いや。本来ならドナーはいたのだ。朋美は3か月前に移植を受け、健康を取り戻しているはずだった。美羽はどうしても考えてしまう。もし3か月前に朋美がその心臓を手に入れていたなら、今ごろはICUで生死の狭間にさまよってるのではなく、実家で仙草ゼリーを作りながら、「ハチミツにする?それとも黒糖にする?」と彼女に聞いていたはずだ、と。深く息を吸い込んむと、肺に入った空気は錆びついた血の匂いを引き裂いて広がった。美羽は踵を返し、階段を下りた。――翔太に会わないと。……病院の駐車場。さっき彼女が車を降りた場所に、まだ翔太の車は止まっていた。清美が傘を差し、車のそばに立っている。待っているのだ。明らかに、彼女を。あの男からは逃れられない。そう感じていた。失敗率一割の医師を口にしたときから、結局は彼の掌に落ちる運命だったのだ。正志が刑務官に連れ去られる場面、朋美がICUに横たわる場面が脳裏をよぎった。美羽はその車へまっすぐ駆け寄った。清美が慌ててドアを開けた。中では翔太が足を組み、指先の煙草はすでに吸い終わりに近かった。彼女が自分に向かって走ってくる姿を見て、翔太は思い出した。過去3年間、彼女が自分を見つめるときの、あの愛情と真心に満ちた眼差しを。退職してから、その眼差しは二度と見られなかった。だが――構わない。また手に入れればいい。唇の端をわずかに曲げ、電話口の相手に「すぐ行く」とだけ告げて切った。美羽は車に乗り込まなかった。清美が傘を差し出したが、彼女はそれを押しのけた。すでに全身ずぶ濡れで、これ以上濡れても同じだった。雨はあまりにも激しかった。空に穴が開いたかのように。頭からつま先まで水に覆われ、彼女はその場に立ち尽くした。蒼白な顔、血の気のない唇。彼女はまっすぐに翔太を見つめていた。「言いたいことがあるなら言え。睨んだって、考えなんか読めない」彼は冷ややかに言った。美羽の声は冷静に聞こえた。一語一語、はっきりと。「母はもう駄目かもしれない。ICUに入っていて、生きているのは機械のおかげ。死んでいるのと変わらない。人工心臓しか方法が残されていない……本当に『失敗率一割の医師』がいるの?翔太、私を騙さないで」「いる」彼は即答した。美羽は喉を鳴らした。「もし今日、ICUに横たわっている
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