All Chapters of 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った: Chapter 481 - Chapter 490

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第481話

「……それだけ?」律夫が確認するように言うと、「それだけ」香織はあっさりと頷いた。律夫は少し間を置いてから、ふと尋ねた。「……お前の、あの彼氏は?」彼女のSNSには、若いハーフの男が映っていた。しかも、半月前に見たのとは別人だ。「あなたが帰らなきゃ、来られないでしょ?」律夫は落ち着いた口調のまま返す。「どこから連れてきた役者だ?」「……は?」香織が目を丸くする。「役者じゃないの?まさか本気で、半月ごとに彼氏変えてるのか。香織、お前そんなに無茶なことするタイプじゃなかっただろ」そのときだった。コンコン。元気そうな若い男がドアの外から顔を覗かせ、部屋の空気を察したのか、一瞬戸惑ってから控えめにノックし直した。そして、香織の姿を見てにやりと笑い、流暢な英語で言った。「やあ、姉さん。今日は三人で楽しむ日だっけ?」律夫の顔が、見る間に真っ黒になった。香織はちらと律夫を見て、挑発的に言う。「どうする?京極さん」「ふざけるな」律夫は無言で香織のスーツケースを開き、服や身の回りの物を無造作に突っ込んでいく。「ちょっ、ちょっと!何してんのよ!」香織が慌てて声を上げると、律夫は手を止めずに言い放った。「遊ぶだけ遊んだだろ。そろそろ帰るぞ」スーツケースを「バタン」と乱暴に閉じると、片手で荷物を持ち、もう一方の手で香織の腕を掴んだまま、外へと歩き出す。「バカ!クソッタレ!昭和か!誰があんたの嫁だっての!?もう私のことに口出しできる立場じゃないのよ、離して!」入口に立っていたハーフの男が、わざとらしく舌打ちをしてから茶々を入れる。「姉さん、このオジサン乱暴すぎない?君を傷つけるのが平気なのかな。僕はそんなこと、絶対しないけどね」香織は、そのとき初めて、律夫の顔にむき出しの怒りを見た。次の瞬間、彼の手がふっと手首から離れた。それと同時に、香織のほうから思わず彼の手を握り返していた。「律夫!わかった、帰国する!」律夫は見下ろしながら言う。まだ表情は険しいままだ。「……もう、三人で楽しむのはやめたのか?」「は?なに言ってんの……?それで怒ってたの?」香織はきょとんとした顔で聞き返す。その横から、さっきの男が何気なく口を挟んだ。「そうだよ、お
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第482話

「言ってもわかんないでしょ」「いいから、言ってみなよ」「好きな人、追いかけてるの」香織はちらと彼を見て、ぽつりと呟いた。「あんたさ、本気で人を好きになったことなんてないでしょ?だったらわかるわけないよ」律夫の表情がふっと陰った。一瞬、どこか遠くを見つめるような目で、低く言った。「誰も好きになったことがないって……誰が決めたんだ?」「じゃあ、いるの?」香織はくすっと笑って、わざとらしく首を傾ける。「もしかして、私?」……その朝。私はまだ半分眠そうな怜太を抱えて起き上がり、洗面所に連れていって顔を洗わせた。台所からは、高橋さんが作る朝ごはんの匂い。甘いお粥の香りが部屋中にふんわりと広がっていた。「南っ!!」来依が客間から飛び出してきて、スマホ片手に私を探し回り、洗面所の前で小躍りし始めた。「大バズりだよ!マジで今度こそ来たって感じ!」私は寝不足気味の彼女の目の下にできたクマを見ながら、歯ブラシに歯磨き粉をつけて、怜太に手渡した。「……何がまたバズったの?」「南希だよ!」来依はスマホをぐいっと差し出してきた。「見てってば!昨日、京極さんがあなたがデザインしたドレス着てレッドカーペット歩いたの!めちゃくちゃキマってたし、インタビューであなたと南希の名前まで出してくれて、それだけじゃなくて、スタジオの公式アカウントもXに投稿してタグ付けしてくれてるの!」京極さんって、やっぱ天然のバズ要素だよね。誰が絡んでも話題になる。いま、トレンド入りしてるワードの中に、南の名前も入ってるよ。南希のオンライン注文もパンク寸前。オーダーメイドなんて来年まで全部埋まったって!南が1年先までしか受けないって決めてなかったら、数年先まで予約埋まってたかもよ。「しかもさ、朝っぱらから一線級の芸能人のマネージャーたちがLINE送ってきてさ、承認した瞬間『清水さんに直接お願いしたい』って。ギャラ倍でもOKって言ってたよ!」」「……私と南希の名前、出したの?」私は少しぽかんとして聞き返した。昨日は怜太が一日中京極家で遊んでいて、帰ってきた頃にはすっかり疲れ果てて、絵本を読み聞かせるうちに、私まで一緒に寝落ちしてしまっていた。映画祭のことなんて、すっかり忘れてた。スマホを開いてみると、通
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第483話

電話の向こうから、京極さんの笑みを含んだ声が聞こえてきた。「南さん、本当にありがとう。あなたのデザインしたドレス、とても素敵だったわ。昨日の授賞式が終わってすぐ、高級ブランドから菅に連絡があって、グローバルアンバサダーの契約を打診されたの」その言葉を聞いて、私は思わず声を弾ませた。「えっ、本当に?それはすごい……!」芸能人にとって、特に京極さんほどの格になると、並の広告契約はもはや意味を持たない。目指すべきは、最上位のラグジュアリーブランド。けれど、その「格」に届く芸能人は、ほんのひと握りしかいない。たとえブランドアンバサダー止まりでも、ファンにとっては何年でも語り草になる。ましてや、グローバルアンバサダーなんて。――もちろん、京極さんにとっては大きなことじゃないのかもしれない。ただの一つ、栄光の飾りにすぎない。「ええ、本当よ」京極さんは柔らかく笑い、少しだけ慎重な調子で続けた。「契約が正式に決まったら、ささやかなパーティーを開く予定なの。よかったら、あなたも来てくれないかしら?」ほんのわずかだが、その声にはためらいが滲んでいた。まるで、何か不用意な言葉で私を傷つけてしまうんじゃないかと、気を遣っているような声音。私はどう返すべきか少し迷って、思い切って切り込んだ。「京極さん……前に私が藤原文雄の名前を出したとき、少しだけ、反応があった気がして……差し支えなければ、お二人の間に何かあったのか、聞いてもいいですか?」一瞬、通話の向こうが静まり返った。私は唇を結び、続ける。「……正直、私自身もあの人のことを快く思ってはいません。けれど、それでも彼は私の父です。もし私と彼の関係がご負担になるようでしたら、お仕事のやり取りは来依に任せることもできますので――」「誤解しないで」京極さんがすぐに声を上げた。どこか焦るように笑いながら言う。「あなたのお父さまと私のことは……そのうち、あなたにも分かる時が来ると思う。でも、何があったとしても、私とあなたの関係には関係ないわ。前回の態度については、私の方こそ謝らせて。南さん、本当にあなたにパーティーへ来てほしいの」私は肩の力が抜けるのを感じ、ふっと微笑んだ。「それなら、遠慮なくお言葉に甘えさせてもらいますね」所詮、私が本気で最高
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第484話

夏美の正体さえ判明すれば、南との関係もおのずと見えてくる。もちろん、形式として鑑定は行うつもりだ。血縁関係を、確実に証明するために。……朝食の席で、来依がふいに提案した。「大阪に支社を出すの、真剣に考えてもいい頃かも」この話、少し前にも彼女から聞いたことがある。ただ、そのときはまだ急ぐ必要もなく、鹿児島だけで南希の運営は十分だったから、様子を見るつもりでいた。「でも今は、南希もあんた自身も完全にブレイク中。会社の規模が追いついてないのは明らかだよ」お粥をひと口すすりながら、来依は冷静に言葉を続ける。「そもそも実店舗の第一号が大阪だったし、あなたが藤原家に戻るなら、拠点もこっちに移るわけでしょ?だったら、大阪に支社を作るのは、あなたにとっても南希にとっても、いいことしかないよ」「賛成」私は即答した。京極さんの後押しもあり、さっき財務から送られてきた最新データを見れば、昨夜から今朝にかけてのキャッシュフローだけでも、すでに9桁に届いていた。京極さんの国内での影響力を考えれば、ここから先の波はまだまだ続く。むしろこれが始まりだ。支社の設立は、もう「いつやるか」だけの問題だった。「えっ、即決?」と来依が驚く。私は怜太の器にランチミートを一切れ移しながら笑った。「断る理由、どこにある?」「ないない」来依は満面の笑みを浮かべ、ふぅっとひと息ついて感慨深げに言った。「ほんとすごいよね、南。まさか私たちがここまで来るなんてさ」彼女との出会いが思い出される。最初はチラシ配りに始まり、ファミレスのウェイトレス、家庭教師……一緒にいろんなバイトをやった。冷たい視線を何度も浴びながら、それでも風邪をひいても病院に行く余裕もなかった。「全部、もう昔の話だよ。これからはもっと良くなる」私は微笑んでそう言った。私たちは、もっと良くならなくちゃいけない。「もっと良くなるって、なにが?」感動の余韻もそこそこに、怜太が茶碗から顔を上げ、大きな目をぱちぱちさせながら首を傾げる。「鷹さんとのラブストーリーのこと?」「……」私は思わず吹き出して、彼の小さな頭をそっと軽く叩いた。「ラブストーリーって意味、分かって言ってるの?」「分かるよ!」怜太は自信満々にうなずき、目をくるくるさ
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第485話

ここ最近、生活がやっと穏やかに回り始めたからだろうか。久しぶりに宏の名を耳にして、ふと胸がざわついた。まるで遥か昔のことのようで、別の人生を生きていた気さえした。この二年で、あの苦しみの渦の中でもがいていた私は、すっかり別の誰かに変わってしまったのかもしれない。鷹が私の頬をつまんできた。「何ボーッとしてんだよ?」「……なんでもないよ」首を軽く振って、気持ちの整理もつかないまま、彼の話に乗るように聞いた。「これって、宏と関係あるの?」宏の勢力が大阪にも伸びてきていることは、少しは耳にしていた。でも彼が鷹を助けるなんて、意外なようで、どこか納得もできた。彼は元々、悪い人じゃなかった。むしろ、いい人だった。いい上司で、いい孫で、いい養子で、いい義弟……ただ一つ、いい夫にはなれなかった。私ひとりが傷つく世界が、ちゃんと成り立っていた。鷹は食後の満足げな表情を浮かべながら、躾の良さを感じさせる所作でナプキンを手に取り、あっけらかんと言った。「ちょっと複雑だけど、ざっくり言えば、江川が一枚噛んでくれたおかげで、親父が良彦を担ぎ出す動きを一旦止められたってとこかな」「ってことは……」思わずそのまま話しそうになり、相手が鷹の父親であることを思い出して言い直す。「お父様、しばらくは鷹に手出ししないってこと?」「まあ、そういうことになるな」鷹は片眉を上げ、瞳の奥にかすかな冷たさを宿す。「アイツさ、もともと母さんと結婚したのも打算だし、二年前に俺を潰して良彦を押し上げようとしたのも、全部自分の権力のため。アイツが欲しいのは息子じゃなくて、言いなりになる駒だよ」その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。でも、正直、驚きはなかった。こういう家って、最後には血のつながりなんてあってないようなもので、争いに勝てるかどうか、それだけが全てなのだ。鷹の父――服部紀雄は、服部家の一人息子として、当然のように家を継いだ。金と権力の旨味を存分に味わったが、もう年だ。家には新しい掌握者が必要だった。そして今の代で正統と呼べるのは、鷹ひとりだけ。その他の私生児たちは、家系図にも載らない。でも、鷹と紀雄の関係は、あの人が母親を裏切った瞬間に終わっていた。鷹が権力を握れば、あの人は過去のようには暮らせない。誰が上
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第486話

その後、鷹は大雑把に立ち上がり、豆乳を一気に飲み干してカップを置いた。「じゃあ南、俺の逃げ道はちゃんと残しといてくれよ。行き詰まったら、また戻ってきて世話になるからさ」「鷹さん!」隣でコップを抱えてミルクを飲んでいた怜太が、不満そうに彼を見上げて口を尖らせた。「今日はお仕事ないの?」鷹はさっきまでの柔らかな表情を引っ込め、鋭い視線を向ける。「なんだよ、ガキ。もう俺が邪魔ってか?」怜太はふん、と鼻を鳴らした。「だってさ、鷹さんがいると、鈴さんが全部鷹さんのものになっちゃうんだもん!」結局、鷹は怜太に追い出される形になった。エレベーターまで見送ったあと、小さな体でよじ登ってきた怜太が、私の頬に「ちゅっ」とキスをして聞いてくる。「ねえ鈴さん、僕と鷹さん、どっちが好き?」「……」思わず笑ってしまう。「もちろん、怜太が一番だよ」――でも、愛してるのは鷹だけど。……夜の帳が下りたころ、鹿児島屈指の高級クラブ。喧騒の中にひっそりと佇むその場所は完全会員制で、会員カード一枚の値段は8桁にも及ぶ。だが、それはあくまで入場券に過ぎない。中での消費は、すべて別途だ。しかもカードは譲渡不可、退会も不可。この規則だけで、階級ははっきりと線引きされ、一般人は外から眺めることしかできない。廊下の曲がり角で、佐藤炎は目の前のスタッフ姿の女性を見て、満足そうにうなずいた。だが、念のため確認する。「……目的は分かってるな?」「はい」女性は小さな顔に淡々とした表情を浮かべ、どこか冷ややかな雰囲気をまとっている。「江川さんのそばに残ることです」――つまり、江川宏の女になること。佐藤は小さく笑った。「分かってりゃいい。チャンスは今夜だけだ。成功すれば、お前の母親の治療費は全部俺が出す。それに、江川が本気になれば、もう一生困らねえ」一拍置いて、低い声で続ける。「だが、失敗したら……どうなるか、分かってるな?」女性の手が、わずかに震えた。もう、後戻りできない。「……行きます」彼女は母子家庭で育ち、家族は母親だけだった。母は長年、心臓病を患っていたが、金がなく手術を受けられずにいた。ここ数年で病状は悪化し、もはや手術は避けられない段階にまで来ている。毎日、不安
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第487話

「……白井清子、か」宏は薄く唇を引き、名前を引き延ばすように口の中で何度も反芻する。清子は、その漆黒の瞳を直視できずにいた。目が合えば、たちまち何かを見透かされるような気がして。すると、宏がふっと笑う。だがその笑みは、冷たく鋭い。「……誰に仕込まれた?」宏にとって、相手の狙いはすでに見えている。近づいてくる女は、決まって何かを求めてくる。見返りなしで現れる者など、いない。清子は、まさかここまで見抜かれるとは思っておらず、顔色が一瞬で青ざめた。深く息を吸い込み、あらかじめ用意していたセリフを搾り出す。「誰の指示でもありません。ただの……バイトです」「白井さん」宏は脚を組み直し、咥えていた煙草に火を点けながら、低く冷徹な声で言う。「ここに来たってことは、俺がどんな人間か知ってるはずだ。お前の後ろにいる人間が調べられることは、俺にも調べられる。やつが与えられるもんは、俺だって与えられる」煙の奥、伏せた顎のラインがやけに鋭く見えた。「言い換えれば、俺は容赦ないことで有名だ。……今のうちに正直に言わないと、俺の本気に付き合ってもらうぞ?」その一言で、清子の顔から血の気が完全に引いた。唇を噛みしめながら思案し――そして、腹を括る。彼女は宏の視線を正面から受け止め、かすかに震える声で名を告げた。「……佐藤炎、です」もう隠しても無意味だった。こんな相手に、嘘は通じない。遠い存在なのは分かっている。それでも、佐藤よりはずっと信頼できそうだった。佐藤に知られたら、きっと無事では済まない。それでも彼女は、江川宏に賭ける道を選んだ。宏は眉をわずかに寄せた。「……佐藤?」「宏さん……」横で見ていた山名は、怒りで歯ぎしりしながらも堪え、渋々口を開いた。「……あいつ、俺の従妹の彼氏です。前に飲みの席で一度、顔合わせてる。例の医療案件、あいつが狙ってるんです」吐き捨てるように続けた。「まさか、ここまで踏み込んでくるとは……」この場にいる誰もが知っていた。今の宏にとって、唯一の逆鱗――それは前の恋人だった。ほかのことなら交渉の余地はある。だが、それを利用するような真似をすれば、無事では済まない。そして誰の目にも明らかだった。清子は、その代用品として選ばれた存在だ。
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第488話

佐藤は、自分の言い訳がそこそこ筋は通っていると思っていた。そして次の瞬間、宏が頷いた。「……言ってることは正しい」その言葉に、思わず胸を撫で下ろしかけたその時。宏の表情が、ふいに冷えた。赤く染まった煙草の火を、無造作に指先で揉み消しながら言う。「――その足一本で、手打ちにしてやる」「……えっ?」佐藤は一瞬で青ざめ、がばっと宏の足元にしがみついた。「江川さん!俺が悪かった、全部俺が悪かったんです!どうか許してください……!」大阪で負った足の傷も、まだ完治していないというのに――今度は一本、持っていかれるなんて。宏にすがっても無駄だと察したのか、佐藤は今度は山名に泣きついた。「兄さんっ、頼む、見捨てないでくれよ……俺、間違えただけなんだ!」「自業自得だろ」山名は宏が口を開く前に、さっと命じて手下を呼び、佐藤を力ずくで引きずっていった。その場に残された清子の顔からは、血の気がすっかり引いていた。この世界には、明確すぎるほどの差が存在するのだと痛感する。佐藤は、彼女を操るのなんて朝飯前だった。だが、宏の前では、土下座してなお、犬にも劣る。一通り騒ぎが終わり、宏はすっかり興を削がれたように立ち上がる。途中まで歩いたところで、ふと足を止め、部屋の隅にぽつんと立っている清子を一瞥した。何か思うところがあったのか、ほんの一瞬だけその表情に変化が走る。そして、山名にだけ聞こえるような声で言った。「後は頼む」「了解」長年付き合ってきた山名には、それだけで十分だった。――清子の身柄を守れ。佐藤という狂犬が逆上して戻ってくることがあっても、噛まれぬように。清子が、母親の手術費のために動いたと知った山名は、すぐに手配を済ませた。彼女を聖心病院へ転院させ、その費用はすべて宏の名義でグループの経費に。宏が口にした「約束」は、こうして履行された。佐藤にできることは――宏にも、いやそれ以上にできる。……翌朝、宏が社長室に入った瞬間、加藤がノックと同時に入ってきた。手には封筒を持っている。「何だ?」「京極さんからの祝賀会の招待状です。来週水曜、会場は……」そう説明しながら、加藤は封筒を差し出す。「お返事、どうされますか?お使いの方がまだ受付に……」
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第489話

大阪国際空港。香織は赤いハイヒールで床を鳴らしながら歩き、外で待っていたロールスロイスに乗り込んだ。腰をかがめて車内に入る瞬間、ロングスカートがふわりと揺れ、白く細いふくらはぎが覗く。律夫の視線が、わずかに深まる。一昨日の朝。彼女を抱き寄せながら、その脚が自分の腰に絡みついていたことを、不意に思い出してしまった。空港高速を抜け、車はそのまま市中心部へ向かう。香織は上機嫌で、小さく鼻歌を口ずさんでいた。まるで、自分の車に乗っているかのようにくつろいでいる。「もしもし?」そのとき、律夫の携帯が鳴った。電話に出た彼の表情は、引き締まりながらも、どこか昂ぶっている。「……情報は確かなんだな?分かった。今は雲宮別荘に住んでるんだな?住所、LINEで送ってくれ」通話を切ると、香織が横目で見る。「そんなに興奮して……叔父さん、ついにくたばった?」律夫の叔父は、いい歳をしてなお、何かと律夫の足を引っ張ってきた人物だ。かつては怜太を誘拐したことさえある。あのときの、傷だらけの怜太の姿を思い出すたび、香織はいまだに歯ぎしりしたくなる。律夫はわずかに表情を引き締めた。「近藤が調べた。姉さんが大阪に定住してるらしい。ちょうど近いから、顔を出してみる」近藤は、彼の特別補佐だ。「お姉さん?」香織は一瞬きょとんとし、すぐに思い当たった。「……昔、京極家と縁を切ってから、誰も口にしなくなった、一番上のお姉さん?」外だけでなく、家の中でもほとんど話題にされない存在。好奇心旺盛な香織ですら、これまで名前すら聞いたことがなかった。京極家の人間は、この話になると決まって口を閉ざす。だが、嫌っているわけではない。怒りながらも、どこか後ろめたさが滲んでいた。律夫は淡々とうなずく。「……ああ」雲宮別荘に着くと、香織は車を降りなかった。いきなり押しかけるのは、さすがに気が引けたのだ。そのとき初めて、香織は律夫の顔に緊張を見た。彼は低く言う。「……待つのが嫌なら、先に帰っていい」「うん、分かった」香織は即答した。……夕方、食事の準備が整った頃、インターホンが鳴った。扉を開けると、そこに香織が立っている。その声を聞いた瞬間、怜太が椅子から滑り降りて飛び出し
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第490話

鷹が私のぼんやりに気づいたのか、そっと頭を撫でてきた。「何考えてた?」「……なんでもない」曖昧に笑って答える。でも、もし――もしも私の本当の母親が京極家の人間だったら。私はちょっと、幸運すぎるのかもしれない。父親は藤原家、恋人は服部家、母親は京極家。大阪の三大名家をコンプリート。そんな立場になったら、もはや全国どこでも怖いものなしだろう。……佐夜子の影響力は、南希を一気にスターダムへと押し上げた。瞬く間に、国内で最も注目を集めるブランドへ。オーダーメイドの依頼も殺到したが、来依と相談して、予定通り名額を増やさないと決めた。無理に広げるより、着実に積み上げる方が――今の南希にも、私たちにも、必要だった。ただしこの機に、実店舗展開は一気に広げることに。大阪だけじゃない。鹿児島や、その他の主要都市にも一斉に打って出る。その瞬間から、南希はてんてこ舞い。私も来依も休む間もない。香織がちょうど帰国してくれたのは、奇跡のタイミングだった。怜太の世話をしてくれる人がいるだけで、どれほど助かったか。需要が爆発的に増え、既存のラインではまったく足りない。新作も出し続ける必要がある。鈴木の手が回らなくなってきたので、私自身がまた制作に戻った。カスタム案件も抱えながら、デザイン案を描き、会議でチームを回す。来依は市場面のすべてを担っていた。初出店の施工チェック、他店舗のロケーション選定……それに加えて、大阪支社の設立も進行中だった。今回はこちらから奔走する必要はなかった。エリアも広さも絞り込んだ時点で、条件に合う物件は数えるほどしかない。そんなある日――来依と一緒に物件へ向かう車内で、宏から電話が入った。「南」穏やかな声。「山名から聞いた。支社、立ち上げるんだって?」RFはまだ南希の大株主だった。以前、私に十分な資金がなかった時、RFの株を買い戻せなかった。そして今――南希の株式価値は何倍にも跳ね上がっている。こんな時に株を返せというのは、恩を仇で返すようなものだし……宏だって、商売人だ。投資というのは、見返りあってこそだと分かってる。私はハンドルを握りながら答える。「うん。山名さん、もう承認出してくれた」数秒の沈黙。「……おめでとう
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