紀香は目もくれなかった。ましてや、それを受け取って飲むなんてとんでもない。清孝は焦ることも怒ることもなく、紀香の隣に腰を下ろし、自分でその水を飲んだ。落ち着きっぷりが異常だった。紀香は彼のことを、まるで見知らぬ人のように感じた。以前なら、彼はきっと焦って、言葉巧みに彼女を言いくるめ、最後には目的を達成していたはず。今は――もういい。離婚したのだ。彼がどう変わろうと、もう彼女には関係なかった。海人はちらりと視線をやり、来依にそっと囁いた。「なあ、話がある。すごく大事なこと」来依はにこっと笑って、じっと彼を見つめた。海人はその意味を察して、手を挙げて誓うように言った。「本当だって。もし嘘だったら――」来依は彼の口をふさぎ、きつく睨んだ。海人はそれでも笑いながら、彼女の手をそっと握り下ろした。「本当だよ。助け舟なんて出さない」紀香は少し混乱していたが、清孝は二人のやりとりと前後の流れから、すぐに察した。そういうことか。こいつ、完全に嫁を優先するタイプの親友だったな。海人はふと清孝の方を見た。まるで彼の心の声が聞こえたかのように。何も言わなかったが、その意味深な一瞥がすべてを語っていた。清孝「……」仕事で四面楚歌だった時より、今のほうがよっぽど厄介だと思った。海人は目的を果たし、本題に入った。「なあ、あまり感情的にならないで聞いてくれ……もう少し時期を見てから言うつもりだったんだけど、お前ならこれを聞いて喜ぶと思って。お前には、幸せでいてほしいんだ」来依の胸がくすぐったくなった。「ねえ、ちゃんと話せないの?いつも焦らすのやめてよ」海人は急にしょんぼりしたように、「前置きしてるのは、お前の身体と気持ちを気遣ってるからで、別に引き伸ばしてるわけじゃない」と弁解した。「はいはい」来依はもうその手には乗らなかった。過去に散々それでやられてきたのだ。「言いたいことがあるなら、これからははっきり言って」海人は、彼女が本気でそう言っていると感じて、少しムッとして、単刀直入に言った。「河崎清志が死んだ」来依はこの名前を、もう長い間聞いていなかった。そして、聞きたくもなかった。海人がすべてを処理してくれると思っていたし、自分が関わる必要などないと考えていた。
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