なぜだか、瑠璃の心がふと揺らいだ。離婚協議書に隼人のサインがあるのを見ても、ほっとする気持ちはまるで湧いてこなかった。むしろ、それが目に刺さるように感じられた。幼い頃の美しい思い出、若い日の淡い恋心、そしてうまくいかなかった結婚生活——それらすべてが、この一瞬で終わりを告げたのだった。法律事務所のドアを出た時、隼人は名残惜しそうに瑠璃を見つめながら言った。「千璃ちゃん、最後に一度だけ、抱きしめてもいい?」断るべきだったのに、瑠璃はなぜか、自然と頷いてしまった。隼人は静かに微笑み、両腕を広げて彼女を抱きしめた。彼は目を閉じ、この最後の温もりを貪るように味わった。そして目を開けた時には、視界がぼやけていた。本当なら、幸せになれたはずだった。それなのに、自分の手でその幸せを壊してしまった。彼女を深く傷つけておきながら、なおも許しを求めようとするなんて、自分はなんて卑劣なんだろうと思った。「君ちゃんと、あと数日だけ一緒に過ごしてもいいかな?」瑠璃はそっと頷いた。「いいわ」「ありがとう」彼は苦笑した。その余韻に浸る間もなく、道の端に瞬の車が止まった。彼は窓を下ろし、瑠璃に声をかけた。「ヴィオラ、行こうか?」瑠璃は未練を残すことなく、隼人の腕の中から離れた。沈黙している彼に一瞥をくれると、そのまま瞬の車に乗り込んだ。瞬の深い眼差しが、隼人の顔を一瞬だけとらえたあと、車はその場を離れた。バックミラーの中で、どんどん遠ざかっていく隼人を見つめながら、瑠璃は手にした離婚協議書をぎゅっと握りしめた。その手に、だんだんと力が入っていった。その場に残された隼人は、瑠璃の姿が見えなくなると、スマホ電話を取り出して番号を押した。彼の声は冷たく、しかし強い調子だった。「今、四宮瑠璃と離婚届にサインした男だ……」……ぼんやりとした気持ちのまま、瑠璃は店に戻ってきた。瞬も一緒にオフィスに入ってきた。隼人との離婚協議書を読み終えた瞬の黒い瞳には、どこか安堵のような笑みが浮かんでいた。「ついでに役所に行って離婚届を出すに行ければよかったのに」と、穏やかな口調で言った。瑠璃ははっとして、少しぼんやりした目で答えた。「今日は週末で、役所は営業してなかったの」瞬は小さく頷きながら、彼女の様子
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