All Chapters of クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!: Chapter 811 - Chapter 820

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第811話

ただ、今一番大事なのは、緒莉がこの件に関わっている証拠を見つけることだ。そうでなければ、すべては無駄になる。今はまだ、罪に問うことはできない。こんな話、口に出してしまえば本当に笑い話だ。何もかも分かっている。緒莉がやったと知っている。だが証拠がないのだ。そんな中、日向が口を開いた。「安心して、紗雪。この件は僕たち、みんなが手を貸すから。悪いのはあの二人だろ?大まかな方向はもう見えてる。あとは時間の問題だ」日向にそう諭され、紗雪も一理あると思った。彼女はうなずき、理解を示す。「ありがとう、二人とも」二人は顔を見合わせ、ふっと笑った。それ以上は特に何の仕草もなかった。ごく普通のことに過ぎない。京弥は面白くなさそうにしていたが、口には出さなかった。これも紗雪にとって当たり前の交友関係だ。まさかそんなことまで干渉するわけにはいかない。そんなことをしたら、本当に最低な人間になってしまう。一方、清那は病室の空気が妙に居心地悪いと感じていた。このまま居続ければ、穴があったら入りたい気分になるだけだ。そこで、彼女はタイミングよく話題を変えた。清那は、きちんと着替えている紗雪を見て、少し驚いたように言った。「紗雪、病室にいるのに......どうして外出するみたいな格好をしてるの?」彼女の心の中ではかなり意外だった。普通なら病室では病衣を着るものだ。少なくとも、もっとゆったりした服を着るだろう。だが今の姿は、まるで今すぐ出かけるつもりにしか見えない。次の瞬間、清那は語気を強める。「紗雪?あなたまさか、起きたばかりで出かけようとしてるんじゃないでしょうね?」細めた目は、まるで取り調べのように厳しい。その様子を見て、紗雪も内心驚いた。いつの間に清那はこんなに勘が鋭くなったのか。今まで気づかなかったことに、逆に驚かされる。しかも、意外にも彼女は言い当てている。隣で京弥は余裕そうに微笑んでいた。やはり、こういう時は気心の知れた人間の方が、紗雪を止められるらしい。自分ではどうにもできないのだ。紗雪はあまり彼の言うことを聞かない。下手に強く言えば、大げさに「自分をなめてる」と受け取られてしまうだけだ。だが今は違う。清那は彼女の親友だ
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第812話

なのにここに座っているなんて、どう考えてもあり得ない。ほかのことはさておき、もうきちんと着替えているなんて、ただの偶然で済むはずがない。正直、紗雪が目を覚まして、こうしてまだ病室で座っているのが不思議なくらいだ。そう考えると、清那は自分がちょうどいいタイミングで来たのだとすら思った。やっぱり、親友だからこそ分かるのだ。清那は一発で見抜いた。しつこい追及に、紗雪は観念してうなずいた。「うん、退院するつもりなんてないよ」そう口にした瞬間、彼女自身も気まずくなった。京弥の方を見向きすることすらできない。だって、さっきまでは「早く帰りたい」なんて、あんなに強く言っていたのだから。それなのに、清那が来た途端、あっさり心変わりしてしまった。だから今の紗雪は、京弥に笑われるんじゃないかと不安でたまらなかった。けれど実際、京弥が彼女を笑うはずがない。むしろ、彼は紗雪を思いやる気持ちでいっぱいだった。恋人が意地を見せることなんて、当たり前のことだ。どんなに親しい相手でも、意地を張って素直になれないときはある。その時に必要なのは、受け止めてあげること。そして、十分な忍耐だ。それが、良き恋人の証なのだと京弥は理解していた。だからこそ清那を呼んだのだ。彼女なら説得できると思ったからだ。そして今日、その目論見は見事に当たった。従妹はほんの数言で、紗雪の服装の違和感を見抜いた。これはもう、家族に言って小遣いを少し増やしてやるべきかもしれない。今やこんなに気が利くようになったのだから。これからは、もっと頼りになるに違いない。清那は紗雪の言葉を聞いて、それ以上は突っ込まなかった。腕を組み、鼻で笑う。「そう。変なこと考えないでね。どうせ暇だし、私、ここで紗雪を見張っているから」紗雪はうなずき、理解を示した。普段の清那は気さくで話しやすい。だが、こういう大事な場面では一歩も引かない。しかも彼女に何か言おうとする時は、その時の機嫌次第で話の流れが決まる。反論しようとしても、まったく糸口が見つからないことも多い。清那は普段こそ柔らかいが、意地を張り出したら止められない。だから、今の清那には素直に向き合うしかないのだ。そうでなければ、紗雪でさえ押し負けてしま
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第813話

「全部、紗雪が好きなものよ。昨日、お医者さんに聞いたの。紗雪に合う食べ物は何なのって。そしたらお医者さんが、栄養をしっかり取って、しばらくは静かに休んだほうがいいって。だから今日からはずっとそばにいるから。紗雪に退屈なんてさせないから!」清那はそう言いながら、手際よくリンゴをむき、切ったひと切れを紗雪の口元に差し出した。その一連の動作は自然で滑らかだった。この光景に、病室にいたもう二人の男は思わず目を奪われた。京弥は、日向と視線を交わすと、相手も同じように呆然とした顔をしているのに気づく。慌てて表情を引き締めた。こんな間の抜けた顔をしている場合じゃない。やっぱり、彼女を呼んで正解だった。もし清那が来ていなければ、きっと今ごろ紗雪は「退院する!」と駄々をこねていただろう。どう考えても、その流れは明らかだ。だからこそ、京弥は清那が間に合ってくれて、心底ほっとしていた。二人は相性がいい。病室で紗雪が一人きりで退屈する心配もない。今の彼女が、こんなに楽しそうに笑っているのを見れば、清那の存在がどれほど大きいか分かる。その姿に、京弥も胸をなでおろした。清那は自分でもブルーベリーを一粒口に放り込み、緒莉たちの様子を尋ねた。紗雪の瞳が冷たく光る。「あの二人、今警察署にいるわ」「え、そんな早く?」清那は驚いた。誰がそんなに早く動いたのか――そう考えた時、視界の端にソファに腰掛ける京弥が映った。その圧のある存在感は、どうしたって無視できない。なるほど、そういうことね。清那はすぐに察したが、紗雪は気づいていないと思ったらしく、説明を続けた。「京弥のおかげなのよ」彼女は柔らかな眼差しを京弥へ向けた。まるで伝えきれない思いを込めているかのように。清那もつられて目をやり、「うちの従兄、もしかして正体をバラしちゃった?」と一瞬思った。だが次の瞬間、京弥が清那にこっそりウインクを送ってくる。......はいはい、考えすぎだったか。彼は身分を明かしていない。きっと別の理由を作ったに違いない。でなければ、紗雪がこんなふうに信じ込むはずがない。「友達?」清那は紗雪に合わせて話を続けるしかなかった。だが、日向は敏感に気づいていた。さっきの清那の表情が、ど
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第814話

紗雪はとても無邪気に笑った。まるで、そんな京弥を少しも疑っていないかのように。その様子を見て、清那は口を開きかけて、結局言葉を飲み込んだ。こんなこと、やっぱりよくないんじゃないか。大事な友達を、従兄と一緒になって騙すなんて。どう考えても気が咎める。けれど、どう言えばいいのかもわからなかった。結局のところ、それは二人の問題であって、自分はあくまで部外者に過ぎないのだから。そう思った清那は、結局何も言わないことに決めた。ただ笑ってごまかすしかない。「さすが兄さん。人脈が広いんだね」清那の視線を受けて、京弥もまた笑みを浮かべ、軽く頷いた。「たまたまだよ」目が合った瞬間、清那の体がびくりと震える。やっぱり自分は駄目だ。物心ついた頃から刷り込まれた印象は、今も制御できない。従兄を前にすると、どうしても怖くなってしまう。自分ではどうにもならないのだ。その従兄は確かに驚くほど整った顔立ちをしているが、無表情の時の圧は本当に恐ろしい。今日、日向を連れてここに来たのだって、相当な勇気を振り絞った結果だった。まして、日向の前で京弥に食ってかかった時なんて、実際は足がずっと震えていたのだ。紗雪に会って、ようやく少しだけ気が楽になった。もっとも、それは後になってからのことだが。紗雪は手を振って言った。「残りは、私の体がよくなってからにしましょう。それに姉のことだって、すぐに片がつく話じゃないし」あの記憶を見てから、紗雪は緒莉に対する見方をすっかり変えざるを得なかった。十代の少女が、あそこまでやってしまえるなんて、想像もしていなかったのだ。今や大人になった彼女なら、もっと恐ろしいことをするのではないか――そう思うと、紗雪の目は一層暗く沈む。京弥はもちろん、清那でさえも彼女の変化に気づいた。清那は慌てて話題を逸らす。「そうね。まだ完治してないし、考えすぎるのも体に毒。退院したらまだ一緒に考えよう」「うん、わかった」紗雪は、目の前の太陽のような清那を見て、心の奥が温かくなるのを感じた。今まで、清那を誤解していた。記憶を見たあと、ますます彼女が愛おしく思えてならなかった。あんなに強がって笑っているのに、本当はあまりにも多くのことを背負ってきた子だ。
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第815話

彼女にとって紗雪は大切な親友であり、その親友が優秀であることは、自分にとっても誇らしいことだった。だからこそ、悲しく思う必要がない。いつも言われていることだが、清那は心が広い。もしこれが他の人だったら、とっくに紗雪に怒ったり、絶交していてもおかしくなかった。けれど清那は違った。むしろ、ますます楽しんでいた。どこに連れて行っても、胸を張ってこう言うのだ。「彼女は私の一番の親友よ。いつも一番を取ってるんだから、すごいでしょ!」そんな清那を見て、あまりに楽観的すぎておバカみたいだ、と笑う人もいた。確かに、優秀な紗雪と比べられると、清那はただ能天気に笑っているだけで、何もしていないように見える。その分、余計に役立たずのように思われてしまうのだ。それでも、清那はまるで気にしなかった。紗雪がよく比較に出されても、だからどうだというのだろう。どう言われようと、紗雪は大切な親友に変わりない。紗雪が良いとか悪いとか、そんなことを他人が口にする筋合いはないし、そもそも他人には関係のないことだ。だから清那は、人の評価なんてまるで気に留めない。むしろ、彼女にとっては何の影響もなかった。人生は自分のもの。誰かのために生きるものじゃない。それに、そんなくだらない噂話なんて、どうでもいい。そんな言葉を簡単に信じてしまうなんて、冗談じゃない。自分の人生は自分のためにある。他人と自分とは、何の関わりもない。他人の言葉を気にしすぎれば、結局損をするのは自分自身だ。清那は、その点を見抜いていた。そして、実際のところ清那には光る部分がたくさんある。ただ、周りの人間がそれを知ろうとしないだけだ。だが紗雪だけは、その輝きをちゃんと理解していた。けれど、清那自身が気にしていないのなら、自分がこだわる必要もない。二人にしか分からないことなのだから、自分一人が意地になっても無意味だ。それよりも、二人で一緒に過ごす時間の方が大事。こんなくだらないことで悩む時間があるなら、その分で一緒にご飯を何度も食べられる。そう思うと、紗雪は思わず笑ってしまった。目の奥にじんわりと笑みが広がり、少し青ざめていた顔色を明るく照らす。めずらしく真剣な紗雪の様子に、逆に清那の方が照れくさくなった。「ち
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第816話

そこまで張り切っている清那を見て、紗雪もさすがに断れなかった。せっかくの清那の好意を突っぱねてしまったら、きっと彼女を傷つけてしまうだろう。口には出さなくても、心の中でこっそり悲しんでしまうに違いない。普段は大雑把そうに見えて、実際には気持ちを自分の中で処理するのにずっと時間がかかるタイプ。自分で抱え込んでしまう癖があるのだ。けれど、それが積み重なれば清那自身にとって決して良いことではない。きっと「自分の人生はこんなに暗いんだ」と思い込んでしまうだろう。紗雪は、何もかも自分で飲み込んでしまう清那の姿なんて見たくない。だからこそ、自分がそばにいる意味がある。親友同士というのは、困ったときに支え合うためにいる。そんな清那を見ていると、胸がじんわりと温かくなると同時に、どこか切なくもなった。彼女はいつも紗雪のことを第一に考えてくれる。けれど、自分自身にはそこまで優しくしていない。それがまた、紗雪にはたまらなくいじらしく思えた。けれど、それは清那が望んでやっていることだった。紗雪が唯一無二の大切な友達だからこそ、彼女にだけは精一杯の優しさを注いでいる。その優しさは、誰にでも向けられるものではなかった。二人のやりとりを眺めていた京弥は、ひそかに胸をなでおろす。やはり清那がここに来てくれたのは、とても都合のいい偶然だった。しかもタイミングも完璧だ。もし少しでも遅れていたら、紗雪はもう帰りの飛行機に乗っていただろう。幸い、清那が病室に泊まってくれたおかげで、数日間引き止めることができた。そうでなければ、仕事にのめり込む紗雪のことだから、またすぐに無理をしていただろう。やっと回復したばかりだというのに。清那はスマホで夢中になって注文していたが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。すでに病衣に着替え直していた紗雪に向かって尋ねる。「ねえ、紗雪。目を覚ましたこと、おばさんにはもう話した?」その言葉に、紗雪はその場で固まってしまった。確かに、それをすっかり忘れていた。目を覚ました直後に見たのは、あの辰琉。さらに緒莉が間に割って入って、あれこれやっているうちに、抜け落ちてしまっていたのだ。紗雪の戸惑った表情を見て、清那はすぐに「やっぱり言ってないな」と察した。そ
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第817話

日向は横で、生き生きとした清那を見つめながら、胸の奥に小さな波紋が広がっていった。こんなに鮮やかで躍動感のある清那は、目を覚まして間もない紗雪よりも、彼を強く惹きつけるように感じられた。そのことに気づいた瞬間、日向自身も思わず固まった。自分は本当にこんなに移り気な人間なのか?胸の奥から疑念がわき上がり、このよく分からない感情が、彼にとってはあまりに馴染みのないものだった。そして、気づけば自分自身を疑い始めていた。ソファに腰を下ろし、膝の上に置いた両手はゆっくりと力を込めて拳を握る。誰にも気づかれない片隅で、彼は奥歯を噛み締め、心の中で激しい葛藤を繰り返していた。京弥は、日向の様子がどこかおかしいことに気づいたが、ただ一瞥をくれただけだった。この男の奇妙さには、もうとっくに慣れている。そもそも、普通の人間なら、家庭を持つ女性に惹かれるなんてあり得ないだろう。そんな話、人にしたら信じてもらえないに決まっている。彼も不可解に思っていた。そして、今の日向の煮え切らない様子を見れば見るほど、京弥は軽蔑を覚えた。一日中男が何をそんなに悩んでいるのか。本来なら単純な話を、この男はやけにややこしくしている。そう思うと、京弥は呆れたように鼻を鳴らした。その頃、紗雪と清那は相談を終え、やはり美月に電話をすることに決めた。それを聞いた京弥も、ふと思い出す。最初、紗雪が目を覚ます前に、自分は美月と通話中だったのだ。途中でいきなり切ってしまったし、さらに緒莉と辰琉も警察署に入れられた。美月は今ごろ家で気を揉んでいるに違いない。そう考えた京弥は、気まずそうに鼻先をこすり、わずかに気後れした。実際のところ、彼の予想は的中していた。電話を切られた美月は、その場に立ち尽くし、しばらくスマホを握りしめて叫んでいた。「もしもし?椎名くん?」切れた通話画面を見つめながら、美月の心にはどうしようもない無力感が押し寄せる。電話が切れる直前、向こうから激しい物音が聞こえた。いったい何が起きたのか。しかも、その中に確かに紗雪の声らしきものが混じっていたような気もする......本当に紗雪が目を覚ましたのだろうか?これほどの時間が経って、外国の医療技術は国内よりも優れているということなのか?
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第818話

周囲の人が自分をどう見ているかなど、美月はまるで気にしていなかった。だが執事の声を聞いた瞬間、まるで溺れる人が浮木を見つけたかのように、美月はすぐさま伊藤の袖をぎゅっと掴んだ。「伊藤、さっき紗雪の声を聞いた気がするのよ!」期待をにじませた声に、伊藤の背筋に冷たいものが走る。とくに、こんな美月の様子を目にすると、精神の調子がどこか危うく思えて仕方がなかった。「聞き間違えのでは......?紗雪様はいまここにはおりませんし、さっき電話でお話ししていたのは婿殿ですよ」伊藤は、美月が相手を取り違えたのだと考えた。というのも、このところ美月の心身の状態は芳しくなかった。食事はろくにとらず、睡眠も不足している。明らかに疲労が蓄積していて、そのうえ紗雪のことばかり気に病んでいるせいで、日に日に痩せていってしまった。浮き出た頬骨、こけた頬を見ているだけで、伊藤の胸は痛んだ。わずかな時間で、これほど人はやつれてしまうのか。どう見ても栄養不足が顔に出ていた。そんな彼の言葉を聞いた美月の顔は、ぐっと険しくなる。「誰と話していたかくらい分かっているわ!」声を張り上げ、伊藤の言葉を受け入れようとはしない。その様子に、伊藤はそれ以上口をつぐんだ。これ以上言葉を重ねれば、美月の気持ちをさらに乱してしまうのは明らかだった。今の彼女は、これ以上刺激を与えるべきではない。「すみませんでした」そう返すと、美月はまた違和感を覚えたような顔をした。それでも深く息を吸い込み、努めて落ち着いた声を出す。「私が言いたいのは、電話の向こうから、紗雪の声が聞こえた気がしたの。あの場所は紗雪の病室の近くだし。でも......はっきりとは言えない」その言葉には、まだためらいが混じっていた。だがそれを聞いた伊藤の目は大きく見開かれ、声が弾んだ。「紗雪様が目を覚まされたのでは?」美月は首を振る。「まだ分からないわ。電話が急に切られてしまって......だから気持ちが高ぶってしまって」伊藤はうなずき、ようやく美月の心情を理解した。自分が誤解していたのだと気づいたのだ。「そういうことでしたか。すみませんでした。急に様子がおかしくなられたのかと思いましたが......紗雪様の声を耳にされたのですね」それは同時
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第819話

「い、いいえ......そんなはずないわ......絶対に......」美月は部屋の中を行ったり来たりしながら、同じ言葉を呟き続けていた。その様子は明らかに精神が不安定で、両手をぎゅっと握りしめ、必死に安心を探しているようだった。しかし何度も歩き回っても、心の中に答えは見つからない。伊藤も焦りを覚え、つい声をかけた。「奥様、それなら......婿殿に直接お電話してみてはいかがでしょう?」その瞬間、美月の足がぴたりと止まる。「そうよ!どうして今まで忘れていたのかしら!」慌ててスマホを手に取り、声を震わせながら叫ぶ。「すぐに彼に電話を!紗雪をどんな目に遭わせているのか、この目で確かめないと!」たった一人の娘。その娘が今もベッドに伏したまま、どんな状態なのかも分からない。母親として、どうして安らかに眠れるだろう。胸の底から溢れる不安に、美月は必死で電話をかけた。伊藤も期待を込めて頷いた。美月はうなずき、京弥の番号を押した。だが最悪なことに、聞こえたのは「電源が入っていません」の声。その瞬間、美月は世界が崩れ落ちたような感覚に襲われる。どうしてこんなことに......?手のひらからスマホが滑り落ち、顔色はみるみる青ざめていった。「奥様......!」伊藤の胸にも嫌な予感が走る。「伊藤、椎名くんのスマホが電源が切れているの。どうして......よりによって今この時に......」うわ言のようにこぼれる言葉に、伊藤も目を見開いた。あまりにも出来すぎている。まるで誰かが意図的に仕組んだように。だが実際には、何も分からない。その不確かさこそが、かえって恐怖を募らせる。「そ、それでは......奥様、これからどうなさるおつもりですか......?」いつも冷静な伊藤の声に、思わず震えが混じる。連絡できる相手はすでに全て試した。最初に緒莉にかけた電話も、今では繋がらないのだ。美月はもはや冷静ではいられなかった。踵を返すと、そのまま迷いなく部屋へと入っていく。伊藤は呆然としつつも、慌てて後を追った。奥様は何をなさるおつもりなのか。つい先ほどまで打ちひしがれていたはずが、今ではまるで別人のように動き始めている。伊藤には到底理解できなかったが、それ
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第820話

言葉を聞いた瞬間、美月の感情も爆発した。「これも駄目、それも駄目って......じゃあ私は今どうすればいいのよ!」美月は大きく息を吸い込んだ。「私の体がどれほど弱っていようと、ベッドに横たわっている娘よりは動ける。あの子は生きるか死ぬか分からないのに、私がただ黙って待っていろっていうの?そんなの私のやり方じゃないし、できるはずがないわ!」ヒステリックになった美月を見て、伊藤の心臓はぎゅっと縮みあがった。こんな美月の姿を目にするのは何年ぶりだろうか。彼の記憶にある美月は、どんなことでも常に冷静で、順序立てて物事を進める人だった。会社の経営だって、見事に仕切ってきた。何かが起きても、すぐさま解決策を見つけられる人だった。だが今は、ただ人に向かって怒鳴り散らすばかり。伊藤の記憶が正しければ、美月自身が昔言っていたはずだ。「何があっても人に八つ当たりして怒鳴るだけの人間は、臆病者と同じだ」――と。力のない者ほど、感情をぶつけることしかできず、最後は責任を他人に押し付けるのだと。けれど今、美月は......いつの間に、そんな人間になってしまったのか?伊藤は思わず驚きを隠せなかった。「奥様、お気持ちは分かります。でもどうか落ち着いてください。こういう時は冷静さが大事です」伊藤の顔には焦りが浮かんでいた。その言葉に、美月は何度も深呼吸をしたが、胸には重い石がのしかかったようだった。耳鳴りがし、大脳まで響くように頭の中がぐわんぐわんする。無意識のうちに一歩下がり、脚もとが揺らぎ始める。それを見た伊藤は顔色を変え、慌てて薬棚を探り、美月が普段服用している薬を取り出した。さらに急いでコップにぬるま湯を注ぎ、彼女に飲ませる。呼吸が落ち着いたのを確認して、ようやく胸を撫で下ろした。「奥様......どうかお願いします。長距離の移動は本当に体に障ります。お医者様にも言われたじゃありませんか」薬を飲んだことで、美月の感情も少しずつ落ち着いていった。その瞬間、頭もいくらか冴えてきた気がした。ベッドに崩れるように腰を下ろし、散乱した荷物を見つめると、目に涙が浮かんでくる。「でも......あの子は私の娘なのよ。心配しないでいられるわけがないじゃない!私の体から生まれた子、私の血を分け
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