた。

「家庭を守るどころか息子を甘やかし続け、嫁を使用人のように扱い……俺が帰ってこなかったら、この西園寺家はどうなってた!」

風真は生まれて初めて父親にここまで叱責され、完全に呆然となった。

母は慌てて風真を階段へと押しやった。

「先に部屋へ行きなさい……あなた、ちょっと話を……!」

だが風真が部屋へ上がった後、父親の表情は完全に冷えきっていた。

彼は、美雲を冷たい目で見つめた。

――自分が前線で戦って築いた家を、妻が後ろから崩していたのか。

――息子は甘やかされて駄目になり、会社も乱れ放題。

――息子が自傷するような重大な事態も、今日になって初めて知った。

――そして何よりも許せないのは、息子のために他人の命を軽んじ、篠原雪乃を三年間も囲い込んでいたこと。

こんなことを許しておいたら、西園寺家は終わる。

母に一言も与えず、父親は秘書から一通の封筒を受け取ると、低い声で言った。

「これから西園寺家のことにお前が口を出すな。離婚だ」

「な、なに……?」

その言葉は雷鳴のように母の心に響いた。

彼女はまさか夫が本気で離婚を口にするとは思ってもいなかった。

西園寺の奥様という肩書がなければ、自分には何も残らない。

「いやよ
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