咲は静かに唯花の話を聞いていた。彼女の記憶力はかなり良く、唯花が一度言っただけで全てを覚えてしまった。「柴尾さん、さっき言った行き方、覚えられましたか?」唯花は心配して尋ねた。咲は優しい声で言った。「ありがとうございます、若奥様。覚えました」「じゃあ、私はこれで?」唯花はビルの最上階にいる理仁のところへ行くので、違うエレベーターに乗るのだ。「ええ、それでは失礼します。私はゆっくり歩いて行きます。結城様から誰かに連れて来てもらうのではなく、自分で来るようにと言われていますから」唯花はこのクソ義弟は何をやっているのだ、咲をいじめてどうするのだと思っていた。実は咲もそのように思っていたのであった。彼女は自分が一体いつ辰巳を怒らせるようなことをしたのか見当がつかなかった。辰巳がこのように彼女に難題を押し付け、また餌をちらつかせて誘い出したのだ。彼女の花屋は最近商売は良くも悪くもない状態だ。あの日誰かが店にある全ての薔薇の花を買い占めていったくらいで、普段花を買いに来る客はそこまで多くはない。辰巳が小松家に彼女の店を紹介してくれて、パーティー用の飾りに花を買ってくれるという話だったから、咲はそれに食いついたのだ。スカイロイヤルはとても大きいホテルだ。小松家がそこでパーティーを開催するとなれば、その招待客はどれも星城のビジネス界のトップクラスの社長たちだろう。その会場で使われる花はかなりの量になるはずだ。彼女がこの仕事を受けることができれば、この一カ月の店の稼ぎは十分なほどである。稼いだお金で店の家賃と二人のスタッフの給料が支払えるし、自分にも少しお小遣いが残るだろう。だから、辰巳が彼女のような盲目の人にとって過酷ともいえる条件を出してきても、咲はそれを受けたのだ。朝出かける時、よく辰巳に遭遇する。辰巳はいつも様々な手で彼女を車に乗せて店まで送ろうとしていた。咲は辰巳は悪い人ではないと思っていた。しかし、彼からこの日、花の注文を受けて変な要求をされたことで、咲は辰巳は一体何がしたいのかさっぱりわからなくなってしまった。彼女に嫌がらせをしたいのか?それとも他に何かあるのだろうか?「じゃ、先に失礼しますね。気をつけてください、もし行き方を忘れたら、立ち止まって誰かに聞いてみてくださいね。教えてくれますから」唯花
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