黒澤おじいさんは不満げに言った。「だったら早く教えてくれればよかったのに。こんなに長いこと芝居を続ける羽目になったじゃないか」「おじいさんが楽しそうに演じてらっしゃったので、言い出せなかったんです」「まったく……この子は母親にそっくりだな」真奈はただ微笑を浮かべただけだった。テーブルには高級なフレンチ料理が再び並べられていたが、黒澤おじいさんには食欲がわかないようで、ぽつりと口を開いた。「遼介が本気で君を想っているなら、この老いぼれも心から気に入った。ならばそろそろ結婚の日取りを決めて、俺が式の段取りをつけよう。それで俺の心残りも一つ片付くというものだ」その言葉に、真奈の手がナイフとフォークを握ったまま止まった。黒澤は淡々とした口調で答えた。「結婚式のことはご心配なく。俺たちで考えている」「……なんだその言い方は。好きな相手がいるのに結婚しないなんて、それじゃあまるでふざけてるじゃないか。うちは結婚式を挙げる金に困ってるわけでもないのに、なんでそんなにケチなんだ?」完全に話が別の方向にいってしまった黒澤おじいさんに、傍らの執事が小さく咳払いをして、そっと耳打ちした。「黒澤おじいさん、瀬川さんはまだ離婚が成立しておりません」「離婚してない?冬城家のあの小僧と?」黒澤おじいさんが冬城を快く思っていないのは業界ではよく知られた話だった。ただ、表向きの挨拶だけはそつなくこなしていた。黒澤おじいさんは一度大きく息を吸い込み、黒澤を見る目に明らかな不満をにじませた。「ちんたらしやがって……自分の女を他人の妻のままにしておくなんてな!君は父親よりずっと情けない!」そう吐き捨てるように言うと、即座に指示を飛ばした。「俺の意向だと伝えろ。すぐに冬城家の事業に介入しろ。三日以内に、必ず離婚させろ!」その強引な物言いに、真奈の声がふっと柔らかくなった。まるで子どもをなだめるように、優しく語りかける。「おじいさん、その件はもうご心配いりません。冬城との離婚協議書はすぐにまとまります。ただ、あと半年間だけ形だけの関係を続ける必要があるんです」「契約書でもあるのか?」「あります」「契約があったって問題ない。違約金ぐらい、黒澤家が払えない額じゃない」その言葉に、さすがの黒澤もついに我慢の限界を迎えて口を開きかけたが、真奈がすかさず口を挟
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