LOGIN『忘れてただぁ?皆勤賞だったお前が?……じゃあ、具合が悪いとかじゃ、無いんだな?』 電話の奥から聞こえる水谷の声は、口は悪いがとても気遣うような雰囲気で、かなり心配していることが伝わってくる。「あぁ、具合はむしろ良いくらいだから、平気だよ」 そう言って、チラリとウルカの顔を見る。瀬田と目の合った彼女は、『お前のおかげだ』と言われたような気がして、嬉しそうに微笑みを返した。『それならよかった。じゃあ、今日はどうするんだ?途中からでもこっちに来るのか?』 水谷に訊かれ、瀬田が再びカレンダーに視線をやる。そこには週末の予定がビッシリと書かれており、今日の日付には『公園でBBQ』となっている。「すまん、今回は——いや……もう、合コンの類は行くのやめるわ」 “合コン”というワードが聞こえ、ウルカの耳がピクッと動いた。『——え?な、何でだ?待てって、まさかもう、婚活は諦めるのか?あれだけ頑張っていたのに』 動揺していることが電話越しでもわかるほど、水谷の声が震えている。「諦めた訳じゃない。だが——」 そう言ったところで、水谷が瀬田の言葉を遮った。『なら、俺も今日はキャンセルする。今からお前んち行くわ。んで、もう行かないなんて言い出した理由を直接聞かせろ』 「話すのは構わんが、ウチには来るな。お前はそのまま参加してろよ。今回こそ、お前には良い出会いがあるかもしれないだろ?」『お前が居ないと意味がねぇんだよ!』 怒鳴り声が電話越しに聞こえ、二人の肩がビクッと震えた。何を怒っているのかわからず、瀬田が首を傾げる。「……家は困る。外で会おうか。そうだな……ウチの近くにある公園でどうだ?」 ウルカを水谷に会わせることに抵抗があり、瀬田は即座に提案を変えた。『わかった。公園だな?すぐ行く。ちゃんと待ってろよ。絶対に、すぐに飽きて帰るなよ!』 ガタン、バタンと何かにぶつかる音が電話越しに聞こえる。慌て過ぎだなと瀬田は呆れ顔をしながらも、口元だけでちょっと笑って「わかったよ」と答えた。「さて。という訳だ、すまんがちょっと出掛けて来る」 通話の終わったスマートフォンをテーブルに置き、瀬田が椅子から立ち上がった。 外出着に着替える為にクローゼットの方へ移動して行く瀬田の後ろを、ウルカが続く。そわそわとした様子で彼の服の裾を軽く掴むと、小さな声でおそるお
「……美味いな」 「本当ですか?ありがとうございます!」 キッチンスペースにある対面式のカウンターテーブルに並ぶウルカの手料理を口にして、瀬田が驚いた顔をした。“人外”が、それも“悪魔”が作る料理となると、彼が読んだお話の世界ではゲテモノがぐちゃりと盛り付けられているものばかりだったので、見た目がまともだろうとも正直口に入れる瞬間は少し怖かったからだ。人外に会った事などコレが初めての経験だ。比較参照する事例が空想のモノとなるのも、致し方ないだろう。「嬉しいです!お口に合って。好きじゃないならもう死んで詫びようと思っていたので、ホント良かったです」 ウルカがほっと胸を撫で下ろすと、瀬田の箸からボロッとおかずが落ちた。「いやいや、詫び方!ソレはやり過ぎだろ」 「でも、ワタシにはそれくらいしか出来ないので……」 彼の真隣の席に座るウルカがしゅんっと項垂れる。そんな彼女の髪をくしゃりと撫でて、瀬田が優しく微笑んだ。「そんな顔をするな、お前には笑っていて欲しいんだからな」 「……は、はい!」 顔を真っ赤に染め、ウルカが頷く。瀬田の優しい笑顔が深く心に沁みた。(押し掛け女房的行為をしてでも、彼に嫁いできて本当に良かった!) じーんっとウルカが一人感動している隣で、黙々と瀬田が手料理を平らげていく。ウルカはその姿をニコニコと笑いながら見ているだけだったので、「お前は食べないのか?」と瀬田が訊いた。「まぁ、一緒に食べられはしますけど、ワタシは浩二さんの事を喰べられれば、ソレが最高の食事なので」 ウルカはサラッと普通の表情で言ったが、言われた側の瀬田は顔が真っ赤に染まった。「……そ、そうか」 「なので、沢山ご飯を食べて、体力つけて下さいね」 「…………」 ニコニコと微笑むウルカの顔から視線を逸らし、瀬田が食事を再開する。 『喰べるって……“アレ”を、だよなぁ。コイツはサキュバス、なんだし』と考えてしまう。黙々と朝食を咀嚼しながらも彼の顔はまだ赤いままで、カリカリに焼かれたベーコンを頬張りながら、頭の中は卑猥な妄想でいっぱいになっていく。 だがしかし、言った本人は淫猥な妄想を掻き立てる発言をしていた事に全く気が付いていない。そんなウルカが可愛く思え、瀬田は食事を続けながらも小さく笑った。 食事をする瀬田の姿をニコニコ顔で見詰めるウル
「ウルカ、一つ確認してもいいか?」「は、はい!なんなりと」 はぁ……と深くため息をついてから、前髪で目元が少し隠れたままの瀬田が、ウルカの方へ顔を向ける。チラリと見える眉間にはシワが寄っていて、不機嫌なままなのは明らかだった。 そのせいで、訳もわからずウルカの肌に冷や汗が伝う。また急に『出て行け』と言われやしないかと内心気が気じゃないが、ラフな姿をした瀬田から漂う色香にも酔ってしまっている。何も纏っていない上半身のラインは男性らしい筋肉質なものでとても美味しそうだし、脚を隠す掛け布団は、その奥にある痴態はどんな感じなのだろうかとウルカの想像力を掻き立ててしまう。 ウルカの中で、不安よりも興奮の方が上回りそうになった時、やっと瀬田が声を発した。「お前の“本体”は、どれなんだ?」「……と、言いますと?」 きょとんとした顔で、ウルカが小首を傾げた。「“ソレ”といい、“カフェでの姿”といい、“愛らしい小柄な容姿”といい、会うたびにコロコロと見た目が変わっているが、一体どれが“本当のお前”なんだ?」 指をさされながら言われ、ウルカがうっと喉を詰まらせた。 どの姿もちゃんと“自分”だが、『どれがお前だ?』と訊かれると、『一番小さい姿が本体だ』と答えるのが正しい。だが、ソレを馬鹿正直に言って、嫌われてしまわないかとちょっと怖い。 小柄な女性が好きな瀬田に対し、事実を打ち明ける事を怖がる必要など皆無なのだが、ウルカは全くその点に関して気が付いていない。察する機会は多々あったのに、だ。『男性は魅惑的な女性体に弱い』という刷り込みにも近い程の思い込みが、事実に気が付く機会を邪魔してしまう。「ち……一番小さいのが、ワタシです……」 伴侶に嘘は言いたくない。事実を告げようと決意を固め、ウルカが俯き、ぼそっと答える。小柄な自分はいらないと拒否されやしないかと不安で、少し肩が震えていた。「そうか!じゃあ元に戻っておけ。もう俺の前で無理をするな」 一転して、明るい声で瀬田が言った。「え……」 「早く、今すぐ!」 「は、
優しい日差しを注ぐ太陽が空へと昇り、土曜日の朝がきた。 急ぎの仕事もないため、休日出勤の必要のない瀬田は、一人暮らしには不向きな大きめのベッドでうつ伏せになりながら寝息を立てている。ボクサーパンツ一枚だけの姿で眠っており、髪には少し寝癖がついていてちょっと可愛い。切れ長な瞳が瞼に隠れ、前髪が目元まで落ちているからか、寝顔には少しだけ幼さがあった。 そんな瀬田の眠る姿をウルカは、床にペタンと座りながらニヤニヤした顔で長いこと鑑賞し続けている。視線だけで相手を起こしてしまいそうな程長い時間じっとそうしているのだが、彼が眠った時間がかなり遅かったため、幸いにして瀬田が起きる気配はない。ウルカとの、場所を考える余裕もなくおよんだ二度目の行為に没頭し、酔いしれ、溺れた代償はどうやら大きかったようだ。 台所から香ってくる肉を焼いたような匂いが微かに部屋を満たしているが、疲れの方が強いのか、匂いで目が覚める事もなさそうだ。(『朝食が出来たぞ』と起こすべきか、このまま眼福時間を堪能させて頂くべきか……) ウルカは一秒ほど悩むフリをしたが、勿論後者を選んだ。出来れば作りたての料理を食べさせたい気持ちはもちろんあるが、電子レンジで温め直してもまぁ問題はないだろう。 何と素晴らしいアイテムだ。文明の発展万歳、と思いながら、ウルカはグッと軽く拳を握った。「……可愛いなぁ、カッコイイなぁ、素敵だなぁ」 ポッと火照る頰を両手で冷やしながら、ぼそりと呟く。 こんな見目麗しい人を捕まえる事が出来た自分が誇らしくってしょうがない。優良物件でしかないであろう彼がどうしてだか“初物”だった幸運にも感謝したい気分だが、コロコロと態度が変わってしまうのだけは……今もちょっと怖い。 二度目のおかげでより一層体には魔力が満ちているので、今はまた問題無く生活出来る。だけど貯めておくにも限度がある。他の物に魔力を貯めておいて、不足したらソレを頂くなんて事は無理なので、ウルカは『また、浩二さんとの間に倦怠期がきたらどうしよう』と、顔を見ながら悩み始めてしまった。 への字口のままウルカが軽く唸る。首を傾げたり、金色の柔らかな髪の先を指でくるくると巻いてみたりしながらも、視線だけはずっと瀬田の寝顔に釘付けのままだった。「……また、その姿なのか」 寝起きで機嫌が悪いのか、瀬田の声は不快感に満ち
魔女裁判が横行していた時代。 裁判をおこなっていた者達は様々な方法で魔女を見分けていた。 魔女は泣かず、泣く時があったとしても右目からのみで、『男根に似てる』なんて理由で親指を好んでしゃぶる。 空を飛べ、水に浮く。 拷問を受けた後は主の祈りを正しく唱える事が出来ないから、お前は魔女だ。 ——なんてものもあったが、『誰だってそうだろ、死よりも辛い思いをしているのだから』と常々思っていた。 “使い魔”に血を飲ませるために三つ目の乳首があり、性行為をする際は『正常位以外を好む者』だなんていう、馬鹿馬鹿しい判断材料まで存在していたのだから笑える。 大きな帽子をかぶり、黒猫と住んでいて、大きなイボや顎が尖っているなんてものもあったが、実際に裁判で有罪にされた者達は皆、普通の女性達ばかりだった。 魔女達の目の中には毒があって、『相手を見ただけで殺せる』だなんて“設定”もあったが、ソレが本当ならば、裁判官は全て死んだだろうとツッコミたい。『神聖な力で彼らは守られている』だなんだと言い訳をするのだろうが……実にくだらないと今でも思う。 実際にはどれもこれもデタラメで、伝統的な知恵を多く継承していた異端者を体よく排除する為の裁判だった。その美貌のせいで周囲から嫉妬された者や、財産を持つ者からその資産を奪うために魔女として殺された者も混じっていたのだから、“人の欲”とはなんと罪深いのだろうか。 悲惨な裁判が横行していた中。本物の魔女達は上手いこと隠れながら逃れ、不遜な裁判で殺された者などほとんどいない。ボク達インキュバスやサキュバスに呪いをかけた魔女も、難なく生き残ったと聞き知っている。 ボクらに呪いをかけた“鉄の処女”の異名も持つ“魅惑の魔女”の名前は、“ハンナ・アダムス”。 隣の部屋で穏やかに眠る華さんは—— 彼女の……末裔だ。 名前が似ているからとか、その程度の理由でそう思った訳じゃない。コレはちゃんと根拠のある確信だ。 魔女達には血筋によってそれぞれ生まれながらに印がある。ソレは胸や陰部の近くなどの目立たない箇所にあり、パッと見は大きめのホクロか痣くらいにしか見えないので、刺青やタトゥーに厳しいこの国でも生活には支障が無い程度のものだ。なので、『自分は魔女の血統だ』と自覚していない者ならば、きっとソレが“魔女の印”であるということも知
夜の帳がすっかり周囲を覆い、華はシングルベッドの上で一人、昼間の疲れを癒しつつ穏やかな寝息をたてている。 そんな彼女の側にカシュが立っているが、かなり顔色が悪い。心臓はヘンにうるさいし、先程ちらりと見えた華の胸元にあった痣が目の前によぎるせいで、彼の心の中は不安でいっぱいだ。「違う、きっと違う……アレは……えっと、見間違いだ、うん。影がきっとそう見えただけに決まってる」 ボソボソと呟きながら、カシュがゴクリと唾を飲み込んだ。 そっと手を伸ばして、ゆっくりと華の使う布団を捲る。襟ぐりの広いシャツを着ているため、胸元が無防備にも露わになってしまっているが、先程チラリと見えた気がする痣のようなモノまでは、このままでは見えなかった。 華の肌に触れてしまったり、布の擦れる音がたってしまわないように気を付けながら、襟ぐりに指を引っ掛けて服をそっと下へおろす。横になっていても尚、存在感のたっぷりある胸元や谷間が徐々に目の前に晒されていき、カシュは再び唾を飲み込む羽目になった。それにより、先程よりも多い唾が彼の喉元をおりていく。「…………っ」 カシュが眉をひそめ、唇を強く噛んだ。 指先をさっと華から引っ込め、ギュッと拳を作る。左手で目元を覆うと、深い溜息を吐きながら、彼は華の眠る部屋を後にした。 足元がふらつき、壁にカシュの肩がドンッとぶつかる。真っ暗な部屋の中で「……他も、確認しなきゃ」と呟き、鞄に手を伸ばしたが—— それは開けるのをやめた。(いや、鞄はマズイな。華さんは勘の鋭い人のようだし、何がキッカケで気が付くかわからない……) 部屋の中を見渡し、何か華の“個人情報”を得られる物は他に何かないかと本棚の前に行く。カシュは棚の前にしゃがむと、人差し指で背表紙を確認しながら並ぶ本に目を走らせた。「あった、卒業アルバム!」 小声で言いながら、早速本を手に取る。厚紙でできたカバーの中から高校時代の卒業アルバムを取り出すと、カシュは何ページも捲り、華のクラスのページを必死に探した。「……くっ!」 速攻でクラス全員の個人写真の中から華を見付け、カシュが鼻先を慌てて手で覆った。今とは違い、まだ少し幼さの残る高校生の時の華の写真が可愛過ぎて辛い。 随分前に、二次元のキャラを押し倒しながら『推しが尊過ぎて辛い!』と叫ぶ人の夢を覗き見た事があった。その時は『