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第3話

Author: ご飯ちょうだい
「一葉、吉永社長から今週に入って五度目の面会要請が来てるが……まだ会わないのか?」

私は啓司が運んできてくれた白湯を受け取り、錠剤を喉の奥へ流し込んだ。

「会ってどうするの?また資産評価をするみたいな目つきで品定めされて、プロジェクト総括会議みたいな口調で、この最低な結婚生活の分析レポートでも聞かされるだけよ。

それで、彼が恩着せがましく離婚に対応するのを待てっていうの?

AIみたいに事務的なあの態度……虫唾が走るわ。これ以上、自分を惨めにするために近づくつもりはない」

私はコップを置き、深く息を吐いた。

「……まあ、金曜日のパーティーは避けられないけれど。

そこで必要な署名を済ませて、縁を切るわ。未練も何もなく、赤の他人として。

吉永という苗字も彼に返して、旧姓の小久保(こくぼ)に戻るわ」

日差しが心地よく、ほのかな眠気が襲ってきた。

私は寝室のドアを閉める直前、カバンから一枚のカードを取り出し、背後に立つ啓司に差し出した。

「暗証番号はないわ。一億円が入ってる」

啓司は一瞬で動きが止まり、閉まったドアを見つめた。やがて、誰にも聞こえないほどの低い声で、くすりと笑った。

「……本気で俺をヒモ男にするつもりなのか」

パーティー当日。会場にはシャンパンと香水の香りが入り混じり、虚飾に満ちた空気が漂っている。離婚を公表してから初めての公の場ということもあり、私はシャンパンを手に親交のある年配者たちと談笑している。

そこへ人混みをかき分けて、正人が真っ直ぐに歩み寄ってきた。

「一葉、話をしよう」

その声は、いつもよりわずかに柔らかい。

私は視線を上げた。

立場は逆転した。今や彼を「資産」として見ているのは、私のほうだ。

「吉永社長、何かご用件でも?」

「吉永社長」という冷たい呼び方に、正人は一瞬言葉を詰まらせた。

沈黙の後、秘書の村上旬(むらがみ しゅん)が差し出したベルベットの箱を、私の目の前で開けた。そこには、眩いばかりの宝石があしらわれたネックレスが収められている。

「これまでは……僕の配慮が足りなかった」

正人の声は少しぎこちない。謝罪や引き止めに慣れていないことは明らかだ。

「これは、僕の誠意だ。離婚の件については、もう一度……」

私は正人を見つめた。

彼が何を考えているのか、さっぱり理解できない。ビジネス上の計画を考慮すると、私という優秀な「結婚相手」を手放したくないだけなのだろうか。

しかし、私の離婚の意志は揺るがない。

だが、ビジネスの観点から言えば、離婚するにしても泥沼化させる必要はない。

彼という人間を許せなくても、仕事や利益には罪はない。

私が返答をためらっていると、そこへ場違いなほど甘い声が割り込んできた。

「正人さん、そのネックレスは一葉さんに贈るつもりだったね。

一葉さんに先に選んでもらえばよかったわ」

車椅子に乗って現れた琴美は、ネックレスを羨ましそうに見つめ、甘えるように言った。

彼女の首元には、明らかにそのネックレスと同じシリーズの別モデルが輝いている。

「数日前はデザインがシンプルすぎて好みじゃないって言ったけれど、今日見たら急に素敵に思えて……なんだか惜しくなっちゃった」

そう言って、彼女は正人の袖をそっと引いた。

正人の眉がわずかに動いた。

彼は私を見て、そして車椅子に乗っている琴美を見た。

やがてその口調は、些細なトラブルを調整するかのように、かつての傲慢さを取り戻した。

「一葉、琴美が気に入ったようだ。

楠木家とはまだプロジェクトが残っている。これは彼女に譲ってやってくれ。君の好きなデザインは、また村上に……」

私は思わず吹き出したが、顔には怒りの色さえ浮かんでいない。

「吉永社長。そのお気持ちだけ、ありがたく頂戴するわ。でも、プレゼントの方は……

私は、他人が選んで残したゴミを漁るほど落ちぶれてはいないので」

私の視線は、正人という男そのものをゴミのように見下し、不遜な態度で言葉を続けた。

「それに、一度贈ろうとしたものを引っ込めるなんて、そんな無作法が通用すると思ってるのか?百戦錬磨の経営者である吉永社長が、商売の筋も通せないとは驚きだわ。

わざわざ私の顔に泥を塗りに来たのなら、もう話すことはない」

私は周囲に聞こえるよう、あえて声を張り上げた。

「後日、弁護士を通じて連絡するわ。

日を改めて、吉永社長に対して離婚裁判を提起させてもらう」

パリンと乾いた音が響いた。

私の手から「不注意で」滑り落ちたシャンパンが、正人の靴先で砕け、汚れた飛沫を散らした。

「あら、失礼。手が滑ってしまったわ。

あまりにも反吐が出るものを見せられたから」

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