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離婚協議の後、妻は電撃再婚した のすべてのチャプター: チャプター 431 - チャプター 440

479 チャプター

第431話

まもなく彼らは一緒に番組に出演することになっていた。そんなタイミングで出資者の機嫌を損ねるなんて、愚の骨頂だ。誰もが黙って歯を食いしばり、一万メートルの長距離走に身を投じた。真奈はちらりと出雲を横目で見た。彼がわざと自分に嫌がらせをしていることはすぐに分かったし、もしかしたら八雲に対しても何か企んでいるのかもしれなかった。そのやり口には、思わず吐き気すら覚えた。八雲はわざと真奈の背後につき、距離を詰めると、彼女の耳元に声を潜めて囁いた。「ペースを落とせ。時間は気にしなくていい。大事なのは呼吸を乱さないことだ」真奈が返事をする間もなく、彼は続けた。「今夜、八時半。ここで待ってる」そう言うと、八雲は前へ走り去った。その様子を見ていた天城は、誰にも気づかれぬように、そっと拳を握りしめた。1時間後、皆はどうにか三十周を時間内に走り終えた。男子はまだしも、女子はもう限界だった。冬だというのに、女子たちは三十周も走ると顔も体も汗だくになり、メイクは崩れ、それでも手で拭うことができず、非常に不快な状態だった。出雲はそんな彼女たちの様子を悠々と眺めながら、向かいのベンチに腰を下ろし、静かに言った。「続けてください。次はカエル跳びで十周です」「え?」朝霧は思わず声を漏らした。この状態でカエル跳びを十周?彼女たちを殺す気か?真奈は出雲の様子を見て、思わず眉をひそめた。「そういえば、瀬川さんは足を挫いていたんでしたね。三十周も走るのは無理があったでしょう。じゃあ、隣に座って、みんなのトレーニングを一緒に見守ってください」出雲のその言葉には、明らかな含みがあった。先ほど三十周を走りきった真奈の様子からして、足を挫いているとは到底思えなかった。ただやりたくなかっただけ――それを出雲は見抜いていた。そして今、再びその話を持ち出すことで、皆に「お前たちが罰を受けるのは瀬川真奈のせいだ」と言外に告げたのだ。「瀬川、あなたが踊らないから私たちまで巻き添えになったじゃない!」「踊るだけなのに、何をそんなに嫌がるの?別に損するもんじゃないでしょ!」「清楚ぶったって無駄よ。毎晩スポンサーと寝てるくせに」女子の間には、すでに怒りを爆発させる者もいた。真奈が反論しようとするより早く、八雲が冷ややかに声を張った。「男子、
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第432話

「タンゴを踊りましょう」真奈は出雲に向かって、すっと手を差し出した。出雲はそれを拒むことなく手を取り、清水会長はすぐさま放送室に指示を出し、音楽を流させた。間もなく、運動場全体にタンゴの音楽が響き渡った。出雲は真奈の腰に手を回した。その腰はしなやかで、出雲は声を潜めてささやく。「冬城が瀬川さんを手放したがらないのも無理はありません。俺でも、そうするでしょう」「そうですか」次の瞬間、真奈は出雲の足を思いきり踏みつけた。出雲は顔をしかめたが、それで終わる真奈ではなかった。容赦なくもう一度踏みつける。出雲はたまらず数歩後ずさったが、真奈は間髪入れずに間合いを詰め、さらに何度も足を踏みつけた。「出雲総裁が佐藤プロの練習生プロジェクトに投資するのって、冬城の後追いなんでしょう?本当ですか?」「彼、あなたのこと本当に大事にしてますね。離婚騒ぎの真っ最中なのに、全部話しちゃうなんて」「何十億も後追いで投資して、全部まとめて吹っ飛んだらどうするんです?」出雲は一向に動じた様子もなく、淡々と返す。「冬城が投資するプロジェクトです。俺が後から乗っても、損はしません」「冬城が投資したからって、絶対に儲かるなんて誰が決めたのですか?」真奈はふっと笑いながら出雲を見上げ、その瞳に一瞬の企みを宿らせた。「信じますか?三ヶ月以内にこの練習生プロジェクトを、真っ赤な赤字にしてみせますよ」出雲は鼻で笑うように言った。「もし瀬川さんにそれだけの腕があるなら、むしろ見てみたいものですね。数億のプロジェクトを、どうやってきれいに沈めるのですか」「今あなたが彼らを酷使するのは、将来の稼ぎ頭を自分で潰しているのと同じことです。彼らは明後日、新しい番組に出演予定ですよね?もし体調を崩して全員倒れでもしたら、初回の視聴率は散々なものになるでしょう。そうなれば、この練習生プロジェクトに注目する人なんていなくなります。出雲総裁もご存じの通り、この業界は利益が大きい分、リスクも同じくらい高い。資金が回らなくなればスターも出せない。そうなれば、ただの赤字事業ですよ」「瀬川さん、違約金の存在はご存じないようですね?」各業界で練習生が会社と契約する際には、必ず特別条項がある。契約解除には数百万円単位の違約金が発生し、それは普通の家庭にとっては到底払えないよう
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第433話

出雲の言葉を聞いた清水会長は、可愛い娘のことが気がかりで仕方なく、体裁も忘れて走っている練習生たちに向かって叫んだ。「全員、止まれーっ!」その声が響き終わらぬうちに、グラウンドでカエル跳びをしていた練習生たちは次々と動きを止め、その場に力尽きたようにへたり込んだ。「どうやって俺を損させるつもりなのか……楽しみにしていますよ」真奈は微笑み、何も言わなかった。そのまま出雲は踵を返して立ち去り、清水会長も慌ててその後を追っていった。日が暮れ始め、誰もがハードトレーニングを受けたため、夜に食事をする力さえ残っていなかった。「もう……自分の足じゃないみたい……」「全部瀬川のせいよ。素直に踊っておけばよかったのに、気取っちゃって!」女子たちはテーブルのあちこちで、ひたすら文句をこぼしていた。だがその中心にいるはずの真奈の姿は、すでにどこにもなかった。久我山は呆れ顔でそうつぶやいた。「あの出雲、何考えてんだ?俺たちをいじめてんのか?っていうか、絶対頭おかしいだろ。そうだ、あいつはマジでイカれてるって」八雲は黙って箸を置き、手早く食器を片付けた。その様子を見ていた久我山が驚いたように声を上げた。「えっ?それだけしか食べないのかよ!」八雲は黙って時計を確認すると、そのまま訓練場へと足を向けた。約束の時刻より十五分も早い到着だった。すると背後から、誰かに肩をぽんと叩かれた。振り返った八雲は、そこに真奈の姿があると思っていた。だがそこに立っていたのは、意外にも天城だった。天城の顔にはどこかぎこちない表情が浮かび、こう尋ねた。「……ここで誰かを待ってるの?」「それはお前には関係ない」そう言って立ち去ろうとした八雲の腕を、天城が掴んだ。「瀬川を待ってるんでしょ?」八雲は眉をひそめ、無言で天城の手を振り払った。「お前とは親しいわけじゃない。だから俺のことに口を出さないでくれ」「でも、私たちは隣同士で育ってきた仲よ。ただ、あなたが瀬川みたいな女に騙されるのが見ていられないの。あの人、結婚してるのよ?旦那がいるのに、外で男を弄んでる。どうしてそんな女に惹かれるの?」「黙れ!」八雲が言い返すより先に、真奈が姿を現し、冷静な声で割って入った。「リーダーって、練習生の中で一番誇り高きで、人の陰口なんて絶対言わない人だと思って
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第434話

「わかった、話題を変えるよ」真奈は迷いなくスマホを取り出した。画面には、かつて八雲が佐藤プロと結んだ電子契約書が映っており、そこにはすでに捺印済みの印影もはっきりと表示されていた。「これ、あなたの契約書でしょ?」「ああ、俺のだ」八雲は画面に目を落とし、自分の署名をはっきりと確認した。当時、母親に勧められて芸能界入りを決め、ようやく見つけた佐藤プロという道を逃すまいと、迷うことなく契約にサインした。しかし、芸能界の闇の深さまでは考えが及ばなかった。八雲はスマホを真奈に返しながら尋ねた。「この契約書、どこで手に入れたんだ?」「逃げたくない?」「逃げる?どこへ?」「出雲はすでにこのプロジェクトに投資してる。佐藤プロでデビューするのは、もうほとんど無理よ」真奈は遠慮なく、最悪の未来を突きつけた。「あなたを待っているのは、終わりのない干され生活。家にそれほど余裕もないだろうし、遅かれ早かれ精神も経済も追い込まれる。そして最後には高額な違約金を払うことになる。もし別の優良な芸能事務所が拾ってくれれば道はあるかもしれないけど、そこから売れるかどうかは、まったくの未知数」「……何が言いたいんだ?」「私は出雲と賭けをしたの。三ヶ月後、このプロジェクトを赤字にしてみせるって」「……なんだって?」八雲は眉を深くひそめた。出雲に損失を出させる?芸能事務所がそんなに甘いわけがない。まして佐藤プロのような大手企業が、簡単にプロジェクトを赤字にさせるなんてこと、あるはずがない。真奈が微笑みながら口を開いた。「昔、あなたとまったく同じ境遇にいた男がいたの。彼は私を信じた。そして今では映画界のトップになった」「……それって、白石新のことか?」真奈は静かに頷くと、少し声を落として言った。「もし本気で抜けるつもりなら、私が道を用意してあげる」「……どんな道?」「違約金は私が払う。ただし、一つだけ条件がある」「……言ってみろ」「男子練習生を全員説得して、私と一緒に出ていってほしいの」その言葉はあまりにも突飛で、まるで冗談のようだった。しかし八雲はしばらくの沈黙ののち、低い声で尋ねた。「どうやってお前を信じろって言うんだ?」「全員の違約金、私が負担する。それに約束する。彼らがデビューすれば、グループでもソロで
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第435話

「ここは私の席よ……天城!私のご飯に何を入れたの?」清水の顔色がみるみるうちに真っ青になった。練習生にとって、口にするものを誤るのは致命的なミスだった。まさか真奈が、自分が清水の食事に何かを混ぜた証拠を掴んでいるとは夢にも思わなかった天城は、顔を引きつらせた。「瀬川……どうして……」「明後日には番組の収録がある。清水に目立たれるのが怖くて、わざと太らせるために薬を盛ったんでしょ?」清水は呆然と呟いた。「だからか……最近、食欲がやたら出て、食べてなくても太ると思ってたの……ホルモン剤だったのね?天城、あなたって……本当にひどいわね!」映像がここにある。天城にはもはや言い逃れの余地はなかった。真奈は冷静な声で言い放つ。「仲間に薬を盛るようなリーダーこそ、追い出されるべきじゃない?」「あなた……」逆上した天城は、真奈の顔を引っかこうと飛びかかった。だが真奈は一歩、軽やかに身をかわした。ちょうどその時、高橋が駆けつけ、騒然とした場面に眉をひそめて声を張った。「何してるの、夜中に!」「高橋!天城よ!天城が私の食事にホルモン剤を入れたの!私を太らせようとしてる!」清水はそう叫ぶと、勢いよく天城に詰め寄り、その襟を掴んだ。高橋は眉をひそめた。「本当なの?」傍らで真奈はその様子を静かに見ていた。高橋の迫真の演技を見ながら、内心では少しばかり感慨を抱いていた。監視映像を集めたのは高橋だ。この事実を知らないはずがない。「もちろん違うわ!」天城は堂々とした様子で言い返した。「私はただ、清水のご飯に少し栄養素を加えただけ。彼女、普段から食が細いし運動量も多いから、体調崩すんじゃないかって心配で……」しかし真奈はどこか淡々と、むしろ冷ややかに言った。「あなたが最後に薬を仕込んだ時、私はその食事をすり替えておいた。今は厨房で保管してるわ。専門機関に持ち込んで、あなたの栄養素とやらを検査してみる?」「あなた……」嘘が苦手な天城は、完全に言葉を失っていた。まさか真奈が、証拠を残すような用意までしているとは、誰が想像しただろう。「やっぱりね!あなたがそんな親切なわけないと思ってた。栄養素?よくもまあそんなことが言えたわね!」清水は普段から体型と体重には人一倍敏感で、ここ数日は食事も節制していたのに、どうしても体重
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第436話

高橋は冷ややかな視線を周囲に走らせた。「瀬川に八雲を訪ねさせたのは、私よ。二人が付き合ってるなんて、誰が言い出したの?」「え?」天城はそれが高橋の指示だったとは夢にも思わず、途端に顔色を曇らせた。「でも、さっきの様子は明らかに……」思い返してみれば、真奈と八雲の間には、親しげな仕草も、恋人同士のような雰囲気もなかった。ただ、八雲がこれまで誰かを庇うような態度を見せたことなど一度もなかったからこそ、彼女は勘違いしてしまったのだ。「嫉妬心に駆られて、他人を焚きつけてまで私と八雲が付き合ってるなんて話を広めた。でも――」真奈は静かに、しかし鋭く言葉を続けた。「本当に八雲を独占したかったのは、あなただよね?」「……ふざけないで!」反論しようとした天城を遮るように、真奈の声が重なった。「好きって気持ちがあるなら、ちゃんと認めればよかったのに。それすらできないなんて、そんな想い、たいしたことないんじゃない?八雲があんたに見向きもしないのも、当然だよ」「あなた……」「自分がしたことの責任も取れないくせに、私を貶めて、八雲との関係まででっち上げて……でも考えたことある?もしその嘘が現実になったら、私を排除するだけじゃない、八雲の将来も潰すことになるって。そんな自己中心的な人間に、どうして八雲が惹かれると思うの?」真奈の言葉は、容赦なく天城の胸に突き刺さった。彼女はその場に呆然と立ち尽くし、何ひとつ言い返せなかった。真奈は隣に立つ高橋に向かって静かに言った。「天城のことは、そっちで処理して。清水会長なら、きっと正しい判断をしてくれると思う」高橋は天城を見据えた。「自分で出ていく?それとも誰かに追い出してもらう?」「……自分で行く」天城は無言で高橋の後に従った。それが彼女に残された、最後の体面だった。真奈は何も言わず、ただその様子を見届けていた。「絶対に、父さんに彼女をクビにしてもらうんだから!」もし高橋が規律違反で解雇されれば、契約違反の違約金こそ免除されるが、それまでの研修費や宿舎の費用は自費で賠償する必要があり、最低でも1000万円は下らなかった。その場にいた者たちは、散り散りにその場を後にした。翌朝、真奈が目にしたのは、既に寮の荷物をまとめている天城の姿だった。「こんな有様で、よく今までリーダー面し
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第437話

「八雲からは距離を置いたほうがいいわよ。彼の母親、そう簡単に相手できるような人じゃないから」天城はそう言い残し、スーツケースを引いてその場を去っていった。八雲の母親……もし彼が私生児だとしたら、あの出雲家の当主の愛人ということになるのか……?真奈はしばらく黙って考え込んだ。そしてふと、ひとつの面白い策略を思いついた。冬城家の屋敷。小林が冬城おばあさんの肩を揉みながら、遠慮がちに口を開いた。「司お兄ちゃん、この二日間ずっと帰ってきてませんけど……大奥様、電話してみたらいかがですか?」「まったく、最近はますます言うことを聞かなくなって」冬城おばあさんは小林の手をそっと下ろさせると、落ち着いた声で言った。「今の司の心はすっかり真奈に向いているわ。あなたも何か手を打たないと。もし既成事実を作ってしまえば、彼だって無視できなくなる」「でも……私がそうしたくても……司お兄ちゃんが……」小林は不安げに唇を噛んだ。まだ大学を卒業していない彼女は、清楚で愛らしく、周囲からの評判も悪くない。それでも冬城の態度はずっと素っ気なく、まるで他人を見るような目を向けてくるのだった。「男なんてみんな同じよ」冬城おばあさんは冷たく笑って言った。「やり方さえ間違えなければ、きっと振り向かせられる」「大奥様……どうすればいいんですか?」小林は緊張した面持ちで問いかけた。「方法は私が教えるわ。もし司の子を身ごもることができれば、そのときは必ず冬城家の嫁として迎えてあげる」冬城おばあさんは小林の耳元にそっと何かを囁いた。小林は顔を真っ赤に染め、やがて決意をにじませた瞳で答えた。「ありがとうございます、大奥様。必ず司お兄ちゃんに近づく方法を見つけてみせます」そう言うと、小林は冬城家を後にした。居間では、大垣さんが不思議そうに尋ねた。「大奥様、本当に小林さんを冬城家にお迎えになるおつもりですか?」冬城おばあさんは、冷ややかな笑みを浮かべた。「あんな身分で?あの子を嫁がせたら、世間から笑われるだけよ」「大奥様……」「何かを企んでいるけど、素直さはある。今の司は、真奈一筋。その執着を少しでも逸らすためには、小林の存在が役に立つわ。真奈へのこだわりさえ消えれば、離婚もスムーズにいく。そのあとに誰を娶ろうが、どうでもいい話よ」そう言うと、冬城
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第438話

冬城おばあさんは目の前の人物の顔をしっかりと認めた途端、顔色を険しくし、すぐさま浅井を突き放した。「この下賤な女……よくも、ぬけぬけと戻ってこられたものね!」浅井は床に倒れ込んだ。今日はわざと長めのタイトスカートを身につけ、ほんのりと膨らんだお腹を強調していた。案の定、その腹部に視線をやった冬城おばあさんは、表情をいくぶん和らげたが、口調はなおも鋭かった。「私はあんたを粗末に扱った覚えはない。安心して子を育める場所も用意した。それなのに、司の子を宿しながら、他の男の元に走るとは……私の顔に泥を塗る気か!」「大奥様……あの時は私が悪かったんです。でも、あれは無理やりだったんです!」浅井は地にひざまずき、悔い改めるような真摯な眼差しで訴えた。「私は司さんを本当に愛しています。大奥様も、それはご存知のはずです……あの日、出雲家の人たちが突然やってきて、無理やり私を連れ去ったんです!行きたくなかったのに……父の居場所を知っていると言われて、つい……」浅井は涙に濡れた顔で、今にも崩れ落ちそうな声を絞り出した。その姿を見た冬城おばあさんは、ふと眉をひそめて尋ねた。「……それ、本当の話なのか?」「本当です、大奥様」浅井はますます肩を震わせながら続けた。「私が間違ったことをしたのは事実です。でも、小さい頃から父を知らずに育ってきて……ずっと会いたかったんです。どうしても……」冬城おばあさんは、ここ数日の報道で浅井の父が田沼家の会長であることを知っていた。田沼家といえば、海城でも名の通った名家。しかも由緒ある文家の出身で、ここ数年は慈善活動にも積極的。対外的な印象も非常に良い。浅井が、その田沼家に長らく行方不明だった令嬢であると知った今、冬城おばあさんの胸にも、ようやく彼女を許す理由が一つ、加わったのだった。傍らに立っていた大垣さんは、浅井のあまりに見え透いた芝居に眉をひそめ、明らかな不快の色を浮かべていた。――浅井がかつて冬城家でどれだけ傍若無人に振る舞い、自らを奥様と名乗っていたか。冬城おばあさんは知らなくても、大垣さんはすべて見てきたのだ。「出雲家のあの男に脅されていたのなら、自分から私のもとへ来たことを踏まえて、今回は許してやってもいい。ただし……司があんたを許すかどうかは、あんた次第よ」おばあさんはソファに腰を下ろし、慈愛のあ
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第439話

「いったいどうしたの?」大垣さんが何の理由もなくここまで訪ねてくるような人ではない。大垣さんは周囲を警戒するように見回した。その様子を見て、真奈は言った。「こちらへどうぞ」真奈は高橋に頼んで誰もいない会議室を用意させ、大垣さんの前にお茶を差し出した。「何かあれば、遠慮なく話して」「奥様……浅井さんが……あの人が、冬城家に戻ったんです!」浅井みなみ……?真奈の眉がぴくりと動いた。確かに浅井は、今は出雲と一緒にいるはずだった。どうして、突然冬城家に?真奈は淡々と言った。「大垣さん、私はもう冬城家の奥様ではありません。それはあなたも分かっているはず。冬城とは離婚協議中で、正式な離婚も時間の問題です」「奥様……でも、浅井さんは良い女じゃありません。旦那様は以前、あの人に薬を盛られて……惑わされていたんです!」大垣さんはこの話が決して誇れる内容でないことを理解していたが、今はそれでも言わずにはいられなかった。「私は奥様がご結婚された日からずっと見てきました。奥様の旦那様への想いも、旦那様が今や奥様を必要としていることも。だから……どうしても、浅井みなみのような女が家に入り込んで、冬城家をめちゃくちゃにするのを黙って見ていられないんです」「……あなたは、私と冬城がやり直すことを望んでいるのね」真奈はかすかに笑みを浮かべた。「でも――私は最初から、冬城と一緒になれるような関係じゃなかったのよ」「奥様……」「これからは私を奥様と呼ばないで」真奈は言った。「今日わざわざ来て、知らせてくれてありがとう。浅井は、女主人としては扱いにくい相手よ。もし可能なら、これからは大奥様に仕える方が、きっとあなたにとってもいいと思うわ」大垣さんはため息をつき、うなずいた。人にはそれぞれの運命があり、やはり強いて求めることはできない。すると真奈がふと問いかけた。「でも……浅井が冬城家に戻って、大奥様に会いに行ったのって、やっぱり冬城と結婚するため?」「あっ!」その言葉を口にした途端、大垣さんの顔には怒りがにじんだ。「あの女、家に上がるなり泣きじゃくっておばあさまの足にすがりついて、『あの時は出雲に無理やり連れていかれたんです』とか言い出して、しまいには『今は田沼家の令嬢です』なんて得意げに言って……!あの様子、思い出すだけで吐き
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第440話

「……なんですって?浅井が、田沼家の令嬢じゃないですって?」寝室で、大垣さんは冬城おばあさんに密かにその話を打ち明けた。冬城おばあさんは眉をひそめ、低い声で尋ねた。「その話、どこで聞いたの?」「それが……外での噂話でして、私も最初は信じていなかったんですが……でも、万が一ってこともあります。今は浅井さん、お腹に旦那様の子どもがいますし、将来的には身分を与えることになります。そんな大事な時に、身元もはっきりしない女をうちに入れるなんて、ありえないじゃありませんか」大垣さんの一言一句が、まるで冬城おばあさんの胸の奥を見透かすように響いた。他のことならまだしも、「身分」という問題だけは譲れない。仮に今、田沼家の令嬢として浅井を迎え入れたとして――その後、正体が偽物だったとでもなれば?冬城家は再び、世間の笑いものになるだろう。「……そうね。今すぐ私の名義で、田沼家に招待状を出して。田沼会長に、明日の夜ロイヤルレストランでの食事にお越しいただけるよう伝えて」「かしこまりました、大奥様」大垣さんは静かに頭を下げて部屋を後にし、廊下に出るや、素早くスマートフォンを取り出し、その情報を真奈に送信した。その報せを受け取った真奈は、画面を見つめながら、ゆるやかに微笑んだ。彼女はすでに、浅井の母から浅井の出生に関する事実を聞き出していた。冬城おばあさんが田沼会長に会おうとするのは、想定内の動き――だが、その前に一つ、彼女自身が田沼会長に会っておくべきだった。浅井が「田沼家の令嬢」としての肩書きと、腹の中の子どもを盾に冬城家の門をくぐろうというのなら、真奈はその望みごと、叩き潰してやるつもりだった。その夜、真奈は人を通じて田沼会長をロイヤルレストランへ招いた。田沼会長はすぐに現れたが、眉間には苛立ちの色が濃く、どう見ても真奈のことを快く思っていない様子だった。何しろ自分の娘が妊娠しているのは、真奈の夫の子供なのだから。それを知って喜ぶ父親がいるだろうか?それでも、もし「娘のことに関係がある」と真奈が言わなければ、彼がここに来ることはなかっただろう。田沼会長は席に着くなり、冷たく切り出した。「瀬川さん、私を呼んだのは、一体どういうつもりだ?」「田沼会長、あなたが浅井の父親であることは承知しています。私に対して敵意を抱
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