ちょうどそのとき、内側からもドアを引く力が加わり、中を覗き込もうとした私の視線を、ウェイターが遮った。この店は、客のプライバシーをとても大切にしているらしい。「失礼ですが、田中社長たちのご友人でしょうか?」と、ウェイターが丁寧に尋ねてくる。その苗字に、聞き覚えはなかった。「いいえ、部屋を間違えたみたいです」とだけ言って、私は首を振った。背を向けてその場を離れようとした瞬間、誰かにじっと見つめられているような感覚が走り、思わず身震いした。振り返ってみても、そこにはきっちり閉じられた個室の扉があるだけだった。個室に戻ると、来依がすでに料理を一通り注文してくれていた。「早く見て、何か食べたいのある?」と笑顔で促される。「特にこだわりないから、みんなの好きなものでいいよ」そう答えながらも、さっきの出来事が頭を離れず、どこか心ここにあらずのままだった。知っているはずのない相手。でも話していた内容が、どうにも自分のことのように感じられた。まるで、誰かが私の過去を語っていたかのように。けれど、宏の周りに田中という苗字の親しい人がいたなんて、聞いたことがない。そんな思考の渦に沈んでいると、来依が私の耳元に顔を寄せてくる。「……何考えてるの?」「ううん、なんでもないよ」私は微笑んで、そう答えた。今はこんな話をするタイミングじゃない。幸い、個室の中は賑やかで和やかで、その空気に引っ張られるように、少しずつ気持ちもほぐれていった。デザイナーの鈴木靖男が立ち上がり、恥ずかしそうにグラスを持ち上げる。「南希に入れていただいて、本当に嬉しいです。清水社長、河崎社長、これからよろしくお願いします……!」新しく入った社員たちの中で、彼だけが年齢も少し上だった。卒業から十年近く経っていたが、実績には恵まれなかった。能力がないわけじゃない。ただ、彼はあくまで自分の美意識を大切にし、市場のニーズに寄せることをしなかったのだ。当然、会社は成果のないデザイナーに投資する余裕などない。その結果、彼の作品は一度も正式に世に出たことがなく、仕事も見つけにくくなっていた。でも、あの日彼の履歴書に添えられた作品を見たとき、私は思わず目を奪われた。リスクはあるとわかっていたけど、それでも彼を信じてみたいと思っ
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