All Chapters of 離婚協議の後、妻は電撃再婚した: Chapter 761 - Chapter 770

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第761話

立花家の寝室。楠木は白い脚をゆっくりと踏み出して浴室から現れた。身にまとっているのは薄手の黒いレースのネグリジェだけで、濡れた髪にはまだ水滴が残っていた。眉を寄せる仕草も、微笑む表情も、どれも男心を誘う艶やかさだった。立花がドアを開けると、楠木はすぐに駆け寄って首に腕を回した。甘えるような声でそっと尋ねる。「孝則、最近……私のこと、恋しくなかった?」立花は楠木の手を冷たく振りほどいた。その態度に、楠木の笑顔は徐々に薄れていった。立花は向かいのソファに腰を下ろし、淡々と口を開いた。「俺に何の用だ?」「会いたくて来たの。ダメだった?」楠木は立花の隣に寄り添いながら言った。「新しくピアニストを雇ったって聞いたけど?」それを聞いた立花は楠木の髪を指で弄びながら、気のない声で答えた。「ただのピアニストだ。嫉妬か?」「ピアノならもう壊させたわよ」楠木は不満げに口を尖らせた。「私が、自分のものに他人が触れるのを嫌うの、あなたも知ってるでしょう?」「別に大したことじゃない。明日、忠司に新しいのを買わせればいい」「本当?」「本当だ」「そのピアニスト、どうするつもり?」「どうしてほしい?」「追い出して」楠木は言った。「あなたのそばに私以外の女がいるなんて許せない。あなたのピアニストになれるのは、私だけよ」「わかった。明日、忠司に辞めさせるよう言っておく」「それならよかった」楠木は身を寄せて、立花の頬に軽くキスをした。立花は避けることなく、そのまま立ち上がり、こう言った。「もう遅い。そろそろ寝ろ」「一緒に寝てくれないの?」「まだ仕事がある。ここはお前が使え」「私と寝たくないの?」楠木は立花にしがみつき、目には不満と寂しさが浮かんでいた。「まさか……私が汚れてると思ってるの?」「そんなわけないだろ」立花の瞳には穏やかな優しさが宿っていた。彼はそっと身を寄せて、楠木の頬にキスを落とすと、静かに言った。「本当に仕事があるんだ。ここでゆっくり休め。何か必要なことがあったら忠司に言えばいい」そう言い残して、立花は部屋を後にした。その姿を見送った楠木は、怒りに任せてソファから立ち上がり、クッションを手に取って勢いよくドアへと叩きつけた。そのとき、外から馬場が扉を開け、尋ねた。「楠木さん、何かご用でしょうか?」
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第762話

「もう帰ったぞ」立花は眉を上げて言った。「どうした?怖気づいたか?」「そりゃ怖いよ。立花総裁が女囲ってるなんて、楠木さんにバレたら説明つかないでしょ?」「女を囲ってる?お前のことか?」「他に誰がいんのよ?」真奈は自分の体をちらりと見下ろして言った。「その楠木さんって、私よりきれいだったりするの?」立花は真奈を上から下まで見て、淡々と答えた。「腰はあいつより少し細い、顔も少し整ってる……だが、悪知恵が……ちょっと多いな」「どうもー、褒められて光栄だわ」「褒めてないぞ」立花は真奈を無視してくるりと背を向け、言い放った。「五分やる。下で車に乗れ」そう言い残し、立花は階段を下りていった。馬場はその後ろからついてくる真奈の姿を見て、顔をしかめながら言った。「ボス、楠木さんには瀬川さんを出ていかせると約束されたのでは?」「ただの口約束だ。本気にするな」それは女をあやすための方便にすぎない。楠木のひと言で、こんなに使える駒を手放すはずがなかった。「はい」そのとき、後ろから二人の会話が聞こえ、真奈が前に出てきて言った。「ねえ、さっき私の悪口言ってたでしょ?」「ああ、ブスのくせに自意識過剰だってな。満足か?」立花は真奈を相手にする気もなく、歩くスピードを上げたせいで、真奈も慌てて並ぶように早足になった。車内。立花はずっと無言のまま座っていた。真奈は口を開いた。「まだ夜にもなってないのに、わざわざ呼び出して……立花総裁、何がしたいわけ?」立花は無言のままだった。真奈はもう一度口を開く。「連れ出すなら、せめてどこに行くかぐらい教えてくんない?」「デパートだ。黙れ」「……」真奈は眉をひそめた。いきなりデパートって、何しに行くのよ……「ボス、到着しました」「ああ」立花が車を降りる。真奈が自分でドアを開けようとしたそのとき、彼は先に手を伸ばしてドアを開けた。真奈は少し驚いて顔を上げた。「何見てるんだ。まだ降りないのか?」「分かった……」真奈は車を降り、目の前のデパートを見上げながら、疑いの声を漏らす。「……もしかして、立花総裁、私とショッピングするつもり?」「お前とデパート?ずいぶん都合のいい妄想するな」立花の言葉がまだ終わらないうちに、少し離れた場所から二列に並んだスタッフ
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第763話

「ちょっとちょっと!選ぶってば、選ぶ!」立花から金を引き出すなんて、そうあることじゃない。そんなチャンス、真奈が逃すはずがなかった。真奈は真剣な表情で、店内に並ぶピアノを一台ずつ丁寧に見て回った。その様子を、立花はソファに腰かけたまま静かに見つめ、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。音色やタッチを確かめたあと、真奈はある一台を指さした。「これがいい」「お客様、素晴らしい目利きでございます。こちらは当店でも最上級のピアノで、F国から空輸された非常に精緻な逸品です」「それなら決まりだね。これにする」真奈は立花の方を向き、にこにこと笑いながら言った。「立花総裁、まさかケチったりしないよね?」立花は視線を上げることもせず、マネージャーに向かって命じた。「今夜、このピアノを立花グループのカジノに届けろ」「かしこまりました」立花は立ち上がり、馬場に声をかけた。「カードで払って、出るぞ」「承知しました、ボス」馬場は素早くカードで支払い、意外にも手続きは簡単だった。帰り際、立花はふいに足を止め、店の隅にあった一台のピアノを適当に指さして言った。「これも買う」「立花総裁、こちらもカジノにお届けで?」「ああ」「かしこまりました」真奈はそのピアノを一目見て言った。「見た目はいいけど、さっき弾いたとき音がいまいちだったよ?さっきのより全然安そうだし。てか、立花総裁、なんで二台も買うの?」「余計なことを聞くな」「はいはい、余計なお世話でした」真奈は自分の口元をぺちっと叩いて、それ以上は何も言わなかった。ちょうど立花がショッピングモールの入り口まで来たとき、ふいに足を止めた。真奈は一瞬きょとんとして、顔を上げて聞いた。「……まだ何かあんの?」立花は振り返って真奈をちらりと見やり、軽く目を走らせると、こう言った。「ドレスを2着、買いに行く」真奈は眉をひそめた。立花は馬場に向かって言った。「あとでいつもの店に車で行け」馬場は真奈を一瞥し、立花が彼女のために買うつもりだと察して、低く答えた。「……かしこまりました、ボス」真奈は無理やり、路地裏にある服飾店に連れてこられた。外観は目立たないが、店内の服はすべて輸入品で、どれも洗練された見事な仕立てだった。中に入るとすぐ、一人の女性店員が近寄ってきた。
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第764話

立花はわずかに眉をひそめた。楠木は眉を上げながら近づき、明るく声をかけた。「孝則、偶然ね。あなたもここで服選んでるの?」「はい、立花総裁は前回注文されたスーツの試着にいらっしゃったんですよ」女性店員が立花をかばうように答える。その頃、試着室の中に隠れていた真奈は、そっと様子をうかがい始めていた。楠木はそのまま、カーテンが閉じられている試着室の方をじっと見つめ、こう言った。「でも、なんで試着室で着替えないのかしら?誰かを待ってるようにしか見えないんだけど?」「俺が誰を待ってると思ってる?」そう言うと、立花は腕を伸ばして楠木の腰を抱いた。楠木はそのまま立花の膝の上に腰を下ろし、顔を赤らめた。「やだ、こんなとこで……人が見てるってば」「つけてきたのはお前だろ」「つけてなんかないわよ。ただ……昨夜私が着てたドレスが誰かに着られたって聞いたから、新しいのを2着作りに来ただけ」楠木は立花の首に腕を回し、甘えるように言った。「孝則、あのピアニスト、ちゃんと片付けた?」「ああ、もう解雇した」「よかったわ。新しい服を何枚か買いたいんだけど、買ってくれるでしょう?」「気に入ったのを選びな。あとで忠司がカードで支払う」「やっぱり、いちばん私を可愛がってくれるのは孝則だよね」楠木は立花の膝の上から立ち上がると、店内に並べられたドレスの中から気に入ったものを探し始めた。楠木の視線はすぐに、ドレスがかかっていないマネキンに向けられた。楠木は眉をひそめて言った。「このマネキンの服、どこ行ったの?」女性店員は慌てて弁解した。「それは……まだ陳列してなかったんです」「そうなの?まさか誰かが試着したんじゃないでしょうね?」そう言いながら、楠木はそのまま試着室の前まで歩いていき、カーテンを勢いよく開けた。中には、一着のドレスを残して何もなかった。おかしいわ……人は?どうして誰もいないの?楠木は向かいの店員に目を向けた。すると、店員は慌てて駆け寄ってきて言った。「本当に申し訳ありません。服を戻すのを忘れておりました。すぐに飾ってまいります」「いいわよ。この服、なかなか素敵だと思うから、私にちょうだい」「ですが……」楠木は不満そうに言った。「なによ、誰かに取られたから私には無理ってこと?」店員は立花の方を見た。立
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第765話

地下通路には赤い微光が漂い、そこかしこに不気味な空気が立ち込めていた。次の瞬間、突然誰かの手が真奈の口と鼻を塞いだ。驚いたその刹那、薬の匂いが鼻腔に侵入してくるのを感じる。――この匂い、以前海城で立花が自分に使った催眠ガスとまったく同じじゃない!真奈はすぐに息を止め、気を失ったふりをしてその場に崩れ落ちた。倒れる直前、彼女は自分の太ももを思いきりつねり、意識が飛ばないように必死に耐えた。この秘密通路には、絶対に表に出せない何かがある。この服屋、ただのブティックじゃない。絶対に突き止めてやる。真奈は、自分が誰かの肩に担がれているのを感じた。そのままトンネル車に乗せられ、地下通路を通ってどこか別の場所へと運ばれていく。それから――聞こえてきたのは、エレベーターに乗る音。三秒後、小さく電子音が鳴り響き、エレベーターが止まった。すぐに、真奈の耳に聞き覚えのある声が届いた。「はやく、丁寧に降ろせ」真奈の脳内に閃くものがあった。この声は内匠だ!内匠は真奈を受け取ると、怒りをあらわにして叱責した。「なぜ瀬川さんを気絶させたんだ?」「内匠さん、この女が叫びそうだったんですよ。このまま外に聞かれたら、俺がヤバいじゃないですか!」内匠はその言い分を深くは責めず、落ち着いた口調で尋ねた。「いつ意識を戻す?」「薬の量は多くないんで、あと三十分もすれば目を覚ますはずです」それを聞いた内匠はようやく頷き、「よし、ここでお前の役目は終わりだ」と言った。「はい、内匠さん」相手はすぐにその場を後にした。真奈はその隙を突いて、うっすらと目を開けた。目に映ったのは見覚えのある内装だった。これは立花グループのカジノとまったく同じ造り。ただし、どう見てもここは1階でも2階でもない……まさか、ここって、あのVIPしか入れない3階?「急げ、2階の休憩室に運べ。立花総裁が来るまでに瀬川さんに髪の毛一本でも何かあったら、お前ら責任取れよ!」「了解です!」警備員たちは慎重に真奈を階下へと運んだ。やがて休憩室に戻り、周囲に誰もいないことを確認してから、真奈はそっと目を開いた。彼女は軽く息を整え、テーブル脇にあったミネラルウォーターを一気に飲み干した。さきほど吸い込んでしまった催眠ガスはごくわずかだったが、それでもじわじわと眠気が押し
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第766話

どうやら、これらの品物は立花グループが表に出せない裏の取引らしい。人目につくのを避けるため、真奈は途中で引き返すことにした。部屋に戻ると、そこにはこそこそと動いている麗子の姿があった。「……あんた、何してんの?」真奈の声が冷たく響いた。麗子はびくっとして振り返り、おびえたように答えた。「せ、瀬川さん……」「さっき、何してたか聞いてんだけど?」真奈が一歩踏み出すと、麗子はうろたえながら後ずさりした。そして無理に笑いを浮かべながら言った。「内匠さんに、瀬川さんへお茶を届けるよう言われて……でも部屋に入ったらいらっしゃらなくて、そのまま下げようと……」麗子の手にある湯呑みを見た真奈は、ふっと笑みを浮かべた。「そうか」「そうなんですよ」麗子はお茶をテーブルに戻しながら言った。「瀬川さん、このお茶まだ温かいですよ。よかったらどうぞ」湯気の立つ茶碗を見つめながら、真奈はにこりと笑って答えた。「じゃ、そこに置いといて。あとで飲むから」「じゃあ、先に失礼します」麗子はそう言いながら、急いで立ち去ろうとした。真奈はテーブルの上のお茶を見つめ、ふと眉をひそめた。……さっき内匠が人を呼んで自分を運ばせたとき、自分はまだ意識がなかった。あの男は、薬の効果は三十分だって言ってたのに――なのに今、どうして内匠がわざわざお茶を届けさせる?麗子は明らかに怪しい。真奈は茶杯を手に取り、鼻先に近づけてそっと香りを確かめた。……このお茶、香りが妙だ。はっきりと何か混ぜ物の匂いがする。鼻を近づけた瞬間、どこかで嗅いだことのある薬の香りが鼻腔に広がった。真奈はわずかに眉をひそめた。以前秦氏の弟が彼女に手を出そうとしたとき、盛られていた薬の匂い……あれと同じだ。まさか……「立花総裁がすぐに来られるから、急いで階下を片付けろ」「かしこまりました」扉の外から、内匠と清掃員のやり取りが真奈の耳に届いた。真奈は手にした茶を見下ろし、唇の端をわずかに吊り上げた。いいわ、見せてもらおうじゃない。麗子がどんな手を使ってくるのか。その頃、休憩室の外では麗子が扉をじっと見つめていた。そして隣にいる裕福そうな男に向かって、そっと声をかけた。「村中(むらなか)社長、彼女はもう中でお待ちしております。どうぞお入りください」「い
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第767話

麗子は考える暇もなく、咄嗟に身を隠した。そのころ、休憩室の中では真奈が机にうつ伏せて、仮眠を装っていた。はっきりと、誰かが休憩室に入ってくる音と、鍵をかけるカチリという音が耳に届いた。すぐに、脂ぎった大きな手がそっと真奈の頬に触れてくる。真奈はわずかに眉をひそめたが、相手はまったく気づいていない。「お嬢ちゃん、今日はお前は俺のもんだ……」休憩室の設備は簡素だが、今の彼にとってはどうでもいいことだった。その瞬間、真奈がバッと目を開いた。村中は予想外の反応に一瞬たじろいだが、それがむしろ彼の興奮を煽ったようだった。「起きてたのか。起きてるほうが燃えるんだよな!」そう言って、村中は勢いよく真奈に飛びかかった。だが、真奈はすかさず身をかわし、その手をすり抜けた。「鬼ごっこ?俺、大好きなんだよ!」村中はますます興奮し、真奈に向かって突進してきた。目の前の、脂ぎった四十過ぎの男の顔を見て、真奈は思わず吐き気が込み上げる。いい加減にしろ。痛い目、見せてやる。そう決意した矢先、外からかすかに内匠の声が聞こえてきた。「立花総裁、彼女は中におります」その一瞬の油断のすきに、村中は一気に真奈にのしかかり、彼女の上着を乱暴に引き剥がした。さらに手を伸ばそうとしたそのとき、真奈が突然、張り裂けそうな声で叫んだ。「助けて!誰か、助けてっ!」「叫んでも無駄だ。どれだけ声を張り上げたところで、誰も来やしないよ」村中は自信たっぷりだった。麗子はすでに買収済み。今この時間、誰も二階には来ないと約束されている。だが、次の瞬間。部屋の扉が、轟音とともに蹴り開けられた。ビリヤード台に真奈を押し倒していた村中は、その音に凍りついたように動きを止めた。おそるおそる振り返る。扉の向こうに立っていたのは――顔を険しくゆがめた立花だった。「た、立花総裁……」村中は驚きのあまり数歩よろけ、あと少しで尻もちをつきそうになった。それを見た内匠の顔色もみるみる青ざめる。「村中社長……なぜここに……」「お、俺は金を払ったんだぞ!一体どうなってるんだ!」悪事の現場を押さえられた村中は、羞恥と怒りを滲ませながら叫ぶ。「立花グループは一体どういうやり方をしてるんだ……お前ら……」言い終わるより先に、立花の足が、村中の胸に鋭くめり込んだ。「へぇ?誰がお前と
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第768話

立花は真奈に目をやった。真奈が今日着替えたばかりの服は、村中に引き裂かれて無残な姿をさらしている。「ドレスを持ってこい」立花は静かに内匠に命じた。「かしこまりました、立花総裁」丁重に答えると、内匠は部屋をあとにした。再び立花が真奈に視線を戻し、二歩近づくと、彼女は思わず二歩後ずさった。「な、何よ……近づかないで!」「服が破れている」「賠償すればいいでしょう!」「上着十二万円。現金?それともカード?」「……」真奈は今、身一つ。財布も携帯も持っていない。十二万円なんて、どこにあるというのか。「……今は手元にないから、後で返すわ」そう口ごもりながらも、真奈はなんとか言った。立花は鼻で笑った。最初から真奈が返すとは、少しも思っていない。休憩室の中は今、二人きり。真奈はひとつ息を吸って口を開いた。「……あの服屋の試着室の下に、秘密の通路があったの。あれは何なのか、教えてくれる?」立花は黙ったままだった。真奈は言葉を継いだ。「試着室から落ちたあと、誰かに薬でも盛られたみたいに意識を失って……気づいたらここにいたの。これ、ちゃんと説明してもらわないと納得できないわ」「お前に説明する義務なんかない」立花は冷ややかに答えた。そして真奈を鋭く一瞥し、静かに警告を放つ。「余計なことはするな。でなければ――」「でなければ?」「お前をバラして犬の餌にするだけだ」その物騒な脅しも、どこか子供じみた戯言のようで、迫力には欠けていた。真奈は少し首を傾けて立花の顔を覗き込み、にやりと笑った。「ねえ、立花総裁。まさか、楠木さんが怖いわけ?」「黙れ」立花はそれ以上関わる気もなさそうに目をそらした。ちょうどそのとき、内匠がドレスを手に入ってきた。室内の緊張感に一瞬怯み、気まずそうに咳払いをしてから口を開く。「瀬川さん、立花総裁。ドレスをお持ちいたしました」真奈は内匠の手にあるドレスを一目見ると、それが自分が服飾店で選んだものだとすぐに気づいた。真奈は驚いて尋ねた。「これ、楠木さんが持って行ったんじゃなかったの?」試着室の中ではっきり聞いたはずだ。楠木がこのドレスを所望し、立花がカードで支払ったのだから。「ドレスが一着しかないと思ってるのか?着るのか、どうなんだ?」「……」真奈は高価そうなドレスを
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第769話

真奈の指が鍵盤の上でぴたりと止まる。すると立花は冷淡に言った。「続けろ」真奈は再び視線を麗子へと向けた。その麗子は、打たれた衝撃に全身を震わせている。内匠は腰からベルトを引き抜くと、何のためらいもなく、その革の帯を麗子の体に振り下ろした。「きゃっ!許して……お願いっ、許してぇ!」麗子は震え上がり、顔は恐怖に染まっていた。その様子を見ながらも、真奈は何とか平静を装い、演奏を続けた。「さっさと言え!誰の指示だ!」内匠の怒声が飛ぶと、麗子は涙声で叫んだ。「はい!話しますっ!お金がなくて……私が悪かったんです!でも全部、立花総裁のためにやったんです!お願いです、助けてくださいっ!」その言葉に、真奈の眉がわずかに寄る。立花も手を挙げて言った。「待て」内匠は動きを止める。立花は目を細め、冷えた声で尋ねた。「……全部、俺のためだと?」「はいっ、麗子がやったのは全部、総裁のためなんです!だって、瀬川さんには……問題があるんです!」麗子は急に真奈を指差した。真奈の指が鍵盤の上で止まる。立花は興味深げにその様子を眺めながら、口元にかすかな笑みを浮かべた。「続けろ。聞いている」「……あの夜、私はこの女が男と一緒にいるところを見ました。何やら親密そうで、それに……どうにかして立花総裁のもとから逃げ出したいって話してたんです!」「ほう?」立花の視線が真奈に向けられる。「……そんなことがあったのか?」「ないわ」真奈はきっぱりと否定した。ピアノを弾きながら、落ち着いた口調で言う。「麗子さん、私、あなたに何かしたっけ?なんでそんなふうにでっち上げるの?私が男と密会してたって言うなら、証拠ある?」「証拠ならあるわよ!」麗子が叫ぶように言った。「私はこの目で見たの、あんたが外国人の男とベタベタしてるところ!明らかにただの知り合いなんかじゃなかった!どう見てもあんな関係よ!」真奈の目が一瞬だけ鋭く光った……あの夜、ウィリアムと広場で話してたのを、まさか麗子が聞いてた?いや、もし本当に聞いてたなら、ウィリアムと話していたことだけを打ち明けるわけがない。黒澤の名前を出したはず。「外国人?」立花がちらりと内匠を見やると、内匠はすぐに答えた。「昨夜、瀬川さんを連れて行ったのは確かに外国人でした。それに……最近よくうちのカジノで賭けを
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第770話

この言葉を聞いて、真奈の心臓が「ドクン」と跳ねた。眉をひそめて言う。「人手を集めて立花総裁に対抗する?麗子さん、それ本気で言ってる?この洛城で、立花総裁に対抗できる人なんているわけ?」「あなた……」麗子の顔色がさっと険しくなる。あの夜、麗子は二人から距離があって、会話の細かい内容までは聞き取れなかった。ただ、なんとなく二人のやり取りから、真奈があの男に人を集めさせて、立花に対抗しようとしているように聞こえたのは事実だった。麗子は顔を上げ、立花を真っ直ぐに見つめながら訴える。「立花総裁、瀬川さんが総裁のそばにいるのは時間稼ぎですよ。彼女は恋人が迎えに来るのを待ってるだけです。私は、彼女に立花総裁が傷つけられるんじゃないかって……ただそれが心配で、真実を知ってほしかっただけですよ!」「あれこれ言ってるけど、全部あなたの勝手な言葉だけで、何の証拠もないんでしょ?」真奈の言葉に、麗子はすぐ反論した。「証拠はないけど、私はこの目で見たのよ!立花総裁、この女はどこの馬の骨ともわかりません。もし彼女が立花総裁の敵の差し金だったら、立花家は危ないですわ!」「あら、笑っちゃうわ。私はただのか弱い女子で、立花総裁に何ができるっていうの?こんなに大きな立花家が、私ひとりのせいで危機に陥るなんて?そんなふうに言うなら、あなたのほうこそ立花総裁を見くびりすぎなんじゃない?」わざとらしく言い放った真奈の言葉に、麗子の顔色がさっと青ざめた。真奈はそのまま立花の方へと向き直り、柔らかく問いかける。「ねえ、立花総裁はどう思う?」立花は淡々とした口調で命じた。「連れて行け」「はい、立花総裁」内匠がすぐに麗子の腕をつかんだ。引きずられるようにして、麗子は慌てて叫ぶ。「立花総裁!私の言ったことは本当です!信じてください!お願いです、立花総裁!」「行くぞ」内匠は彼女を力強く引き立て、廊下の突き当たりにあるエレベーターの前まで連れていく。真奈はふと目を向けた。エレベーターの表示ランプが、上の階へと昇っているのを示していた。麗子の顔には、絶望と恐怖がありありと浮かんでいた。三階には、いったいどんな秘密があるというのだろう。なぜ、あれほどまでに怯えるのか。「……俺に話しておきたいことは、他にないのか?」横から立花の声が響いた。振り返った真奈は、肩をす
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