All Chapters of 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った: Chapter 461 - Chapter 470

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第461話

夏美は、必死に縋るような気持ちだった。山田が何か、どんな手でもいい。たとえ一時しのぎでも、時間を稼げる方法を思いついてくれたら――もしくは、それ以外の何か。そのとき、電話越しの声が低く鋭くなった。「……何があった?」山田の勘は鋭かった。夏美がこんなふうに取り乱すのは、滅多にない。深呼吸をして気を落ち着かせながら、彼女は部屋のドアを振り返り、音を立てずにロックをかけた。「佐夜子が、私の……身分を疑ってる」言いながら、自分で言葉を訂正する。「違う、ただの疑いじゃない……親子鑑定を、やり直そうとしてるの!」口にした瞬間、全身の血の気が引いていくのを感じた。だけど――その反面で、夏美は思っていた。――やっぱり、この人はすごい。佐夜子に認められた時点で、もうすべてが確定したものだと安心していた。でも、山田だけは違った。「気を抜くな」と。「備えろ」と。この別荘に引っ越した時も、彼は言っていた。――佐夜子の書斎と寝室に、盗聴器をつけておけ。今日の朝、メイドが買い出しに出かけて、佐夜子がランニングに行っている隙に、書斎の机の下へ仕込んだばかり。さっき、ふと思いついて試しにスイッチを入れたら――たまたま、聞こえてしまった。――これは……運命が味方したんだ。まだ、あがける。その一瞬の希望に、彼女はすがるしかなかった。電話口で、山田の声が怒気を帯びた。「何もしてないのに、なんでそんな早く疑われた?お前、まさかヘマやったんじゃないだろうな?」「違う!」夏美はきっぱり否定した。「絶対に、私のせいじゃない」必死に記憶をたどり、すぐに原因に思い当たった。「……清水南よ。あの女が来たの。何を話したかまではわからないけど……絶対、あれがきっかけ」沈黙の向こうで、山田が唇を噛む気配がした。「……佐夜子、もうお前の髪を手に入れたのか?」「まだ。まだ取られてない」夏美は即座に首を振った。「たぶん、もし私が本当に娘だった場合のことを考えて……傷つけないようにって、私には何も言わずに、こっそり親子鑑定をするつもりなんだと思う。私がいない隙を狙って、部屋に入って、髪の毛を探す気よ」その言葉に、山田はわずかに息を吐いた。「……なるほど。それなら、まだ手はある」去年
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第462話

この件については、実は山田のほうが、夏美以上に強く願っていた。二年前のように。南がフランスで、静かに勉強と治療に専念していて。彼女の世界には、彼以上に大切な存在なんていなかった頃。誰かに奪われる心配もなく、疑う必要もなかった。……あれは、どれほど都合のいい日々だっただろう。けれど、もう分かっている。南は、二度と戻ってこない。山田は胸の奥に溜まった息をゆっくり吐き出し、その考えを切り捨てた。「……無理だ」「できるでしょ……あんたなら……」夏美は縋るように言った。「絶対、方法がある。あんたなら、できる……」夏美は知っている。山田がどれほど冷酷で、どれほど容赦のない人間かを。彼が本気になれば、南を消すことだって、不可能じゃない。その言葉に、山田は一瞬だけ言葉を失った。「……俺に、何ができるって?」「だ、だから……」夏美の中で、黒い考えが次々と浮かび上がる。けれど同時に、山田が南を想っていることも分かっていた。迷いに迷った末、ようやく絞り出す。「閉じ込めるとか……どこかに……あるいは、縛って……連れ去るとか……」「ふざけるな!!」山田の怒声が、電話越しでもはっきりと伝わった。「いい加減にしろ。今すぐその考えを捨てろ」声は低く、凍りつくほど冷たい。「南が大阪にいる限り、無事でいさせろ。もし、あの夜のパーティーみたいなことがまた起きたら、お前が関わっていなくても、俺が最初に潰すのはお前だ」地獄の底から響くような声だった。夏美は思わず身を震わせた。怖い。本能的に、そう感じている。けれど、それでも引き下がれなかった。「……でも……」震える声で、なおも言う。「南を……あんたの女にしたいって、思ったこと、ないの?そばに縛りつけて……あんただけのものにできたら……」その瞬間、山田の拳がぎゅっと握り締められた。「それ以上言うな」低く、鋭く遮る。「お前を佐夜子の娘にしたのは俺だ。同じように、別の誰かを娘にすることもできる」「……っ!」夏美は息を詰め、すぐに頭を下げた。「……余計なこと言った。ごめんなさい」夏美は深く息を吸い込んだ。もともと、時雄がすぐに頷くとは思っていなかった。けれど、こういうことは種さえ蒔いておけ
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第463話

翌朝のことだった。うつらうつらとまどろむ中、私は寝返りを打ち、隣に手を伸ばした。何かに触れた。──違う、「何か」じゃない。人だった。私はぱちりと目を覚まし、自分が誰かの腕に抱かれていることに気づいた。視線を向けると──優しい目で私を見つめながら、その人はすべての柔らかさを注ぐように囁いた。「……起きた?」少ししゃがれた、掠れた声だった。昨夜の記憶がだんだんと蘇り、恥ずかしさがこみ上げてくる。でもすぐに開き直って、私はその腕に自分から抱きついた。胸元へとぐいっと潜り込む。「まだ……起きてない。もうちょっと寝る」こんなにぐっすり眠れたのは、いつぶりだろう。深く、静かで、夢ひとつ見ない夜だった。「ブタかよ、お前」鷹が気だるげに眉を上げた。「じゃあ、あなたもでしょ。同じ種族なんだから」私は彼の胸に頬をすり寄せた。ひんやりしたミントの香りが、少しだけ頭を冴えさせる。彼はくすっと笑う。「今、俺のこと豚って言ったか?」「ちがうもん」私は顔を上げ、彼の顎にそっとキスを落とした。「私はあなたで、あなたは私。一心同体ってやつ」心から、そう思ってた。この人と一つになりたい。この人に、すべてを預けたい──。鷹は一瞬驚いたように目を見開き、次の瞬間には私に深く口づけてきた。そのまま覆いかぶさるように身体を重ねてきて、私は声も出ないほどにされて──「だ、だめ……ちょっと待って……」必死に言葉を紡いでいたその時、下腹部に何か硬くて熱いものが押し当てられた。……昨日と、同じ。でも、顔が一気に熱くなる。私は手足を使って彼の腕の中から逃げ出した。「わ、私、上に行って怜太の様子見てくる!きっと起きてるよ!」昨夜、鷹に引き止められて、私は帰れなかった。怜太のことは、来依に任せてある。ふたりは歳こそ離れてるけど、性格が妙に合うようで、私が電話した時も怜太が画面の向こうから叫んでた。「鈴さん、安心して!怜太は来依姉ちゃんの言うことちゃんと聞くから!早く鷹さんとラブラブして!」あの時のことを思い出していると、鷹が褐色の瞳を細めて私を見下ろした。口元には苦笑が浮かんでいる。「火だけつけて逃げるんか?」「だって、しょうがないじゃん!」私は衣装部屋に駆け込んで、慌てて着替
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第464話

空気が一瞬、静まり返った。山田先輩は少しも驚いた様子を見せず、いつもの穏やかな笑みのまま言った。「聞いてるよ。おめでとう」それから鷹の方を向き、静かに続けた。「南はこれまで、たくさん苦労してきた。だから、君のそばでは、もう二度とそんな思いをさせないでほしい。もしそうじゃなかったら、俺は身内として黙っていられないから」一瞬、場の空気がピリッと張り詰めた気がした。山田先輩は、今後はただの友人でいると約束してくれたけど──大人になれば、相手が本当に吹っ切れてるかどうかなんて、なんとなく分かる。この二年間、彼は一度も恋愛の話題を出さなかった。でも、日常のあちこちに見える気遣いは、決して作り物じゃなかった。彼が何も言わないから、私もあえてそれに触れずにきたけど──今、こうして面と向かって話してみて、特に取り乱した様子もなかったから、少しだけ肩の荷が下りた気がした。来依が鷹に向かって、こぶしを軽く突き出した。「服部さん、南はね、私の一番で唯一の親友なの。もし彼女を泣かせたりしたら、私も絶対に許さないよ?」「もし俺が彼女を泣かせたら──」鷹は私の目をじっと見て、まっすぐ言った。「真っ先に、自分でケジメつける」「……やれるもんなら、やってみなさいよ」私は冗談めかして肩をすくめ、ちょっと脅してみせた。その後、山田先輩は用事で一足先に帰り、鷹もSZグループへ出勤することに。残された来依はすぐさま身を寄せてきて、にやにやしながら私の顔を覗き込んだ。「で? 昨晩は?何があったの?ぜーんぶ、白状しなさい!」私はふっと笑って答えた。「……何にもしてないよ」ただ、ぎゅっと抱き合って眠っただけ。それだけ。「うっそだー」来依は疑わしそうに顔をしかめた。「ほんとだってば。だってさ……生理来ちゃってて、どうにもならないじゃん」「……」来依は大きなため息をついて、ボソッとつぶやいた。「南の生理、ほんと空気読まなすぎ」……今回のバラエティ番組の収録地として、夏美がやって来たのは、隣県にあるひっそりとした小さな村だった。山のふもと、川沿いにひっそり佇む静かな場所。空気も澄んでいて、どこか懐かしい風景が広がっていた。ちょうどご飯時、近所の家々から煙突の煙がふわりと立ち上っている。
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第465話

彼女は社会の底辺で二十年以上も生きてきた。だからこそ、下層のファンたちがどんな人に惹かれるか、よく分かっていた。今回の収録が行われる民家の庭に足を踏み入れると、夏美は先輩たち一人ひとりに丁寧に挨拶して回った。「佐夜子の娘」という肩書きのおかげで、ほとんどの出演者やスタッフがにこやかに接してくれた。あちこちに設置された固定カメラとPDたちに囲まれながら、夏美はやや戸惑い気味ながらも、とても素直で礼儀正しく、ごく普通の女の子のような振る舞いを見せた。さらに、共演者全員に手土産を用意していたばかりか、ディレクター陣にまで贈り物を渡していた。これだけでも、番組が放送されれば彼女を褒める声が溢れることは想像に難くない。夜になり、部屋に戻った夏美はすぐに服を一枚取り、カメラにかけて視界を塞ぐと、表情を一変させた。スマホを手に、足早にトイレへと駆け込み──山田に電話をかけた。今、あの人のほうはどうなってるの──?山田は暗い部屋の中、しつこく鳴り響くスマホの画面を睨みつけながら、苛立ちを募らせていた。が、向こうは少しも引かずにかけ続けてきた。ついに通話が繋がると同時に、彼は低く吐き捨てるように言った。「お前、正気か?」「山田さん!」やっと繋がったことで、夏美は思わず深く息を吸い込み、焦りそのままに畳みかけた。「例の件、どうやって乗り切るつもりなの!?」一日中、気が気じゃなかった。しかも、カメラの前では笑顔を作り続けなきゃいけなかったのだ。山田は眉間を揉みながら、ややうんざりしたように言った。「もうちょい待て」今日、彼が大阪に向かったのは、前と同じ手を使うつもりだったからだ。適当な家に入り、洗面所で髪の毛を数本拾って、夏美に渡せば、それで済む。そんな算段だった。だが、扉を開けた瞬間、そこにいたのは来依だった。南の姿はどこにもなかった。トイレに落ちていたのは、来依の茶色のウェーブがかった髪だけ。山田はつい問いかけた。「南は?」「南は……」来依は彼の気持ちを知っているだけに、少し口ごもってから答えた。「まだ、帰ってきてないの」さっき出かけただけなのか。それとも……昨夜から帰ってきていないのか。その答えを聞く間もなく、玄関が開いて、南と服部が一緒に、家の中へ入ってくる
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第466話

夜、シャワーを終えて部屋に戻り、スキンケアをしながら怜太に「もう寝なさい」と声をかけていたら、来依が目を見開いて飛び込んできた。「夏美がトレンド入りしてる!!」私は化粧水を軽く叩き込みながら、落ち着いた声で返す。「トレンド入りしない方が不思議でしょ」佐夜子の娘っていう肩書きだけで、世間の注目を集めるには十分すぎる。普通の人は、夏美がかつて行方不明だったなんて知らない。ただ、佐夜子が二十年以上も彼女を大切に守ってきた――そう思ってるだけ。そんな彼女が急にバラエティ番組に出たもんだから、当然、興味を持つ人は山ほどいる。「でもね、そのトレンドの中身がどう見ても異常なんだって!」そう言いながら、来依はスマホを私に差し出した。「これ見てよ。『美人で性格もいい』『ちょっとドジな美女』……夏美のこと、まるで天使みたいに持ち上げてるじゃん」――夏美ちゃん、ほんと癒し――夏美ちゃん、フォロワー激増中――佐夜子の娘=国民の妹、確定画面を覗くと、いくつもトレンド入りしている言葉が並んでいた。たった一つの番組ロケで、まるでトップアイドル並みの盛り上がり。しかも、ファン同士の小競り合いなんて一切なくて、コメント欄も称賛一色。これで番組が放送されたら、彼女がどれだけバズるかなんて目に見えてる。私はスマホを二、三回スワイプしただけで来依に返し、軽く肩をすくめた。「持ち上げられる分にはいいじゃない。私たちには関係ないし」京極さんが昨日、私の出身を知ったあの態度からして、これから先、もう関わることはないだろう。夏美とは、なおさらだ。来依は呆れたように目をひん剥いた。「あの子が猫かぶってるって、誰も気づかないの?信じらんない……」彼女は、私が夏美に薬を盛られた一件を知っている。そりゃあ、怨みもある。私は静かに笑った。「毎日顔合わせてるわけでもないし、外から見えるもんなんて限られてる。怒ったってしょうがないよ。それより、最近ちょっと引っかかってることがあって」「なに?」「夏美って、京極さんの実の娘じゃないんじゃないかなって」最初は、そんな疑いなんてなかった。でも、彼女があの件――二年前に藤原家のお嬢様として名乗ってたこと――を何度も隠そうとしてるのを見て、妙に気になった。もし本当に彼女が京
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第467話

ドアを開けると、そこに立っていたのは見知らぬ男性だった。仕立てのいいスリーピースを着こなし、腕には濃い色のコートをかけている。背が高く、姿勢もしゃんとしていて、年の頃は三十代後半といったところ。けれどその佇まいからは、ひどく落ち着いた威圧感が滲み出ていた。……どこか父親じみた重みのある雰囲気だった。私はこの人に見覚えがなくて、思わず戸惑いながら言った。「こんにちは、どなたをお探しですか?」「こんにちは」彼は軽く頷いてから、穏やかに言った。「京極怜太を」「京極怜太……?」一瞬フリーズした後、すぐに気づいて笑いながら聞き返す。「怜太くんのことですか?」「はい」「あなたは……どなたです?」「私は彼の父、京極律夫と申します」「……なるほど」その端正で形式張った喋り方に、私はすぐに怜太がちらっと話していた彼の父の印象と一致させた。――生きた化石みたいな人。律夫は、室内を覗き込んでくるような無礼なことはせず、まっすぐ私の目を見て言った。「本日は京極家の家宴の日です。彼を迎えに参りました」私の知る限り、京極家は服部家・藤原家と並ぶ三大名家の一つ。中でも最も目立たず、けれども根の深い家系とされている。にもかかわらず、律夫には押しつけがましいところがまるでなく、むしろ印象は悪くなかった。私はにこっと笑って返した。「先に確認のために、香織さんにお電話してもいいですか?」「もちろん」そう言って、彼は私が電話をかけやすいようにと、わざわざエレベーター前の方まで歩いて距離を取った。私は携帯を取り出して、香織さんに電話をかける。「香織さん、怜太くんのお父さんが来てるんだけど、今日家宴で連れて帰りたいって。いいかな?」『律夫?あの時代錯誤な頑固親父が来たの?』電話越しに苛立ちが伝わってくる。『電話、代わって!』「……わかった」バチバチに火花が飛んでるのを感じつつ、私はエレベーター前まで行き、律夫に声をかけた。「京極さん、香織さんが電話を代わってほしいって」とりあえずこの爆弾を投げた私は、その場を離れようとしたけど、まだ背中越しに香織さんの怒り声が聞こえてくる。なのに律夫の口調は、私と話していたときよりも幾分か柔らかくなっていた。「来る前に電話をかけたんだが、
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第468話

怜太は嬉しそうに飛び跳ね、私の頬に「ちゅっ」とキスをしてからにっこり。「鈴さん、だ~いすき!」そう叫んでから、エレベーターへと駆け出し、父親の腕の中に勢いよく飛び込んだ。律夫はそのまま怜太を抱きかかえ、私の前に戻ってくると、携帯を返しながら軽く会釈した。「香織にはもう説明しました。では、怜太を連れて行きます」「鈴さん!行ってくるねー!」振り返った怜太は投げキッスをしてきて、ふわふわの声で続けた。「でも安心して、夜になる前には帰ってくるからねっ!」……帰ってくるの?私はちょっと意外に思いながら彼を見つめた。律夫もほんの一瞬だけ、眉をわずかにひそめたようだったが、特に何も言わなかった。私は怜太の頭を軽く撫でて、「ちゃんと、パパの言うこと聞くんだよ?」「うん!」怜太は真剣にうなずいた。律夫は改めて私に向き直り、静かに言った。「それでは、清水さん。お邪魔しました。失礼します」「い、いえ!こちらこそ……」なんとなく、彼には目上の人っていう感覚があった。ただの性格じゃなくて、言葉では説明しづらい何かが。……エレベーターの中で、律夫は怜太を抱いたまま落ち着いた声で言った。「……今夜は家に帰らずに、またそっちへ行くつもりか?」「うんっ!」怜太は父親の首に抱きついたまま、大きな目をきらきらさせて言った。「パパが送ってくれるんでしょ?」律夫は正面から彼を見つめた。「じいじも、ばあばも君のこと待ってるよ」「うん……怜太も、じいじとばあばに会いたいよ……」でも怜太は、少し困った顔をして考えたあと、真剣な声で言った。「でも……怜太、大事なおしごとあるの!」律夫は思わず笑ってしまう。「おしごと、ねぇ」――こんなちびっ子が。一日中、食べて、遊んで、寝てるだけじゃないか。どこに「しごと」があるんだ。怜太は父の目線にこめられた「ナメられてる感」に気づき、ぷくっと頬を膨らませた。「ほんとだよ!これは、怜太が弟か妹をもらえるかどうかにかかわる、大切な任務なんだよ!」ひとりで遊ぶの、もう飽きた。早く弟か妹がほしい。だから手伝ってあげないと。じゃないと鷹さんと鈴さん、いつまでたっても赤ちゃん作ってくれないでしょ?律夫の顔が、一瞬で曇った。「……弟?妹?香
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第469話

怜太は隣で話を聞きながら、唇をきゅっと結び、胸の高鳴りを懸命に抑えていた。――パパがママを迎えに行くんだ!パパがちゃんと頑張れば、他の誰かが「新しいパパ」になることなんて、絶対にない。……バラエティ番組の収録現場。事前に番組スタッフが村の住民と交渉して、畑や水田、トウモロコシなどの農地を借りていた。お昼ごはんが終わるとすぐ、PDがタスクカードを配った。――今日の課題は、稲刈り。時間は限られていて、作業量も多い。出演者全員で取り組む必要があった。夏美はぽかんとしながら、逸子に視線を向けて、小声で囁いた。「逸子さん……私、行かなくてもいいかな?」稲田は、今住んでいるところからそこそこ距離があった。彼女は、その隙に誰かが部屋に侵入するんじゃないかと不安だった。逸子は芸能界でも長年やってきたベテランで、人付き合いにも長けている。ちょっとした言葉で、夏美がここに残ることも可能だった。けれど、逸子はただ肩を軽く叩いて言った。「どうしたの?体調悪い?番組側に頼んで車出してもらって、病院行く?」「……だ、大丈夫!」それじゃあ逆にもっと遠くに連れていかれるだけ。そのうえ——下手をすると、ネットで「か弱くてワガママな女」なんてレッテルを貼られるかもしれない。いまどきの人たちは、やたらと完璧なキャラを求めたがる。ほんの少しの欠点さえも、許してくれない。たとえば体が弱いだけでも、それが理由で叩かれることもあるくらいだ。ようやく少しずつ注目され始めたこのタイミングで、自ら炎上の火種を撒くような真似はしたくなかった。逸子の優しいまなざしに、これ以上言い訳もできず、無邪気に舌を出して笑った。「ただ、稲刈りなんて久しぶりだから、きっと動きが遅くて、みんなの足引っ張っちゃうかもって思って」……行くしかないか。どうせ部屋には監視カメラもある。誰かが入ったとしても、急いで戻れば何とかなるはず。「そんなの気にしすぎだよ」逸子はにこっと笑った。「私たちのほうがよっぽど遅いかも。一緒に行こ!」芸能人たちは農具を手に取り、麦わら帽子をかぶって、炎天下の中、田んぼへと向かっていった。誰も知らなかった。彼らが現場を離れたその直後、停電が起きた。……律夫と怜太が出発したちょっとあ
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第470話

彼女を降ろしたあと、そのまま車でSZグループへ向かった。距離は近く、数分で到着した。エレベーターを降りて受付に向かい、声をかける。「こんにちは。服部社長にお会いしたいのですが」「ご予約はございますか?」「いえ、ありません」笑みを浮かべて答えると、彼女を困らせたくなくて、自分から言い添えた。「少しお待ちください。こちらから直接お電話してみますね」そう言ってスマホを取り出そうとしたそのとき、背後から女の声が飛んできた。「どうしたの?」受付が振り返りながら答える。「谷山さん、こちらの方が服部社長を訪ねていらしたのですが、ご予約がなくて…」「服部社長を?」その女の声にはわずかな困惑が混じっていた。振り返って顔を合わせた瞬間、彼女の瞳の奥を何かがかすめた気がした。けれど、それはあまりに一瞬で、つかみきれなかった。「あなた、どちら様?服部社長が親しくしている方なら、だいたい把握してるけど……見たことないわね」その言い方に、正直あまりいい気はしなかった。だからこちらの声も自然と冷たくなった。「清水南です。服部社長が誰と親しいかまで、いちいちあなたに報告しないといけませんか?」「そういうつもりじゃなくて。ただ、鷹さんからあなたの名前を聞いたことがなかったので」身なりは控えめで、言葉遣いも丁寧だった。けれど「鷹さん」と呼ぶその距離感が、どうにも引っかかった。「彼にとって一番信頼されてる部下のひとりとして、ちょっと気になっただけ。気に障ったなら、ごめんなさい」「ふうん」私は軽く笑って、淡々と返した。「それなら彼が、公私をしっかり分けてるってことなんでしょうね。部下にいちいち彼女を紹介する気もなかったんじゃない?」「……」谷山は眉をわずかに寄せ、思わず問い返す。「彼女って……?」「そう。彼女」私がきっぱり言い切ると、彼女は一瞬の間を置いてから表情を整えた。「鷹さんは、今社内にはいません」「えっ?」一瞬、意表を突かれた。出かける直前に彼にメッセージを送ったばかりだった。「会社にいるよ、さっき会議が終わったところ」と返ってきていたはず。谷山はあくまで淡々と頷いた。「ええ、いません。そこ、彼からは何も聞いてないんですか?」「……」私は手のひらをぎゅっと
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