安が亡くなってから、静華はようやく心穏やかな時間を取り戻しつつあった。もし安が生きていれば、静華が悲しむとき、あの犬がクンクンと鳴きながら寄り添ってくれたように、彼もまた同じように、静かに慰めてくれただろう。静華は目を伏せ、その表情がふっと和らいだ。胤道はその変化を見逃さず、自分でも気づかぬうちに、瞳に優しい光を宿す。不意に、静華がぴたりと足を止めた。危うく一人で行き過ぎるところだった胤道は、振り返って尋ねた。「どうした?」静華は眉根を寄せ、気配を探るようにあたりに意識を向けた。「子供の、泣き声が聞こえるの」「子供の泣き声?」胤道は意外そうな顔をした。ここは人通りの多い交差点だが、行き交うのは恋人たちやスーツ姿の大人ばかりで、子供の姿は見当たらない。「気のせいじゃないのか?」「ううん!」静華はきっぱりと否定し、下唇を噛んだ。「絶対に、聞き間違いなんかじゃないわ!」彼女は光を失った分、聴覚が人一倍鋭い。確かに聞こえたのだ。「くぐもった、小さな子の泣き声……きっと、このすぐ近くよ」胤道は仕方なく周囲を見回し――やがて一台の車に目を留め、息をのんだ。車内には、まだ一歳にも満たない赤ん坊が閉じ込められていた。どれほどの時間そうしていたのか、顔も体も汗でぐっしょりと濡れ、苦しそうに声を詰まらせている。全身は不自然なほど赤く染まっていた。「ここだ!」彼は静華に手短に状況を告げた。「車の中に子供が! 閉じ込められて泣いてるんだ」静華の表情が、不安から焦りへと変わる。おそるおそる車体に近づくと、泣き声はよりはっきりとし、子供がぐったりしているのが気配でわかった。彼女は血の気が引いた。「もう、あまり時間がないみたい。近くに親はいないの?」「いない」胤道は上着を脱いで腕に巻きつけると、静華に下がるよう促し、ためらわず、力任せに窓ガラスを殴りつけた。ガラスの割れる気配のない硬い音に、静華は胸が張り裂けるようだった。「石か何か硬いものはないの!? そんなことをしたら、あなたの腕が……!」「間に合わない!」胤道の目には、もはや車内の赤ん坊しか映っていなかった。この子の歳は……自分が腕に抱くことの叶わなかった我が子と、同じくらいだろうか。かつて、自分はあの子の命を救えなか
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