彼は弥生の汗を拭うために身を寄せてきたときに声をかけた。その声はとても低く、耳を澄ませなければ聞き取れないほどの小さな声だった。弥生はもともと落ち着かない気持ちでいたが、その言葉を聞いたときもただ軽くまばたきをしただけで、そのあとで友作を一瞥した。友作は彼女の額の汗を拭き終えると、静かに手を引っ込めた。そのあとは普段通りに戻ったが、実際、朝に友作が瑛介の無事を告げたときも、弥生の心から不安が消えることはなかった。今、彼が小声で状況を話してくれても、弥生の胸のざわめきは完全には消えなかった。なにしろ、あの写真が与えた傷はあまりに深かった。それに、さっきまで夢を見ていたせいか、まだ心臓の鼓動が早く感じられる。夢とはいえ、もしあの内容が現実になったらどうしよう。そんな思いがよぎり、弥生は疲れたように深く息を吸い込んだ。そして、気にしていない様子を装って言った。「友作、悪い夢を見たことがある?」その言葉に、周囲の人たちが一斉に弥生を見た。友作も、まさか話しかけられるとは思っていなかったようで、一瞬きょとんとしたが、すぐに頷いた。「はい、ありますよ」そのあと、弥生は黙ったままだった。友作は彼女を一瞥し、やさしく声をかけた。「霧島さん、夢というのは現実とは反対だからこそ夢なんです。今はお疲れのようですし、あまり考えすぎず、もう少しお休みになってはいかがでしょう。もうすぐ到着すると思います」近くにいた人たちも、その会話に集中して耳を傾けていた。さっき見た弥生の蒼白な顔色を思い出し、内心驚きが残っていたのだ。このとき友作がただ慰めているだけだとわかると、誰も異を唱えず、口々に同意した。「そうですよ、霧島さん。悪い夢を見たら、現実ではきっといいことがありますから」「僕は子供のころはよく悪夢を見ましたけど、勉強がすごく大変だった時期で。ちょっと気を抜いたらすぐ楽になって、夢なんてそのとき怖いだけのもんですよ」皆が友作に続いて、弥生をなだめるように声をかけた。まもなくして、弥生は再び眠りに落ちた。友作は彼女の呼吸が整っているのを確認して、ようやく安堵の息をついた。周囲の人たちも同様に胸をなでおろし、小声で話し合った。「よかった......霧島さんに何かあったら、黒田さんのあの性格だと、俺たち、終わってたよ」
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