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クロの部屋、襲撃

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-12 21:06:14

「なあミナ。今日さ、晩メシ、クロん家で作らね?」

夕焼けが差し込む中庭で、カイが唐突に言い出した。

「は?」

ミナは振り向きざまに眉をひそめる。「何、いきなり」

「いやさ、たまにはさ、そういうのやろうぜ。全寮制っぽいイベント! 共同炊事! 青春!」

「……全力でバカだな」

「褒め言葉いただきました!」

「で、なんでクロの部屋?」

ミナが半眼で尋ねると、カイは親指を立てて即答した。

「広いから!あと、静かで快適で、人を呼ぶには最適!本人が嫌がりそうなとこがまた良い!」

「なるほど、それは確かに……イジリがいあるわね」

「なんで俺の部屋なんだよ」

クロの声が、微妙に疲れていた。

広めの個室。整然とした空間。寮の中でも妙に静かな奴の部屋として知られているこの場所に、突如として鍋、食材、調理器具の山が持ち込まれていた。

「だから言ったじゃん。クロの部屋で晩ごはん作戦って」

カイは楽しそうに包丁を並べながら言う。

「言ってねぇよ。許可した覚えないぞ」

「今、もらった!」

「勝手に取るな!」

ミナも後ろから入ってきて、ちゃっかりエプロンを装備している。

「はい、材料はあたしとカイで持ってきた。冷蔵庫も借りる。今日は派手にやるわよ」

「やめろ。俺の平穏を奪うな」

「ばーか、平穏なんて捨てちまえ! 今夜は青春、爆発するんだよ!」

「誰だよお前……」

そのとき、クロの端末から静かな音声が響いた。

《空間構成の最適化、完了しました。熱分散・空気循環、調理環境として問題ありません》

「おいゼロ、協力すんな」

《適度な社交的活動は、精神安定に寄与します。対象:クロ・アーカディア》

「勝手に俺を対象にするな……!」

こうして。クロの意思とはまったく無関係に、黒の部屋晩餐会は始動した。

「……断るわ」

フィア・リュミエールは即答した。

学園の渡り廊下。夕日を背に立つ彼女の姿はいつも通り、隙がなく冷ややかだ。

その前で、腕を組んで仁王立ちしているのがミナである。

「いや、聞いて。まだちゃんと説明してないでしょ」

「説明するだけ無駄よ。みんなで鍋を作って食べる。そんな騒がしい企画、私に向いていると思う?」

「向いてない。だからこそ呼びたいのよ」

ミナがニッと笑う。

「正直ね……でも、行く理由にはならない」

「じゃあこう言うわ。あんたの料理、私一回食べてみたい。氷晶の才女の料理って、どんな温度なんだろって」

フィアの表情が一瞬だけ、揺れた。

「……別に。冷たいわけじゃない」

「へぇ、それってつまり来るってことでいい?」

「……少しだけよ」

今度はレイン・アズレア。手には防御用の教本を抱え、廊下の端にぽつんと立っていた。

「……にぎやかなのは苦手だ」

「わかる。わかるぞレイン」

カイが神妙な顔で頷く。

「俺も最初はそうだった。人と関わるの苦手だなって。でもな、鍋ってのはすげぇんだ。火を囲むと、自然と心が溶けてくる」

「……説得が下手」

「あと、お前の土鍋がいる。クロん家の鍋、小っちゃいんだよ」

「……」

レインは無言で引き返し、部屋から土鍋とエプロンを持って戻ってきた。

「用意早ッ!」

「え、あの、わたし……呼ばれてないよね?」

サクラ・ヒヅキは、困ったように笑っていた。夕暮れの寮の廊下、両手には丁寧に包まれた風呂敷包み。

「なにそれ、食材?」

「……少しだけ。昆布とか、お米とか」

「購買に置いてないやつ、わざわざ買ってきたの?」

「……そう、昨日の夕方、外出申請が通ったから。“マグナリウム市街”の商店で」

「最高じゃん! 呼ばれてないわけないじゃん!」

ミナが片手で引っ張るようにしてサクラを連行する。

「でも、あの……クロくんの部屋なんだよね?」

「だからこそ行くのよ。めったにないチャンスなんだから」

そして、夜。広々としたクロの寮室に、6人の生徒が集っていた。

部屋の中央には即席の調理台と鍋。包丁が並び、炊飯器が湯気を立てる。

火の術式、氷の魔力、土の器、そして山のような食材たち。

混沌の宴の幕は、いま上がる──

「よっしゃあ! 鍋、点火ー!」

カイの気合いの声とともに、火の術式が展開される。寮内で魔術を扱うのは禁止されている──が、当然無視である。

「待て、火力強すぎる!」

クロが止める暇もなく、ぼうっと赤く燃え上がる炎。

「やっぱこのぐらいじゃねーとテンション上がらんだろ!」

「いや、鍋の底が光ってるから! 焦げるって!」

「……火加減はこれくらいが普通じゃないか?」

レインが土鍋を構えたまま、横目でつぶやく。

「いや、お前の普通がわからん!」

「はあ……全く騒がしい……」

フィアは一歩下がったところで、無言で具材の下ごしらえをしていた。

指先の動きに一切の無駄がない。細く均等に切られた大根、繊維を残さないよう処理された鶏肉。

隣でミナが見て思わず口を開いた。

「……包丁、上手すぎじゃね?」

「当然でしょ。非効率な動きは嫌いなの」

「料理でその思想貫いてくるの、逆に尊敬するわ」

フィアはそれ以上なにも言わず、黙々と透明な冷製スープを作り始める。

その様子を見たサクラが、ふっと笑った。

「こうして並ぶと……なんだか料理番組みたいだね」

「サクラ、こっちの野菜も切れるか?」

「あ、はいっ」

サクラは袖をまくり、手際よく人参を刻みはじめた。動きは丁寧で、包丁の音が心地いいリズムを刻む。

「すげぇ……美味しそうな音」

カイが感心してのぞき込むと、ミナがすかさずツッコんだ。

「音で味はわかんないでしょ」

「いや、わかるんだよ。うまい人の音ってのがある」

「なるほど、料理の耳ね」

「なんだよそれ」

そんな中、部屋の隅では

「……クロ、それ何作ってるの?」

「俺も知りたい。たぶん野菜炒めのはずだった」

クロのフライパンからは黒い煙が立ちのぼっていた。

焦げたキャベツ。謎の粉。妙に赤い液体。

「いやいやいや、何入れたんだよ」

「えっと……塩? 砂糖? なんか……それっぽいヤツ」

「それっぽいで料理するな!」

そのとき、クロの脳内に声が響く。

《塩分過剰。調整のため、酸味成分0.5グラムの追加を推奨》

「ゼロ、遅い!」

《あなたの混入速度が、平均演算値を上回っています》

「……でも、なんだかんだで楽しそうね」

フィアがぽつりとこぼす。

「ふふ……はい。なんだか、すごく」

サクラも笑う。

「……騒がしい。けど、嫌いじゃない」

レインが無表情のまま鍋をかき回しながら、ぽつりとつぶやいた。

それを聞いたミナが、口角を上げる。

こうして、クロの部屋での調理戦争は、食卓へと向かっていく。

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