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第5話

Author: 匿名
末依はハッと目を覚ました。

データの偽造は研究者にとって致命的な不正だ。

こんな汚名を着せられれば、卒業どころか留学の資格まで失ってしまう。

しかし彼女には理解できなかった。卒論のデータは彼女が一ヶ月徹夜で取り組んだ成果なのだ。

いったい誰が、なぜこんな告発を?

「先生、私のデータはすべて実験で得たものです。絶対に偽造なんてしていません」

寺田教授は深くため息をついた。

「私が信じたところで意味はない。立証しなければならない。

卒業まであと半月だ。今から実験記録を提出しても審査に間に合わない。

唯一の方法は、告発者に説明して撤回してもらうことしかない」

末依は息を詰めて聞いた。

「告発者は誰ですか?」

「伊集院嘉鈴だ」

その名前を聞いた瞬間、末依は全身の力が抜けるのを感じた。

なぜこのお嬢様は、ここまで執拗に彼女を追い詰めるのか?

昭安に彼女の感情を弄ばせただけでは飽き足らず、学術的な生命まで潰そうというのか。

ベッドの横はすでに冷め切っており、昭安の姿はなかった。

嘉鈴の連絡先も知らず、どこに行けば会えるかもわからない。

途方に暮れた彼女はネットで伊集院グループの住所を調べ、急いで向かった。もしかしたら嘉鈴に会えるかもしれない。

午前9時から午後1時まで、4時間も立ち続けた。一滴の水も口にせずに。

腎を摘出したばかりで、体はまだ完全に回復しておらず、長時間の立ちっぱなしと空腹に耐えられるはずがない。

限界が近づいた時、玄関から見覚えのある二人の姿が見えた。

嘉鈴と昭安だ。

末依はは歯を食いしばり、傷口を押さえながら二人の前に立ち塞がった。

昭安は彼女を見て、驚いた様子で慌てた声を出した。

「末依?どうしてここに?」

彼女の頭には告発撤回のことしかなかった。

「伊集院さん、私のデータはすべて実験で得たものです。偽造なんてしていません。どうか告発を撤回してください」

昭安はこの件を知らないようだった。

「どういう……」

嘉鈴は笑って遮った。

「夏目先輩、でも私、疑ってるのよ、真偽は学校が調べればわかるでしょう」

調査には最低半月かかる。時間が足りない。

「どうしたら撤回してくれますか?」

末依は嘉鈴がわざとやっているとわかっていた。遠回しにするより、直接核心を突いた。

嘉鈴は長い爪を弄びながら、彼女を見ようともせず言った。

「昨日あなた、私のショッピングの邪魔をしたわね。そうね、ここで大声で謝罪して、私が許すまで続ければ、告発を取り下げてあげる。どう?」

昭安は微かに眉をひそめ、両手が微かに動いたが、結局何も言わなかった。

末依は深く息を吸い、胸中に渦巻く感情を押し殺した。

人通りの多い会社の前で、一言一言声を張り上げた。

「申し訳ありませんでした。どうかお許しください」

周囲から好奇の目線が集まった。

末依ははこれほど恥ずかしい思いをしたことがなかった。まるで服を剥がされ、通りで嘲笑されているようだった。

しかし他に選択肢はなかった。

「申し訳ありませんでした。どうかお許しください」

嘉鈴は薄く笑った。

「声が小さすぎるわ」

末依は目を閉じ、腹部の痛みに耐えながら声を張り上げ機械的に繰り返した。

「申し訳ありませんでした。どうかお許しください」

嘉鈴の冷笑と周囲の嘲るような視線の中、末依は何度繰り返したかわからない。

しかし嘉鈴は満足する気配すら見せない。

腹部の痛みが激しくなり、末依はついに耐えきれず崩れ落ちた。

意識を失う直前、昭安が慌てて駆け寄ってくるのが見えた。

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