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支配と反逆の調律

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-29 17:11:06

薄明の光が、古びた隠れ家の窓から差し込んでいた。

カインは、浅く息を吐きながら目を覚ました。身体は熱を引きずったまま、皮膚の奥がじんじんと疼いていた。昨夜、何があったのか──明確な記憶があるのに、頭の奥が霞がかったようにぼんやりする。

「……目が覚めたのね、カイン」

低く艶やかな声が耳を撫でた。振り返ると、リリスが薄布一枚の姿でベッドの縁に腰かけていた。淡いピンクの髪が肩に流れ、胸元はわざとらしいほど緩く開かれている。

「魔力、残ってるでしょ? 昨夜、身体の奥に流し込んだままだもの。まだ、じゅくじゅくしてるわ」

「……ッ!」

カインは顔を背けたが、リリスは微笑を崩さず、指先で彼の頬を撫でた。

「恥ずかしがらないで。これは大事な“調律”。魔女の力に身体を慣らすには、ちゃんと触れていかないとね」

そう言うと、リリスは膝立ちになり、カインの胸にそっと頬を寄せる。柔らかな感触と甘い吐息が肌を這い、心拍が跳ね上がった。

「ふふ……鼓動が早いわ。可愛い」

リリスの手が胸元をゆっくりと滑り、服の隙間に指を差し入れていく。拒む力は、どこにも残っていなかった。むしろ、カインの中のどこかが、それを待っていた。

「今日から、本格的に始めるわよ。あなたは私の剣──だからこそ、まずは“私の手”で、ちゃんと整えてあげなきゃ」

リリスの瞳が、妖しく煌めいた。

リリスの指が、カインの胸元から腹部へとゆっくり滑っていく。まるで魔力の流れを追うように、敏感な箇所を撫でていくその動きに、カインは思わず喉を鳴らした。

「力を引き出すには、身体に流れる魔力の通り道を意識すること。……そして、それが“快楽と繋がっている”と理解すること」

リリスの声は甘く、低く、耳朶をなぞるように滑る。指先が臍の周りを円を描くように動き、カインの呼吸が一段と荒くなる。

「ここ、ビクッとしたわね。……やっぱり魔力の溜まりやすい場所ね」

そう言いながら、リリスは指を舐めてから、再び肌に這わせた。濡れた指先が触れた瞬間、ゾクリとした電流が背筋を駆け抜ける。

「くっ……やめ──」

「だめ。これは“訓練”よ」

リリスは首筋に唇を寄せ、そこに微かなキスを落とす。すると、魔力が皮膚から深部へと流れ込み、内側から身体が熱を帯びていくのが分かった。

「魔女との契約って、こういうこと。気持ちよさと魔力の一致点を探っていく。……そうしていくうちに、貴方の中の“封じられた力”が、疼いて暴れ出すのよ」

カインの身体が震えた。理性が揺らぐ。欲望が、羞恥が、魔力と一緒に膨れ上がっていく。

「……そろそろ、限界?」

リリスはいたずらに笑いながら、股間へと手を伸ばす──しかし、寸前で止めた。

「だーめ♡ まだ終わらせないわ。もっと、もっと焦らされなさい。あなたの中に“溢れるほどの魔力”が満ちるまで──ね?」

カインの吐息は、もはや悲鳴に近かった。

「……ふざけるなよ」

カインの声が、低く震えた。額には汗、背筋には快楽の余韻が残る。しかしその奥底から、別の感情が沸き上がってくる。

怒り。屈辱。支配されることへの本能的な反発。

「お前……分かっててやってるだろ。こんな……こんなやり方で、人を、俺を……!」

言葉を紡ぐより先に、カインの腕が動いた。リリスの手首を掴み、その身体を乱暴に引き寄せ──そのまま、押し倒す。

「ふふっ……♡」

リリスは抵抗ひとつせず、柔らかな笑みを浮かべたまま、床に沈んだ。布がずり落ち、豊かな胸元があらわになる。

「やっと反応したのね、私の“剣”。」

「黙れ……っ、ふざけんな!」

カインはリリスの両手を押さえつける。その手には怒りと欲望が混ざり合っていた。何をしているのか、自分でもわからない。ただ、この女に支配され続けることに、魂が抗っていた。

「これが、貴方の“反応”。契約とは、支配だけじゃないわ。主が求めれば、従者が反逆することすら、快楽に変わるのよ」

リリスの吐息が熱い。瞳は潤みながらも、どこか愉悦を帯びていた。

「さあ、どうする? 私を組み伏せたまま、犯す? それとも──」

「うるさいッ!!」

カインはリリスの唇を塞いだ。キス。というには激しすぎる。噛みつくような接触。けれどその中に、確かに熱があった。

主従の境界線が揺らぐ。

欲望と力の均衡が、音もなく崩れていく。

場面は変わり、帝都・魔導庁。

巨大な魔痕探知装置の前で、数人の魔契官たちがざわめいていた。中でも中心にいた男──銀髪を後ろで結んだ将校クラウスは、淡々と装置の数値を見つめていた。

「……魔契痕、反応あり。北東の外縁区域。距離、約二十五キロ。刻印の波形から見て、対象は──」

「“ネクタリア”か……!」

名を口にした瞬間、場の空気が引き締まる。

「まさか、本当に……あの女が生きていたとは」

「どうするんです、クラウス中尉」

「当然、討伐だ。だが、正面からでは無理だ。あの女の契約魔術は、“誘惑と支配”。一度絡め取られれば、誰であろうと敵にはなれない」

そう答えたクラウスは、懐から小型の魔封石を取り出す。

「これを使う。魔力遮断領域を展開し、奴の支配術式を封じる。標的は“契約者”だ。魔女本体ではない。……まずはその男を抑える」

一方その頃、カインはリリスの身体の上で息を吐き、ようやく自制を取り戻していた。リリスは相変わらず笑みを浮かべ、乱れた髪をかき上げていた。

「満足した?」

「……ふざけんな」

そう吐き捨てたカインに、リリスはふっと目を細めて言う。

「なら、そろそろ本題に入るわよ。私たち、帝国に“見つかった”みたい」

「……は?」

「来るわ。もうじき」

リリスは静かに立ち上がり、外套を羽織ると、カインに微笑んだ。

「あなたを狩りに、帝国が動き出す。準備はいいかしら、私の可愛い契約者?」

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