LOGIN週が明け、彼らが出逢ってから三週目の月曜日になった。
今日からカシュが、華の職場でもある清明学園に学生として通学する事になる。彼女の部屋の中にある姿見用の大きな鏡の前に立ち、学校側が用意してくれた詰襟タイプの黒い制服を着込んだカシュが、クルッとその場で回った。
「どうですか?華さん。似合ってます?」
嬉しそうに訊かれ、華が完全に保護者の心境になりながら目を細める。もし今一眼レフカメラが手元にあったら、運動会の父親達並みに撮影しまくっていたかもしれない。
「うんうん、とっても似合っているわよ」
「ありがとうございます!」元気に返事をされ、「じゃあ、そろそろ行きましょうか」と彼に声を掛けながら、華がカシュの背中をぽんっと叩く。そして再度しっかり制服姿の彼を見て、『ボクの嫁になって欲しいとか、ホント無理だわ』と改めて思った事を、華は胸の奥にそっと仕舞った。
◇
朝のホームルームの時間。
<「さて、話を最後までは聞いてくれなかったから、コレはもう、カフェまでちゃんとお迎えに行かないといけないねぇ」 ニヤニヤと楽しそうに笑うカミーリャに対し、ため息のみで華が答える。失礼な態度と知りながらも、何か言い返す気力はもうなかった。「まぁ冗談はさておきだ」と言い、カミーリャが机に頬杖をついて、華へ真顔を向けた。それにより、華が身を引き締めて背を正し、ここからは仕事の話なのだなと気持ちを切り替える。「華先生は確か、今は“文芸部”と“漫画研究会”の部活顧問を担当しているんだったよね?」 そう訊きながらカミーリャは手元にある部活関連の資料をぱらっとめくった。「はい。他にも“アニメ同好会”と“イラスト研究会”も受け持っています。もっとも……“文芸部”以外は名前を貸して、鍵の管理をしているだけですけども」(それにしても、何故に漫画とイラストで別々に活動するのかしら?一緒に活動してくれると、仲間も多くなって楽しいだろうに) 心の中で、華がそっとぼやく。 それにしたってどうして私のところにはこうもオタク文化系のお願いが多いのかと軽く首を傾げる。恋愛小説や漫画が愛読書である事は、秘密にしているつもりなので不思議でならない。「……多いね。まぁ生徒が好きに活動していて、華先生に負担が無いのならいいんだろうけど」 「そうですね。ですが、好きな活動をして学校生活を楽しみたい子供達の笑顔は見ていて楽しいので問題ありません」 「そっか、うんうん」 模範解答とも言える返事をする華に対し、眩しいモノでも見る様な目をカミーリャが向ける。本心からそう思っているのだろうなぁと思うと、理事長としては嬉しくもあった。「そんな華先生に追加で頼みたい部活があるんだけど……出来るだろうか?」「ものにもよりますが……。指導が必要なものですと、専門知識の問題がありますので」 「まぁそうだよね。だから、僕的にはもう華先生にしか頼めないなと思って呼んだんだ。元々は別の先生が引き受けてくれていたんだけどね、生徒と一緒に真面目に部活動に励んでいるうちに、『奥深い世界に興味が湧いたので、ちょっ
「そのうち絶対に何かやるだろうなぁとは思っていたけど、まーさーか、転入初日の自己紹介時にやらかしてくれるとはね。思い付きで行動する私でも、流石にコレは想像出来なかったなぁ、あははは!」 相変わらず『此処は貴族の部屋か?』とツッコミを入れたくなる程に品のある豪奢な一室で、清明学園の理事長であるロイ・カミーリャが声をあげて笑っている。 そんな彼の座る席の正面に立ち、顔面を両手で押さえ、俯いたまま華が「すみません……」とか細い声で謝罪する。だがカシュは笑顔のまま「ボクは謝りませんよ。コレでボクがどんな行動をしようが、華さんは『日本の常識を知らない、距離感のバグっている外国人から一方的に迫られている被害者』って扱いになりますからね」と自信満々に言い切った。 そんな彼の腕に、もの凄い勢いをつけて華が力一杯肘打ちをする。 カシュはその衝撃と痛みにより、「あがっ!」と声をあげはしたが、心なしか表情は『ご褒美、ありがとうございます!』とでも言い出しそうな笑みを浮かべていた。「了解、そういった方向で情報を管理しておくよ。まぁ華先生側の態度が揺らぐ心配はそもそも無いしね。黒鳥君はどう足掻いたって“淫魔”の習性で好きな人を誘惑したくなるだろうから、最初っから隠さないという選択肢は、確かにありだね、うん」「ありがとうございます、カミーリャさん」 そう言って、カシュがカミーリャに向かい頭を下げる。 何の相談もせずに行動した事だけでも詫びようかと一瞬思ったが、彼ならば全て見通しているのではと思い、結局カシュは謝罪をしなかった。「いいんだよ、“人外”達との付き合いには慣れているつもりさ。こちらのルールばかりを押し付けるのは無理だともわかっているからね。この先も、こうやって何度も折り合いをつけていこうじゃないか」 「あ、あの……私の監督責任は問われるのでしょうか?その……頰ではありましたけれど、担任である私が、生徒達の前で、せ、せ……接吻をされて、しまったわけです、し」(何故に『接吻』?『キス』って言うのすら、恥ずかしかったとか?) と、カシュとカミーリャが同じ事を思う。 だがそんな彼女を同時
「何かしら?」 「ボク、まだ日本語を読むのに自信がないので、最前列の席に座らせてはもらえませんか?先生の側に座っていた方が、何かと便利だと思うので」(いやいやいや、貴方ペラペラでしょ。読み書きどっちも不自由無いくせに、何言ってるの!) 可愛い顔してサラッと嘘を言ったカシュに対し、『は?』と視線だけで華が文句を伝える。だがしかし、最前列に座っていた生徒達が黙々と一人分のスペースを勝手に開けて、カシュの席を用意し始めた。「え?まだ私は許可していないわよ⁉︎」 華は最前列の子達にそう言ったが、クラスのほぼ全員が、カシュが一番前の席に座る事に賛同している。「でも先生、黒鳥君の言い分はもっともですし。ね?」と、最前列の子が言う。すると他の子達まで「うん、うん」と口にした。「いや、まぁ確かにそうね……」 別に最後尾でなければならない理由もないので、文句も言えない。「これで黒鳥君が見やすいなら、俺達は別に一列ずつずれてもいいですよ」 生徒達が顔を見合って、「ねー」と笑顔で頷く。『前に座ってくれた方が、眼福そのものなカシュの姿が見易いから、むしろラッキー』的な『見やすい』である事は明らかだった。「ありがとうございます!嬉しいです、とっても」 金髪の美少年であるカシュの喜ぶ姿に、クラスメイトのみんなが崇めるような気持ちになりながら悶えている。『このクラスでよかったぁ!』と叫びたい気分になる者まで中にはいた。「……わかったわ。まぁ、みんながいいなら私は構わないわよ。座席表は作り直さないとだけど、まぁいいでしょう」 そう言って、華が仕方ないわねぇと息を吐く。そんな彼女に向かい、ニコッと一度笑みを浮かべると、カシュは華の胸元を軽く掴んで顔を引き寄せて頰にチュッと軽い口付けをした。「正面に座る許可をボクにくださり、ありがとうございます。これで、毎朝華先生のお美しい姿が特等席で見詰め続けられるんですね、最高です」 何が起きたの?とクラス中の皆が固まる。『キスをしたみたいに見えたけど、え?』と、疑問符でいっぱいだ。もちろん、された華自身も。
週が明け、彼らが出逢ってから三週目の月曜日になった。 今日からカシュが、華の職場でもある清明学園に学生として通学する事になる。彼女の部屋の中にある姿見用の大きな鏡の前に立ち、学校側が用意してくれた詰襟タイプの黒い制服を着込んだカシュが、クルッとその場で回った。「どうですか?華さん。似合ってます?」 嬉しそうに訊かれ、華が完全に保護者の心境になりながら目を細める。もし今一眼レフカメラが手元にあったら、運動会の父親達並みに撮影しまくっていたかもしれない。「うんうん、とっても似合っているわよ」 「ありがとうございます!」 元気に返事をされ、「じゃあ、そろそろ行きましょうか」と彼に声を掛けながら、華がカシュの背中をぽんっと叩く。そして再度しっかり制服姿の彼を見て、『ボクの嫁になって欲しいとか、ホント無理だわ』と改めて思った事を、華は胸の奥にそっと仕舞った。 ◇ 朝のホームルームの時間。「——はい。じゃあ、今日は新しくウチのクラスに転入生が来るので紹介するわね」 華は担当しているクラスの教壇に立ち、生徒達に向かって声を掛けた。高校での転入生は珍しいからか「まじか!美人?美人かなぁ?」「えーどんな人だろう?カッコイイといいなぁ」「モテキャラは来るなー!モブでいい、モブで!」などと、生徒達が好奇心に満ちた言葉を次々と口にする。 普段ならそんなふうに騒いでいる生徒を前にすれば、『そう難易度を上げちゃダメよ、教室へ入って来るのが嫌になるから』と思う華なのだが、今回は『大いに騒ぎなさい!期待以上の子が来るから!』と内心少し自慢気だ。「さぁ入って」 廊下側の扉に向けて華が声を掛けると、間髪入れずにガラッと開き、カシュが颯爽とした足取りで教室内に入って来た。 正面に立ち、ピシッと背を正す。そして色艶の良い唇に笑みを浮かべ、カシュはゆっくり口を開いた。少しだけ生徒達に向かい魅了の魔法を使用したが、華にはわからない程度のものだ。「はじめまして、黒鳥カシュといい
「で?ウルカの方は倦怠期はなんとかなったのかい?」 すっかり顔色の良くなったカシュが、今度は妹の心配をする。だがウルカの顔色も悪くなかったので、答えを聞かずともわかっていた。「うん!大丈夫」 可愛い笑顔で答えてもらえ、カシュの心がほっこりと和む。自分とよく似た顔だけど、それでも妹の笑顔は胸に刺さった。「あー……だけど、別の問題が、今は一つ」 ウルカの明るい笑顔が一気に曇った。瀬田の友人である水谷の存在を思い出したからだ。せっかく訳も分からぬうちに倦怠期っぽいものが終わったのに、何故今度は別の問題が生じるかなぁ!と悔しくなる。「問題?」 「う、うん……」 「何だろう?ボクらの種族を知った上で婚姻関係を結べたんだろう?あとはもう何もないんじゃ?」 きょとんとした顔をするカシュに向かい、ウルカが今にも泣き出しそうな顔を向ける。淫魔としてならドンと来い!な状況なはずなのに、個人的には許せない事態なので、複雑な気分だった。「あのね、実はですねぇ——」の一言から始め、ウルカは昨日の公園での出来事を全てカシュに話した。「——なるほど。で?」 何の問題もないじゃないかと言いたげな顔をカシュにされ、ウルカの、今にも泣き出しそうな表情がさらに歪む。つり目がちな眦にはもう涙が溜まっていて、今にも頬を濡らしそうだ。「で?って、でって言う?問題だらけじゃない!」 軽くテーブルを叩き、ウルカがとうとう泣き出した。幼い顔立ちの彼女が泣くと、兄として感じる罪悪感が半端ない。「え、だって、それって友人としての『好き』であって、恋人や愛人としての好きじゃないだろう?結局帰りは二人きりだったんだし、どう考えたって彼はウルカにベタ惚れだと思うよ?」 「でも、ワタシは旦那様に『好き』すら言ってもらえていないのに?友人には言うのに、奥さんなワタシにはどうして言ってくれないの?体だけが目的で結婚したんじゃって疑いたくなるんだけど」「んな事言ったって、ウルカだって最終的には魔力が目的でしょ?淫魔としては、体さえ気に入ってもらえるなら本望
「む、無理だよ。本当に好きだから、強引にはしたくないし。“魅了”も効かないから既成事実から入る事も出来なかったし、夢には干渉どころか入ることすら不可能なんだから」 「鉄壁だね……」と言い、はぁとウルカが溜め息を吐いた。 「それでも、好きなの?他の人じゃダメ?」 「……うん。『この人だ』って思った気持ちが消えないんだ、魔女だってわかっても。そりゃ、わかった瞬間は色々悩んだけど」(魔女だってのに、華さんの寝姿を見ただけで、色々とどうでも良くなっちゃったんだよなぁ……) 首の後ろを押さえ、どうしたものかとカシュが瞼を閉じる。 自分は華が好きだという気持ちが根底にあるから『彼女が魔女だ』という事を割り切れるとしても、妹や同族の事を思うと、この恋を突き通して良いものかと、どうしても考えてしまう。 華に手料理を食べさせてもらえれば、ひとまずは飢える心配も魔力不足で悩む心配もない。なのでこのまま側から離れる気はないが、婚姻関係を結ぶとなると、唯一の家族である妹を無視する気にはなれなかった。「なら、射止めてしまえば良いんじゃないかな」 ん?と、カシュが首を傾げた。随分とあっさり許可が出た気がするんだが、まさかな。「ワタシは別に、魔女がお姉さんになっても……なっても、あ、いや、ごめん。正直本心としてはすごく怖いけど、怒らせなければ別に、普通の人……なんだよね?」 そう言うウルカはカタカタと小刻みに震えていて、両手で持っているカップから今にもアイスティーが溢れ出してしまいそうだ。発言は全て、強がりながらのものらしい。「自分が魔女だって無自覚な人だし、無意識下で言霊的な力を使っちゃったりするくらいで、彼女自体に害は無いよ」 くすっと笑い、カシュが腕を伸ばしてウルカの頭を無造作に撫でた。「そ、そっか……なら大丈夫かな」 カシュの言葉でウルカが安堵し、ほっと息を吐く。 自分も絶賛恋愛中の身なので、彼の心が安易に想像出来る。妹を気遣って、カシュが自分の恋心を諦めるような事にはならずに済みそうで、その事がちょっと嬉しかった。「







