LOGIN「おいクロ。ちょっと放課後、屋上来い」
そう言ったのは、教科書すら持ってこないことで有名な担任教師だった。 アマギ・トウヤ。魔術理論担当、三十代半ば。 無精髭に、シャツは出しっぱなし。ネクタイは緩め、靴もスリッパ。 教壇に立っていても、なぜか常に眠そうで、授業は脱線しまくり。 けれど一部の教師たちは、彼を凄腕の演算魔術士だったと噂している。 「え、なんで俺……?」 「ああ。お前、演算制御が乱れる癖、まだ直ってねぇだろ」 「まぁ、正直……昨日も限界ギリギリでした」 「だと思ったよ。放課後付き合え。演算の補助感覚、叩き込んでやる」 クロは言葉を失った。担任のトウヤは、普段は口数も少なく、熱血とは真逆のタイプ。そんな彼がわざわざ補習を申し出るなんて。 「……マジすか」 「マジだ。逃げんなよ」 その放課後。 クロは言われた通り、学園屋上に足を踏み入れていた。 傾き始めた陽に、風が吹き抜けていた。 屋上の端に、タバコを吸っているトウヤの姿がある。 「武器は持ってきたか?」 「あ、うっす……」 クロは右腕に装着されたブレイサーを見下ろす。雷紋の刻まれた演算装置。あの日、限界の中で生成された、自分だけの答え。 「お前の右腕のそれ──昨日の演習で見たが……面白いな」 クロは無意識に、ブレイサーに触れた。 青白い雷紋が、金属の表面に微かに脈動している。 「自前で作ったんだろ? 演算補助の媒体。 ……いや、正確には、何かもっと別の何かか」 トウヤはぼそりと呟いた。 「俺にはそれが何かまではわからねぇ。ただ、普通じゃねえってのはわかる」 「……」 「力はあっても、扱えなきゃ意味がない。今日は、それを叩き込んでやる」 タバコを片手に持ったまま、トウヤが姿勢を変えた。 ──雰囲気が、変わる。 クロの肌がゾクリと粟立つ。直感が、告げていた。 (この人……やばい。ゼロ……いけるか?) 《演算安定率、初期値に比べて14.2%向上。短時間であれば、問題なし》 (よし……) 「始めるぞ」 トウヤがそう言った瞬間、地面を蹴って突っ込んできた。 「っ!」 早い。重心が崩れない。無駄がない。シンプルにして強靭な踏み込みだ。 クロは咄嗟に後退し、雷を帯びた右腕で迎撃を狙う。 「閃雷刃!」 雷撃が刃のように展開し、正面を制圧する。 だが―― 「遅ぇよ」 トウヤは一歩も止まらず、最短距離を斜めから踏み込む。直線ではない、演算構造の穴を狙った動き。 「がっ――!」 クロは吹き飛ばされ、地面を転がる。 「お前、展開速度はまあまあだが、動きが演算に負けてる。自分の演算を活かす動きができてねえ」 「……っ、だったら、見てろ!」 再び演算展開。雷が周囲を奔る。 クロは一気に踏み込み―― (頼むゼロ、もう少しだけ演算補助!) 《応答。指示通り、加速パターン構築中。右脚に雷演算、収束を推奨》 「雷跳(らいちょう)……!」 雷光がクロの右脚を包む。 次の瞬間、彼の身体が弾けた。 雷の瞬発力を足元に集約し、演算によって跳躍方向と角度を制御する、超短距離・高速移動技。 ゼロの補助あってこそ発現した、クロ独自の移動術だった。 爆発的な加速。雷の反動を使い、空間を切り裂くような跳躍。人間の筋力では届かない軌道で、トウヤの側面へと一気に移動する。 (よし、いける!) 「雷式・斬撃変換──雷刃!」 演算装置が変形し、雷の刃が展開される。 そのまま斬りかかろうとした瞬間―― 「読んでるよ」 トウヤが半歩引き、肘でクロの腕を弾いた。 「くっそ!」 「動きが単調になってる。いくら速く移動しても、次の手がワンパターンじゃ意味がない」 再び距離が離れる。クロは息を整えながら思考する。 (どうする……雷跳は一回きりじゃない。けど、連発には演算負荷が大きすぎる) 《提案。前回と異なる踏み込み角度での雷跳、成功率73%。左脚収束、側面斜め上方向に推移》 (わかった。頼む) 「雷跳──!」 今度は左脚に雷を集中。跳ねるように地を蹴り、ジグザグの軌道で接近する。 「右斜めから来るな」 だがトウヤは見切っていた。 「だったら、もう一段!」 地面すれすれで演算を滑らせ、真下から雷を迸らせる。 「雷突(らいとつ)!」 下からの斬撃。死角からの一撃が、ついにトウヤに襲いかかった。が。 「っと」 トウヤが指先で空を弾いた瞬間、波紋のような演算式が展開され、雷は煙のように拡散した。 「――へえ。やっと意図が見えたな」 トウヤが少しだけ口角を上げた。 「どういうことだよ……!」 「雷跳。いい技だ。でもな、お前がさっきまでやってたのは、動きに演算を合わせるってやり方だ」 「それが普通じゃ?」 「違う。演算を軸にして動け。お前は雷を使う。なら、お前の戦いは、雷のように――一瞬の衝動で、道を拓け」 クロの目が見開かれる。 「……じゃあ俺、今までずっと逆だったってことか?」 「ああ。だが――ようやく気づいたみたいだな」 トウヤは腕を払うと、戦闘をやめた。 「ま、今日のところはこれくらいでいいだろ」 「……え、もう終わり?」 「お前の演算と動きが合い始めた。それが今日の課題だった」 「じゃあ……合格?」 「5%だな。マシになったのは」 そう言って、トウヤはポケットに手を突っ込み、また気だるい態度でその場を後にする。 クロはその背中を見送りながら、右腕のブレイサーを見下ろした。 (……たった5%。でも) ふっと、自然に笑みがこぼれる。 (俺の形が、少し見えてきた気がする) 夜・クロの部屋 訓練後の疲れが残る身体を、ベッドに倒しながら。 クロはぼんやりと天井を見上げた。 「……あの教師、なんなんだよ。だらしねぇのに、めっちゃ見えてんじゃん」 《観測結果:彼は生徒の可能性という概念に執着しているようだ》 「そっか。ま、悪くない」 ブレイサーが淡く光る。 クロはそれを見つめて、ふっと呟いた。 「次は、もっとやれる気がする」それから五年が経った。《ニューエラ・アカデミー》は、世界中に20の分校を持つまでに成長していた。卒業生は5000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。異常演算者への差別は完全に消え、共存が当たり前の世界になっていた。そして――クロとサクラには、4歳になる娘がいた。名前は、アイリ。風属性の魔術を使える、元気な女の子だった。「パパ、見て!」アイリが小さな風の渦を作る。「おお、すごいな」クロが褒める。「上手になったな」「ママが教えてくれたの」アイリが誇らしげに言う。サクラが微笑む。「この子、才能あるわ」「そうだな」クロも嬉しそうだ。二人の家は、アカデミーの近くにあった。毎日、教師として働き、夜は家族と過ごす。そんな平和な日々が続いていた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ある休日、12人全員が集まることになった。場所は、最初に約束の海に来たビーチ。「久しぶりだな、みんな」クロが仲間たちに声をかける。「ああ、久しぶり」カイが笑う。ジンも微笑んでいる。「みんな、元気そうだな」ミナとフィアは、親友同士で話している。「最近、忙しくてさ」「わかるわ。私も」レイン、レオ、リア、マルクも談笑している。「久しぶりの休みだ」「楽しもうぜ」アイリは、他の子供たちと遊んでいた。そう、他の仲間たちにも子供ができていたのだ。ジンとフィアの息子。
《ニューエラ・アカデミー》開校から三年が経った。学院は今や、世界中から注目される存在となっていた。卒業生は1000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。「信じられないな」クロが校長室で書類を見ながら呟く。「三年で、ここまで大きくなるなんて」「君たちの努力の賜物だ」ルーク司令官が訪問し、そう言った。「いや、みんなのおかげです」クロが謙遜する。「先生方、生徒たち、支援者の皆さん」「すべての人の協力があったから」ルークが微笑む。「謙虚だな、相変わらず」「それで、今日はどうされたんですか?」「実は――」ルークが真剣な表情になる。「君たちに、新たな提案がある」「提案?」「世界各地に、《ニューエラ・アカデミー》の分校を作らないか」その言葉に、クロは驚いた。「分校……ですか?」「ああ。ヨーロッパ、アジア、アメリカ」「世界中に、この教育を広めたい」「でも、俺たちだけでは……」「大丈夫だ」ルークが安心させる。「各地のWAU支部が協力してくれる」「そして、君たちの卒業生が教師になる」クロが考え込む。確かに、素晴らしい提案だった。しかし、責任も大きい。「みんなに相談してみます」クロが答える。「わかった。返事を待っている」ルークが去った後、クロは仲間たちを集めた。「分校か……」ジンが考え込む。「やりがいはあるな」「でも、大変だぞ」カイが心配する。「俺たち、各地
《ニューエラ・アカデミー》開校から一年が経った。 初期の生徒たち300人は、今や立派な異常演算者に成長していた。 そして、新たに400人の新入生を迎えることになった。 「すごい人数だな」 カイが新入生の名簿を見ながら言う。 「400人も」 「需要が高まってるんだ」 ジンが説明する。 「異常演算者への理解が深まり、正しい教育を受けたいという人が増えた」 「いいことだな」 クロが微笑む。 「俺たちの活動が、実を結んでる」 新入生歓迎式が開かれた。 壇上には、12人の教師だけでなく―― 1期生の代表として、ユウキとアカネも立っていた。 「新入生の皆さん、ようこそ」 ユウキがマイクを手に取る。 「僕は、1期生のユウキです」 「一年前、僕もここに入学しました」 ユウキが自分の経験を語る。 「最初は不安でした。本当に、異常演算を使いこなせるのかって」 「でも、先生方の丁寧な指導のおかげで、今ではこんなに成長できました」 ユウキが風の魔術を披露する。 美しい風の渦が、会場を包む。 新入生たちが感嘆の声を上げる。 「すごい……」 「僕たちも、あんなふうになれるのかな……」 アカネも続ける。 「私も、最初は自信がありませんでした」 「でも、仲間と一緒に頑張ることで、強くなれました」
《ニューエラ・アカデミー》が開校してから半年が経った。生徒たちは、目覚ましい成長を遂げていた。「すごい……」クロが訓練場で生徒たちの模擬戦を見ながら呟く。「半年前とは、別人みたいだ」ジンも頷く。「基礎がしっかりしてきた」「このまま成長すれば、立派な異常演算者になるだろう」訓練場では、二人の生徒が戦っていた。一人は、風属性のユウキという少年。もう一人は、炎属性のアカネという少女。「《風刃・連撃》!」ユウキが風の刃を連続で放つ。アカネが炎の壁で防御する。「《炎壁》!」しかし、風刃が炎壁を突破しそうになる。「まずい……」アカネが焦る。その時、アカネは授業で習ったことを思い出した。(ミナ先生が言ってた。防御が破られそうな時は、攻撃に転じろって)「《爆炎弾》!」アカネが攻撃に切り替える。炎の弾丸が、ユウキに向かって飛ぶ。「うわっ!」ユウキが慌てて回避する。その隙に、アカネが距離を詰める。「《炎拳》!」炎を纏った拳が、ユウキに命中した。「勝負あり!」審判役のカイが宣言する。「アカネの勝ちだ」「やった!」アカネが喜ぶ。「ありがとうございます、ミナ先生!」ミナが笑顔で親指を立てる。「よくやった」「でも、ユウキも悪くなかったぞ」カイがユウキに声をかける。「攻撃は完璧だった。ただ、相手の反撃を予想できなかった」「はい……」ユウキが悔しそうに言う。「次は、勝ちます」
開校式の朝。《ニューエラ・アカデミー》の校門前には、300人を超える新入生が集まっていた。年齢も経歴も様々。10代の若者から、30代の大人まで。すべてが、異常演算者として正しい教育を受けるために集まった。「すごい人数……」サクラが緊張した顔で言う。「みんな、私たちを見てる」「大丈夫だ」クロが励ます。「俺たちは、彼らの先輩だ」「胸を張っていこう」12人が壇上に上がると、大きな拍手が起こった。「ようこそ、《ニューエラ・アカデミー》へ」クロがマイクを手に取る。「僕の名前は、クロ・アーカディア」「この学院の教師の一人です」300人の視線が、一斉にクロに注がれる。「皆さんは、今日からここで学びます」「異常演算の使い方、制御の仕方、そして――」クロが一呼吸置く。「どう生きるべきか」「異常演算者として、社会とどう関わるべきか」「それを、僕たちが教えます」次に、ジンがマイクを受け取る。「僕は、ジン・カグラ」「クロと共に、この学院を運営しています」ジンが冷静に続ける。「この学院には、ルールが一つだけあります」「それは――仲間を大切にすること」「異常演算者は、一人では生きていけません」「仲間と助け合い、支え合う」「それが、僕たちの信念です」その言葉に、生徒たちが深く頷く。他のメンバーも、次々と自己紹介をしていく。カイの熱い挨拶。ミナの親しみやすい言葉。サクラの優しい笑顔。フィアの冷静な分析。レインの短いが
休暇から戻った12人を、オブシディアン基地で盛大な歓迎が待っていた。「お帰りなさい!」ルーク司令官とエリス・ノヴァが出迎える。「ただいま戻りました」クロが笑顔で答える。「休暇は、どうだった?」「最高でした」サクラが嬉しそうに言う。「みんなで、たくさん思い出を作りました」ルークが満足そうに頷く。「それは良かった。では、早速だが――」「育成機関の件、どうするか決めたか?」「はい」クロが前に出る。「12人全員で、やらせていただきます」その言葉に、ルークが嬉しそうに微笑む。「そうか。嬉しいな」「では、さっそく準備を始めよう」会議室に移動し、詳細な打ち合わせが始まった。「まず、機関の名称だが――」ルークが資料を開く。「政府からの提案は《異常演算者育成アカデミー》だ」「うーん……」カイが首を傾げる。「堅苦しくないか?」「確かに」ミナも同意する。「もっと親しみやすい名前がいいわね」「なら……」ジンが提案する。「《ニューエラ・アカデミー》はどうだ?」「新時代の学院、という意味だ」「いいね!」サクラが目を輝かせる。「前向きで、希望がある感じ」全員が賛成し、名称が決定した。「次に、場所だが――」エリスが地図を表示する。「政府が用意した候補地が、3つある」画面に映し出されたのは、どれも広大な土地だった。「海沿いの土地、山間部の土地、都市部の土地」「どれがいいかな?」







