Share

第0979話

Author: 龍之介
「本当に高杉社長と岩段社長だ!」

「二人が来ただけで、今日のレースの格が一気に上がったな!」

「高杉社長に神秘7、こんなの正式なイベントでも滅多に揃わないだろ!」

皆が笑いながら話している中、輝明と秋年はVIPルームへと案内されていった。

綿は深く頭を下げ、スマホをいじるふりをした。彼らに興味がないような素振りを装った。

雅彦も同様に、顔を上げることを極力避けた。輝明には、自分の顔が知られているからだ。

綿は全身をしっかりと隠していたが、じっと見られたら、バレないとは言い切れない。

輝明がVIPルームに入ろうとしたその時——

「高杉社長!」

誰かが彼を呼び止めた。輝明は振り返り、何気なく綿の方を見た。

綿は俯いたままだった。サングラスが顔を半分隠している。

輝明は眉をひそめた。

——どこかで見たような……

そう思った矢先、彼を呼んだ男が近づいてきた。「高杉社長、まさか本当にレース見に来るとは!」

三十代半ばくらいの男で、レーシングスーツを着ていた。今日の出場選手らしい。

輝明は視線を男に戻した。

「お前もなかなかだな。出場するなんて」

輝明は笑った。

「いやー、暇だっただけっすよ」

男は肩をすくめ、輝明の肩に腕を回しながらVIPルームへと連れていった。

「最近どうっすか?追いかけてるって聞きましたよ、奥さん」

「噂好きだな」

輝明は苦笑しながら、もう一度綿の方へ視線を投げた。

だが、もう姿はなかった。

輝明は気になりながらも、男に引っ張られるままVIPルームへと入った。

VIPルームは完全に外界と隔離されていた。

「なあ、明くん。今、知ってる顔を見かけたかも!」

秋年はソファに座り、リンゴをかじりながら言った。

輝明は答えなかった。代わりに、先程の男が口を挟んだ。

「岩段社長も今日は暇なんすか?」

「こいつに付き合って来たんだよ」

秋年は笑いながら輝明を指差した。

輝明は冷たい目を向けた。——もう一度チャンスをやる。誰が誰を付き合わせたんだ?

「俺が、お前に付き合ったんだ!」

秋年は胸を張った。

輝明はテーブルのフルーツバスケットを手に取り、投げつける素振りを見せた。

秋年は慌てて手を振った。

「冗談冗談!俺に付き合ってくれたんだよ!」

「レース観戦はやっぱり、仲間と一緒じゃないとつまんない
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1157話

    彼は笑った。「はいはい、通報していいよ」「ちょっとあなたってば——」輝明は綿の口を手で塞ぎ、彼女に文句を言わせまいとした。「シーッ、ここは図書館だぞ」綿は彼を睨みつけ、「ふん」とそっぽを向いた。図書館を出ると、綿は新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。心の中に、様々な思いが溢れていた。「もし大学時代に戻れたら……輝明、私はやっぱりあなたを好きになると思う」綿は彼を見つめながら、静かに言った。輝明は彼女を見下ろし、笑みを浮かべた。「後で、もう一箇所連れていきたいところがある」「どこへ?」「君がずっとしたかったことをしに行く」え?綿はずっと、自分が本当にやりたいことが何なのか分からなかった。輝明に、かつてどんな願いを口にしたかさえ、忘れてしまっていた。それが分かったのは——海辺で、夕日を見たあの瞬間だった。「ずっと言ってたろ?一緒に夕日を見たいって。今日は絶好の機会だと思って」西の空に夕日が沈みかけ、赤く染まった太陽が水平線にゆっくりと姿を隠していく。荒々しい波が海面をかき乱し、潮の香りがふわりと鼻をかすめた。綿は遠く沈んでいく夕陽を見ながら、自然と笑みを浮かべた。まさか、本当にあの願いを覚えていてくれたなんて。自分でさえ忘れたのに。「綺麗……」「もし十八歳の時にこんな夕陽を見てたら、きっと大騒ぎしてたわね」綿は柔らかく笑った。もうすぐ二十八歳になる。輝明は言った。「今だって、思うままに騒いでもいいんだよ」綿は首を振った。「もう子どもじゃないもの。大人らしく、落ち着かないと」「どうして?」「もう十八歳の少女じゃない。もうすぐ、高杉さんの奥さんになるんだもの」綿は彼を見上げた。輝明の中にあった疑問は、一瞬で解けた。彼は、耳まで裂けそうな笑みを浮かべた。二人はそっと並んでベンチに座った。夕陽の光が二人を柔らかく包んでいた。「いいかな、高杉さん」「何が?」「あなたの奥さんになってもいいかな」「もちろん、願ってもないことだ」夕陽はゆっくりと沈みかけていた。輝明はそっと唇を開いた。「綿……愛が、この瞬間、形になった」「え?」綿は首を傾げた。「つまり、君を愛してるってことさ」彼は顔を彼女に向け、真剣な眼差しで見つめた。輝明は綿を

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1156話

    綿は笑った。「じゃあ、雲大に行くってことだね」輝明は答えず、黙って頷いた。やがて車は雲大の正門に到着した。綿は校門から出入りする学生たちを眺めて、ふっとため息をついた。「前に一度来たじゃない」「でも、今ここを歩く気持ちは、前とは違うよ。もう一度歩いてみないか?」彼は提案した。綿は眉をひそめた。何が違うというのだろう?いまいちわからなかったが、それでも彼について車を降りた。輝明は先を歩き、綿はその後を追った。昔と同じように、輝明はいつも先を歩き、彼女は必死で後ろからついていった。輝明は振り返り、彼女に尋ねた。「なんで前に出てこないの?」「昔みたいに、あなたをこっそり好きだった気持ちを思い出してるの」綿は冗談めかして言った。彼は鼻で笑った。「こっそり?あれは堂々とだろ、全世界にバレバレだったぞ」「少しは私のプライドを守ってよ」綿は口を尖らせた。「はいはい、こっそり。君の言う通り」輝明は素直に頷いた。綿は笑った。輝明は彼女を待って、手を差し伸べた。たしかに、彼の言った通り、昔とは違っていた。綿は彼に手を引かれ、キャンパス内をのんびり歩いた。周囲には彼女を認識する学生もいた。彼女がバタフライであると知って、誰もが驚いていたが、邪魔することはなく、ただ遠くから見守っていた。雲大は昔と変わらない。噴水広場に着くと、ちょうど噴水が上がる時間だった。水しぶきが空高く舞い上がり、周りには笑い声があふれ、青春の真っただ中という空気が満ちていた。綿と輝明は足を止め、青春の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。まるで本当に、あの頃に戻ったかのようだった。「昔、よく雲大まであなたに会いに来たけど、あの頃は迷惑だった?」綿は感慨深げに聞いた。「正直に言っていいのか?」「うん」「……ちょっとだけ」「ちぇっ」綿は拗ねたが、すぐに輝明が続けた。「でも、君が一日来なかったら、すぐに寂しくなった」彼は綿を見つめながら、真剣な顔で言った。「本当だよ。嘘じゃない」あの頃、輝明はたしかに綿のことが好きだった。ただ、あの事故——嬌に救われたことで、すべてがずれてしまっただけだった。「ふーん、だからあの時、急に『?』だけのメッセージを送ってきたんだね」あれは寂しかったから。でも素

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1155話

    綿がバタフライだったという事実は、瞬く間に大きな波紋を呼んだ。話題はすべて綿とバタフライの名前で埋め尽くされ、誰もが衝撃を受けた。かつて「桜井家の無能」とまで言われた綿が、今やこれほど世間を驚かせる存在になるとは、誰が想像しただろうか。彼女には、まだまだ世間が知らない顔があるに違いなかった。スタジオはオープンしたばかりで、スクリーンにはバタフライの作品が映し出され、メディアも来賓もみな、大満足といった様子だった。「雪と涙」は展示台に飾られ、今まで直接見たことがなかった人々も、夢中で写真を撮り、次々とSNSにアップしていた。綿は皆が自分の作品を賞賛する様子を見ながら、自信に満ちた気持ちで胸を張った。きっと、デザインの道をもっと遠くまで歩いていける。謙虚に学び、努力を惜しまないと、彼女は心に誓った。綿がソファに腰を下ろしてひと息つこうとしたその時、輝明が彼女の前に現れた。「ちょっと出かけない?」彼が言った。綿は輝明を睨みながら、不思議そうに尋ねた。「スタジオ忙しいのに、どこ行くのよ?」「遊びに連れていく」彼はにっこり笑った。綿は思わず吹き出した。遊び?「男のモデルを八人呼べるなら、いいよ、高杉さん」綿は首をかしげ、彼を見上げた。輝明はすぐに眉をひそめた。「綿」綿はふてくされた顔で言った。「八人じゃ少ない?じゃあ十人!」彼はすかさず綿の頬をつまんだ。眉間にしわを寄せ、顔をしかめた。「君、一体どうしたんだ」「なにが?十人でも足りないって言うの?」綿はにっこりと笑った。輝明は彼女の唇に指を当て、言葉を遮った。もうやめてくれ。八人でも十分図々しいのに、十人なんて冗談じゃない。彼は本気で怒りそうだった。「行こう」彼は綿の手を引いた。綿は抵抗せず、彼についていった。どこへでもいい。彼が連れていくなら、どこへでも。自分を安心して委ねられる人。信じられる人。彼なら、この先も絶対に裏切らない。綿は輝明の背中を見ながら、しっかりとその後をついていった。玲奈と秋年は、首を伸ばしてその様子を見ていた。「どこ行くんだろう?」「どこへ行こうと彼らの自由だよ。私たちはこっちをしっかり守らなきゃ」玲奈は眉を上げて笑った。秋年は目を細めた。「ほう……俺たちの仕事、っ

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1154話

    秋年と玲奈は一瞬きょとんとした。すぐに秋年は笑い、玲奈は唇を尖らせながら「はいはい、仕方ないから引き受けてあげる!」とぶつぶつ言った。「明くんが中にいるから、先に入ってね」綿が秋年に声をかけた。秋年は頷き、玲奈と一緒に中へ入っていった。二人は笑いながら談笑し、なんとも和やかだった。その様子を眺めながら、綿は心から思った。——本当に、私は幸せだ。「ボス、ライブ配信始まるよ!もうすぐテープカットだ!」清墨の声が響いた。綿は頷き、「今行く!」と返事をした。十時の鐘が鳴る頃には、芝生に設けられた席にはすでに来賓が座っていた。スタジオの名前はまだ赤い布で覆われ、誰もが好奇心でいっぱいだった。綿のスタジオ、あまりにも秘密主義すぎる!招待状に書かれていたのはたった一文だけだった。「5月8日、私のスタジオが開業します。お時間ありましたら、ぜひお越しください」スタジオとは聞いていたが、何をするのかまでは誰にも知らされていなかった。「では、余計な言葉はなしにして……スタジオ、いよいよ除幕です!」綿の声に、皆は現実へ引き戻された。ライブ配信のコメント欄は一気に盛り上がった。「早くー!気になりすぎる!」「ジュエリーデザインのスタジオだって言ってたよね?もしかしていい物でも見つけたのか?じゃなきゃ、急にジュエリーデザインのスタジオなんて開かないでしょ!」「なあ、バタフライってもしかして綿のスタジオに来たんじゃないか?」「ありえないだろ!バタフライはフリーでやってるんだぞ!」「いや、絶対じゃないぞ?もし本当に関係あったら?」「もしそうだったら、俺、土下座して謝るわ!」……綿は頭上の赤布を見上げ、カメラに向かって微笑んだ。「ここで、皆さんに正式に発表します」ふわりと微風が吹き、綿の髪が風に揺れた。彼女はカメラを見据え、優しく微笑みながら宣言した。「私が、バタフライです」その瞬間、赤布がめくれ、現れたのは——「バタフライスタジオ」の文字だった。場内は一瞬で凍りついた。「な、なに!?」「嘘だろ、桜井綿がバタフライだったの!?」綿は皆の驚きを受け流し、そのまま続けた。「私の最新作《紅》は、すでに全ネットで先行予約開始しました。これからもたくさん新作を発表していくので、ぜひ

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1153話

    綿は清墨に連れられて外に出た。そこには、街路に停められた大型トラックがあった。トラックの荷台部分は透明なガラスケースで覆われていた。ガラスケースには一列の文字が貼られており、その中にはマットパープルのスポーツカーが置かれていた。周りにはたくさんの風船と、いくつかの高級ブランドのギフトボックスが飾られていた。「お嬢様の開業お祝いに贈るおもちゃ」綿は思わず息を呑み、驚いた目で清墨を見た。これは?スポーツカーの後ろには、次々と運び込まれる花束たちがあった。どの花束にも祝福の言葉が添えられていた。何十もの花束が両側にずらりと並び、たちまち、スタジオの外はまるで花園のようになった。周囲は静まり返り、綿はまだ驚きの中にいた。その間に清墨は静かに身を引いていた。さらに前を見やると、一人の男が、鮮やかなマンタローズの花束を抱えて、ゆっくりと綿の方へ歩いてくるのが見えた。男は完璧に仕立てられたスーツに身を包み、背筋をまっすぐ伸ばしていた。彼は綿の目の前に来ると、そこで足を止めた。綿は鼻の奥がツンとした。「やっぱり、あなたか」輝明は微笑んだ。「どうしてわかった?」「だって、わかるもん」綿は言った。輝明は手に持っていた花束を綿に差し出した。「開業、おめでとう」綿は素直に花束を受け取り、そっと頷いた。「ありがとう、高杉さん」「まだプレゼントがあるよ」輝明はスマホを取り出した。綿はこれ以上の贈り物なんて、想像もしていなかった。どうやら、そのプレゼントはスマホの中にあるらしい。「でも、残念ながらこのプレゼントは、すぐには届かないんだ。直接、催促しちゃダメかな?」彼はスマホを綿に差し出した。綿は画面を覗き込み、ようやく理解した。輝明が、《紅》を注文していたのだ。「これ、どうして買ったの?」綿が尋ねると、輝明は首をかしげた。「愛する人から《紅》を贈られるべきだろ?君は愛されてるんだから、当然持つべきだよ」綿は思わず吹き出して笑った。……このバカ。「じゃあ……できるだけ早く?」綿が言うと、輝明は軽く頷いた。綿は一歩踏み出して、輝明をぎゅっと抱きしめた。「ありがとう、高杉さん」「お礼なんていらないよ。今日は俺、クライアントとして来たから。契約書も持ってきたんだ

  • 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう   第1152話

    「もちろん!」《紅》のデザインは、輝明が自分を救ってくれたあの日に着想を得たものだった。《紅》が持つ意味は、ただ一つ。——血が彼の衣服を染め、そこから愛情は絶え間なく、ますます深く濃くなった。発表と同時に、再びバタフライに対する称賛の声が高まった。白地に赤がにじむシンプルなデザイン、クラシックで洗練された美しさは、一目で誰もを虜にした。そして何より、今回は唯一無二の限定品ではなく、誰でも購入できる仕様になっていた。意味は明白だった。——すべての人に、絶え間なく続き、ますます深まる愛を手にしてほしい。ジュエリーの下には、綿のメッセージが添えられていた。「あなたを愛する彼に《紅》を贈ってもらってください。もし、そんな彼がいないなら、自分で自分に贈ってあげてください」輝明は会議を終えた後、そのジュエリーが公開されたニュースを目にした。胸が、ぎゅっと締めつけられた。——どうりで、あの日、東屋でiPadを抱えて何かを描いていたわけだ。「紅……」輝明はその名を呟きながら、スクリーンに映る小さな文字を見つめた。「鮮血が彼の衣を染め、そこから愛は絶え間なく、ますます深くなった」輝明の口元がほころび、目には柔らかな笑みが浮かんだ。——自分は彼女のインスピレーションだったのか?……5月8日。あっという間に、スタジオ開業の日がやってきた。朝8時、綿スタジオの公式アカウントがついに稼働を始めた。「@桜井綿スタジオ:みなさん、こんにちは!いつも応援ありがとうございます。本日、桜井綿のスタジオが正式にオープンします!長い間お待たせしましたね。そして、皆さんが一番気になっていた質問に、ここでお答えします。『桜井綿スタジオって何のスタジオなの?』今までは情報を伏せていましたが、答えは——ジュエリーデザインのスタジオです!ぜひ遊びに来てください。そして、ここには驚くべき小さな秘密が隠されています。もし現地に来られない方は、10時からのライブ配信をチェックしてくださいね!」今日の天気は格別だった。空には薄い雲がいくつか浮かび、真っ白な綿飴のようだったり、ほんのり赤く染まって美しい女の頬のようだったり。メディア関係者たちはすでに集まっていた。そして、今日の来賓には業界の名士たちも多く含まれていた。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status