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第7話

Author: 匿名
「もういらないよ。後で買えばいいから」

彼と嘉鈴が結婚すれば、新しいものを揃えることになるのだろう。

箱を捨てて階上に戻ると、部屋から昭安の抑え気味な声が聞こえてきた。

「心配するな嘉鈴、彼女を必ず俺たちの披露宴に出席させるから」

電話の向こうから甘えた女の声が響いた。

「ふん、2年間付き合った男が私の婚約者になるのを、あの女がどんな顔するか見物だわ。目立ちたがりなら、存分に目立たせてあげる!」

末依は無意識に爪が掌に食い込み、しばらくしてようやく力を抜いた。

こわばった笑みを浮かべた。

おそらく、彼らの計画は水泡に帰すことになるだろう。

案の定、再びドアを開けて入ってきた昭安が招待状を差し出した。

「末依、7日後にイベントがあるんだ。一緒に来てくれないか?必ず来てほしい」

末依はしばらく彼を見つめた後、招待状を受け取り、静かに答えた。

「うん」

たとえ自分が出席できなくても、彼らには婚約祝いの贈り物をしようと思っていた。

その後数日間、昭安は仕事が忙しいと言って姿を見せなかった。

末依はその間に黙々と荷物の整理を進めた。

出国の前々日、学校の卒業パーティーが開催された。

末依は早くに寮を出ていたが、ルームメイトやクラスメイトとは良い関係を保っていた。

国外に行けば少なくとも2年間は帰れないため、彼女は卒業パーティーで別れを告げようと思った。

しかし会場で、嘉鈴と昭安の姿を目にするとは思ってもみなかった。

嘉鈴は昭安の腕を組んで、無邪気な笑顔を浮かべている。

「夏目先輩、今日が卒業式だと聞いて、わざわざ彼氏さんに休みを取らせてお祝いに来たんだよ」

末依は、この一見無邪気な外見の下に潜む悪意をよく知っていた。そっと後ずさりして距離を取ろうとした。

しかし嘉鈴は気づかないふりをして近づいて来た。

末依は背後にシャンパンタワーがあることに気づかなかった。

嘉鈴それを見ると、突然叫び声を上げて彼女に倒れ込んできた。

末依は反射的に避けようとした。背中がシャンパンタワーにぶつかり、何段にも積まれたグラスがシャンパンと共に二人に向かって崩れ落ちた。

昭安は一瞬も迷わず嘉鈴を引き寄せ、自分の腕でしっかりと守り固めた。

一方、末依は床に叩きつけられ、無数のガラス片が肌に突き刺さった。血がシャンパンと混じり合い、全身がずぶ濡れだった。

まだ完全に癒えていなかった腹部の傷口はアルコールに刺激され、再び血を滲ませ始めた。

末依の顔色はますます青ざめていった。

彼女は昭安が嘉鈴の体をくまなく調べ、傷がないか確認しているのを、ぼんやりと見つめていた。

ふと、2年前のあの後ろ姿が思い出された。

血に染まった手を震わせながら伸ばし、最後の温もりに触れようとしたが、もはや力尽き、腕が重く床に落ちた。

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