All Chapters of 離婚は無効だ!もう一度、君を手に入れたい: Chapter 571 - Chapter 580

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第571話

「ママ......リズ?」藤堂言の声は弱々しく、今にも泣き出しそうだった。九条薫の唇は震え、彼女は藤堂言を優しく抱きしめた。何も言わず、何も聞かなかった......なぜ自分が藤堂沢のそばにいられるのか、なぜ彼が自分にこんなに優しくしてくれるのか、その答えは一つしか考えられない。自分こそが藤堂沢の妻なのだ。彼女はこみ上げる感情を抑え、藤堂言の手を取り、運転手にタクシーで帰ると告げた。運転手は藤堂沢に確認を取ってから、それを了承した。九条薫は藤堂言の顔を撫でて言った。「ご飯を食べに行こう!」その後、藤堂言はランドセルを背負ってくれた九条薫の手を掴んで離そうとしなかった。そして、彼女は心の中でこっそりとママが帰ってきてくれたのだと思った。九条薫は、世界的に有名なTHEONEというフレンチレストランを選んだ。彼女が入店するなり、店員は驚いて固まり、どもりながら「九条社長!」と叫んだ。藤堂言は驚いて固まった。九条薫も少し驚いた後、穏やかな口調で尋ねた。「私のことを、知ってるの?」店長が慌てて駆けつけ、取り繕った。「お客様、申し訳ございません!新人の店員で、人違いをしてしまいました!」人違い......九条薫は軽く微笑みながら言った。「奇遇だね。私も九条という苗字なのよ」店長は気まずそうに、彼女たちを一番良い席に案内した。大きな窓からはB市の夜景が一望できるうえ、店長が勧めてきた料理は、どれも九条薫と藤堂言の好物だった。九条薫はメニューを閉じ、フランス語で言った。「これでお願い」店長はすぐに料理の準備をさせた。九条薫は静かに座り、街の灯りが徐々に灯っていくのを眺めていた。向かいに座っていた藤堂言が席を立ち、突然、彼女の胸に飛び込んできた......藤堂言は何も言わなかった。しかし、それがすべてを物語っていた。藤堂言と藤堂群は、自分の実の子で、藤堂沢は自分の夫なのだ。だから、お腹には薄い妊娠線があり、子供たちはすぐに自分に懐いた。だから、藤堂沢は自分の体のことをよく知っていて、簡単に自分を興奮させることができたのだ。何年か夫婦として生活し、数え切れないほど愛し合ってきたのだから。断片的な記憶が、彼女に語りかけてきた。二人の結婚生活は順風満帆ではなく、辛い時期もあったようだ。だけど、
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第572話

数分後、九条薫は水谷燕とカフェで向かい合って座っていた。藤堂言は隣のソファで退屈そうに本を読んでいたが、二人の会話に耳を澄ませていた。水谷燕は藤堂言を見て、悲しい気持ちになった。かつて、藤堂言は自分を「水谷おじちゃん」と呼んでくれていたのに、今は忘れてしまっている。彼は視線を九条薫に戻し、「大きくなったな」と言った。彼は複雑な表情で、九条薫を見つめた。もし九条薫が過去を覚えていたら、あれほど自分を憎んでいた彼女が、一緒にコーヒーを飲むはずがない......あの夜、彼女が車で自分を轢き殺そうとしたことを、彼は鮮明に覚えていた。九条薫は、自分が誰なのかに気づいたのだ。彼女はコーヒーをゆっくりとかき混ぜながら、静かに言った。「すみません、昔のことは何も覚えていない。あなたのことも......私たちに、何か特別な関係があったとは思えないけど」水谷燕は、少し顔を上げた。薄暗い照明の下、彼の目尻が潤んだ。しばらくして、彼は静かに言った。「ああ、私たちはただの仕事仲間だった。君の依頼で裁判の弁護を担当した弁護士だ......君が元気そうで本当によかった」九条薫は突然「でも、私たちには縺れ合いもあった」と言った。水谷燕の顔の筋肉が、ピクピクと痙攣した。彼は何も答えず、財布から2千円を取り出し、テーブルに置いた。そして、席を立ちながら言った。「答えを知りたければ、あの邸宅を探してみろ。君が藤堂さんと何年も暮らした場所だ」彼は夜の闇に消えていった。九条薫は静かに座っていた。今の男の言葉が、答えを教えてくれた。自分は藤堂沢の妻なのだ。九条薫は携帯の検索エンジンで【藤堂グループ】、【藤堂沢】、【THEONE】を検索した。表示された情報が、彼女の目に飛び込んできた。彼女の過去が、徐々に明らかになっていく......藤堂沢との結婚、九条グループの事件、弁護士の水谷燕......そして、藤堂沢と白川篠の噂。ネットは、すべてを記憶している。自分と藤堂沢は元々愛し合っていたわけではなく、二人の結婚生活も、脆く壊れやすいものだったんだね。そして、なによりも二人の間には、ずっと第三者が存在していたのだった。だから、藤堂沢は自分には「夫などいない」と言ったのだ。だから、藤堂沢は二人の結婚の事実を隠していたのだ。
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第573話

九条薫が目を覚ますと、そこは病院だった。天井の照明が眩しくて、彼女は思わず再度目を閉じた。しばらくして目を開けると、藤堂沢がベッドの脇にいた。スーツ姿の彼は、会社から駆けつけたのだろう。彼の目は、血走っていた。九条薫は窓の外に沈みゆく月を見て、静かに尋ねた。「今何時?」「午前1時だ」藤堂沢は嗄れた声でそう言うと、彼女の顔に優しく触れ、じっと見つめた。彼らはお互いを求め合い、男女の関係になった。しかし、今は何かが違っていた。藤堂沢の眼差しには、男としての愛情だけでなく、夫としての優しさがあった......しかし、彼に優しくされるほど、彼女の心は切なくなっていた。白川篠は、彼女の心に深く突き刺さった棘だった。九条薫は白い枕に顔をうずめ、藤堂沢の息遣いが聞こえる中、長い沈黙が続いた。しばらくした後、彼女は口を開いた。「ネットに書いてあることは、本当なの?私たちの結婚生活は不幸で、白川さんも実在したんだよね?」藤堂沢が病院に着いた時、藤堂言からすでに話を聞いていた。九条薫が、この件について素直に話してくれたことを、彼は幸いに思った。しかし、女が気にしないはずがないことも、彼は分かっていた。彼はその気持ちをよくわかっていた。彼女はきっと自分が他の女性を愛していたのではないかを気にしているんだろう、そして、今の自分も演技なのではないかと疑っているんだろう......九条薫は......自分への想いを、諦めようとしていた。藤堂沢は少し躊躇した。彼は窓辺に立ち、タバコを吸いたくなったが、我慢した。そして、苦しそうに言った。「薫、確かに俺たちの結婚生活には色々あったが、俺は彼女を愛したことは一度もない。最初から、ただの誤解だったんだ。それに、記憶を失う前の俺たちは、深く愛し合っていた」最後の言葉は、強い口調で、ほとんど取り乱しているかのようだった。白川篠の記憶は、九条薫だけでなく、藤堂沢にとっても辛いものだった。白川篠のせいで、彼は何度も九条薫を裏切り、傷つけてきた。彼女には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。この罪悪感は、一生消えることはないだろう。彼は白川篠との関係を認めたが、詳しいことは話さなかった。九条薫は瞬きをしながら尋ねた。「沢、あなたを信じてもいい?私たちが以前、愛し合っていたことを?」
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第574話

だから、彼女はさっき、自分のキスを避けたのだ。それは最も正直な人間の本能だ。藤堂沢は彼女を無理強いしなかった。これだけの苦難を乗り越えて、再び一緒になれただけでも、奇跡だ。だけど、それでも胸が苦しかった。九条薫は、自分を拒絶し、心の扉を閉ざしてしまった。白川篠という女が、かつて存在したせいで。深夜、九条薫は疲れて眠りについた。しかし藤堂沢は、全く眠れなかった。彼は病室のドアを開け、廊下の端まで歩いて行き、しばらく立ち尽くした。震える指でタバコを取り出したが、火をつけることはなかった。窓は少しだけ開いていて、黒いシャツ一枚の彼は、寒そうだった。しかし、彼は気にしなかった。彼は孤独に夜の闇の中に立ち、タバコを手に持ったまま、報われない愛の苦さを味わっていた……九条薫は、この愛は盗んだようなものだと言っていたが、本当は自分のほうが束の間の幸せを盗んでいたのだった。今、九条薫は過去を知ってしまった。それでも、自分に下された罰が足りないだろうか。藤堂沢は、廃れた笑いを浮かべた。たとえ罰が足りなくても、彼女を諦めるわけにはいかなかった。......九条薫が入院して2日目、小林颯がやってきた。小林颯がドアを開けた時、九条薫は音に気づき、彼女を見た。二人は見つめ合い、互いの目に涙が浮かんでいた。九条薫にはわかった。この人が小林颯、自分の親友なのだと。小林颯は、彼女を抱きしめた。以前はおっちょこちょいだった小林颯も、今は落ち着いていて、九条薫の体に異常がないか隈なく確認した。大したことがないのを分かって、小林颯は安心した。彼女はこみ上げる感情を抑えきれず、声を詰まらせた。「あなたが戻ってきたと聞いて、すぐにでも会いに行きたかったんだけど、驚かせてはいけないと思って......薫、本当に良かった!あなたが事故に遭った時、私は気が狂いそうだった」九条薫は、すべてを忘れてしまっていた。しかし、小林颯の耳にかけた補聴器を優しく撫でていると、思わず心が痛んだ。小林颯にも辛い過去があったのだろうと彼女は察した。小林颯は涙を流しながら、九条薫の手を握りしめた。「私は大丈夫!昔のことは考えないで。杉浦先生も、考えすぎると頭痛がするって言ってたでしょう......全部、私が話してあげるわ!」小林颯は
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第575話

九条薫は、その言葉を聞いて体が硬直した。藤堂沢は彼女に断られると思っていたが、九条薫は少し考えた後、小さく「うん」と頷いた。藤堂沢は、一瞬言葉を失った。しばらくして、彼は思わず彼女を強く抱きしめ、「怒っていないのか?」と尋ねた。九条薫は少し考えてから言った。「怒っている。でも、昔の自分の気持ち......あの時の絶望感や、狂おしいほどの感情は、もう思い出せないんだ」彼女は正直に言った。「でも沢、あなたへの気持ちも、冷めてしまった」そう言うと、彼女は彼の腕の中で向きを変えた。彼女は彼を見上げ、少し嗄れた声で言った。「これからは、恋人同士ではなく、『藤堂さん』と『藤堂家の嫁』になるわね。沢、あなたが私を裏切らない限り、私も妻としての責任を果たしていこうと思うの。過去はもう忘れることにしたわ。子供たちのためだけでなく、私自身のためにも......医者さんからも、無理に思い出そうとしない方がいいと言われているから」彼女の声は穏やかだったが、苦しみが滲んでいた。記憶はないが、過去の辛い出来事を知りながら、尚も彼と一緒に生き行かなければならない。藤堂沢は彼女を抱きしめ、彼女の首元に顔をうずめた。しばらくそのまま抱き合った後、彼は低い声で言った。「薫、義務感だけでなく......俺を愛してくれるか?」ほんのわずかでも。九条薫は、肯定も否定もしなかった。この世で最も不確かなもの、それが人の心なのだ。夜は静まり、彼女は彼の肩に寄りかかっていた。彼と出会ってからの出来事を思い出した。あの日、古びた安宿で......藤堂沢には、女性を惹きつける魅力があった。彼自身もそれを自覚していて、だからこそ、簡単に自分を落とすことができたのだ。彼はどんな気持ちで、自分に近づいてきたのだろう?九条薫は、長いまつげを震わせた......表面的には以前と同じように見えるが、二人の間には、決定的な違いがあった。以前のような甘い雰囲気は、全くなくなっていた。......翌日、藤堂沢は九条薫の退院手続きを済ませた。病室を出る時、すべてが変わっていた。彼女は、藤堂沢の妻に戻ったのだ。藤堂沢の秘書として過ごした日々は、まるで夢のようだった。後になって、穏やかな日々の暮らしの中で、九条薫は何度も、もし、あの時、真実を知らず
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第576話

九条時也は、ずっと後悔していた。幼い頃から、ずっと九条薫を可愛がってきたのに、あの時は彼女と喧嘩してしまった。彼は九条薫を抱きしめ、苦しそうな声で言った。「無事で良かった!」九条薫は、彼のことを覚えていなかった。しかし、彼の温もりに、彼女は泣きそうになった。彼女もまた、九条時也の腕に抱きつき、涙声で言った。「お兄さん!」九条時也は、彼女の頭を優しく撫でた。二人はとっくに大人になり、こんなに親密な接触は久しぶりだった。しかし、妹を取り戻した喜びに、九条時也は我を忘れ、まるで幼い頃のように、彼女を抱きしめて離そうとしなかった。そばにいた藤堂沢が、落ち着いた声で言った。「寒いから、中に入ろう」佐藤清は涙を拭き、「ええ!もともと体が弱いんだから、早く入ろう」と促した。一家は家の中に入っていた。リビングに通されると、藤堂言は母親の隣に寄り添った。しっかり者の彼女は、弟の藤堂群の面倒をよく見ていたが、その時、ある匂いに気づき、鼻をつまんで言った。「津帆くんが漏らした!」佐藤清が確認すると、本当にそうだった。藤堂言は新しいオムツを持ってきて、手際よく九条津帆に履き替えさせた。彼女は九条津帆を人形のように扱っていた......藤堂群はもう大きくなったから、いいようにさせてくれなくなったから。九条津帆はまだ数ヶ月だったが、泣きはしなかった。九条薫は二人の子供を見ながら、九条時也に尋ねた。「お兄さん、義姉さんは?」九条時也は一瞬、言葉を失った。彼は直接答えず、「根町で療養中だ。良くなったら、連れて帰ってくる......」と濁した。九条薫は記憶を失っていたが、何か事情があることには気づいていた。それでも、彼女は何も聞かなかった。彼らは静かに食事をした。午後になると、九条時也は九条津帆を連れて先に帰った。数日後に根町へ戻るので、その時にまた会おう、と言い残して......佐藤清は彼を玄関まで見送った。リビングでは、藤堂言が藤堂群と遊んでいた。九条薫は窓の外の光を見ながら、藤堂沢に静かに尋ねた。「兄と義姉さんは、仲が悪いの?」彼女は、すべてのことを知りたかった。ふっと彼女は水谷燕が、すべてを知りたければ、あの邸宅を探せ......っと言っていたのを思い出した。しかし、九条薫は、真実を話してくれるのは藤
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第577話

彼女がそう言い終わるとすぐに、藤堂沢は唇を重ねてきた。首筋に注がれた熱いキスは、バスローブがはだけていくにつれて、さらに下へと......九条薫は少し顔を仰け反らせ、こみ上げる情熱を鎮めようとした。女としての欲望に火がつきそうになるも、心のどこかで抵抗していた彼女は、藤堂沢がさらに求めようとした時、とっさに彼の腕を掴んで止めた。嗄れた声で、彼女は言った。「沢、少し疲れたんだ」藤堂沢は人の心を読み取るのが得意だった。彼は女を良く知っているからこそ、彼女の言う「疲れた」は、ただしたくない時の言い訳だと、察した。彼は無理強いはしなかったが、すぐに彼女を解放することもなく、しばらくの間、彼女の肩に顔をうずめていた。それから、浴室へ向かった。しばらくすると、シャワーの音が聞こえてきた。九条薫は、彼が一人で解決したのだろうと思った......案の定、浴室から出てきた藤堂沢は、濡れたバスローブを着ていて、凛々しい顔には、満足げな表情が浮かんでいた。九条薫の視線に気づき、彼は少し照れくさそうに言った。「しないと、夜、寝られないからな」特に、同じベッドで寝るのだ。九条薫は戻ってきた。二人は夫婦なのだ。たとえ彼女の心がまだ離れていたとしても、別々に寝ることはしたくない......いつか、彼女が心を開いて、本当の夫婦になれると信じていた。その瞬間、微妙な空気が流れた。九条薫は落ち着かない様子だったが、その時、藤堂沢が彼女のそばに来て、彼女を抱き上げた。彼女の体はとても軽かった。彼の腕の中で、羽根のように軽い彼女の黒髪は彼の肩にかかり、白い肌をより一層際立たせていた......藤堂沢は彼女を見下ろし、喉仏を上下させた。この光景は、まるで彼らの新婚初夜のようだった。あの時も、こうして彼女を抱き上げた。しかし、あの夜は自分が乱暴にシルクのパジャマを引き裂き、彼女は一晩中泣き続けた。藤堂沢は彼女をベッドに下ろした。柔らかいベッドに横たわる九条薫に、彼は覆いかぶさり、キスをしながら甘い言葉を囁いた。「薫、もう二度とお前を傷つけない。お前が嫌がることは、もうしない」彼は、彼女の唇にひたすら優しくキスしていた。彼の体は再び反応していたが、彼は気にせず、ただ優しく彼女を抱きしめていた......夜中に、雨が降り出
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第578話

彼は暖房をつけ、彼女が好きなブルーマウンテンコーヒーを入れてやった。コーヒーの香りが部屋に広がると、彼は穏やかな口調で言った。「眠れないのか?昔のことが知りたいのか?」九条薫は否定しなかった。藤堂沢は彼女の向かい側に座った。彼は、夜の静寂よりもさらに低い声で言った。「薫、俺たちの過去は、幸せなばかりではなかった。辛いこと、悲しいこともたくさんあった。それでも、もしお前が知りたがっているのなら、話そう」九条薫は黙っていた。藤堂沢は少し辛そうに言った。「俺には一つだけ、お願いがある。俺から離れないでくれ」九条薫は頷いた。「約束する」藤堂沢は嗄れた声で、彼らの過去について語り始めた......彼は何も隠さず、脚色することもなく、ありのままの過去を彼女に話した。白川篠のこと、あの平手打ちのこと、そして、彼女を療養所に入れたこと。空が明るみ始めた頃、雨は止んだ。ようやく話し終えた藤堂沢の目は赤く腫れ、心は張り裂けそうだった。それは、1年間、九条薫を捜し続けていたあの頃と同じくらい、辛い時間だった。九条薫はうつむき、飲み終えたコーヒーカップの縁にこびりついたコーヒーの跡を見ていた。彼女は長い間、黙っていた。彼女は藤堂沢の話をゆっくりと噛みしめた。そして、静かに言った。「午前中、会議があるんでしょう?少し休んだら」彼女の声は穏やかだったが、藤堂沢は思わず目をつぶった。この瞬間、九条薫は本当意味で藤堂家の嫁となったのだ。......九条薫は、すべてを知った。彼女は約束を守り、藤堂沢の元を去らなかった。藤堂沢の妻として、彼と共に生きていくことを選んだのだ。そして、体のことを思って、定期的に医師の診察を受け、過去を詮索しようとはしなかった。半月かけて、彼女はTHEONEの経営に復帰した。新しい生活にも慣れ、佐藤清にも優しく接し、今まで以上に子供たちのことも細やかに面倒見ていた。まるで、記憶を失ったことなどなかったかのように。ただ、藤堂沢との間には、過去の出来事が影を落としていた。彼女は彼に、どこかよそよそしく......夜、彼が近づいてきても、彼女は何も感じなくなっていた。九条薫は、藤堂沢に対して冷めてしまっていたのだ。以前は、彼が触れるだけで、彼女の体はすぐに反応した。しかし今は、どんなに
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第579話

九条薫が断ろうとしたその時、誰かに腰を抱きしめられた。顔を上げると、そこには藤堂沢の深い瞳があった。そして瞳の奥には、男ならではの独占欲が見て取れた。二人は見つめ合い、互いの呼吸が乱れるまで続けていた。二人ともいい大人だ、この微妙な空気を感じ取らないはずがなかった。九条薫はそれ以上拒絶せず、柔らかな声で「ありがとう」と言った。藤堂沢の瞳はさらに深くなり、声は掠れていた。「俺たちは夫婦だ。夫が妻を喜ばせるのは、当然のことだろう?」九条薫の胸は、高鳴った。幸い、藤堂沢はそれ以上何もせず、彼女にコートをかけて言った。「時間だ、行こう」九条薫が記憶を取り戻してから、二人が初めて公の場に姿を現した。30分後、ピカピカに磨かれた黒塗りの車がホテルのエントランスに到着し、運転手が後部座席のドアを開けた。藤堂沢は車から降り、車の屋根に手を当てた。フラッシュの嵐の中、細い手が藤堂沢の大きな手に優しく包まれ、二人はしっかりと手を繋いでいた......まるで、仲睦まじい夫婦のようだった。九条薫が記憶を失っていたことなど、誰も想像できなかっただろう。少し離れた場所で、水谷燕が車から降りたところだった。彼はちょうどその光景を目にし、冷たい夜風のせいだろうか、それとも他の理由か、彼の目には涙が浮かんでいた......しかし、九条薫は彼に気づかなかった。彼女は藤堂沢と共に会場に入り、藤堂沢が仕事関係の人々と話している間、彼女は静かに彼の隣に立っていた。以前の九条薫なら、こんな風に扱われるのは嫌だっただろう。しかし今の彼女は、藤堂沢の妻という立場をうまく利用していた。周りの人々が彼女を「藤堂奥様」と呼んでも、彼女も前の様に気にすることはなくなった。彼女にも広めたい事業があったのだ。「藤堂奥様」という肩書きは、彼女の仕事にも有利に働くのだから、それを断る理由はどこにもないのだ。藤堂沢の商談は順調に進み、彼は契約書にサインをするため、会場の隅にある休憩室へ向かった。田中秘書が、すでにそこで待機していた。藤堂沢は九条薫が退屈するといけないと思い、伊藤夫人に彼女の話し相手を頼んでいた。伊藤夫人は喜んで引き受けた。藤堂沢が去ると、伊藤夫人は九条薫の手を握りしめ、涙を浮かべながら言った。「この間、颯と食事をした時、あな
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第580話

九条薫は頷いた。「教えてくれて、ありがとうございます」彼女がそう言うと、九条時也がこちらを見てきた。兄妹は、意味深な視線を交わした。しばらくして、九条時也は立ち上がり、こちらへ歩いてきた。伊藤夫人は、気を利かせて席を外した。伊藤夫人が去ると、九条薫はぎこちなく微笑んで言った。「お兄さん!」九条時也は向かいのソファに座り、田中詩織の方をちらりと見てから、九条薫を見た......彼はポケットからタバコを取り出し、テーブルに軽く叩きつけた。しかし、火はつけなかった。彼は妹をしばらく見つめた後、そっと言った。「ああ、俺は苑と離婚するつもりだ。でも、他の女がどうこうってわけじゃない。女は、ただの遊び相手だし、俺の結婚生活に影響を及ぼすほどのものでもないさ」彼の言葉から田中詩織とは結婚をするつもりはない、というのは明らかだった。九条薫は思わず言った。「お兄さん、昔はそんな人じゃなかった!」言い終わると、彼女は我に返った。過去の記憶はないものの、彼女の本能が訴えていた。兄は、こんな男ではなかった。妻を裏切って浮気をするような、不誠実な男ではなかった。彼女は九条時也をじっと見つめていた。九条時也は苦笑いし、多くを語らなかった。ただ、幼い頃にしたように、九条薫の頭を優しく撫でた......彼もまた、もがいでいたのだった。そもそも水谷苑に復讐すべきではなく、彼女との結婚も間違いだったのではないかと自問さえしたことがあった。彼女が今の状態になったのは、果たして水谷苑への罰か、それとも、自分への罰なのだろうか。彼女の無邪気な顔を見るたびに、胸が痛んだ。離婚するのが一番いい。彼女に不自由のない生活をさせてやり、そして、もう二度と会わない......そうすれば、この痛みも消えるだろうか?二人はあまり会話を交わさず、すぐに九条時也は田中詩織を連れて帰って行った。九条薫は気分が優れなかった。彼女がトイレに入り、金色の蛇口をひねると、鏡に知らない女の顔が映った。だが九条薫は、すぐに彼女が誰なのかを察した。白川雪、白川篠の従妹で、藤堂沢と少しの間、関係を持っていた女。白川雪も、鏡越しに九条薫を見ていた。九条薫が着ているオートクチュールのドレス、身につけている宝石、どれも数億円はするだろう。白川雪の目には、嫉
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