Alle Kapitel von 愛は星影に抱かれて: Kapitel 51 – Kapitel 60

61 Kapitel

第3章 あなたが好き 第13話

「大丈夫よ、晧司さん。少し頭痛がしただけ」 彼の胸に手を当てて、落ち着かせながら説明する。「風邪をうつしてしまったかな」「それは、まあ……一緒にいたのであり得るかも」 風邪による頭痛とは違うと思いながらも、まだまだ本調子ではない彼に深刻なことを考えさせたくはなくて、話を合わせた。「何ならあとで、あのお薬を私も飲んでみます」「……一発で効く。それは保証する」 唇を歪めた晧司さんの顔がおかしくて、かわいくて、自然に笑い声が零れた。「ごめんなさい。ふふっ」 空気が緩んでいく。彼は私の頬に手を当て、耳を撫でた。「いいんだ。私はとても好きなんだよ。君のその笑い声がね」 好きという言葉にドキッとした。一瞬ごとに、安心と不安が入れ替わり、入り乱れる。笑い声を好きだと言ってくれただけなのに、大きな意味が込められていると考えたくなってしまう。期待したい思いと、失望したくない警戒心が、私の中で戦っている。 私と晧司さんが体を重ねる関係にあったことは、間違いなく事実。自分の昨夜の反応から、私はそう判断している。 それより何より、私は、この人との間に「好き」という言葉が存在してもいいのか……かつて存在していたのかどうかが知りたい。 聞きたいけど、聞けない。 とろんとしている晧司さんの瞳は、まだ回復しきっていない体調のせいと、薬の作用もあるだろう。 元気になって、私の体や心の状態ももう少し先へ進めるようになったら、聞けるチャンスがあるかもしれない。 晧司さんは、考えをまとめる私をじっと見ていた。 
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第3章 あなたが好き 第14話

 彼は私を腕に抱いたまま、吊戸棚に手を伸ばした。「すまなかったね。危ない目に遭わせてしまった」 やっぱり。この戸棚は、彼の身長に合わせて作られている。自然な動作で彼は着替えを取り出し、扉を閉めた。その動作を観察していた私に微笑み、私は彼の手から服を受け取った。「危ない目だなんて。ちょっとよろけただけ」 無理に背伸びをしたから、という言葉を続けることはしなかった。代わりに、「大丈夫。ありがとう」と言った。 彼の素肌がシャツに覆われていく。着替えを手伝うのもまた、私の自然な行為なのだと知った。彼が上からボタンをかけていき、私は下から。途中で指が触れ合う瞬間が好き。……そう、私はこの時間が好きだった。蓋をされた記憶の中で、確かに。 上からと、下から。ひとつひとつボタンを順番にかけていき、指が重なったところでいたずらっぽく目を合わせる。その時の気分によって、どちらかが譲ったり、真ん中のボタンをかけるのは後回しにしてキスが始まったり。傍から見たら恥ずかしくなるようないちゃいちゃが、私たちの日常になっていた。 なくさないように、胸の奥にまたひとつ、記憶のピースをはめ込んだ。 今、また。上からと、下から。ゆっくりと進んでいく二人の指が触れた。彼の指先が私の指先を撫でた。私も同じようにした。真ん中のボタンをかけるのはあとになりそうな雰囲気。 晧司さんの唇が小さく開いた。
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第3章 あなたが好き 第15話

 そのまま、キスされると思った。けれど、そうはならなかった。「リン。頭痛のことだが……君が入院していた病院に行ってみるかい?」 え。 それは……。「退院後、特に定期受診はしなくていいと言われたが、具合が悪くなればいつでもすぐに来なさいというのが先生の指示だ」 定期受診は、なし。それはつまり、私の記憶喪失の症状は、診察や薬でどうこうなるものではないということ。「ううん、今は……そこまでは」 首を横に振った。 直感。今、下界に下りていくのは何だか怖い。長い髪が、私の漠然とした不安を代弁するように揺れた。「わかった」 晧司さんは私の額を優しく撫で、シャツの真ん中のボタンをかけた。「さあ、君も少し休んでおいで。食事もとらなくてはいけないよ。彼のことだ、見繕ってきてくれたとは思うが」「ええ。パンとコーヒーを」「彼を随分と待たせてしまったな。私はもう少し眠ることにするが、その前に話がしたい。呼んできてくれるかい?」「はい」 用の済んだタオルと、晧司さんが脱いだ服を持って、私は部屋をあとにした。  廊下へ出ると、食欲をそそるおいしそうな香りが、キッチンの方から漂ってきた。「ちょうどよかった。出来立てだよ」 夕李の穏やかな声。彼は、キッチンに隣接したダイニングで、食卓のセッティングを終えたところだった。「こんなに……」 まるで特別な日のためのディナーのように美しい食卓が、そこに完成していた。 彼が買ってきてくれたパンを軽くあたためたもの。コーヒーも、テイクアウトの容器から、私のお気に入りのカップに移し替えられ、湯気を立てている。運んできてくれた箱いっぱいに入っていた野菜をたっぷり使ったサラダとスープは、肉や魚もバランスよくとれるようになっている。夏野菜の煮物もおいしそう。 食器と食材の組み合わせ
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第3章 あなたが好き 第16話

「食べられそうかな」「ええ。でも、びっくりしちゃった。『一品』どころじゃないんだもの」「これでも品数を抑えたんだけどね」 持参してきたエプロンを外しながら、夕李は風のように笑った。雲をゆっくりと運んでいき、青空を出現させる風。「では、女神様。こちらへどうぞ」 彼にとって私は、アルテミス。月の女神だ。食卓には、ちょうど私が座ると正面に来るように、一枚の絵ハガキが置かれていた。「これ……」 何の仕事をしているのか初めて話してくれた時に見せてくれた、展覧会の目玉となる絵。太陽神と月の女神の双子を描いている。昨日、彼が案内してくれて、二人で見た絵でもある。「実は、昨日渡そうと思っていたのを忘れていたんだ。行く前は、それだけは忘れないようにしようと思っていたのにね」「ありがとう……大切にする」 絵ハガキに触れ、心からお礼を言った。彼は私の横に立って絵ハガキを見つめ、「うん」と言った。それで十分だった。 昨日、私たちは美術館に着く前に、初めての抱擁を交わした。細いのにしっかりと筋肉がついている彼の体躯。私は彼に運命づけられているのだと思っていた。昨日の夜、ここに帰ってくるまでは。 夕李が計画してくれたデートコース。美術館のあとの食事もお茶も、ゆったりとした会話を装いながら、日が暮れてからのことを考えずにはいられなかった。夜を待ちながら観た映画は、切ないラブストーリー。その後向かったホテルで、彼は私をベッドに横たえながら「好きだ」と告げてくれて……私は、彼の行為をひどいやり方で止めてしまった。 それなのに、こんなにもよくしてくれる。「ありがとう」 彼を見上げ、お礼の言葉を繰り返した。「私……もっと、ちゃんと、元気になるね」 私を大事に見守ってくれる人たちに対しても、夕李に対しても、それが、今私にできる努力なんだ。この食事は、夕李なりの励まし。昨日、私が深く傷つけてしまったのに、なんて懐の深い人なん
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第3章 あなたが好き 第17話

 言いかけて、彼は咳払いをした。「……うん。すずは、すずのペースで歩いていいんだよ」 言いかけたこととは別なんだろうなという内容に続けて、「じゃあ……食べてて。僕は、天霧さんと話をしてくるよ。君を一人にしたくはないけど……」「大丈夫。せっかくだから、出来立てをいただくわ」「うん。順番に、バランスよく食べるんだよ」 小さな子供に注意をするお母さんか、学校の先生みたいなことを言って、彼は晧司さんの部屋の方へと歩いていった。「まるで私が、好きなものだけ集中して食べる子供みたいじゃない」 呟いてはみたものの、気付けば、夏野菜の煮物だけを先に食べていた。茄子とカボチャの、和風の味付けが絶妙。ひと口食べてびっくりして、もうひと口、もうひと口……と食べているうちに、ほかのものより先に食べてしまったのだ。 今まで食べたこともないくらい、おいしいから……? 違う。「この味……」 お箸を置いて、思い出そうとしてみる。また頭痛が起きるかもしれないけど、手掛かりのひとつになりそうなものを、何もせずに捨ててしまうことはできない。 舌には、記憶は宿るのだろうか。今食べた煮物は、私の大好物なんじゃない?  だとしたら。 なぜ、私の大好物を、夕李はこれほどまで完璧に知っていて、作ることができるの? 茄子やカボチャが好き、というくらいの話は、出会ってから昨日までの間にしたかもしれない。この夏、七月と八月のたくさんの時間を、夕李と過ごした。日課になった、彼との散歩。デートを兼ねた買い出し。野菜も二人で買いに行く中で、好き嫌いの話も自然としていたと思う。けれど、彼と食事をする時に、こういう煮物を食べる機会はなかった。 偶然だろうか……。 偶然の可能性は限りなく低いという思いが、ほかの料理をゆっくりと噛んで食べながら、私の頭
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第3章 あなたが好き 第18話

「……」 ものを言うはずもない野菜たちを、凝視する。 間違いない。夕李は、私がこの煮物を大好きなことを、知っている。 どうやって。 なぜ。 彼は一体、いつから私のことを……どんな私を知っているというの? 夕李も私の記憶のどこかにいるのかもしれないと、考えてみたことはある。彼と過ごすことで、私の中の宝箱の鍵が開くかもしれないと。彼は優しい。この料理にしても、私をいたずらに驚かせるつもりではなく、喜ばせたくて、私に力をつけさせたくて作ってくれたことが伝わってくる。どこか謎めいているけれど、私をとても大切にしてくれているのは確か。 彼とこの山で出会ってから、間もなくの頃に見た夢を思い出す。夢の中で晧司さんは、十頭立てのカボチャの馬車を操るのに苦労していた。夕李は、月の都の使者として、かぐや姫である私を迎えにきていた。夢の中の私は、絶対に帰らないと宣言していた。 あの夢の話をした時、夕李は楽しそうに笑ってくれた。「カボチャの馬車……」  奇妙な暗合。「ん……」 かすかな頭痛。これ以上考えるのは、今はやめておいた方がよさそう。 そこへ、太陽神の気配が近付いてきた。「すず」 私をただ一人、すずと呼ぶ人。振り返ると、いつもの優しい微笑。私も笑みを返した。「今、お鍋の中を見てたの」「ああ……」 彼は決まり悪そうに、「作りすぎたかな」「ふふ……おいしいから、すぐに食べちゃうと思う」「なら、よかった」 会話の中にも、瞳の奥にも、暗い影は感じられない。彼は本当に、私がこれを好きだからと、ただその想いだけで作ってくれたのだ。もしかしたら、きっかけはあの夢の話だったのかもしれない。「天霧さんは、しばらく眠ってみると言っていたよ。あの様子だと、次に起き
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第3章 あなたが好き 第19話

 氷の歌が、やんだ。夕李は私を切なげに見て、「ごちそうさま」と言った。「こちらこそ」 もっと何か言いたいのに言えないまま、玄関へと向かう彼を追った。彼は靴を履きながら、「明日、また来るよ。お昼頃にね」「わかったわ。今日は本当にありがとう」 逸る心を抑えて、お礼を述べる。私もサンダルを履いて、ドアの外へ出た。昨夜の嵐とは打って変わって、世界は喜びに輝いている。けれどその中に、どこかに落とし物をしてきてしまったような寂しさが漂う。木の葉の間をすり抜けてくる光は、それを探して地上に下りてきたかのよう。私も、記憶を失った時にたくさんの落とし物をしてきたんだろうな。「ここでいいよ。今日はまだ、空気が不安定だからね」 玄関から道路までのなだらかなスロープを、並んで歩こうとした私を、彼がやんわり止めた。昨日の昼までの私たちなら、このまま長い散歩をしたかもしれない。「気を付けてね」「うん」 明日も彼はここへ来る。なのに、妙な気分。何だか、あとひと言を今告げないと、永久に言えなくなるような……彼という手がかりを失ってしまうような焦燥感に囚われる。 夕李がスロープを下りていく。背中が遠ざかる。昨夜のテールランプが脳裏をよぎった。思わず名を呼ぶと、彼は振り返った。
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第3章 あなたが好き 第20話

「どうしたの?」「もし……」 零れた言葉を、「ううん、何でもないの」などとごまかすことはできなかった。ここまで大切にしてくれる人を、自分の都合で忘れたままでいることは、過去の彼に対する裏切りに思えるから。過去の……どこかで時を共にしたことがある、私と夕李に対しての裏切り。その時間を自分の中に取り戻したいと願うことが、正しいのかどうか、わからないけど……。「もし、私が記憶を取り戻すためにあなたの力が必要になったら……力を貸してくれる?」「それは……」 彼は、断るかもしれない。思い出したいと願うことは、彼にとって、または誰かにとって、望ましくないのかもしれない。私が忘れたままの方がいいと考える人もいるかもしれない。 夢の中の私。「絶対に帰らない」と、きっぱりと言ったかぐや姫。 かぐや姫の故郷は、月。 夕李は私をアルテミスと呼ぶ。月の女神。私が彼をアポロンと呼び始めたから、だけではなく。以前も彼は私をそう呼んでいたのではないかしら。夢の話を彼は笑ってくれたけれど、私はひどく残酷なことをしてしまった……?  かぐや姫は、月に帰らない。それが、「私は夕李が知っていた月の女神には戻らない」という意志表示なのだとしたら……? 意識の底で眠っている私自身が、自分に対して発した警告だとしたら? 風の中の木漏れ日のように、気持ちが揺れる。 晧司さんは、私と起居を共にするほど親しかった。 夕李とは、お互いを神話の名前で呼び合うほど、打ち解けていた。 これらが意味するものが何なのかを知りたい。以前の彼らとの関係を知って、自分の気持ちを見定めたい。「わかった。君がそう望むのなら」 夕李はゆっくりと言った。「ありがとう」「……ずるい言い方ですまない」「そんな風には取っていないわ」 私が望まないうちは、私が思い出したくないうちは、そっとしておこうと考えていたことがわかる。「さっき言いかけたことなんだけどね。……天霧さんは、こう言っていたよ。す……リンは薬味を様々乗せたお粥にハマっていたからね、と」「晧司さんが? そう……」 ぼんやりと返事をする私に、「明日ね」と笑顔を見せて、彼は今度こそ帰っていった。
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第3章 あなたが好き 第21話

 後ろ姿が見えなくなるまで、見送った。夕李は、もう振り返らなかった。 彼は、「すず」と言いかけて「リン」と言い直したようだった。あれは、自分の言葉を、晧司さんの言葉に置き換えていたのではないかしら? 影野夕李。彼のことを、晧司さんも、七華さんも、多分春日さんも、以前から知っていた様子はない。夕李が私とどこかで親しくしていたのなら、初対面のように現れたのはなぜ?「あ……」 開けたままにしておいた玄関を入りかけて、ハッとした。 夕李は、私が記憶喪失だということを知っていて、今の私の前に現れた、ということになる。何の目的で? ううん、それよりもまず、私が記憶喪失であることをどこで知ったの?  おそるおそる、後ろを向いてみた。 誰もいない。 夕方の衣を纏い始めた山が、風とダンスをしているだけだった。 少しの間、私は立ち尽くしていた。  いくら待っても山が答えをくれるわけもなく、ひとつ深呼吸をして中へ戻った。玄関の扉が閉まる音に安堵した。外界との扉。ほかの人も出入りするけれど、基本的には晧司さんと二人だけの空間。ここには、謎だけが詰まっているのではなく、巣穴のような安心感がある。 私は、夕李から身を守るためにここに匿われていた? まさか! もしそうだったなら、晧司さんたちは彼を知っているはずだし、ここに出入りさせるわけもない。 夕李は、ここに閉じ込められている私を救い出しにきた? それも違う気がする……。 一人で出せる答えではない。人に答えを任せるのも怖い。結局のところ、私は晧司さんのことも、夕李のことも、私自身のことさえも、データとしては何も知らないに等しい。彼らと重ねてきたあたたかな時間だけを信じてきた。 これからも、それでいいのだろうか。何かが少しずつほぐれてきている今、これまでのように心地よいものを信じているだけでは、前には進めない。かと言って、彼らがくれた優しさの根っこを疑っているわけでもない。 真実がどんな関係であろうと、晧司さんも夕李も、私
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第3章 あなたが好き 第22話

 お風呂上りに何か飲み物を用意しようと、キッチンに足を向けた。カチャリと音がして、浴室の扉が開いた。「……やあ」 バスローブに身を包んだ晧司さん。髪が濡れていて、胸元にはまだ水滴が見える。漂うシャンプーの香りに誘われそうになる。 夕方から夜へと移っていく時間帯。昨日あそこまでした関係なら、私がこのまま縋りついてもおかしくはない。そうすることを一瞬ためらったのは、心の準備ができていなかったせい? 彼が具合が悪くて寝ているなら、治るまで結論を伸ばせる……無意識に、そう考えて安心していたかもしれない。「あれから、頭痛は?」「大丈夫……。晧司さんこそ、気分は?」「強い薬を飲んだから眠気はあるが、症状はもう随分といいんだよ。優秀な看護師さんのおかげだな」 確かに、お昼にはガラガラだった声も、ほとんどいつも通り。まだ数時間しか経っていないのに。「よかった。いい子で寝てましたからね。今、何か飲み物を。お部屋に持っていきます」「このまま起きてみるよ。部屋に戻って着替えはするが、このあとしばらくリビングで過ごすつもりだ」「わかりました」 平静を装った会話。彼の寝室は廊下を挟んですぐ。目で追い、今日何度か出入りした扉の向こうへと、いったん姿が隠れるのを見守った。 物足りない思い。彼の状態を考えもせず、昨夜のように奪ってほしいと欲望が渦を巻く。一夜で植え付けられたにしては、強烈。昨夜思い知らされた執着は、私が長い間に慣らされたものに違いない。彼は私が愉悦を覚える場所を知っていた。私も、彼に応えるすべを知っていた。 彼が元気になってきたとわかった途端、体内の獣が目を覚ます。ここは自分の部屋ではなく廊下なのに、どこにいるかなんて関係なく、彼に触れてほしくなる。昨夜の行為を思い出してしまう。ううん、思い出そうとしてしまう。事細かに。それより前のことは、私の頭が覚えていなくても、心と体が覚えている……。 昨夜、欲を爆発させたのは、晧司さんだけではない。私も、彼を貪った。一緒にいては危険なのは、私ではなく彼の方と言ってもいいくらいに。 もし……あの指輪の人がほかに誰か存在して、それでも私と晧司さんが愛欲でつながって離れられないのだとしたら? 私は、そういう関係を許容する人間だったのだろうか。誰とどんな関係性を築いていようと、私だけを見て、私に溺れて……そんな要求をす
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