LOGIN「なあミナ。今日さ、晩メシ、クロん家で作らね?」
夕焼けが差し込む中庭で、カイが唐突に言い出した。 「は?」 ミナは振り向きざまに眉をひそめる。「何、いきなり」 「いやさ、たまにはさ、そういうのやろうぜ。全寮制っぽいイベント! 共同炊事! 青春!」 「……全力でバカだな」 「褒め言葉いただきました!」 「で、なんでクロの部屋?」 ミナが半眼で尋ねると、カイは親指を立てて即答した。 「広いから!あと、静かで快適で、人を呼ぶには最適!本人が嫌がりそうなとこがまた良い!」 「なるほど、それは確かに……イジリがいあるわね」 「なんで俺の部屋なんだよ」 クロの声が、微妙に疲れていた。 広めの個室。整然とした空間。寮の中でも妙に静かな奴の部屋として知られているこの場所に、突如として鍋、食材、調理器具の山が持ち込まれていた。 「だから言ったじゃん。クロの部屋で晩ごはん作戦って」 カイは楽しそうに包丁を並べながら言う。 「言ってねぇよ。許可した覚えないぞ」 「今、もらった!」 「勝手に取るな!」 ミナも後ろから入ってきて、ちゃっかりエプロンを装備している。 「はい、材料はあたしとカイで持ってきた。冷蔵庫も借りる。今日は派手にやるわよ」 「やめろ。俺の平穏を奪うな」 「ばーか、平穏なんて捨てちまえ! 今夜は青春、爆発するんだよ!」 「誰だよお前……」 そのとき、クロの端末から静かな音声が響いた。 《空間構成の最適化、完了しました。熱分散・空気循環、調理環境として問題ありません》 「おいゼロ、協力すんな」 《適度な社交的活動は、精神安定に寄与します。対象:クロ・アーカディア》 「勝手に俺を対象にするな……!」 こうして。クロの意思とはまったく無関係に、黒の部屋晩餐会は始動した。 「……断るわ」 フィア・リュミエールは即答した。 学園の渡り廊下。夕日を背に立つ彼女の姿はいつも通り、隙がなく冷ややかだ。 その前で、腕を組んで仁王立ちしているのがミナである。 「いや、聞いて。まだちゃんと説明してないでしょ」 「説明するだけ無駄よ。みんなで鍋を作って食べる。そんな騒がしい企画、私に向いていると思う?」 「向いてない。だからこそ呼びたいのよ」 ミナがニッと笑う。 「正直ね……でも、行く理由にはならない」 「じゃあこう言うわ。あんたの料理、私一回食べてみたい。氷晶の才女の料理って、どんな温度なんだろって」 フィアの表情が一瞬だけ、揺れた。 「……別に。冷たいわけじゃない」 「へぇ、それってつまり来るってことでいい?」 「……少しだけよ」 今度はレイン・アズレア。手には防御用の教本を抱え、廊下の端にぽつんと立っていた。 「……にぎやかなのは苦手だ」 「わかる。わかるぞレイン」 カイが神妙な顔で頷く。 「俺も最初はそうだった。人と関わるの苦手だなって。でもな、鍋ってのはすげぇんだ。火を囲むと、自然と心が溶けてくる」 「……説得が下手」 「あと、お前の土鍋がいる。クロん家の鍋、小っちゃいんだよ」 「……」 レインは無言で引き返し、部屋から土鍋とエプロンを持って戻ってきた。 「用意早ッ!」 「え、あの、わたし……呼ばれてないよね?」 サクラ・ヒヅキは、困ったように笑っていた。夕暮れの寮の廊下、両手には丁寧に包まれた風呂敷包み。 「なにそれ、食材?」 「……少しだけ。昆布とか、お米とか」 「購買に置いてないやつ、わざわざ買ってきたの?」 「……そう、昨日の夕方、外出申請が通ったから。“マグナリウム市街”の商店で」 「最高じゃん! 呼ばれてないわけないじゃん!」 ミナが片手で引っ張るようにしてサクラを連行する。 「でも、あの……クロくんの部屋なんだよね?」 「だからこそ行くのよ。めったにないチャンスなんだから」 そして、夜。広々としたクロの寮室に、6人の生徒が集っていた。 部屋の中央には即席の調理台と鍋。包丁が並び、炊飯器が湯気を立てる。 火の術式、氷の魔力、土の器、そして山のような食材たち。 混沌の宴の幕は、いま上がる── 「よっしゃあ! 鍋、点火ー!」 カイの気合いの声とともに、火の術式が展開される。寮内で魔術を扱うのは禁止されている──が、当然無視である。 「待て、火力強すぎる!」 クロが止める暇もなく、ぼうっと赤く燃え上がる炎。 「やっぱこのぐらいじゃねーとテンション上がらんだろ!」 「いや、鍋の底が光ってるから! 焦げるって!」 「……火加減はこれくらいが普通じゃないか?」 レインが土鍋を構えたまま、横目でつぶやく。 「いや、お前の普通がわからん!」 「はあ……全く騒がしい……」 フィアは一歩下がったところで、無言で具材の下ごしらえをしていた。 指先の動きに一切の無駄がない。細く均等に切られた大根、繊維を残さないよう処理された鶏肉。 隣でミナが見て思わず口を開いた。 「……包丁、上手すぎじゃね?」 「当然でしょ。非効率な動きは嫌いなの」 「料理でその思想貫いてくるの、逆に尊敬するわ」 フィアはそれ以上なにも言わず、黙々と透明な冷製スープを作り始める。 その様子を見たサクラが、ふっと笑った。 「こうして並ぶと……なんだか料理番組みたいだね」 「サクラ、こっちの野菜も切れるか?」 「あ、はいっ」 サクラは袖をまくり、手際よく人参を刻みはじめた。動きは丁寧で、包丁の音が心地いいリズムを刻む。 「すげぇ……美味しそうな音」 カイが感心してのぞき込むと、ミナがすかさずツッコんだ。 「音で味はわかんないでしょ」 「いや、わかるんだよ。うまい人の音ってのがある」 「なるほど、料理の耳ね」 「なんだよそれ」 そんな中、部屋の隅では 「……クロ、それ何作ってるの?」 「俺も知りたい。たぶん野菜炒めのはずだった」 クロのフライパンからは黒い煙が立ちのぼっていた。 焦げたキャベツ。謎の粉。妙に赤い液体。 「いやいやいや、何入れたんだよ」 「えっと……塩? 砂糖? なんか……それっぽいヤツ」 「それっぽいで料理するな!」 そのとき、クロの脳内に声が響く。 《塩分過剰。調整のため、酸味成分0.5グラムの追加を推奨》 「ゼロ、遅い!」 《あなたの混入速度が、平均演算値を上回っています》 「……でも、なんだかんだで楽しそうね」 フィアがぽつりとこぼす。 「ふふ……はい。なんだか、すごく」 サクラも笑う。 「……騒がしい。けど、嫌いじゃない」 レインが無表情のまま鍋をかき回しながら、ぽつりとつぶやいた。 それを聞いたミナが、口角を上げる。 こうして、クロの部屋での調理戦争は、食卓へと向かっていく。それから五年が経った。《ニューエラ・アカデミー》は、世界中に20の分校を持つまでに成長していた。卒業生は5000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。異常演算者への差別は完全に消え、共存が当たり前の世界になっていた。そして――クロとサクラには、4歳になる娘がいた。名前は、アイリ。風属性の魔術を使える、元気な女の子だった。「パパ、見て!」アイリが小さな風の渦を作る。「おお、すごいな」クロが褒める。「上手になったな」「ママが教えてくれたの」アイリが誇らしげに言う。サクラが微笑む。「この子、才能あるわ」「そうだな」クロも嬉しそうだ。二人の家は、アカデミーの近くにあった。毎日、教師として働き、夜は家族と過ごす。そんな平和な日々が続いていた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ある休日、12人全員が集まることになった。場所は、最初に約束の海に来たビーチ。「久しぶりだな、みんな」クロが仲間たちに声をかける。「ああ、久しぶり」カイが笑う。ジンも微笑んでいる。「みんな、元気そうだな」ミナとフィアは、親友同士で話している。「最近、忙しくてさ」「わかるわ。私も」レイン、レオ、リア、マルクも談笑している。「久しぶりの休みだ」「楽しもうぜ」アイリは、他の子供たちと遊んでいた。そう、他の仲間たちにも子供ができていたのだ。ジンとフィアの息子。
《ニューエラ・アカデミー》開校から三年が経った。学院は今や、世界中から注目される存在となっていた。卒業生は1000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。「信じられないな」クロが校長室で書類を見ながら呟く。「三年で、ここまで大きくなるなんて」「君たちの努力の賜物だ」ルーク司令官が訪問し、そう言った。「いや、みんなのおかげです」クロが謙遜する。「先生方、生徒たち、支援者の皆さん」「すべての人の協力があったから」ルークが微笑む。「謙虚だな、相変わらず」「それで、今日はどうされたんですか?」「実は――」ルークが真剣な表情になる。「君たちに、新たな提案がある」「提案?」「世界各地に、《ニューエラ・アカデミー》の分校を作らないか」その言葉に、クロは驚いた。「分校……ですか?」「ああ。ヨーロッパ、アジア、アメリカ」「世界中に、この教育を広めたい」「でも、俺たちだけでは……」「大丈夫だ」ルークが安心させる。「各地のWAU支部が協力してくれる」「そして、君たちの卒業生が教師になる」クロが考え込む。確かに、素晴らしい提案だった。しかし、責任も大きい。「みんなに相談してみます」クロが答える。「わかった。返事を待っている」ルークが去った後、クロは仲間たちを集めた。「分校か……」ジンが考え込む。「やりがいはあるな」「でも、大変だぞ」カイが心配する。「俺たち、各地
《ニューエラ・アカデミー》開校から一年が経った。 初期の生徒たち300人は、今や立派な異常演算者に成長していた。 そして、新たに400人の新入生を迎えることになった。 「すごい人数だな」 カイが新入生の名簿を見ながら言う。 「400人も」 「需要が高まってるんだ」 ジンが説明する。 「異常演算者への理解が深まり、正しい教育を受けたいという人が増えた」 「いいことだな」 クロが微笑む。 「俺たちの活動が、実を結んでる」 新入生歓迎式が開かれた。 壇上には、12人の教師だけでなく―― 1期生の代表として、ユウキとアカネも立っていた。 「新入生の皆さん、ようこそ」 ユウキがマイクを手に取る。 「僕は、1期生のユウキです」 「一年前、僕もここに入学しました」 ユウキが自分の経験を語る。 「最初は不安でした。本当に、異常演算を使いこなせるのかって」 「でも、先生方の丁寧な指導のおかげで、今ではこんなに成長できました」 ユウキが風の魔術を披露する。 美しい風の渦が、会場を包む。 新入生たちが感嘆の声を上げる。 「すごい……」 「僕たちも、あんなふうになれるのかな……」 アカネも続ける。 「私も、最初は自信がありませんでした」 「でも、仲間と一緒に頑張ることで、強くなれました」
《ニューエラ・アカデミー》が開校してから半年が経った。生徒たちは、目覚ましい成長を遂げていた。「すごい……」クロが訓練場で生徒たちの模擬戦を見ながら呟く。「半年前とは、別人みたいだ」ジンも頷く。「基礎がしっかりしてきた」「このまま成長すれば、立派な異常演算者になるだろう」訓練場では、二人の生徒が戦っていた。一人は、風属性のユウキという少年。もう一人は、炎属性のアカネという少女。「《風刃・連撃》!」ユウキが風の刃を連続で放つ。アカネが炎の壁で防御する。「《炎壁》!」しかし、風刃が炎壁を突破しそうになる。「まずい……」アカネが焦る。その時、アカネは授業で習ったことを思い出した。(ミナ先生が言ってた。防御が破られそうな時は、攻撃に転じろって)「《爆炎弾》!」アカネが攻撃に切り替える。炎の弾丸が、ユウキに向かって飛ぶ。「うわっ!」ユウキが慌てて回避する。その隙に、アカネが距離を詰める。「《炎拳》!」炎を纏った拳が、ユウキに命中した。「勝負あり!」審判役のカイが宣言する。「アカネの勝ちだ」「やった!」アカネが喜ぶ。「ありがとうございます、ミナ先生!」ミナが笑顔で親指を立てる。「よくやった」「でも、ユウキも悪くなかったぞ」カイがユウキに声をかける。「攻撃は完璧だった。ただ、相手の反撃を予想できなかった」「はい……」ユウキが悔しそうに言う。「次は、勝ちます」
開校式の朝。《ニューエラ・アカデミー》の校門前には、300人を超える新入生が集まっていた。年齢も経歴も様々。10代の若者から、30代の大人まで。すべてが、異常演算者として正しい教育を受けるために集まった。「すごい人数……」サクラが緊張した顔で言う。「みんな、私たちを見てる」「大丈夫だ」クロが励ます。「俺たちは、彼らの先輩だ」「胸を張っていこう」12人が壇上に上がると、大きな拍手が起こった。「ようこそ、《ニューエラ・アカデミー》へ」クロがマイクを手に取る。「僕の名前は、クロ・アーカディア」「この学院の教師の一人です」300人の視線が、一斉にクロに注がれる。「皆さんは、今日からここで学びます」「異常演算の使い方、制御の仕方、そして――」クロが一呼吸置く。「どう生きるべきか」「異常演算者として、社会とどう関わるべきか」「それを、僕たちが教えます」次に、ジンがマイクを受け取る。「僕は、ジン・カグラ」「クロと共に、この学院を運営しています」ジンが冷静に続ける。「この学院には、ルールが一つだけあります」「それは――仲間を大切にすること」「異常演算者は、一人では生きていけません」「仲間と助け合い、支え合う」「それが、僕たちの信念です」その言葉に、生徒たちが深く頷く。他のメンバーも、次々と自己紹介をしていく。カイの熱い挨拶。ミナの親しみやすい言葉。サクラの優しい笑顔。フィアの冷静な分析。レインの短いが
休暇から戻った12人を、オブシディアン基地で盛大な歓迎が待っていた。「お帰りなさい!」ルーク司令官とエリス・ノヴァが出迎える。「ただいま戻りました」クロが笑顔で答える。「休暇は、どうだった?」「最高でした」サクラが嬉しそうに言う。「みんなで、たくさん思い出を作りました」ルークが満足そうに頷く。「それは良かった。では、早速だが――」「育成機関の件、どうするか決めたか?」「はい」クロが前に出る。「12人全員で、やらせていただきます」その言葉に、ルークが嬉しそうに微笑む。「そうか。嬉しいな」「では、さっそく準備を始めよう」会議室に移動し、詳細な打ち合わせが始まった。「まず、機関の名称だが――」ルークが資料を開く。「政府からの提案は《異常演算者育成アカデミー》だ」「うーん……」カイが首を傾げる。「堅苦しくないか?」「確かに」ミナも同意する。「もっと親しみやすい名前がいいわね」「なら……」ジンが提案する。「《ニューエラ・アカデミー》はどうだ?」「新時代の学院、という意味だ」「いいね!」サクラが目を輝かせる。「前向きで、希望がある感じ」全員が賛成し、名称が決定した。「次に、場所だが――」エリスが地図を表示する。「政府が用意した候補地が、3つある」画面に映し出されたのは、どれも広大な土地だった。「海沿いの土地、山間部の土地、都市部の土地」「どれがいいかな?」