LOGIN不可思議な週末が終わり、月曜日となった。
カシュを一人部屋に残し、スーツを着て職場である学校へと出勤する。『いってきます』『いってらっしゃい』だなんて家族や夫婦みたいなやり取りをし、また、くすぐったい気持ちになりながら、背筋を無駄に伸ばして一人通勤路を歩いて行く。
私の職場は私立清明学園の高等部だ。我が校は進学校として近隣では有名な学校で、いわゆるお金持ちのお子様達が集まる古参の学校でもある。今は理事長の方針で才能ある者全てに門を開いており、多種多様な生徒達が集まるようになった。おかげで勉強一辺倒だった校内が部活動やイベントごとも盛んになり、全体が活気付き、毎日が楽しい。
「おはようございます」
「おはよー華せんせー」朝練に行くであろう大きな鞄を持ったジャージ姿の生徒に声を掛けられ、「おはよう」と返す。そんなやり取りですら、“教師”としてはちょっと嬉しくなる。
(あぁ、ウチの生徒はホントいい子だわぁ)
そう思うと、口元が勝手に緩んだ。
ウチの学校は無駄に、無駄
(……誰だ?あの男は) 図書館の側にあるカフェでアイスコーヒーでも買いつつ、店で働く嫁のウルカの様子を見に来た瀬田は、扉を開けた瞬間、険しい表情をしながらそんな事を思った。 店に入るなり、店内の一番隅にある席で、休憩中っぽいウルカが楽しそうに金色の髪をした青年とおしゃべりをしている姿が目に入ったからだ。 彼女の対面に座る男の姿は背中しか見えないが、ダークトーンのスーツを着ていて、百八十センチある瀬田と同じくらいの背格好のようだ。 男に向けるウルカの笑顔はとっても気さくなもので、二人はとても親しい関係みたいに感じられる。瀬田に対して向ける事の多い、機嫌を伺う様な眼差しをする気配はまるでなく、瀬田の眉間のシワが一層深くなった。「やぁ、どうも。今は休憩中かな?」 出来る限り顔に笑顔を貼り付け、瀬田がウルカに声を掛ける。店内に客はまばらで、居るのは自習中の生徒ばかりだ。だが、そんな生徒達が一同にちょっと驚いた顔になった。 何なんだ、あの無駄に眼福な空間は!——と。 カフェの店員である金髪の美少女と、同じく金髪の端正な顔をした青年の組み合わせに、モデル並みにスタイルと顔だけはズバ抜けて整っている瀬田が加わった。それにより、周囲の注意が三人の元へ一気に集まってしまったのは当然の結果と言えよう。「浩二さん!お疲れ様です、もうお仕事は終わったんですか?」 パッと明るい笑顔をし、ウルカが瀬田へ親しげな雰囲気で返事をする。ロリコン疑惑の付き纏う瀬田が相手だった事で、生徒達に『とうとう未成年者に手を出したんですか⁉︎——先生!』と、一気に緊張が走った。「いや、まだ仕事中だ。だが、作業の前にアイスコーヒーでも飲もうかと思ってな。……えっと、こちらの方は?」 そう答えながら男を一瞥すると、彼は探るような眼差しを瀬田へと向けた。値踏みする様な眼差しでもあり、ちょっと居心地が悪くなる。「彼はワタシの兄のカシュです。此処で待ち合わせをしているらしく、ちょっとお話をしていたんですよ」「あぁ、彼が——」 そこまで言って、『双子の兄さんか』という言葉はぐっと飲み
「さて、話を最後までは聞いてくれなかったから、コレはもう、カフェまでちゃんとお迎えに行かないといけないねぇ」 ニヤニヤと楽しそうに笑うカミーリャに対し、ため息のみで華が答える。失礼な態度と知りながらも、何か言い返す気力はもうなかった。「まぁ冗談はさておきだ」と言い、カミーリャが机に頬杖をついて、華へ真顔を向けた。それにより、華が身を引き締めて背を正し、ここからは仕事の話なのだなと気持ちを切り替える。「華先生は確か、今は“文芸部”と“漫画研究会”の部活顧問を担当しているんだったよね?」 そう訊きながらカミーリャは手元にある部活関連の資料をぱらっとめくった。「はい。他にも“アニメ同好会”と“イラスト研究会”も受け持っています。もっとも……“文芸部”以外は名前を貸して、鍵の管理をしているだけですけども」(それにしても、何故に漫画とイラストで別々に活動するのかしら?一緒に活動してくれると、仲間も多くなって楽しいだろうに) 心の中で、華がそっとぼやく。 それにしたってどうして私のところにはこうもオタク文化系のお願いが多いのかと軽く首を傾げる。恋愛小説や漫画が愛読書である事は、秘密にしているつもりなので不思議でならない。「……多いね。まぁ生徒が好きに活動していて、華先生に負担が無いのならいいんだろうけど」 「そうですね。ですが、好きな活動をして学校生活を楽しみたい子供達の笑顔は見ていて楽しいので問題ありません」 「そっか、うんうん」 模範解答とも言える返事をする華に対し、眩しいモノでも見る様な目をカミーリャが向ける。本心からそう思っているのだろうなぁと思うと、理事長としては嬉しくもあった。「そんな華先生に追加で頼みたい部活があるんだけど……出来るだろうか?」「ものにもよりますが……。指導が必要なものですと、専門知識の問題がありますので」 「まぁそうだよね。だから、僕的にはもう華先生にしか頼めないなと思って呼んだんだ。元々は別の先生が引き受けてくれていたんだけどね、生徒と一緒に真面目に部活動に励んでいるうちに、『奥深い世界に興味が湧いたので、ちょっ
「そのうち絶対に何かやるだろうなぁとは思っていたけど、まーさーか、転入初日の自己紹介時にやらかしてくれるとはね。思い付きで行動する私でも、流石にコレは想像出来なかったなぁ、あははは!」 相変わらず『此処は貴族の部屋か?』とツッコミを入れたくなる程に品のある豪奢な一室で、清明学園の理事長であるロイ・カミーリャが声をあげて笑っている。 そんな彼の座る席の正面に立ち、顔面を両手で押さえ、俯いたまま華が「すみません……」とか細い声で謝罪する。だがカシュは笑顔のまま「ボクは謝りませんよ。コレでボクがどんな行動をしようが、華さんは『日本の常識を知らない、距離感のバグっている外国人から一方的に迫られている被害者』って扱いになりますからね」と自信満々に言い切った。 そんな彼の腕に、もの凄い勢いをつけて華が力一杯肘打ちをする。 カシュはその衝撃と痛みにより、「あがっ!」と声をあげはしたが、心なしか表情は『ご褒美、ありがとうございます!』とでも言い出しそうな笑みを浮かべていた。「了解、そういった方向で情報を管理しておくよ。まぁ華先生側の態度が揺らぐ心配はそもそも無いしね。黒鳥君はどう足掻いたって“淫魔”の習性で好きな人を誘惑したくなるだろうから、最初っから隠さないという選択肢は、確かにありだね、うん」「ありがとうございます、カミーリャさん」 そう言って、カシュがカミーリャに向かい頭を下げる。 何の相談もせずに行動した事だけでも詫びようかと一瞬思ったが、彼ならば全て見通しているのではと思い、結局カシュは謝罪をしなかった。「いいんだよ、“人外”達との付き合いには慣れているつもりさ。こちらのルールばかりを押し付けるのは無理だともわかっているからね。この先も、こうやって何度も折り合いをつけていこうじゃないか」 「あ、あの……私の監督責任は問われるのでしょうか?その……頰ではありましたけれど、担任である私が、生徒達の前で、せ、せ……接吻をされて、しまったわけです、し」(何故に『接吻』?『キス』って言うのすら、恥ずかしかったとか?) と、カシュとカミーリャが同じ事を思う。 だがそんな彼女を同時
「何かしら?」 「ボク、まだ日本語を読むのに自信がないので、最前列の席に座らせてはもらえませんか?先生の側に座っていた方が、何かと便利だと思うので」(いやいやいや、貴方ペラペラでしょ。読み書きどっちも不自由無いくせに、何言ってるの!) 可愛い顔してサラッと嘘を言ったカシュに対し、『は?』と視線だけで華が文句を伝える。だがしかし、最前列に座っていた生徒達が黙々と一人分のスペースを勝手に開けて、カシュの席を用意し始めた。「え?まだ私は許可していないわよ⁉︎」 華は最前列の子達にそう言ったが、クラスのほぼ全員が、カシュが一番前の席に座る事に賛同している。「でも先生、黒鳥君の言い分はもっともですし。ね?」と、最前列の子が言う。すると他の子達まで「うん、うん」と口にした。「いや、まぁ確かにそうね……」 別に最後尾でなければならない理由もないので、文句も言えない。「これで黒鳥君が見やすいなら、俺達は別に一列ずつずれてもいいですよ」 生徒達が顔を見合って、「ねー」と笑顔で頷く。『前に座ってくれた方が、眼福そのものなカシュの姿が見易いから、むしろラッキー』的な『見やすい』である事は明らかだった。「ありがとうございます!嬉しいです、とっても」 金髪の美少年であるカシュの喜ぶ姿に、クラスメイトのみんなが崇めるような気持ちになりながら悶えている。『このクラスでよかったぁ!』と叫びたい気分になる者まで中にはいた。「……わかったわ。まぁ、みんながいいなら私は構わないわよ。座席表は作り直さないとだけど、まぁいいでしょう」 そう言って、華が仕方ないわねぇと息を吐く。そんな彼女に向かい、ニコッと一度笑みを浮かべると、カシュは華の胸元を軽く掴んで顔を引き寄せて頰にチュッと軽い口付けをした。「正面に座る許可をボクにくださり、ありがとうございます。これで、毎朝華先生のお美しい姿が特等席で見詰め続けられるんですね、最高です」 何が起きたの?とクラス中の皆が固まる。『キスをしたみたいに見えたけど、え?』と、疑問符でいっぱいだ。もちろん、された華自身も。
週が明け、彼らが出逢ってから三週目の月曜日になった。 今日からカシュが、華の職場でもある清明学園に学生として通学する事になる。彼女の部屋の中にある姿見用の大きな鏡の前に立ち、学校側が用意してくれた詰襟タイプの黒い制服を着込んだカシュが、クルッとその場で回った。「どうですか?華さん。似合ってます?」 嬉しそうに訊かれ、華が完全に保護者の心境になりながら目を細める。もし今一眼レフカメラが手元にあったら、運動会の父親達並みに撮影しまくっていたかもしれない。「うんうん、とっても似合っているわよ」 「ありがとうございます!」 元気に返事をされ、「じゃあ、そろそろ行きましょうか」と彼に声を掛けながら、華がカシュの背中をぽんっと叩く。そして再度しっかり制服姿の彼を見て、『ボクの嫁になって欲しいとか、ホント無理だわ』と改めて思った事を、華は胸の奥にそっと仕舞った。 ◇ 朝のホームルームの時間。「——はい。じゃあ、今日は新しくウチのクラスに転入生が来るので紹介するわね」 華は担当しているクラスの教壇に立ち、生徒達に向かって声を掛けた。高校での転入生は珍しいからか「まじか!美人?美人かなぁ?」「えーどんな人だろう?カッコイイといいなぁ」「モテキャラは来るなー!モブでいい、モブで!」などと、生徒達が好奇心に満ちた言葉を次々と口にする。 普段ならそんなふうに騒いでいる生徒を前にすれば、『そう難易度を上げちゃダメよ、教室へ入って来るのが嫌になるから』と思う華なのだが、今回は『大いに騒ぎなさい!期待以上の子が来るから!』と内心少し自慢気だ。「さぁ入って」 廊下側の扉に向けて華が声を掛けると、間髪入れずにガラッと開き、カシュが颯爽とした足取りで教室内に入って来た。 正面に立ち、ピシッと背を正す。そして色艶の良い唇に笑みを浮かべ、カシュはゆっくり口を開いた。少しだけ生徒達に向かい魅了の魔法を使用したが、華にはわからない程度のものだ。「はじめまして、黒鳥カシュといい
「で?ウルカの方は倦怠期はなんとかなったのかい?」 すっかり顔色の良くなったカシュが、今度は妹の心配をする。だがウルカの顔色も悪くなかったので、答えを聞かずともわかっていた。「うん!大丈夫」 可愛い笑顔で答えてもらえ、カシュの心がほっこりと和む。自分とよく似た顔だけど、それでも妹の笑顔は胸に刺さった。「あー……だけど、別の問題が、今は一つ」 ウルカの明るい笑顔が一気に曇った。瀬田の友人である水谷の存在を思い出したからだ。せっかく訳も分からぬうちに倦怠期っぽいものが終わったのに、何故今度は別の問題が生じるかなぁ!と悔しくなる。「問題?」 「う、うん……」 「何だろう?ボクらの種族を知った上で婚姻関係を結べたんだろう?あとはもう何もないんじゃ?」 きょとんとした顔をするカシュに向かい、ウルカが今にも泣き出しそうな顔を向ける。淫魔としてならドンと来い!な状況なはずなのに、個人的には許せない事態なので、複雑な気分だった。「あのね、実はですねぇ——」の一言から始め、ウルカは昨日の公園での出来事を全てカシュに話した。「——なるほど。で?」 何の問題もないじゃないかと言いたげな顔をカシュにされ、ウルカの、今にも泣き出しそうな表情がさらに歪む。つり目がちな眦にはもう涙が溜まっていて、今にも頬を濡らしそうだ。「で?って、でって言う?問題だらけじゃない!」 軽くテーブルを叩き、ウルカがとうとう泣き出した。幼い顔立ちの彼女が泣くと、兄として感じる罪悪感が半端ない。「え、だって、それって友人としての『好き』であって、恋人や愛人としての好きじゃないだろう?結局帰りは二人きりだったんだし、どう考えたって彼はウルカにベタ惚れだと思うよ?」 「でも、ワタシは旦那様に『好き』すら言ってもらえていないのに?友人には言うのに、奥さんなワタシにはどうして言ってくれないの?体だけが目的で結婚したんじゃって疑いたくなるんだけど」「んな事言ったって、ウルカだって最終的には魔力が目的でしょ?淫魔としては、体さえ気に入ってもらえるなら本望







