All Chapters of 離婚協議の後、妻は電撃再婚した: Chapter 771 - Chapter 780

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第771話

その言葉を聞いて、真奈は静かに顔を上げた。立花はそのまま淡々と続ける。「彼女がそう言ったとき、まるで根拠のない作り話には聞こえなかった」理由もなく、真奈が相手に人を集めさせ、自分に楯突かせるなどあり得るだろうか。この洛城で、立花グループに敵対するなど、まさに笑い話だ。麗子がどれほど浅はかでも、そんな話を即興で捏造できるとは思えない。立花の目に浮かぶ疑念を見て、真奈はふっと微笑みながら口を開いた。「そうね、私が彼に人を集めて、あなたに歯向かうよう仕向けた……それは事実よ」一瞬、場の空気が凍りつく。だが真奈はその沈黙を切るように、あっさりと続きを口にした。「でも、あの夜にちゃんと話したはずよね?私はあなたの名前を出して、彼にこう言ったの。『私は立花の女よ。連れて行きたいなら、人を集めて彼に逆らってみなさい』って。それを聞いた瞬間、彼は真っ青になって逃げ出したわ。たぶん、風が強すぎたのか、夜が暗すぎたのか、麗子さんが聞き違えたのね。それで、こんなくだらない作り話ができあがったってわけ」「言っていることは……道理にかなっているな」「全部、本当のことよ。私は生まれてこのかた、今回が初めての洛城なんだけど。そんな私が、外国人と昔からの知り合いだったなんてあり得る?……まあ、あの男はきっともう二度と立花グループのカジノには現れないわよ。立花総裁の女に手を出そうだなんて――命知らずでも、次は私の顔すら見られないでしょうね」真奈の機転を感じ取ったのか、立花は淡々と返した。「もっともだ」その自信満々な態度に、真奈は思わず吹き出しそうになるのをこらえた。もし立花の知略が、黒澤や冬城のように鋭かったら……こんな浅い誤魔化しで乗り切るのは、到底無理だったに違いない。「……続けて弾け」立花はソファにもたれながら、背後に控えていたスタッフに軽く手を振った。間もなく、分厚い楽譜の束が、真奈の目の前にどさりと置かれた。まるで辞書のような厚みに、真奈は思わず言葉を失う。そして、次の瞬間、魂から絞り出すように問いかけた。「……何のつもり?」「特別に用意させた。夜が明けるまで、たっぷり弾けるようにな」「夜明けどころじゃないって!この量なら、命尽きるまで弾き続けることになるんだけど!立花、あんた私怨で嫌がらせしてるでしょ!」立花はすでにソフ
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第772話

「承知しました、ボス」馬場は休憩室を後にした。立花はそのまま椅子に身を預け、卓上にあった茶を何気なく口に運んだ。そのころ、カジノの外では、客たちが次々と場内へなだれ込んでいた。内匠は麗子の一件を処理し終えたばかりで、階段を下りる途中、カジノへ足を踏み入れる楠木の姿を目にした。場内には優雅なピアノの旋律が流れていた。楠木の視線はすぐさま、二階のバルコニーで演奏する真奈に注がれた。その音色は一点の曇りもなく、聴く者の心を自然と解きほぐしていくようだった。「楠木さん……この時間に、どうして――?」内匠は楠木の姿を認めると、思わず顔色を変えた。すぐにでも立花に知らせたかったが、もはや間に合いそうになかった。楠木は冷ややかに笑い、吐き捨てるように言った。「私が来なければ、自分の席がもう奪われてるなんて気づけなかったわ」楠木は足早に階段を上っていく。その姿に、場内の視線が否応なく集中した。楠木はさらに歩を早め、二階へとたどり着くや否や、迷いなく真奈の頬を打った。「パシッ!」乾いた音が、静まり返ったカジノの空気を切り裂くように響いた。誰もが息を呑み、声一つ発さなかった。楠木が立花の婚約者候補であり、楠木家の令嬢だということは、ここ洛城では誰もが知っている。彼女を敵に回せば、無事では済まない――それがこの街の常識だった。真奈の頬には、鋭く赤い三筋の痕がくっきりと刻まれていた。楠木のネイルは長く尖っており、その一撃がどれほどの力を込めたものだったかは、痕がすべてを物語っていた。真奈はようやく、目の前に立つその女性に気づいた。骨の髄まで染み込むような艶やかさをまといながら、洗練された佇まいの奥に、どこか説明のつかない妖しい空気を纏っている。「楠木さん!」内匠は驚きに目を見開き、すぐさま部下に目で合図を送った。この場を収められるのは、立花しかいない。真奈は困惑したように問いかける。「楠木さん、なぜ……」「分からないの?」楠木は冷たく言い放つと、ふたたび高々と手を振り上げた。だが、その手が振り下ろされることはなかった。次の瞬間、誰かの手が楠木の手首をぴたりと掴んでいた。振り返った楠木が見たのは、いつの間にか背後に立っていた立花の姿だった。立花の険しい表情を見た楠木は、ようやく堪えきれずに叫んだ。
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第773話

場は一触即発、張り詰めた空気の中で、周囲の人々は息をひそめたまま動けずにいた。視線は自然と立花へと集まり、その出方を固唾を飲んで見守っている。内輪もめ――処理を誤れば、楠木の性格からして黙って済むはずがない。誰の目にも、火種はくすぶっていた。案の定、立花の表情は氷のように冷えきっていた。その変化に、楠木もすぐに気づく。長年立花の傍にいた彼女でさえ、これほど露骨な怒りの表情は見たことがなかった。楠木は反射的に一歩身を引いた。そんな彼女に、立花は冷ややかに言い放つ。「忠司、俺の言葉が聞こえなかったのか?」「……承知しました、ボス」馬場は楠木が立ち去る気配を見せないのを見て、すぐに部下に目配せする。数名の用心棒が前に出て、無言の圧をかけた。「楠木さん、お引き取りください」取り囲む男たちの気配に、楠木はようやく悟った。立花は、どこまでもこの女を守るつもりなのだ。「……いいわ、孝則!あんた、絶対に後悔するから!」楠木は踵を返し、そのまま階段を下りていった。一階にいた人々は、まるで見てはいけないものでも見たかのように、一斉に視線を逸らす。楠木は洛城で最も尊い宝石と称される存在だった。これまで公の場で楠木の顔を潰すことを恐れなかったのは、立花ただ一人。それだけに、場にいた誰もが息を呑む。そして今、その視線は自然と一人の女性に注がれていた。立花の傍らにいた、あの謎めいた女は一体、何者なのかと。「演奏を続けろ」立花は冷たく命じると、それきり休憩室へと背を向けた。「……ボス、本当にあのまま楠木さんを帰してよかったんですか?もし騒ぎを起こしたら……」「監視をつけろ」短くそう言い捨てると、立花は煩わしげにネクタイを緩めた。妙だ。さっきから、体が妙に火照って仕方がない。その異変に、馬場は眉をひそめた。「ボス……どうかなさいましたか?」「……どうも、やけに熱くてたまらない」「熱い……ですか?」訝しんだ馬場はすぐさま窓へ向かい、休憩室の窓を大きく開け放った。外からは夜の冷たい風が吹き込んできたものの――それでも立花の額に浮かぶ汗は止まらず、苦悶の色は消えなかった。次の瞬間、立花はついに椅子から立ち上がり、低く命じた。「……三階へ」「かしこまりました」馬場は即座に応じると、すぐ入り口に控えて
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第774話

そう言って、真奈は静かに立ち上がった。つい先ほどまで、この場にいた誰もが、立花が真奈を庇うために楠木を追い払った場面を目にしていた。だからこそ、真奈の行動を制止する者はひとりもいなかった。真奈は「お手洗いへ」と口にしたとおり、足早にホールを抜けていく。その途中、真奈の目は落ち着きなく左右を泳いでいた。と、そのとき――暗がりから突然伸びてきた手が、真奈の腕を掴み、力強く横の通路へと引き込んだ。「っ……!」叫びかけた唇は、すぐに誰かの手で塞がれた。真奈は一瞬、動きを止めた。目の前に立つ男の姿には、かすかに見覚えがある。以前、婚約披露宴の場で――確かに会っていた。その男は、銀色の仮面で顔のすべてを覆い隠し、黒いスーツに身を包んでいた。輪郭さえ分からないほど、隙のない装いだ。「動くな」かすれた声が耳元で低く響く。次の瞬間、先ほどまで真奈がいた廊下を、警備員たちが巡回して通り過ぎていった。もし真奈が引き込まれていなければ、確実に見つかっていたに違いない。前方の道はトイレなどではない。真奈は眉を寄せ、静かに尋ねた。「……あなた、誰?」「ここはお前が来るような場所じゃない。どこから来たか思い出して、戻るんだ」くぐもったその声に、真奈はすぐ気づいた。これは変声機を通した、偽物の声。真奈は目を伏せ、自分の腕を掴む手を一瞥すると、さっと振り払って淡々と告げた。「私とあなた、面識ないはずよね?」「……ああ」「じゃあ、私のことなんて関係ないはず。なぜ助けたの?」男は何も答えず、そのまま背を向けようとした。だが、真奈の目はすぐに彼の手元にあるゴールドカードをとらえた。思わず足を踏み出し、男の前に立ちはだかる。「そのカード……ゴールドカード、でしょ?」「これのこと?」「もしかして……あなた、ここに通ってるの?」「そんなところだ」「連れてってくれない?」真奈の目は必死の懇願に満ちていた。仮面の奥にある表情は読み取れなかったが、男が一瞬黙り込んだその間に、真奈はかすかな望みを感じ取った。「……なぜ、上に行きたい?」「ただ、気になるの。どうしても、見てみたくて」「本気か?」真奈は力強く何度も頷いた。三階へ行けるチャンスなんて、そう何度もあるものじゃない。ここで引き下がるわけにはいかなかった。
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第775話

ボスの部屋……つまり、立花の部屋ってこと?「すまない」松雪は短くそう言うと、それ以上深く追及することなく、真奈を連れて左手二つ目の部屋へと向かった。ドアが閉まると同時に、真奈の目の前に広がった室内の様子に、思わず足が止まった。部屋の中はほの暗い赤い照明に照らされ、赤い紗でできた天蓋、ダブルサイズのウォーターベッド、そして壁一面に設置された刑具――目を疑うような器具の数々が並んでいた。真奈の背筋に冷たいものが走った。そのとき、背後から松雪の低くかすれた声が響いた。「怖いか?」真奈は反射的に振り返った。松雪が一歩ずつ近づいてくる。ちょうどそのとき、隣の部屋から麗子の悲鳴が響き渡った。その声を聞いて、真奈はようやく理解した。立花グループのカジノ、その三階は、変態的な富裕層たちの私欲を満たすために作られた場所だったのだ。「来ないで!」足元がふらつき、真奈はそのままウォーターベッドに倒れ込んだ。しかし、松雪は手を出してこなかった。代わりに、松雪はベッド脇のスタンドライトを消した。すると、暗がりの中に、ほのかに赤く点滅する光が浮かび上がる。カメラ?松雪はすぐには動かず、スタンドライトに取り付けられていた小型カメラを取り外した。そのまま部屋の照明をすべて落とすと、かすかに赤い光を放つ装置の数々が次々と浮かび上がる。松雪は慣れた手つきで、隠されたカメラや盗聴器を次々と取り外していった。最後にスマホを使って部屋中を確認し、隠し機器がもう残っていないことを確かめると、松雪は取り外したカメラの山を、無造作に真奈の前へと並べた。「これは…」「これでようやく、まともに話ができる」松雪の声はさらに低く抑えられていた。その声に押されるように、部屋の空気がどんどん重く、静まり返っていく。真奈の耳には、隣の部屋からの声がはっきりと届いていた。上の階、向かいの部屋――女たちの悲鳴、ベッドの軋む音、泣き声……あらゆる音が入り混じって押し寄せてくる。ここは……巨大な淫売窟だった。そしてその元凶は――立花。「二階より上は危険だ。調べたい気持ちはわかるが、早く離れたほうがいい」そう言って、松雪は手にしていたスマホを真奈の目の前に放り投げた。「連絡したいやつに連絡しろ。迎えに来させろ」「……私が誰に連絡するか、あなたに分かるの?」真
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第776話

相手の男は、真奈がどんな立場の人物なのかまったく理解しておらず、呆気に取られたようにその場に立ち尽くしていた。内匠はすぐに取り繕うように笑みを浮かべ、真奈のもとへ駆け寄った。「瀬川さん、こんなところでどうされたんですか?」「こっちが聞きたいわよ。トイレに行こうとしただけなのに、訳もわからずここに連れて来られたの。しかも、あの人、私に手を出そうとしたのよ!」真奈は、咄嗟にもっともらしい嘘を繰り出した。内匠は顔を強張らせ、驚いたように訊いた。「なんてことを……そんな無礼な奴が……瀬川さん、お怪我はありませんか?ここは本来、お入りいただく場所では……すぐにご案内しますので――」「結構よ!」真奈はわざと不機嫌そうに声を張り上げた。「立花はどこ?本人にきっちり説明してもらうから!」「そ、それが……総裁は今、お会いできない状況でして……」「会えない?このフロアで誰かと密会でもしてるんじゃないの?」怒りを露わにした真奈を見て、内匠は必死に手を振りながら弁明した。「誤解です、瀬川さん。本当にそれは誤解です。総裁は瀬川さん一筋でいらっしゃいます。瀬川さんのことで楠木さんともあれだけ揉めたくらいなんです。他の女性となんて、あり得ません!」「本当?」「ええ、もちろんです!」「信じられない。自分の目で確かめる!」真奈は突然、内匠の隙を突いて素早く動き、廊下の右側の角を目指して駆け出した。自分と松雪がこの階に来たとき、確かに誰かがこのあたりにいると聞いた記憶があったのだ。「瀬川さん!行かないでください!」内匠は慌てて後を追い、真奈の動きを止めようとした。だが真奈はすでに立花の部屋の前までたどり着いていた。そこには馬場が立っており、真奈の姿を見て眉をひそめた。「……瀬川さん?」部屋の中からは怪しい物音は何も聞こえてこなかったが、それでも真奈の胸には妙な疑念が湧き上がっていた。馬場は鋭い口調で尋ねた。「どうして瀬川さんが3階に?」「そ、それは……」次の瞬間、部屋の中の立花は突然手を振り、女性をベッドから突き落とした。「出て行け!」女性は明らかに立花の剣幕に怯え、服もまともに直さないまま、慌ててドアを開けて飛び出した。その瞬間、彼女はちょうど入り口に立っていた真奈とぶつかった。真奈はその機を逃さず、すぐさま部屋の中へと駆け込ん
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第777話

「立花、少しは頭使ったら?私があんたに薬なんて盛るわけないでしょ?それに、どこで薬を手に入れたっていうのよ?今日は朝から無理やり連れ出されて、ピアノや服を買わされて、意味もわからないまま気絶させられて、立花グループのカジノの休憩室に連れてこられたのよ?どう考えても、疑われる筋合いなんてないでしょ!」真奈の言葉に、立花は眉をひそめた。さっきは怒りに任せていて、真奈に薬を盛る理由も手段もないことに気づいていなかった。「怒るのは勝手だけど、落ち着いて、自分が何を食べたか、何を飲んだか、ちゃんと思い出してみなさいよ」真奈はわざとそう促し、立花の疑いをそらした。案の定、立花は休憩室で飲んだお茶のことを思い出した。「忠司」立花は冷たく言い放つ。「あの女、ぶちのめせ」「かしこまりました」馬場はすぐに下がり、部屋には立花と真奈の二人だけが残った。真奈は立ち上がり、淡々と口を開いた。「もう用がないなら、私は帰るけど」「待て!」立花の声には冷ややかで鋭い響きが混じっていた。「なぜ三階へ来た?」真奈の胸の内では鼓動が速まっていたが、表情には動揺を見せなかった。元々こういう展開も想定していたのだ。落ち着いた声で応じる。「連れてこられたのよ。ちょっと気になって、つい流れで付いてきちゃったの。まさか三階が、あんな場所だなんて……」そう言いながら、真奈は言葉を濁し、あえて口にしづらそうな素振りを見せた。立花はそんな真奈の頬がほんのり紅潮するのを見て、わざと嘲るように言った。「ここで働きたいって言ってたよな?どうした、怖気づいたか?」立花が一歩また一歩と近づいてくるのを前に、真奈はわざと怯えたように後ずさりしながら口を開いた。「誰が怖いなんて言ったのよ?……でもさ、これって立派な犯罪でしょ?もし誰かにチクられて、立花グループが摘発でもされたら、終わりじゃない?こんな総裁に付いてて、本当に稼げるのか怪しくなってきた。お金もらう前に牢屋行きなんて、割に合わないわよね」真奈の試すような言葉に、立花は見事に食いついた。鼻で笑って言い放つ。「うちの組織をどこだと思ってんだ。チクる?やってみろよ。ここに出入りしてる連中が、どんな仕事してて、何を隠してるか……全部、俺の手の中だ。握ってるんだよ。もし命が惜しくないってんならご自由に。だが、誰一人できやしねぇ
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第778話

真奈は心にもないことを口にしながら、内心では不安でいっぱいだった。もし立花がこの話を信じなかったら、もう二度と立花グループの核心に近づくチャンスはなくなる――「いいだろう。高給の仕事をやらせてやる。ただし――俺は裏切りが大嫌いなんだ。もし嘘をついたら、両手を折って両足をへし折って、ワインセラーに放り込んで酒の材料にしてやる」立花の目に冷たい光が宿った。真奈はまっすぐに答えた。「安心して。金さえ出してくれりゃ、口は堅いし、絶対に裏切らない」立花は視線すら向けずに一言だけ放った。「出てけ」真奈は内心、胸を撫で下ろした。踵を返して部屋を出ようとしながら、さりげなく室内の調度品を観察する。するとその背後から、また立花の声が響いた。「ピアノはもういい。あとで誰か送らせる」「もう弾かなくていいの?じゃあ、私は……」「仕事は後で手配する」そう言って、立花はソファに腰を下ろし、ひとりグラスを傾け始めた。真奈は目的を果たした。立花が自分に仕事を与えるつもりだと察し、そのまま部屋を後にした。部屋の外では、馬場が既に麗子の件を処理し終えていた。馬場は少し躊躇いながら部屋に入ると、恐る恐る問いかけた。「ボス、本当にあの女を信じるんですか?」「なぜ信じない?」「……あの女は嘘ばかりです。もし本当に黒澤と組んでボスに牙を剥こうとしていたら――」「もういい」立花は疲れたように眉間を揉みながら言った。「黒澤の方はまだ動きはないのか?」「手分けして調べましたが、黒澤が洛城に現れた形跡はありません。黒澤家の人間も、誰一人として洛城に足を踏み入れていません」立花は鼻で笑った。「本気で婚約者を見捨てるつもりらしいな」「以前、黒澤は自分の口で『洛城には決して足を踏み入れない』と言っていました。ここはボスの縄張りですし、女一人のために命を賭けるような真似はしないでしょう」立花は冷ややかに言い放った。「親友でさえ平気で切り捨てる男だ。女なんて、なおさらだ」「もし本当にそうなら、瀬川はもう用済みでは?」「用済みだと?瀬川家には今や、あいつ一人しか後継ぎがいない。当時、うちが瀬川賢治をハメたのは、瀬川家の実権を握っていた瀬川時生に金を出させて、丸ごと沈めるつもりだった。けど、あの瀬川時生はあっさりと瀬川賢治を切り捨てた。そのせいで、奴とあの
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第779話

室内の二人は、たちまち警戒の色を浮かべた。「入ってこい!」立花の声は冷たく鋭かった。真奈は落ち着いた足取りで部屋の中へと入っていく。さっきわざわざドアの外で盗み聞きをしていたのだ。見つかるのを恐れてなどいなかった。たとえ内匠が現れなかったとしても、真奈は自ら入って問いただすつもりだった。真奈が姿を現すと、立花の目が鋭く細められた。「……お前か」「立花総裁、不誠実ね」真奈は皮肉を込めて言った。「私はちゃんと協力したいと思ってたのに、そっちは随分と抜け目のない計算をしてたみたいじゃない」立花は冷ややかに問い返す。「……何が言いたい?」「ここ数年、立花グループがうちの叔父に莫大な借金を背負わせて、瀬川家を骨の髄までしゃぶり尽くした。今度はその矛先が私?どうりでこの前いろいろ聞いても要領を得なかったわけだ。まさか海城に伝わる宝が欲しくて黙ってたなんてね」瀬川の叔父はすでに両親殺害を指示した罪を認めていた。だが、その後真奈と黒澤が調べた結果、当時事故を起こした車のエンジン配線にも細工が施されていたことがわかった。つまり、叔父の陰謀とは別に、別の誰かが真奈の両親を殺そうとしていたのだ。真奈はその事実に確信が持てず、これまで少しずつ立花に探りを入れてきた。だが、さきほど立花と馬場の会話を聞いたことで、両親の死に立花グループも関わっていたのだと、彼女は確信した。もはや隠し立てする気もないのか、立花はゆっくりとした口調で言った。「お前はまだ利用価値がある。それをありがたく思え。もし黒澤が本当にお前を見捨てたってだけで済んでたら、とっくに捨て駒にされてる。捨て駒がどうなるか……わかってるだろ」真奈には、すべてがわかっていた。わからないはずがない。前世の彼女は、ずっと捨て駒として扱われ、最後まで切り捨てられた。だからこそ、今世では絶対に、自分の価値を失うつもりはなかった。真奈は立花の正面に、ためらうことなく腰を下ろした。その動きに、立花はわずかに目を見張った。馬場は真奈が何か仕掛けるのではと身構え、一歩前に出る。だが真奈は、そんな様子など気にも留めず、率直に切り出した。「もっと早く言ってくれればよかったのに。そしたら、まだ話し合いの余地があったよ」「話し合い?」立花は、真奈がこの反応を見せたことに少なからず驚いたよう
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第780話

海城の宝――それは、かつて四大家族の手に握られていたという伝説の遺産。そんな話を知る者など、今となってはほんの一握り。百年もの時が流れ、誰もがその存在を忘れ去っていた。けれど、もしそれを手にすることができれば……瀬川家一つどころか、百の瀬川家すらも再建できるだろう。「良いだろう。もしお前が本当に黒澤を引きずり下ろし、海城の宝を手に入れる助けをするなら――俺が瀬川家を再建してやる。お前を、再び瀬川家のお嬢様にしてやろう」「約束だよ」真奈が手を差し出すと、立花はその指先に軽く触れた。これが、ふたりの取引の証だった。「それじゃ、私は帰るね。立花総裁の次のご指示、楽しみにしてるから」そう言い残し、真奈は軽やかな足取りで部屋を後にした。去っていく真奈の背を見送っていた馬場が、沈黙を破ってぽつりと呟く。「立花総裁、彼女の言葉……信用なさいますか?」「高貴なお嬢様が、一夜にして没落し、男の付属品に成り下がった。瀬川家を再建し、かつての瀬川家のお嬢様に戻りたいと思うのは、ごく自然な願いだ。疑う理由なんてないさ」「ですが、瀬川は海城の秘宝の秘密を知っていると言っていました。本当に知っているのなら、なぜ自分で探しに行かないのでしょう?」立花は落ち着いた口調で返した。「瀬川家は四大家族の一つにすぎない。筆頭ではないんだ。彼女の知るわずかな情報では、海城の宝には辿り着けない」「ではなぜ……」「ないよりは、ある方がいい。瀬川という一つの突破口さえ開けば、残りの家も、いずれ崩せる」ひとりは、遊び人の伊藤家当主――伊藤智彦。ひとりは、宿敵・黒澤遼介。そしてもうひとりは――死にきれぬ病鬼、佐藤茂。佐藤茂は、四大家族の筆頭で頭脳として、最も多く、最も核心に迫る秘密を握っているはずだ。もしやつを捕まえる機会があれば、あの病弱鬼の口を、どんな手を使ってでも割ってみせる。深夜、洛城の中心を走る通り。真奈は、内匠自らが運転する車に乗せられ、送り届けられていた。ほとんど車の通らない夜の街を眺めながら、真奈はぼんやりとした思考の海に沈んでいく。今の自分は、自ら立花の船に飛び乗ったようなもの。ウィリアムがちゃんとあの言葉を伝えてくれているかどうかも、定かではない。真奈が今ただひとつ望んでいるのは、黒澤が海城に戻り、しっかりと布陣を整え
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