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598 فصول

第591話

「……若葉雲珠」小広間の入り口から、低く冷え切った男の声が響いた。氷の刃のように鋭く、雲珠の吐き捨てる言葉を強引に断ち切る。雲珠が弾かれたように振り向くと、逆光の中に長身のシルエットが浮かんでいた。背後から吹き込む夜風が、トレンチコートの裾を激しく揺らしている。男の全身からは、肌を刺すような威圧感が放たれていた。いつもはどこか余裕のある笑みを湛えていたはずの瞳が、今は冬の深淵を思わせる冷徹さで、一分の隙もなく彼女を射抜いている。桐嶋涼だ。彼が大理石の床を蹴るたびに、重苦しい圧迫感がじりじりと部屋を支配していく。雲珠には目もくれず、涼はただ一点、震える小さな背中だけを見据えていた。「瑛優」発せられた声は、驚くほど優しく、張り詰めた心を解きほぐす力を持っていた。「……おいで」その瞬間、瑛優が必死に保っていた強がりは脆くも崩れ去った。「涼おじさん!」縋るようなその叫びは、まるで迷子の雛が親を呼ぶ悲鳴となって、冬真の胸を鋭く切り裂いた。瑛優は駆け寄り、涼の足にしがみついた。足元に顔を埋め、小さな肩を一心不乱に震わせる。それでも、決して声を上げて泣きはしなかった。涼は屈み込み、その小さな身体を迷わず抱き上げた。壊れ物を扱うように、それでいて二度と離さないと言わんばかりの力強さで、彼女の背中を大きな手で包み込む。愛おしむように瑛優を肩に預けさせてから、ようやく彼は顔を上げた。向けられた双眸の悍ましさに、雲珠は言葉を失い、たじろぎながら後退(あとずさ)った。「桐嶋ッ……!」冬真の声が、押し殺した怒りとともに裂けた。瑛優を抱き上げた涼の姿を目の当たりにし、その瞳が激しく揺れる。「その子を放せ。ここは橘の屋敷だ。部外者のお前に、何をする権利がある……!」「権利だと?」涼の唇が、凍てつくような弧を描いた。だが、その瞳に温度はない。「人を助けに来たのさ。無実の女性を不当に監禁し、あげく五歳の子供に罵声を浴びせる。そんな連中のもとからな」涼は言葉を切り、鋭い視線を冬真に突き刺した。「橘冬真、自分の娘一人守れないお前が、どの口で俺に指図している?」冬真の顔が、屈辱に赤く染まった。「瑛優」思わず、娘に声をかける。自分を頑なに拒み、母からは叱り飛ばされていたはずの娘。だがその小さな女の子は、あろうことか涼の腕の中
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第592話

涼の放つ凄まじい気迫に、雲珠は一度はたじろいだ。だが、「監視カメラ」という言葉を耳にした瞬間、その顔に勝ち誇ったような笑みが戻る。「この屋敷にカメラなどあるはずがないでしょう。女主人である私が知らないとでも?」雲珠は強気に背筋を伸ばし、涼をあざ笑った。「……なるほどな。夕月の後ろ盾はもういないと決めつけ、この家で好き勝手に振る舞ってきたわけだ」涼の唇が、冷酷な弧を描く。彼は手元のノートパソコンを開き、無機質な起動音を響かせた。「貴様、何をするつもりだ」冬真が問い詰める。だが、その言葉が終わらぬうちに、鋭い風が空気を切り裂いた。「っ……!」避ける間もなかった。涼の右手が冬真のうなじを背後から力任せに抑え込み、逃れられぬ力でその頭を机へと押しつけたのだ。「何をするの、離しなさい!!」雲珠が甲高い悲鳴を上げて飛びかかる。涼の背後からその腕を掴もうとしたが、涼は振り返りもせず、空いていた左手で彼女の結い上げた髪を容赦なく掴み取った。「ああああっ!」優雅な夜会巻きが無残に崩れ、雲珠から絶叫が漏れる。だが、涼はその細い腕一本で、親子二人の自由を完全に奪い去っていた。「二人とも、その濁った眼でよく見るんだな」涼の瞳に、凍てつくような冷光が宿る。冬真の視線が、強引にパソコンの画面へと固定された。その瞬間、彼の顔から余裕の色が消え去り、表情が凍りついた。画面に映し出されていたのは、紛れもなく今の地下貯蔵室の映像だ。薄暗いコンクリートの壁際で、両手を縛られた夕月がぐったりと座り込んでいる。映像が、早送りに切り替わった。そこへ、一人の女が猛然と飛び込んでくる。雲珠だ。彼女の手に握られた「はたき」が、鋭い音を立てて何度も夕月に振り下ろされる。音声はなくとも、雲珠の形相から発せられる罵声が、画面を突き抜けてくるかのようだった。冬真の瞳孔が、激しく収縮した。涼に屈服させられ、頭を押さえつけられている肉体的な苦痛など、もう感じない。それよりも深い、どろりとした屈辱が冬真を襲い、その喉元を締め上げた。「そんな……ありえないわ!」雲珠は金切り声を上げ、狂ったように手を伸ばしてパソコンの画面を叩き伏せようとした。だが、涼はそれを軽くいなし、彼女を数歩後退させる。「地下室に監視カメラなんてあるはずがない!捏造よ、これは全部あなたが作った
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第593話

冬真から漏れた乾いた笑いが、静まり返った広間に尖った棘のように突き刺さる。それは、やり場のない憤怒と屈辱が混じり合った、剥き出しの嘲笑だった。「桐嶋涼!」一文字ずつ、呪いを吐き出すように冬真が吠える。「六年も前から、人の妻を覗き見していたとはな。桐嶋グループの社長ともあろう男が、そんな破廉恥な真似をして……お前の、そして桐嶋家の面目はどこへ行った!」冬真は抗おうと身体を捩ったが、うなじを抑え込む涼の腕は微動だにしない。パソコンの画面を強制的に見せつけられるその姿勢は、彼にとって耐えがたいほどに屈辱的だった。対する涼は、その追及を否定しなかった。ただ静かに、冬真を見据えている。いつもなら柔和な笑みを湛えているはずのその切れ長の瞳には、今や凍てつくような冷静さと 、冬真には理解しがたいほどの堂々たる光が宿っていた。――何がそんなに誇らしい。他人の妻への執着を口にして、恥ずかしくないのか。「夕月への想いはな、橘冬真。六年前なんて短いものじゃない」涼の声は決して大きくはなかったが、氷に打ち込まれる釘のように鋭く響いた。「いいか、よく聞け。俺がお前よりも先に彼女と出会っていたんだ」冬真の顔から、嘲りの色が消え失せた。「お前はただ、先に彼女と結婚しただけだ。だが、一度として彼女を慈しんだことなどなかっただろう」涼の視線が、ふと遠くを見つめるように彷徨った。だが、すぐにその眼差しは刃となって冬真を射抜く。「この家で彼女がどれほど蔑まれ、傷ついてきたか。お前はそれを見て見ぬふりをした。彼女が捧げてきた献身を当然だと思い込み、彼女の孤独には指一本触れようとしなかった……!」冬真の顔は青ざめ、激しい動揺を隠せないまま、その胸板が大きく波打っていた。涼の声が一段と低く、冷え切ったものに変わる。「彼女が深夜まで一人、書斎で働き続ける姿も、若葉雲珠に虐げられる姿も、俺はずっと見てきた。あれほど優秀な女性を、お前たちは都合のいい無給の家政婦か何かのように扱ってきたんだな」涼は冬真のうなじを掴んでいた手を離し、一歩退いた。その眼差しは、鋭い刃そのものだ。「橘冬真、俺が卑劣で手段を選ばない男だと?ああ、そうだろうよ。だがな、お前に彼女を語る資格があるのか?六年間の結婚生活で、お前は彼女に何を与えた?冷遇と無視、そして……あの地下室に転がっている、
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第594話

「夕月……!」ボロボロになった彼女の姿を目にした瞬間、涼の胸を鋭い痛みが突き上げた。堪らなくなって、反射的に駆け寄ろうとする。だが、夕月は前だけを見据え、一歩、また一歩と広間へ足を踏み入れた。その足取りは驚くほど静かで、力強い。彼女の視線は、冬真の顔に釘付けにされていた。射抜くようなその眼差しは、凍てつくほどに冷ややかだ。まるで、目の前にいるのが得体の知れない赤の他人であるかのように。冬真はその視線に気圧され、心臓が跳ねた。何かを言いかけようと唇を震わせるが、声にならない。被告席に引きずり出された罪人のように、彼は夕月から下される「審判」を待つことしかできなかった。「冬真……」夕月の声は掠れていたが、不思議なほどはっきりと響いた。「私の知っているあなたは、もうどこにもいないのね」わずか数時間前まで顔を合わせていたはずなのに。その言葉は、二人の間に流れた時間のすべてを否定し、完全な決別を告げる宣告だった。冬真の顔から完全に血の気が引く。夕月の瞳に映る自分の姿は、もはや見るに堪えないほど無惨に歪んでいるのだと思い知らされた。そこへ、天野が静かに歩み出た。屈強な身体が床に長い影を落とし、広間に圧倒的な威圧感が立ち込める。彼は冷徹な眼差しでその場を見渡すと、最後に冬真を正面から据えた。懐から取り出した逮捕状を突きつけ、一文字ずつ事実を叩きつけるように読み上げる。「橘冬真。不法監禁、傷害、さらには職権乱用の疑いがある。法に基づき、今ここで身柄を拘束する。……大人しく同行願おうか」冬真の瞳孔が激しく収縮した。信じられないといった様子で、後ずさりする。「天野、何様のつもりよ!」雲珠が金切り声を上げ、冬真を庇うように立ちはだかった。「この屋敷を誰の家だと思っているの!息子は橘グループの社長なのよ。それを、こんな……!」「雲珠さん」天野の声は、冷え切った鉄のように硬い。「息子が法を犯したんだ。相手が誰だろうと、法の下に引きずり出すのが筋というものだ。……それから、もう喚くのはやめたらどうだ? その逮捕状には、あんたの名前もしっかり記されているんだからな」「私を連れて行きなさい!でも、息子だけは絶対に渡さないわ!」雲珠は冬真を背後へ庇うように、必死に立ちはだかった。ここで橘グループのトップである彼が警察に連行されれば、
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第595話

夕月の静謐な眼差しが、雲珠を、そして冬真の顔をゆっくりと通り過ぎていく。その視線が触れるたび、雲珠は耐えがたい屈辱に顔を歪め、冬真は身を切り裂かれるような自責の念に打ちのめされた。「警察署の前で私を拉致し、地下室に閉じ込め、首を絞め……身に覚えのない罪を認めろと迫る。それが、橘家流の『孫を捜す方法』なの?」雲珠の唇が激しく震えたが、言葉の一片さえ継ぐことができなかった。「橘家を破滅させる気かと言ったわね」夕月の声が、不意に一段と冷え切ったものに変わる。「……教えて。この家を壊しているのは、私?それとも、あなたたち自身なの?」 彼女は冬真を正面から射抜いた。その瞳は研ぎ澄まされた刃のようだ。「自分の胸に聞いてみなさい。なぜ悠斗が行方不明になったのか。幼稚園であの子がどんな屈辱を味わい、なぜたった一人で、見知らぬ外の世界へ放り出されたのかを」そこへ、瑛優が静かに口を開いた。「幼稚園の友達、みんな言ってたよ。悠斗くん、泣きながら橘おじさんを追いかけて、外へ走っていったって」雲珠の視線が、縋るように冬真へと向けられた。「……あなた、あんな小さな子を相手に、何を意固地になっていたの?」冬真が何かを言い返そうと唇を動かした瞬間、夕月の言葉が一本の矢となって、彼の胸を正確に貫いた。「冬真。……あの子を突き放したのは、あなた自身よ」冬真の身体から、すべての力が抜け落ちた。顔色は紙のように白く、風が吹けば今にも塵となって消えてしまいそうなほど、その存在は脆く、儚く崩れ去っていた。「そのまま大人しく連行されて、法の裁きを受けて。……手加減はしないわ。徹底的に告訴させてもらうから」夕月の鋭い眼差しの中に、かつての慈しみや温もりは欠片も残っていなかった。「……腕利きの弁護士が必要か?」耳元で、涼の低く余裕のある声が響いた。夕月が彼を振り返ると、不思議と強張っていた心が少しだけ解けていくのを感じた。「ええ。……お願いするわ」夕月は冷淡な一瞥を雲珠に投げ、突き放すように言った。「悠斗のことは、私が必ず見つけます。橘家の勝手な理屈で、これ以上あの子を救い出す時間を奪わないで」彼女は最後に一度だけ、冬真を見た。その瞳には、もはや激情も失望の色もなかった。ただ、鏡のように透き通った、完全な訣別の静寂。夕月はもう、彼に対して言葉を尽くすこ
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第596話

午前三時。郊外を貫く国道の虚無を、オレンジ色の街灯が等間隔に切り裂いている。 遠くから地鳴りのようなエンジン音が響いたかと思うと、十数台の大型バイクが放つヘッドライトの群れが、流れる炎のように夜の静寂を食い破った。先頭を走るのは、マットブラックのハーレー。車体には暗赤色のスプレーで『楓』の一文字が荒々しく描かれている。ヘルメットを被ったライダーの腹部は、よく見ればわずかに膨らみを帯びていた。半分だけジッパーを上げたレザージャケットの奥には、ゆったりとした黒いパーカーを着込んでいる。「楓兄貴、具合はどうすか?」並走する仲間の一人が、インカム越しに声をかけてきた。「馬鹿言ってんじゃねえよ。私の身体は鉄でできてんだ。ガキ孕んだくらいでピーピー騒ぐような、か弱い女と一緒にすんな!」風切り音に負けないほどの傲慢な響きに、インカムの向こうからどっと下品な笑い声が沸き起こる。「さすが楓兄貴、マジでハンパねえ!」「SNS史上最強の妊婦ライダー爆誕っすね!」 イヤホンから聞こえてくる持ち上げ文句に、楓はヘルメットの下で得意げに口角を吊り上げた。 最近、彼女はネット上で一気にバズっていた。大きなお腹を抱えて大型バイクを乗り回す女など、動画界隈を探しても彼女ただ一人だ。コメント欄には案の定、「非常識だ」「そのうち事故るぞ」といった批判的な声が殺到している。だが、アンチが騒げば騒ぐほど、炎上目的の野次馬が毎回の動画を欠かさずチェックしに来るのだ。これこそが『数字』の力。アクセス数さえ稼げるなら、見ず知らずの連中からどれだけ罵られようが呪われようが、痛くも痒くもない。 お腹が大きくなるにつれて、さらに注目度は跳ね上がるはずだ。 このままいけば数ヶ月後には、念願のミリオンインフルエンサーになれると確信している。だが、今夜こうして国道を爆走しているのには、単なるバズり目的とは違う、もう一つの明確な狙いがあった。並走するバイクの後部座席では、専属のカメラマンが彼女の勇姿をしっかりとレンズに収めている。今夜の動画のメインテーマは――『妊娠四ヶ月のヤンキー妊婦が、国道で橘家の御曹司を華麗に救出!』だ。「いいかテメェら、今日私の邪魔をする奴がいたら、誰だろうとぶっ殺す!」楓がインカム越しに吠えると、背後を追従する取り巻きたちが一
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第597話

茂みから姿を現したその人物を見た瞬間、楓の中で張り詰めていた緊張が一気に解けた。――なんだ、金で雇った運転手じゃないか。濃暗色の作業着に、目深に被ったキャップ。まさに事前の打ち合わせ通りの格好だった。楓は心の中で毒づく。何やってんだよ、あのバカ。運転席で大人しく追い詰められる芝居を打つ段取りだったろ?勝手に茂みなんかウロチョロしやがって。無駄に焦らせるんじゃないよ。だが、そんな些細なミスはどうでもいい。重要なのは、今この瞬間もカメラがしっかり回っているということだ。楓は瞬時に表情を作り直す。焦りの色は消え去り、怒りと正義感に燃える凛々しい「ヒーロー」の顔へと完璧に切り替わった。彼女はカメラマンの方を向いて鋭い視線を送ると、勢いよく振り返り、男に向かって大股で歩み寄っていく。「お前だな!」夜空をつんざくような大声。抑えきれない怒りと、作り物の悲痛さを絶妙にブレンドした名演技だった。「橘家の坊ちゃんを誘拐したのはテメェだな!人の心ってモンがねえのか?まだ五歳の子供に、よくもあんなひどい真似を!」その声に合わせ、取り巻きの男たちが一斉に近づき、男の退路を塞ぐようにぐるりと包囲する。カメラマンは肩に乗せた機材を構え、楓の勇敢で凛々しい姿と、正義に満ちた表情を余すところなくフレームに収めていた。今頃、生配信のコメント欄は尋常ではない勢いで滝のように流れているはずだ。画面の向こうのリスナーたちがどれほど自分を称え、熱狂しているか。それを想像するだけで、楓は笑いがこみ上げてくるのを止められなかった。この茶番劇は、彼女が何度も頭の中でシミュレーションを重ねてきた完璧なシナリオだ。まず、配信で「今夜、とんでもないことが起きる」と匂わせる。そして仲間を引き連れて誘拐犯の車を「勇敢に」追い詰め、何万人ものリスナーが見守る中で悠斗を救い出す。最後は、橘家の大切な御曹司を、冬真の腕に直接手渡してやるのだ。そうすれば、あの高慢な橘家だって、涙を流して自分に這いつくばるしかない。何より生配信という「証拠」を盾にすれば、ネットの世論を使って橘家を完全にコントロールできる。『橘冬真は命の恩人である藤宮楓と結婚すべきだ』『橘家は彼女の身の安全と未来に責任を持て』そんな声が、SNS全体から怒涛のように湧き起こるはずだ。さらに、身重でありなが
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第598話

男は腹の底から怒鳴り声を上げた。「お前が俺を雇ったんだろうが!遊園地で橘家の坊ちゃんを攫って、このバンに閉じ込めろってな!」怒号と共に飛び出したのは、あまりにも決定的な暴露だった。「自分で命懸けの救出劇を演じて、フォロワーを爆増させるって言ったのはどこの誰だ!橘家に恩を売って、その腹のガキごと橘家に嫁ぎ込むのが狙いだったくせに!」一千万人の前で剥き出しの真実を叩きつけられ、楓はカッとなって全身の血が逆流するのを感じた。あれだけの大金を積んだのに、どうして裏切るのよ……!「デタラメ言わないで!」楓は金切り声を上げて男の言葉を遮ると、弾かれたようにレンズへと振り向いた。「切って!早くカメラを止めて!こいつは頭がおかしいのよ!拉致犯の言うことなんか、一言だって信じちゃダメ!」しかし、同行していたカメラマンは事の重大さに呆然と立ち尽くしたまま、録画を停止する気配は微塵もなかった。男は楓に息をつく隙も与えなかった。作業着の内ポケットから黒いICレコーダーを引き抜き、迷いなく再生ボタンを押し込む。小さなスピーカーから、クリアな音声が夜の国道の静寂を切り裂いた。『……あんたは子供をバンに隠しておいて。私が人を連れて見つけに行ったら、適当に抵抗するふりをして子供を渡すのよ。安心して、金なら1千万円用意してあるわ。前金で四百万、終わったら残りの六百万を払うから……』それは紛れもなく、楓自身の声だった。得意げで、ひどく軽薄で、人を見下すような傲慢な響き。『……悠斗を助け出せば、あの橘家が私に多大な借りを作ることになる。私のお腹には橘冬真の子供だっているんだから!無事に橘家に入り込めば、桜都で私に逆らう権力者なんていなくなるわ。仮にあんたがムショに入っても、私が絶対に出してあげるから!』その先も、生々しい自作自演のシナリオが冷酷なまでに垂れ流されていく。楓の顔からは完全に血の気が失せ、紙のように真っ白になっていた。彼女は狂ったように男へ飛びかかり、レコーダーをもぎ取ろうと手を伸ばした。なりふり構わぬ激しい突進に合わせて、大きく膨らんだ妊婦の腹が異常なほど揺さぶられる。それでも男は避ける素振りも見せず、あっさりと機材を奪い取らせた。それどころか、喉の奥からくくっと押し殺したような笑い声さえ漏らしたのだ。男の歪んだ笑み――そこには、あか
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