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第6話

作者: 匿名
意識が戻ったとき、目に映ったのは真っ白な天井だった。

昭安は彼女が目を覚ましたのを見ると、慌てて手を握りしめた。

「末依、今のは本当に怖かったんだ」

末依は静かに手を引き抜いた。もはや心に揺らぎはなかった。

2年間共に過ごした昭安が、自分の人柄を知らないはずがない。

嘉鈴に意地悪されても一言もかばってくれず、ただ傍観していた時、末依は悟った。

2年前、自分を守ってくれたあの人は、もうどこにもいないのだと。

心に残っていた最後の未練も、跡形も灰のように散った。

「どうして突然倒れたんだ?」

その言葉と同時に、医師が検査結果を持って入ってきた。表情は硬かった。

「夏目さん、検査結果によりますと……」

「先生、私の体のことはわかってます。もう結構です」

末依は素早く医者の言葉を遮った。

医者は二人を見回し、ため息をついて病室を出ていった。

昭安の胸に、突然不安が湧き上がった。

「体に何か問題が?病気なのか?」

声には、本人も気づかないほどの震えが混じっていた。

末依はかすかに笑った。

「大丈夫。ただの低血糖よ。昔からの持病だ」

昭安は彼女の低血糖を知っていたので、少し安心した様子だった。

病床の青白い顔を見つめ、苦渋に満ちた声で言った。

「末依、今日は助けられなくてごめん。あの子は店長の娘だから……仕事を失うわけにはいかなくて」

そう言いながら、彼の目はどこか別の方を見つめ、末依の冷静な瞳をまともに見られなかった。

この告発を知っていたかどうかは別として、今日彼女の味方にならなかったのは事実だ。

末依は胸の痛みを押し殺し、布団を頭までかぶった。

「わかってる。仕事があるんでしょ?早く行きなさい」

こんなに弱っているのにまだ自分のことを気遣ってくれる彼女に、昭安は急に罪悪感を覚えた。

じっと見つめた後、温かい掌で布団越しに彼女の頭を撫でた。

「末依、二度と君を悲しませない」

なんと美しい約束だろう。

残念ながら、また噓が一つ増えただけだった。

データ偽造事件が解決すると、卒業証書と留学手続きも無事完了した。

医者に「もう少し入院を続けた方がいい」と勧められても、彼女は頑なに退院を主張した。

アパートに戻ると、部屋は出かけた時とまったく同じ状態だった。昭安はこの数日家に帰っていないらしい。

スマホに表示されたニュースを見て、思わずタップしてしまった。

【速報!一条グループと伊集院グループが提携、7日後に披露宴開催!】

彼女は一瞬、息が止まった。

この数日、昭安は婚約の準備で忙しかったのだ。

航空券を確認すると、出国まであと6日。

深いため息をつき、部屋中のペアグッズをまとめ始めた。

ペアのコップ、タオル、キーホルダー……もう必要のないものばかりだ。

段ボールに詰め終え、捨てようと外に出た瞬間、昭安とばったり出くわした。

箱の中の、二人で選び抜いた品々を見て、彼の声はかすかに震えた。

「どうして……捨てるんだ?」

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