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第5話

Author: 最上慎
感情を抑えられなかっただけ?

私は命を落としかけたのよ。摩耶は明らかに私を殺そうとしていた!

琴音は顔を向け、信じられない思いで蒼真を見つめた。充血した瞳には絶望と虚無が浮かんでいた。

「だが、警察に通報すべきではなかった。

この件が公になれば、誰にとっても不利益だ」

蒼真は秘書から書類を受け取り、彼女の前に差し出した。

「示談書にサインしてくれれば、君の要求は何でも聞こう」

「ここから出して」

琴音は目の前にいる、見知らぬ他人のような男を睨みつけた。

「それはできない」

蒼真は即座に、断固として拒否した。

金縁の眼鏡の奥で、その瞳は狂気と偏執的な独占欲に光っていた。

「琴音、君に最高の生活を提供できるのは俺だけだ。示談書にサインするなら、今回のことは水に流そう。子供が欲しいなら、俺が授けてやる」

蒼真の口調は穏やかだったが、そこには明らかな脅迫が含まれていた。

子供?俺が授けてやる?

一体、何様のつもりなのだろう。それは、私へのご褒美のつもりなのか?

あれほど切望していた我が子を、彼はまるで壊れた玩具の代わりでも買い与えるかのような残酷な軽さで言ってのけた。

琴音の蒼白で無惨な顔に、憤怒の色が浮かんだ。

病室は沈黙に包まれ、二人の視線がぶつかり合った。

無言の対峙が続いた。

やがて、琴音が沈黙を破った。

「サインはしないわ」

蒼真は不快そうに眉を寄せたが、それでも忍耐強く言葉を続けた。

「琴音、言ったはずだ。俺の忍耐にも限度がある。試してみればいい、この街の警察が君の通報をまともに取り合うかどうか」

蒼真の脅しに対し、琴音の表情は不気味なほど静かだった。

問い詰めたいことは山ほどあったが、言葉は喉に詰まって出てこなかった。

もはや、琴音の心は冷え切り、燃え尽きていた。

だとしても、彼女は頑なに首を縦には振らなかった。かつては蒼真を愛し、彼のためなら全てを妥協できたかもしれない。

だが彼女は籠の中で震える小鳥ではない。見栄だけの飾り物でもない。そして何より、男の言いなりになるような腰抜けではないのだ!

ただ、彼女が予想していなかったのは、蒼真の報復があまりにも早く、そしてあまりにも冷酷だったことだ。

時間は残されていない。病院で無駄な時間を過ごすわけにはいかなかった。

退院の支度を終え、廊下に出ると、誰かが彼女に気づいた。

「あれ、例の女じゃない?普段は猫を被ってるくせに、裏ではあんな変態プレイに興じてるなんてね」

「そうそう。顔面崩壊してるくせに、男狂いなんだから。厚顔無恥にも程があるわ。暴露されて自業自得だわ」

嘲りを含んだ囁き声がさざ波のように広がり、一瞬にして、その場にいる全員の視線が琴音一人に突き刺さった。

彼女は慌てて仮面を押さえ、震える手で携帯を開いた。

目に飛び込んできたのは露出の激しいメイド風ランジェリーを纏い、顔半分が醜く崩れたまま踊り狂う自分の動画だった。

そして、目を覆いたくなるような数々の情事の写真だった。

琴音の心臓が激しく跳ねた。

丸七年、肌を重ねるたびに、蒼真は決まって愛おしげに彼女の仮面を外し、あの醜い半顔に、優しく口づけを落とした。

当初、琴音はそれを頑なに拒んだ。自分の醜さを誰の目にも晒したくないという深い劣等感があったからだ。

だが、蒼真はそのたびに熱のこもった瞳で愛を囁き、彼女を劣等感という名の深い霧からゆっくりと連れ出してくれた。

「琴音、君は俺の心の中で永遠に一番美しい人だ。ありのままの君が見たいんだ」

琴音が受け入れると、味を占めた蒼真の要求は日増しにエスカレートしていった。

情事が高まりを見せるたび、彼は決まって一糸まとわぬ姿や、過激なランジェリーを身に着けた彼女を写真や動画に収めるようになった。

琴音はそれを単なる愛の戯れだと思い込んでいた。

だが今、それは彼女の息の根を止める最も残酷な凶器へと変貌した。

琴音は振り返ることもできず、惨めに病院から逃げ出した。

心臓が痛くて息ができなかった。

今になってようやく、彼女はこの十年愛し続けた男の正体をはっきりと理解した。

その時、携帯が鳴った。響介からだ。

「俺の方で揉み消そうか?」

響介の声には心配と焦りが滲んでいた。

だが彼は琴音の意思を尊重してくれていた。

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