紗枝はまだ、啓司が何度も自分をかばってくれた場面の余韻に浸っていた。だが、彼の突然の問いかけに、思わず彼の腕を軽くひねった。「バカみたいなこと聞かないで」けれど、その言葉が終わらぬうちに、スマートフォンの着信音が、二人の甘い空気を断ち切った。「誰だ?」啓司が反射的に尋ねると、紗枝は画面をちらりと見て小さく答えた。「辰夫」その名を聞いた瞬間、啓司の表情が少年のように曇った。「スピーカーで出ろ。何を話すのか、聞かせてもらおうか」昨夜の「芝居」――自分をかばいながら辰夫にすがるように泣いた紗枝の姿が、今も彼の胸に棘のように刺さっていた。紗枝はしぶしぶ、スピーカーモードで通話を取った。「もしもし、辰夫?」「雷七から昨夜のことを聞いた。大丈夫か?」「うん、もう平気。心配かけてごめんね」「そうか。昨日言ったことは、今も変わらない。望めばすぐに迎えに行かせる。俺のところなら、誰にもお前を傷つけさせない」その言葉に、啓司の目が鋭く細められた。紗枝が口を挟もうとしたが、それより早く啓司が声を発した。「池田さん、俺の妻のことはご心配なく」辰夫は、啓司が傍にいるとは思っていなかったらしく、一瞬だけ沈黙した。だが、すぐに言葉を返した。「啓司さんが本当に彼女を守れるなら、俺は口出ししない。だが、守れないなら、早々に彼女を返してもらいたい」その声音は冷たく、明確だった。「妹と、俺の子供を......これ以上、傷つけさせるつもりはない」啓司の拳がベッドの上で静かに握り締められた。だが、反論はしなかった。できなかった。紗枝が傷ついたのは事実だった。紗枝が慌てて声をかけた。「辰夫、本当に大丈夫。啓司も元気になってきたし......そのうち、エイリーに会いに行くね」そう言って、通話を切った。電話の向こうで、辰夫は真っ暗になった画面を見つめたまま、唇を強く噛んだ。そして、感情のやり場を失った拳で、そばの壁を叩いた。桃洲にもっと早く来ていれば。この結婚を、止めていれば――後悔ばかりが胸を満たしていた。病室では、啓司の頭の中に、辰夫の言葉が繰り返し響いていた。「妹と子供を、傷つけさせない」狙われたのは自分だった。だが、実際に傷を負ったのは紗枝だった。視力を失った自分に、彼女が時間を
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