「……若葉雲珠」小広間の入り口から、低く冷え切った男の声が響いた。氷の刃のように鋭く、雲珠の吐き捨てる言葉を強引に断ち切る。雲珠が弾かれたように振り向くと、逆光の中に長身のシルエットが浮かんでいた。背後から吹き込む夜風が、トレンチコートの裾を激しく揺らしている。男の全身からは、肌を刺すような威圧感が放たれていた。いつもはどこか余裕のある笑みを湛えていたはずの瞳が、今は冬の深淵を思わせる冷徹さで、一分の隙もなく彼女を射抜いている。桐嶋涼だ。彼が大理石の床を蹴るたびに、重苦しい圧迫感がじりじりと部屋を支配していく。雲珠には目もくれず、涼はただ一点、震える小さな背中だけを見据えていた。「瑛優」発せられた声は、驚くほど優しく、張り詰めた心を解きほぐす力を持っていた。「……おいで」その瞬間、瑛優が必死に保っていた強がりは脆くも崩れ去った。「涼おじさん!」縋るようなその叫びは、まるで迷子の雛が親を呼ぶ悲鳴となって、冬真の胸を鋭く切り裂いた。瑛優は駆け寄り、涼の足にしがみついた。足元に顔を埋め、小さな肩を一心不乱に震わせる。それでも、決して声を上げて泣きはしなかった。涼は屈み込み、その小さな身体を迷わず抱き上げた。壊れ物を扱うように、それでいて二度と離さないと言わんばかりの力強さで、彼女の背中を大きな手で包み込む。愛おしむように瑛優を肩に預けさせてから、ようやく彼は顔を上げた。向けられた双眸の悍ましさに、雲珠は言葉を失い、たじろぎながら後退(あとずさ)った。「桐嶋ッ……!」冬真の声が、押し殺した怒りとともに裂けた。瑛優を抱き上げた涼の姿を目の当たりにし、その瞳が激しく揺れる。「その子を放せ。ここは橘の屋敷だ。部外者のお前に、何をする権利がある……!」「権利だと?」涼の唇が、凍てつくような弧を描いた。だが、その瞳に温度はない。「人を助けに来たのさ。無実の女性を不当に監禁し、あげく五歳の子供に罵声を浴びせる。そんな連中のもとからな」涼は言葉を切り、鋭い視線を冬真に突き刺した。「橘冬真、自分の娘一人守れないお前が、どの口で俺に指図している?」冬真の顔が、屈辱に赤く染まった。「瑛優」思わず、娘に声をかける。自分を頑なに拒み、母からは叱り飛ばされていたはずの娘。だがその小さな女の子は、あろうことか涼の腕の中
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