LOGIN「まてっ! そっちは俺のキノコだ!」
「うっさい! 早い者勝ちよっ!」 取り分けの段階から、戦争は始まっていた。 鍋の真ん中で、しいたけが煮えていく。 火の術式の加減も絶妙、土鍋の温度も安定し、調味料はフィアとサクラがバランスよく整えている。 のに、なぜここまで殺伐とするのか。 「よこせカイ! それあたしが先に狙ってたの!」 「早い者勝ちって言ったの誰だっけなー!」 「わたしじゃない! 」 「ルール変わっとるー!」 騒がしいやり取りをよそに、フィアは静かに鶏団子をすくっていた。具材は美しく整えられ、器の中も無駄がない。 レインは黙々と箸を動かしていた。早い。妙に早い。咀嚼音すらほとんどない。 「……火加減、ちょうど」 ぽつりと呟いて、また一口。 それに気づいたミナが唖然とした。 「レインくん、もう三杯目……!?」 「はええな!」 「どんな胃袋してんだ……」 クロは少し離れた椅子に腰かけて、湯気の向こうの喧騒を眺めていた。 目の前で繰り広げられる光景は、どこか遠くの夢のようで──けれど確かに、今ここにある。 (……にぎやかすぎだろ) そう思いつつ、心は不思議と重くない。 「クロ。ほら」 差し出されたのは、小鉢だった。 中には煮込みすぎず、絶妙な加減で仕上げられた具材たち。 差し出してきたのはフィアだ。 「……食べないの?」 「いや、食うけど……なんでお前が?」 「私が取り分けた方が、全員分の配分が効率的でしょ」 「合理主義すぎんだろ……」 そう言いながらも、クロは受け取る。一口食べて、思わず目を細めた。 「……うまいな」 「当然よ」 そっけない返事。けれど、その横顔はどこか穏やかだった。 「なあ、次は焼肉だな!」 カイが肉を頬張りながら叫んだ。 即座に、クロがスプーンを置く。 「部屋が死ぬわ」 「ええー、いいじゃん。炭とか!」 「火災フラグ立てるな」 「……クロの部屋、燃えるの、ちょっと見たい」 ミナが悪戯っぽく笑う。 「やめろ」 「じゃあ……おにぎりパーティ、とかは?」 サクラが微笑みながら提案する。 そのとき、ぽつりとレインが呟いた。 「炭水化物の塊……」 微妙な間。全員が振り返る。 次の瞬間、なぜか笑いが起きた。 「レインの言葉、なんかじわるな!」 「地味にパンチ効いてる……!」 レイン本人はきょとんとしながら、鍋をかき回し続けていた。 和やかな空気が広がっていく。 カイとミナのケンカも、もはや賑やかしのBGMのようだった。 「ふふ……」 そのとき、フィアが少しだけ──ほんの一瞬、笑った。 それに気づいたのは、クロだけだった。 (……悪くない) やがて食事は終わり、空の器が並び始める。 サクラが席を立ち、片付けの支度を始める。 「こうして集まるの、またできるといいね」 「次は……鍋ふたつ用意しなきゃ」 カイが冗談交じりに言うと、誰かが 「その前にコンロが足りない」とツッコむ。 レインも無言で動き、食器を洗い始めていた。静かに、丁寧に。 「洗い物、ありがとな」 「……汚れ放置すると、気になる」 「真面目か。いや、助かるけど」 そんな中、フィアがぽつりと── 「……次も、少しだけなら来ていい」 静寂が落ちた。 誰もが言葉の意味を飲み込むのに数秒かかった。 「フィ、フィア……?」 「今、来ていいって……」 「言ったな!? 記録しとけ記録ー!」 「俺、次は鍋ふたつ用意すっから!」 皆が総ツッコミを入れる中、フィアは視線を逸らし、 「……今のは、忘れて」 「無理。記録した」 そのやりとりを、クロは静かに見つめていた。 彼の中にある、かつて空虚だった空間が、じわりと満たされていくような感覚。 誰かと笑い合うこと。隣で飯を食うこと。バカ話に乗ること。 (……こんな時間、もう二度と来ないと思ってたのにな) そのとき、脳内に静かな声が響いた。 《本日の活動は、精神安定度の上昇に寄与しました》 「……自分でわかる。悪くねえ」 《この記録、保存しますか?》 「……保存しとけ。『まあ、悪くなかった夜』ってな」 そして翌日。 六人は、寮監の前で正座させられていた。 「深夜に術式使用って、君たち……」 「火は……火はっ……ちゃんと見てました!」 「そういう問題じゃない!!」 クロは天井を見上げながら、静かに思った。 「……保存名、やっぱ変えとくか」 《保存名変更──『まあ、悪くなかった夜』を『鍋パ→全員正座』に更新しますか?》 「やめろ……情けなくなる……」それから五年が経った。《ニューエラ・アカデミー》は、世界中に20の分校を持つまでに成長していた。卒業生は5000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。異常演算者への差別は完全に消え、共存が当たり前の世界になっていた。そして――クロとサクラには、4歳になる娘がいた。名前は、アイリ。風属性の魔術を使える、元気な女の子だった。「パパ、見て!」アイリが小さな風の渦を作る。「おお、すごいな」クロが褒める。「上手になったな」「ママが教えてくれたの」アイリが誇らしげに言う。サクラが微笑む。「この子、才能あるわ」「そうだな」クロも嬉しそうだ。二人の家は、アカデミーの近くにあった。毎日、教師として働き、夜は家族と過ごす。そんな平和な日々が続いていた。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ある休日、12人全員が集まることになった。場所は、最初に約束の海に来たビーチ。「久しぶりだな、みんな」クロが仲間たちに声をかける。「ああ、久しぶり」カイが笑う。ジンも微笑んでいる。「みんな、元気そうだな」ミナとフィアは、親友同士で話している。「最近、忙しくてさ」「わかるわ。私も」レイン、レオ、リア、マルクも談笑している。「久しぶりの休みだ」「楽しもうぜ」アイリは、他の子供たちと遊んでいた。そう、他の仲間たちにも子供ができていたのだ。ジンとフィアの息子。
《ニューエラ・アカデミー》開校から三年が経った。学院は今や、世界中から注目される存在となっていた。卒業生は1000人を超え、彼らは社会の様々な場所で活躍している。「信じられないな」クロが校長室で書類を見ながら呟く。「三年で、ここまで大きくなるなんて」「君たちの努力の賜物だ」ルーク司令官が訪問し、そう言った。「いや、みんなのおかげです」クロが謙遜する。「先生方、生徒たち、支援者の皆さん」「すべての人の協力があったから」ルークが微笑む。「謙虚だな、相変わらず」「それで、今日はどうされたんですか?」「実は――」ルークが真剣な表情になる。「君たちに、新たな提案がある」「提案?」「世界各地に、《ニューエラ・アカデミー》の分校を作らないか」その言葉に、クロは驚いた。「分校……ですか?」「ああ。ヨーロッパ、アジア、アメリカ」「世界中に、この教育を広めたい」「でも、俺たちだけでは……」「大丈夫だ」ルークが安心させる。「各地のWAU支部が協力してくれる」「そして、君たちの卒業生が教師になる」クロが考え込む。確かに、素晴らしい提案だった。しかし、責任も大きい。「みんなに相談してみます」クロが答える。「わかった。返事を待っている」ルークが去った後、クロは仲間たちを集めた。「分校か……」ジンが考え込む。「やりがいはあるな」「でも、大変だぞ」カイが心配する。「俺たち、各地
《ニューエラ・アカデミー》開校から一年が経った。 初期の生徒たち300人は、今や立派な異常演算者に成長していた。 そして、新たに400人の新入生を迎えることになった。 「すごい人数だな」 カイが新入生の名簿を見ながら言う。 「400人も」 「需要が高まってるんだ」 ジンが説明する。 「異常演算者への理解が深まり、正しい教育を受けたいという人が増えた」 「いいことだな」 クロが微笑む。 「俺たちの活動が、実を結んでる」 新入生歓迎式が開かれた。 壇上には、12人の教師だけでなく―― 1期生の代表として、ユウキとアカネも立っていた。 「新入生の皆さん、ようこそ」 ユウキがマイクを手に取る。 「僕は、1期生のユウキです」 「一年前、僕もここに入学しました」 ユウキが自分の経験を語る。 「最初は不安でした。本当に、異常演算を使いこなせるのかって」 「でも、先生方の丁寧な指導のおかげで、今ではこんなに成長できました」 ユウキが風の魔術を披露する。 美しい風の渦が、会場を包む。 新入生たちが感嘆の声を上げる。 「すごい……」 「僕たちも、あんなふうになれるのかな……」 アカネも続ける。 「私も、最初は自信がありませんでした」 「でも、仲間と一緒に頑張ることで、強くなれました」
《ニューエラ・アカデミー》が開校してから半年が経った。生徒たちは、目覚ましい成長を遂げていた。「すごい……」クロが訓練場で生徒たちの模擬戦を見ながら呟く。「半年前とは、別人みたいだ」ジンも頷く。「基礎がしっかりしてきた」「このまま成長すれば、立派な異常演算者になるだろう」訓練場では、二人の生徒が戦っていた。一人は、風属性のユウキという少年。もう一人は、炎属性のアカネという少女。「《風刃・連撃》!」ユウキが風の刃を連続で放つ。アカネが炎の壁で防御する。「《炎壁》!」しかし、風刃が炎壁を突破しそうになる。「まずい……」アカネが焦る。その時、アカネは授業で習ったことを思い出した。(ミナ先生が言ってた。防御が破られそうな時は、攻撃に転じろって)「《爆炎弾》!」アカネが攻撃に切り替える。炎の弾丸が、ユウキに向かって飛ぶ。「うわっ!」ユウキが慌てて回避する。その隙に、アカネが距離を詰める。「《炎拳》!」炎を纏った拳が、ユウキに命中した。「勝負あり!」審判役のカイが宣言する。「アカネの勝ちだ」「やった!」アカネが喜ぶ。「ありがとうございます、ミナ先生!」ミナが笑顔で親指を立てる。「よくやった」「でも、ユウキも悪くなかったぞ」カイがユウキに声をかける。「攻撃は完璧だった。ただ、相手の反撃を予想できなかった」「はい……」ユウキが悔しそうに言う。「次は、勝ちます」
開校式の朝。《ニューエラ・アカデミー》の校門前には、300人を超える新入生が集まっていた。年齢も経歴も様々。10代の若者から、30代の大人まで。すべてが、異常演算者として正しい教育を受けるために集まった。「すごい人数……」サクラが緊張した顔で言う。「みんな、私たちを見てる」「大丈夫だ」クロが励ます。「俺たちは、彼らの先輩だ」「胸を張っていこう」12人が壇上に上がると、大きな拍手が起こった。「ようこそ、《ニューエラ・アカデミー》へ」クロがマイクを手に取る。「僕の名前は、クロ・アーカディア」「この学院の教師の一人です」300人の視線が、一斉にクロに注がれる。「皆さんは、今日からここで学びます」「異常演算の使い方、制御の仕方、そして――」クロが一呼吸置く。「どう生きるべきか」「異常演算者として、社会とどう関わるべきか」「それを、僕たちが教えます」次に、ジンがマイクを受け取る。「僕は、ジン・カグラ」「クロと共に、この学院を運営しています」ジンが冷静に続ける。「この学院には、ルールが一つだけあります」「それは――仲間を大切にすること」「異常演算者は、一人では生きていけません」「仲間と助け合い、支え合う」「それが、僕たちの信念です」その言葉に、生徒たちが深く頷く。他のメンバーも、次々と自己紹介をしていく。カイの熱い挨拶。ミナの親しみやすい言葉。サクラの優しい笑顔。フィアの冷静な分析。レインの短いが
休暇から戻った12人を、オブシディアン基地で盛大な歓迎が待っていた。「お帰りなさい!」ルーク司令官とエリス・ノヴァが出迎える。「ただいま戻りました」クロが笑顔で答える。「休暇は、どうだった?」「最高でした」サクラが嬉しそうに言う。「みんなで、たくさん思い出を作りました」ルークが満足そうに頷く。「それは良かった。では、早速だが――」「育成機関の件、どうするか決めたか?」「はい」クロが前に出る。「12人全員で、やらせていただきます」その言葉に、ルークが嬉しそうに微笑む。「そうか。嬉しいな」「では、さっそく準備を始めよう」会議室に移動し、詳細な打ち合わせが始まった。「まず、機関の名称だが――」ルークが資料を開く。「政府からの提案は《異常演算者育成アカデミー》だ」「うーん……」カイが首を傾げる。「堅苦しくないか?」「確かに」ミナも同意する。「もっと親しみやすい名前がいいわね」「なら……」ジンが提案する。「《ニューエラ・アカデミー》はどうだ?」「新時代の学院、という意味だ」「いいね!」サクラが目を輝かせる。「前向きで、希望がある感じ」全員が賛成し、名称が決定した。「次に、場所だが――」エリスが地図を表示する。「政府が用意した候補地が、3つある」画面に映し出されたのは、どれも広大な土地だった。「海沿いの土地、山間部の土地、都市部の土地」「どれがいいかな?」







