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渇きの深淵、血に濡れて

Penulis: 吟色
last update Terakhir Diperbarui: 2025-08-07 14:52:56

乾いた風が、砂漠の岩肌を斬るように吹き抜けていく。

 サティーナが消滅したはずの場所──そこに、脈動する魔力の波が立ち昇っていた。

 空間が、揺れている。

「……っ、これは……!」

 カインが膝をつき、胸を押さえた。

 痛みじゃない。けれど身体の奥──魂のさらに奥深くが、焼かれるように熱い。

「核が……安定してないのか?」

 リリスもまた眉をひそめ、立ち上る波動に目を細めた。

 サティーナの“死”と引き換えに露わとなった契約核《渇きの深淵》は、もはやひとつの意志を持つ存在のように空中に浮かび、禍々しい魔紋を周囲に広げていた。

「違う。これは、“渇き”そのものの意思よ……まだ、器を定めていない」

「器……?」

「契約核は、ただ力を与えるだけじゃない。“誰に刻まれるべきか”を、常に選んでいるの」

 リリスの言葉と同時に、核が脈動を強めた。

 ズズ……ッ!

 砂が、岩が、空気すらも蠢く。

 そして──カインの胸に、再び“熱”が走った。

「うっ……!」

 彼の皮膚が焼けるように赤く染まり、露わとなった胸部に、新たな紋様が浮かび上がっていく。

「これは……“契約の刻印”……!」

 リリスが思わず息を呑む。

 それは、かつてリリスが黒契王として刻まれていたものと酷似していた。ただし、より“未完成で、危うく、鋭利”な構造。

 核が、カインを選ぼうとしている。

 だがその“選定”は、命を削るほどの激痛と試練を伴っていた。

「っ……なに、これ……頭が……割れる……っ……!」

 カインが呻き声をあげ、砂上に膝を突く。

 核の意志が、彼の過去──記憶──信念──あらゆる“選択の理由”を暴こうとしている。

「耐えて……カイン。これは……“おまえが選ばれている”証」

 リリスが駆け寄り、その身体を支えながら抱き締める。

 核の光が、さらに強くなる。

 《渇き》は、いままさに──“罪人”の心を覗き込もうとしていた。

「カイン……しっかりして……!」

 リリスの声が揺れる。

 彼の身体に刻まれた紋様は、今や皮膚を焼き裂くように光り輝き、その輪郭すらも崩壊と再構築を繰り返していた。

 意識は薄れ、記憶の断片が頭の中に押し寄せる。

 ――あの牢の中、初めてリリスと視線が交わった瞬間。

 ――帝国で剥奪された称号。裏切られた同胞。処刑命令。

 ――復讐。怒り。自分は何者だったのか。

(……違う、俺は
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