Share

この場所に、光がある

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-07-12 21:48:24

「まてっ! そっちは俺のキノコだ!」

「うっさい! 早い者勝ちよっ!」

取り分けの段階から、戦争は始まっていた。

鍋の真ん中で、しいたけが煮えていく。

火の術式の加減も絶妙、土鍋の温度も安定し、調味料はフィアとサクラがバランスよく整えている。

のに、なぜここまで殺伐とするのか。

「よこせカイ! それあたしが先に狙ってたの!」

「早い者勝ちって言ったの誰だっけなー!」

「わたしじゃない! 」

「ルール変わっとるー!」

騒がしいやり取りをよそに、フィアは静かに鶏団子をすくっていた。具材は美しく整えられ、器の中も無駄がない。

レインは黙々と箸を動かしていた。早い。妙に早い。咀嚼音すらほとんどない。

「……火加減、ちょうど」

ぽつりと呟いて、また一口。

それに気づいたミナが唖然とした。

「レインくん、もう三杯目……!?」

「はええな!」

「どんな胃袋してんだ……」

クロは少し離れた椅子に腰かけて、湯気の向こうの喧騒を眺めていた。

目の前で繰り広げられる光景は、どこか遠くの夢のようで──けれど確かに、今ここにある。

(……にぎやかすぎだろ)

そう思いつつ、心は不思議と重くない。

「クロ。ほら」

差し出されたのは、小鉢だった。

中には煮込みすぎず、絶妙な加減で仕上げられた具材たち。

差し出してきたのはフィアだ。

「……食べないの?」

「いや、食うけど……なんでお前が?」

「私が取り分けた方が、全員分の配分が効率的でしょ」

「合理主義すぎんだろ……」

そう言いながらも、クロは受け取る。一口食べて、思わず目を細めた。

「……うまいな」

「当然よ」

そっけない返事。けれど、その横顔はどこか穏やかだった。

「なあ、次は焼肉だな!」

カイが肉を頬張りながら叫んだ。

即座に、クロがスプーンを置く。

「部屋が死ぬわ」

「ええー、いいじゃん。炭とか!」

「火災フラグ立てるな」

「……クロの部屋、燃えるの、ちょっと見たい」

ミナが悪戯っぽく笑う。

「やめろ」

「じゃあ……おにぎりパーティ、とかは?」

サクラが微笑みながら提案する。

そのとき、ぽつりとレインが呟いた。

「炭水化物の塊……」

微妙な間。全員が振り返る。

次の瞬間、なぜか笑いが起きた。

「レインの言葉、なんかじわるな!」

「地味にパンチ効いてる……!」

レイン本人はきょとんとしながら、鍋をかき回し続けていた。

和やかな空気が広がっていく。

カイとミナのケンカも、もはや賑やかしのBGMのようだった。

「ふふ……」

そのとき、フィアが少しだけ──ほんの一瞬、笑った。

それに気づいたのは、クロだけだった。

(……悪くない)

やがて食事は終わり、空の器が並び始める。

サクラが席を立ち、片付けの支度を始める。

「こうして集まるの、またできるといいね」

「次は……鍋ふたつ用意しなきゃ」

カイが冗談交じりに言うと、誰かが

「その前にコンロが足りない」とツッコむ。

レインも無言で動き、食器を洗い始めていた。静かに、丁寧に。

「洗い物、ありがとな」

「……汚れ放置すると、気になる」

「真面目か。いや、助かるけど」

そんな中、フィアがぽつりと──

「……次も、少しだけなら来ていい」

静寂が落ちた。

誰もが言葉の意味を飲み込むのに数秒かかった。

「フィ、フィア……?」

「今、来ていいって……」

「言ったな!? 記録しとけ記録ー!」

「俺、次は鍋ふたつ用意すっから!」

皆が総ツッコミを入れる中、フィアは視線を逸らし、

「……今のは、忘れて」

「無理。記録した」

そのやりとりを、クロは静かに見つめていた。

彼の中にある、かつて空虚だった空間が、じわりと満たされていくような感覚。

誰かと笑い合うこと。隣で飯を食うこと。バカ話に乗ること。

(……こんな時間、もう二度と来ないと思ってたのにな)

そのとき、脳内に静かな声が響いた。

《本日の活動は、精神安定度の上昇に寄与しました》

「……自分でわかる。悪くねえ」

《この記録、保存しますか?》

「……保存しとけ。『まあ、悪くなかった夜』ってな」

そして翌日。

六人は、寮監の前で正座させられていた。

「深夜に術式使用って、君たち……」

「火は……火はっ……ちゃんと見てました!」

「そういう問題じゃない!!」

クロは天井を見上げながら、静かに思った。

「……保存名、やっぱ変えとくか」

《保存名変更──『まあ、悪くなかった夜』を『鍋パ→全員正座』に更新しますか?》

「やめろ……情けなくなる……」

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 魔道AI〈ゼロ〉と落第生   永遠の絆

    それから五年が経った。《ニューエラ・アカデミー》は、世界中に20の分校を持つまでに成長していた。卒業生は5000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。異常演算者への差別は完全に消え、共存が当たり前の世界になっていた。そして――クロとサクラには、4歳になる娘がいた。名前は、アイリ。風属性の魔術を使える、元気な女の子だった。「パパ、見て!」アイリが小さな風の渦を作る。「おお、すごいな」クロが褒める。「上手になったな」「ママが教えてくれたの」アイリが誇らしげに言う。サクラが微笑む。「この子、才能あるわ」「そうだな」クロも嬉しそうだ。二人の家は、アカデミーの近くにあった。毎日、教師として働き、夜は家族と過ごす。そんな平和な日々が続いていた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ある休日、12人全員が集まることになった。場所は、最初に約束の海に来たビーチ。「久しぶりだな、みんな」クロが仲間たちに声をかける。「ああ、久しぶり」カイが笑う。ジンも微笑んでいる。「みんな、元気そうだな」ミナとフィアは、親友同士で話している。「最近、忙しくてさ」「わかるわ。私も」レイン、レオ、リア、マルクも談笑している。「久しぶりの休みだ」「楽しもうぜ」アイリは、他の子供たちと遊んでいた。そう、他の仲間たちにも子供ができていたのだ。ジンとフィアの息子。

  • 魔道AI〈ゼロ〉と落第生   未来への扉

    《ニューエラ・アカデミー》開校から三年が経った。学院は今や、世界中から注目される存在となっていた。卒業生は1000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。「信じられないな」クロが校長室で書類を見ながら呟く。「三年で、ここまで大きくなるなんて」「君たちの努力の賜物だ」ルーク司令官が訪問し、そう言った。「いや、みんなのおかげです」クロが謙遜する。「先生方、生徒たち、支援者の皆さん」「すべての人の協力があったから」ルークが微笑む。「謙虚だな、相変わらず」「それで、今日はどうされたんですか?」「実は――」ルークが真剣な表情になる。「君たちに、新たな提案がある」「提案?」「世界各地に、《ニューエラ・アカデミー》の分校を作らないか」その言葉に、クロは驚いた。「分校……ですか?」「ああ。ヨーロッパ、アジア、アメリカ」「世界中に、この教育を広めたい」「でも、俺たちだけでは……」「大丈夫だ」ルークが安心させる。「各地のWAU支部が協力してくれる」「そして、君たちの卒業生が教師になる」クロが考え込む。確かに、素晴らしい提案だった。しかし、責任も大きい。「みんなに相談してみます」クロが答える。「わかった。返事を待っている」ルークが去った後、クロは仲間たちを集めた。「分校か……」ジンが考え込む。「やりがいはあるな」「でも、大変だぞ」カイが心配する。「俺たち、各地

  • 魔道AI〈ゼロ〉と落第生   受け継がれる意志

    《ニューエラ・アカデミー》開校から一年が経った。 初期の生徒たち300人は、今や立派な異常演算者に成長していた。 そして、新たに400人の新入生を迎えることになった。 「すごい人数だな」 カイが新入生の名簿を見ながら言う。 「400人も」 「需要が高まってるんだ」 ジンが説明する。 「異常演算者への理解が深まり、正しい教育を受けたいという人が増えた」 「いいことだな」 クロが微笑む。 「俺たちの活動が、実を結んでる」 新入生歓迎式が開かれた。 壇上には、12人の教師だけでなく―― 1期生の代表として、ユウキとアカネも立っていた。 「新入生の皆さん、ようこそ」 ユウキがマイクを手に取る。 「僕は、1期生のユウキです」 「一年前、僕もここに入学しました」 ユウキが自分の経験を語る。 「最初は不安でした。本当に、異常演算を使いこなせるのかって」 「でも、先生方の丁寧な指導のおかげで、今ではこんなに成長できました」 ユウキが風の魔術を披露する。 美しい風の渦が、会場を包む。 新入生たちが感嘆の声を上げる。 「すごい……」 「僕たちも、あんなふうになれるのかな……」 アカネも続ける。 「私も、最初は自信がありませんでした」 「でも、仲間と一緒に頑張ることで、強くなれました」

  • 魔道AI〈ゼロ〉と落第生   成長する生徒たち

    《ニューエラ・アカデミー》が開校してから半年が経った。生徒たちは、目覚ましい成長を遂げていた。「すごい……」クロが訓練場で生徒たちの模擬戦を見ながら呟く。「半年前とは、別人みたいだ」ジンも頷く。「基礎がしっかりしてきた」「このまま成長すれば、立派な異常演算者になるだろう」訓練場では、二人の生徒が戦っていた。一人は、風属性のユウキという少年。もう一人は、炎属性のアカネという少女。「《風刃・連撃》!」ユウキが風の刃を連続で放つ。アカネが炎の壁で防御する。「《炎壁》!」しかし、風刃が炎壁を突破しそうになる。「まずい……」アカネが焦る。その時、アカネは授業で習ったことを思い出した。(ミナ先生が言ってた。防御が破られそうな時は、攻撃に転じろって)「《爆炎弾》!」アカネが攻撃に切り替える。炎の弾丸が、ユウキに向かって飛ぶ。「うわっ!」ユウキが慌てて回避する。その隙に、アカネが距離を詰める。「《炎拳》!」炎を纏った拳が、ユウキに命中した。「勝負あり!」審判役のカイが宣言する。「アカネの勝ちだ」「やった!」アカネが喜ぶ。「ありがとうございます、ミナ先生!」ミナが笑顔で親指を立てる。「よくやった」「でも、ユウキも悪くなかったぞ」カイがユウキに声をかける。「攻撃は完璧だった。ただ、相手の反撃を予想できなかった」「はい……」ユウキが悔しそうに言う。「次は、勝ちます」

  • 魔道AI〈ゼロ〉と落第生   教師たちの初日

    開校式の朝。《ニューエラ・アカデミー》の校門前には、300人を超える新入生が集まっていた。年齢も経歴も様々。10代の若者から、30代の大人まで。すべてが、異常演算者として正しい教育を受けるために集まった。「すごい人数……」サクラが緊張した顔で言う。「みんな、私たちを見てる」「大丈夫だ」クロが励ます。「俺たちは、彼らの先輩だ」「胸を張っていこう」12人が壇上に上がると、大きな拍手が起こった。「ようこそ、《ニューエラ・アカデミー》へ」クロがマイクを手に取る。「僕の名前は、クロ・アーカディア」「この学院の教師の一人です」300人の視線が、一斉にクロに注がれる。「皆さんは、今日からここで学びます」「異常演算の使い方、制御の仕方、そして――」クロが一呼吸置く。「どう生きるべきか」「異常演算者として、社会とどう関わるべきか」「それを、僕たちが教えます」次に、ジンがマイクを受け取る。「僕は、ジン・カグラ」「クロと共に、この学院を運営しています」ジンが冷静に続ける。「この学院には、ルールが一つだけあります」「それは――仲間を大切にすること」「異常演算者は、一人では生きていけません」「仲間と助け合い、支え合う」「それが、僕たちの信念です」その言葉に、生徒たちが深く頷く。他のメンバーも、次々と自己紹介をしていく。カイの熱い挨拶。ミナの親しみやすい言葉。サクラの優しい笑顔。フィアの冷静な分析。レインの短いが

  • 魔道AI〈ゼロ〉と落第生   新たな始まり

    休暇から戻った12人を、オブシディアン基地で盛大な歓迎が待っていた。「お帰りなさい!」ルーク司令官とエリス・ノヴァが出迎える。「ただいま戻りました」クロが笑顔で答える。「休暇は、どうだった?」「最高でした」サクラが嬉しそうに言う。「みんなで、たくさん思い出を作りました」ルークが満足そうに頷く。「それは良かった。では、早速だが――」「育成機関の件、どうするか決めたか?」「はい」クロが前に出る。「12人全員で、やらせていただきます」その言葉に、ルークが嬉しそうに微笑む。「そうか。嬉しいな」「では、さっそく準備を始めよう」会議室に移動し、詳細な打ち合わせが始まった。「まず、機関の名称だが――」ルークが資料を開く。「政府からの提案は《異常演算者育成アカデミー》だ」「うーん……」カイが首を傾げる。「堅苦しくないか?」「確かに」ミナも同意する。「もっと親しみやすい名前がいいわね」「なら……」ジンが提案する。「《ニューエラ・アカデミー》はどうだ?」「新時代の学院、という意味だ」「いいね!」サクラが目を輝かせる。「前向きで、希望がある感じ」全員が賛成し、名称が決定した。「次に、場所だが――」エリスが地図を表示する。「政府が用意した候補地が、3つある」画面に映し出されたのは、どれも広大な土地だった。「海沿いの土地、山間部の土地、都市部の土地」「どれがいいかな?」

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status